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夜明けのボトルシップ  作者: 高橋
一章 夜明けのボトルシップ
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4話『針の王』

 栓生石(せっしょうせき)

 グレイたちがそう呼んでいたその魔石は、このダンジョンを一瞬にして大量破壊兵器へと変えてしまった。


 砕かれた栓生石から放たれた異常な魔力がダンジョン全体へと浸透し、その魔力が巡り巡ってダンジョンの主獣(ボス)に影響を及ぼし、主獣の心臓を強力な時限爆弾へと変えてしまったのだ。


 心臓が爆発するのは栓生石が砕かれてから約一週間程度。

 それまでに主獣の心臓が破壊されなければ……。


「ヴィリクス市が吹っ飛ぶ……ってワケか……」


 私の説明を聞いた男は、また虚空と何かを話し始めた。


「どうする……。聞いた話だとかなりヤバそうな案件だが……。そうだな、このまま引き返すわけにも行かなそうだ。あぁ、あぁ、そうだ。まあそうなるよな……。俺はお前の言うとおりだと考えるが。ああ、死ぬほどクソ面倒だが、それ以外にどうしようもねえからな。ああ、分かった……」


 男は話しを終えると、私の手を離して扉のほうへと進んでいく。


「出口は爆破してある。本当は送って行ってやりたかったんだが、悪いな。俺はコイツの相手をするからお前を外に連れ出すことは出来ねえ。だから、お前は一人でここを出て、出来るだけ遠くに逃げろ。もう逃げる時間も無さそうではあるが……」


「…………なるほど。そういうことであれば、御意を承った。後のことは貴殿に任せるでござるよ」


 私がそう言うのを聞くと、男はそのまま黒鉄の扉に触れ、最奥の主獣の間へと進んでいった。



 ◇ ◇



 黒い光に包まれ主獣の間へと足を踏み込んだ瞬間、甲高い絶叫が鼓膜をつんざいた。


 奥から現れたのは全長15メートルほどの怪物。

 蜘蛛や蟹のような下半身に、腕を切り落とされ目を潰された人間のような胴体が乗っている。

 気味の悪いほど白い体表に、ウニのような針が無数に飛び出し、針はそれぞれが独立して稼働している。


 私はあの男が扉を開いた瞬間、彼との約束を破り一緒にこの空間へと飛び込んだ。


 男は苛立たしげに私を睨んだが、こちらに構っている暇など無いことは分かっているらしい。物分かりのいい彼は私には構うことなく、その両手に自らの得物を……二本の直剣を担い、目の前の怪物と対峙した。


 私も傷む身体に喝を入れ、巨大な怪物を真っ直ぐに見据え、白銀の刀身を鞘から引き抜く。

 それと同時、怪物と私たちとの殺しあいが始まった。




 ──彼の者は常闇に潜みし苦痛の権化。

 ──光を潰し、希望を貫き、何者をも寄せ付けぬ痛みの象徴。

 ──その絶叫は悲鳴であると同時に宣言である。

 ──さあ、その目が潰れぬうちに、彼の者の勇姿をその網膜に灼き付けよ。

 ──何者にも触れ難き絶対的な苦痛の王者


 <<針の王(ファランクス)>>




 絶叫と共に無数の針がこちらへと突き出され、私と男はそれぞれ針を回避する。

 針は岩を砕き壁を貫き、縦横無尽に何もかもを破壊していく。


「速い……」


 回避の追いつかない敵の一撃を刀で弾き、続く二撃目を同じようにして刀身で逸らす。


 私の武器はこの一本の刀だけだ。

 攻撃も防御も、全てをこの一振りの鋼の棒でやり過ごさなくてはならない。

 敵の手数が多ければ多いほど、その攻防は至難の技を極める。


 針の王の容赦の無い雪崩のような突きと真正面から斬り結ぶ私に対し、あの男は全ての針を回避することによってやり過ごしている。


 無数の針をあり得ない程正確に目視し、その全てに対して柔軟に身体をしならせ、不可能とも思えるような隙間をくぐり抜け、徐々に徐々に敵の眼前へと迫っていく。


 私は突き出された針を叩き折ると、折れた破片の切っ先を敵の顔面に向けて投げつけた。

 投げつけられた針は他の針によって迎撃され、蜂の巣にされ粉々に砕け、本体へと届くことはなかった。


 直線距離で詰めることは出来ない……。

 さりとてあの男のような回避は私には出来ない。


 無限の突きを、全ての攻撃をただ一本の鉄のみで受け止め続け、私の体力も、骨も筋肉も心臓も……その全てが限界に近いと声高に脳へと主張を始める。


 私は敵の攻撃を弾きながら間合いを開けるが、それでも針の密度が下がることはない。

 どこかで休息を取れないかと弱気になった自分に渇を入れ直し、私は再度前進することに決める。


 針と刃の壮絶な削り合いの中、あの黒髪の男のほうへと視線を移す。


 男は器用に攻撃を回避し、とうとう敵の真下まで到達していた。

 男の直剣が怪物の脚の一本を斬り裂き、絶叫が空間にこだまする。


「本体は(やわ)い!!」


 男がそう叫び、次の脚のほうへと滑り込み、更に一撃を加える。

 その瞬間、私は地面に脚を食い込ませた。


 男のおかげで、敵の攻撃の密度が一瞬だけ下がった。

 その一瞬の隙さえあれば、私は──


「忍法──」


 世界がモノクロに染まり、時間の概念が消失する。

 私が再び地面に着地し鞘に刀を戻した瞬間、世界の秒針は再び動き出す。


「──刹那、百花繚乱」


 同時に八本の脚が両断され、怪物はバランスを崩して壁にぶつかりながら倒れた。

 男と私は倒れた怪物に追撃を仕掛けようとしたが、瞬時にしてその判断を取り消し再び針の相手を始めることになった。


 本体を斬ったところでこの針の本数が減るわけでも固さが減じるわけでもない。

 やはり……狙うべきは「心臓」、ただ一点のみ。


「このままじゃキリがねえ! どうにかしてもう一度だけ隙を作る! お前はその隙に出来る限り斬り刻めッ!!」


「御意ッ!!」


 鋼と針がぶつかりあい、赤い火花が舞い散る暗闇の中……私は敵の身体のどこに心臓があるのかを注意深く観察していた。頬を掠り、肩を裂かれ、太腿を貫かれ脇を打たれ、身体は最早これ以上の戦いを拒絶している。


 男のほうを見ると、彼は彼でギリギリの戦いをしていることが分かる。

 全て回避しているとはいえ、その回避が完全であるはずがない。やはり私と同じように身体の各所から血を流しながら、それでもほとんどの針を回避しながら進んでいく。


 あと八秒。

 男が次に隙を作るまで、あと八秒と読んだ。

 しかし私は依然として敵の心臓の位置を掴めずにいる。


(身体が……)


 敵の針が腹を薙ぎ、肩を貫かれる。

 体勢を崩した次の瞬間には何とかもう一度立て直し、また敵の針とのギリギリの攻防を続ける。

 身体のレスポンスがもう付いてきていない。あと三秒だ。


 一秒過ぎ、二秒。

 この二秒が過ぎれば、きっと私はもう一歩も動けなくなる。

 体の限界がすぐ目の前に迫っている。


 一秒。

 男の刃が敵の脚を裂いた。

 瞬間、私は残された全ての力を脚に込めて跳んだ。


 視界に映るのはスローモーションで流れていく世界と、針の王の姿。

 私はただそこに刃を添え、斬れると思った場所を引き裂いていくだけ。


 二本、三本と脚を斬り捨て、腹を十字に裂き、胸を貫き、袈裟斬りに斜め十字の傷を深々と刻み込む。

 その瞬間、私は敵の心臓を傷口の隙間から目視した。


(見つけた……!!)


 次の瞬間、着地した私はそのままもう一度脚に力を込め直す。

 右足の骨が砕け、肺が裂ける。脳で何かが弾けるような感覚が走り、私はそれら全てを無視して、ただ最後の跳躍を行った。


「忍法──」


 着地。

 背後に血飛沫が舞い踊るのを感じながら、私は刀を鞘に収め、静かに呟き、そのまま地面に倒れ込む。


「刹那、百花繚乱……二連華輝」


 針の王は全身から止まらない血を流しもがき、やがてその機能を停止した。


 私は地面に倒れたまま、肺が破れ呼吸の度に変な音を口からさせながら、周囲の様子を目だけを動かして確認する。

 どうやら敵は倒せたらしい。それに、男も無事のようだ。


「よかった……。たお、せた……」


 そう呟いた瞬間、私は全身に悪寒の走るのを感じた。


 ()()()()()()()()()()……!!!


 奥の壁が崩れ、そこからもう一体の怪物が姿を現す。


 ヒトのようだが、ヒトではない何か……。


 漆黒の闇を纏った三メートルほどの巨躯。

 青い炎の瞳が風にたなびき、人間の骸骨のような頭部には二本の角が禍々しく、真っ直ぐに、閉ざされた天井へと伸びている。



 ──地獄よりも深き嘆きと深淵よりも冷たき憐れみ。

 ──其はかつて神と崇められ、やがては悪魔と相成った者。

 ──苦痛を赦し、快楽を与える静謐なる闇。

 ──其は"死"の名を冠する漆黒の神性。


 <<冥府なる者(モート)>>

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