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夜明けのボトルシップ  作者: 高橋
二章 白日の推理
12/15

12話『行ってきます』

 夜が来た。

 私はイアンに強く言われ日中はベッドに横になっていた。


 この部屋は建物の二階にあり、南向きで日当たりがいい。陽射しのよく入る広々とした応接間はフェリシアの書斎も兼ねているため、ごちゃごちゃと色々なものが雑多に置かれているのだが、奇跡的なバランス感によって全く散らかっているようには見えない。敢えてそのように配置したかのような謎のオシャレさが漂っていて、さながら探偵小説の主人公の私室のようだ。


 応接間には正面玄関があり、窓から離れ奥へと進むとキッチン……のようなものがある。一見するとただの台所のようなのだが、医療用品や薬品などが棚に並び、振り返れば何故か寝台がある。私にはここが何をする場所なのか全く分からないが、今朝イアンが茶を煎れていた場所もここだし、たぶん普段クッキーを作ったりしているのもここなのだろう。なぜ寝台があるのかは分からない。


 ベッドを挟んでキッチンの反対側には裏口があり、裏通りへとつながる階段に通じている。

 それからさらに奥へと進むと、真っ直ぐ進んだ先に部屋が一つ。どうやらここはイアンの私室らしい。

 部屋の前で左を向くともう一つ扉があり、この中は物置になっていた。私がキッチンの寝台に横になっている間、イアンとゴゴーレムはずっとこの部屋の掃除をしていた。


 私はベッドの上でまどろみ、うつらうつらし、眠り、目が覚めて、それからしばらくは天井を眺めていた。

 カーテンが開けられ、フェリシアがにこりと微笑む。


「気持ちよく眠れましたか?」

「……気持ちよくかは分からぬでござるが、ひとまず回復は出来たでござるよ」

「それはよかったです」


 私が上半身を起こすと、フェリシアは自分についてくるようにと促す。

 彼女の後に付いていき、物置部屋へと通された。


「これは……」


 私が今朝見た時とは全く違う……。

 そこは、簡素ながら家具の揃った、整然とした生活空間になっていた。


「イアンたちに用意させました。今日からはここがサキさんのお部屋です」

「ここが……拙者の部屋?」

「ええ。衣食住の心配はない、と言いましたから。日々の暮らしにお部屋は必要でしょう?」


 私は部屋に入ると、そっとテーブルと椅子を撫でた。

 いつの間に運び入れたのか簡素なベッドまで用意されている。

 棚にはいくつかの本が並び、引き出しの中には手帳とペン、手鏡や櫛が入っている。


「他に必要なものがあれば何でも言ってください。私たち、こう見えても稼ぎは良いほうなんです」


 私はフェリシアのほうに振り返った。


「なぜ……拙者にこんなにも良くしてくれるでござるか?」


 私は応接間のソファで眠れればそれだけで充分だと思っていた。旅の中での野宿の日々や、つい今朝までの死線を思えばそれだけでも私にとっては快適な生活だ。

 居候の身でここまでして貰うのは、正直気が引ける。


「拙者は今朝会ったばかりの一文無し。素性だって……拙者はほとんど自分のことを明かしていない。グレイブ・ストーンに所属していた二年ほどのことはフェリシア殿のほうで調べれば大方のことは分かるでござろう。それなりに名の知れたパーティでござったから。しかし、それも今では犯罪者の集団。身元として信用するに足るものは何一つござらぬ。そんな拙者を、どのような根拠があってここまで信用するのでござるか」

「行動です」


 フェリシアは静かに、そして柔らかな声音で答える。


「人にはいくつもの要素があります。今サキさんが言ったことも、もちろん人を判断するための重要な要素です。ですが、それだけではありません。確かに、サキさんは自分のことを語りません。そしてグレイブ・ストーンの出身です。身元が怪しいと言えば確かに怪しい。ですが、それ以外の要素から判断することも充分に可能です。私はサキさんの行動を評価しているんですよ?」


 フェリシアは私の前まで来て、真っ直ぐに私の目を見つめた。


「街を守るために命を張れるような人が悪人だとはとても思えません。それだけでも充分、私があなたを信用する要素たり得るとは思いませんか?」


 それに、とフェリシアは続ける。


「サキさんは私たちの仲間です。今朝、手を握ったではありませんか。あれもまた、行動です。あなたを証明するものは行動だと思っています。もちろん、それ以外の要素もちゃんと見ていますよ? ピザの領収書を見せた時の慌てよう、お茶を出す時の緊張した表情、その他にも色々と……。サキさんは中々話さない人ですが、それは裏を返せば誠実で嘘をつけない人柄とも捉えられます」

「な、なるほど……」

「正直者で実直で正義感が強くて、とても素敵な方だと思いますよ?」

「そ、それほどでも……」


 褒められることにはあまり慣れてない。

 どう言ったらいいのか分からなくてバツが悪い……。でも、こうやって心から信用してくれるのは、少しだけ……ほっとする。


「フェリシア殿も、優しくて良い人でござる。もちろんイアン殿も」

「それはどうでしょう? 私たちは比較的『なんでもやる』組織ですので、その認識は改めることになるかもしれませんね」

「そうなのでござるか?」

「ふふ、そうなのでござる……。さて……」


 フェリシアは私の語尾を真似して悪戯に笑うと、部屋の外まで車輪を回して下がっていく。


「イアン、今回の依頼を請け負ったのはサキさんに私たちがどのようにして、何をしている組織なのかを簡潔に紹介するためです。ですので、簡単かつスマートに、そしていつもらしく、この依頼に取り組んでいきましょう」

「……。コイツ全治三ヶ月の怪我人なんだぞ。外に出すのは反対だ」

「まあまあ、そう言わずに!」

「言うだろ普通は……。見たかサキ、コイツはこういう奴だ。優しくて良い人ってのはお前のただの勘違いだ」

「そう忠言してくれるイアン殿も優しくて良い人でござるな」

「そうかよ……」


 イアンは面倒そうにそう応えると、フェリシアの車椅子を押し応接間へと彼女のことを運んでいく。

 扉の向こう、目が合った彼は心底嫌そうな表情で言う。


「来るなら来いよ。その代わり邪魔はすんなよ」

「分かったでござる!」


 私は日本刀を腰に佩き、彼の後ろに駆けていく。

 そして、自分の部屋に振り返った。


 夜の月明かりが窓から射し込み、そこは暗いはずなのに、なぜだか暖かい景色に感じられた。

 私が自分の部屋を持つのは七年ぶりのことだ。


「……。お母さん、私」


 そう呟いて、瞼を閉じた。

 思わず、今は抱かなくていい感情を抱きそうになった。


「……。行ってきます」


 扉を閉め、刀を撫でる。

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