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夜明けのボトルシップ  作者: 高橋
二章 白日の推理
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11話『こういうのは初めてでよく分からない』

 私が差し出した手をフェリシアが握る。


「改めまして、サキ・ナイトフォールズさん。ようこそ、私たちのギルドへ。そして、これからよろしくお願いしますね!」


 フェリシアはにこりと微笑み、それと同時に部屋の扉がノックされる。


「はて、早速お客さんでしょうか?」


 イアンが扉を開くと、そこには特にこれと言って特徴のない初老の女性が立っていた。

 彼女は不安そうな面持ちで私たちの顔を見ると、それから力ない声で言った。


「ここが夜明けのボトルシップでしょうか? 知り合いから探偵事務所とお聞きして窺ったのですが……」

「ええ、我々は夜明けのボトルシップで間違いありませんよ。それで、何かお困りごとででしょうか? どうぞ、ソファーにお掛けになられてください。……イアン、お茶を」


 初老の女性が部屋に入ると、イアンは扉を閉め奥のほうに引っ込む。

 フェリシアは女性と対面に座り、私はどうしたらいいのか分からずゴゴーレムの隣に棒立ちになる。


 よくよく考えてみれば、奥のほうに引っ込んでいったイアンのほうについていけばよかった。

 初老の女性は包帯とガーゼに覆われた私のほうをチラチラみながら余計に不安そうな表情を見せている。


 私は彼女から視線を逸らし、奥のイアンのほうと初老の女性のほうを何度か交互に見ると、自分の場違い感を感じ、そろそろとその場を離れ、茶を煎れているイアンのほうへと歩いていく。


「イアン殿! こういう場合はどうすればいいのでござるか!?」


 私はイアンの服の袖を引っ張り、背伸びして耳元で囁く。


「拙者、こういうのは初めてでよく分からないでござる……!」

「あ? いやお前は普通に寝てろよ。怪我人なんだぞ。あと、耳元でこそこそ囁くのやめろ。お前の声はなんかこしょばゆいんだよ」

「そうは言ってもでござるよ! 客人の前に一度は姿を見せた手前、この状況から何も言わずに二度と姿を現さないというのは、何かその……少し無礼な気がしてでござるな……」

「お前、鈍感なのか繊細なのかよく分かんねえな……」


 イアンは茶を煎れ終わると、カップを載せたトレーを私に渡してきた。


「そんなに寝たくねえならこれ運べよ。どうせ大した依頼じゃねえんだから、フェリシアも断ると思うぜ」

「え!? そういうものなのでござるか……?」


 私は奥から、初老の女性の困り果てた顔を覗く。


「あんなに困っている人を、フェリシア殿は見捨てるのでござるか……?」

「俺たちは人命やら権力やらが絡んだデカい仕事しか請け負わねえんだよ……人探しやら猫探しやらの細々とした仕事は知り合いの探偵ギルドにでも投げときゃいいんだ」


 イアンは軽く私の背を押した。


「とは言え、アイツのあの顔……嫌な感じがするぜ……」


 私は物陰から出てしまった手前、引き返すわけにもいかずフェリシアと女性の前に茶を置いた。こういった雑務をしたことはないから作法も何も分からないが、とりあえず、それっぽい動作で置いてフェリシアの顔を窺う。


 どや顔──。


 なぜフェリシアがそんな顔をしているのか私には全く分からないが、茶の置き方は気にしていないようだからひと安心だ。


「それで、息子さんが薬物の売人になっているという噂を聞いてこちらにおいでなされたのですね?」

「はい……。先ほども言いましたが、息子は数年前から部屋に引き籠もっていて口も聞いてくれず……ただ、知り合いからこの街で夜に裏の仕事をしていると聞きまして……たしかに、夜な夜などこかに出歩いている様子は以前からあったのですが、なにぶんずっと引き籠もっているものですから、気分転換に、人の少ない夜の街を散歩でもしているのかと思い口を出さずにいたのです。それがまさかこんな噂を聞くことになるなんて……」

「心中お察しします……。ところで、息子さんは軍人経験がおありで?」


 フェリシアの言葉に女性は目を見開いて頷いた。


「はい……そうなんです! 息子は三年前の東方戦争に参加して、帰ってきてからというもの、全く口を利かなくなってしまい……きっと、とても恐ろしい体験をしたのだと思います……」


 女性はハンカチで目の端の涙を拭う。

 その姿を見て、フェリシアは優しい声音で彼女に語りかける。


「お気の毒に……とても辛いでしょう……」

「はい……私はただ、息子に危険なことをしないでほしいだけなのです……。せっかく戦争で助かった命です。引き籠もっても、私は文句は言いません。息子はそれだけの思いをしてきたと思うのです。ただ、薬物の売買のような、犯罪行為に手を染めることだけは……」

「分かりました。この件については我々、夜明けのボトルシップにお任せください」


 フェリシアの言葉に女性は顔を上げる。


「本当ですか!?」

「はい。出来るだけ早期に解決致します」

「あっ、ありがとうございます……!」

「ええ、ではこちらのほうで色々と調査を進めますので、二週間ほど経ちましたらお便りを送らせて頂きます。きっと解決致しますので、ご安心ください」


 女性は嬉しそうな顔で涙を拭い、何度もフェリシアに礼をいいながら、イアンとゴゴーレムに送られながら部屋を後にした。


「おい、これはどういうことだ……?」

「たまにはいいではありませんか。こういった可愛い事件の相手をするというのも」

「俺たちは……! いや……そうだな……」


 イアンはしばらく考え込み、それから仕方がないといった顔で大きな溜息をついた。


「つまり、この程度の依頼なら一日で済ませろって話だな」

「一日……で終わるのでござるか?」


 私はてっきり、二週間くらいかけてじっくりと調査をして、その情報を見せながらあの女性とまた会って話をするのだと思っていた。

 というより、それ以外に方法などないと思うのだが……。


 フェリシアは酒瓶の蓋を開けると、ふっと笑い私のほうにどや顔を見せた。


「ふふ……。サキさん、私たちにかかればこの程度の依頼など赤子の手を捻るようなものなのですよ」


 イアンは仕事の用意を済ませると、こちらへと早歩きで向かってきて彼女から無理矢理酒瓶を取り上げた。


「仕事中に飲むなアル中女!!」

「酷いです!! 大した依頼ではないのだからいいじゃないですか!! イアン! そのお酒を返しなさい!!!」

「大した依頼でなくてもダメだ! そもそも昼間から飲むなとさっきも……!」

「サキさん! 助けて!! イアンが私のものを盗りました!!」


 私は目の前の光景を眺め、それから窓の外の晴れ間に視線をやった。

 今日の早朝まで、私は一週間に渡りほとんど飲まず食わずで、死に物狂いで刀を振り回して、血みどろになって戦っていた。だからまだ実感が湧いていなかった。


「今日は平和でござるな」


 私はまだ、生きている。

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