10話『謎多き美少女』
私は彼の問いに暫し黙りこくった。
出来れば自分の話はしたくない……。
それが過去の話であれば尚のこと。
「拙者の職業は冒険者で、見ての通りの忍者でござる。年齢は17で……」
「17ですか……随分とお若いのですね」
私の語りにフェリシアが食い気味に被せてくる。
「え……? ああ、そうでござるな。グレイブ・ストーンに所属したのは二年前で、拙者が15の頃でござる」
「国内屈指の冒険者パーティに15の頃に……素晴らしい才能をお持ちのようですね?」
「まあ……剣の腕には多少は自信があるでござるが……」
「一撃必殺の魔法剣ですよね?」
「…………」
「魔法の使用を最低限に抑えているのには何か理由があるのですか?」
「…………」
「その剣はいつ学んだものなのですか?」
「…………」
「呪いについて以外にも……何か隠し事があるようですね?」
「…………」
フェリシアはイアンのほうを見て溜息を吐き、それから、車椅子の背もたれに深く身体を預けた。
「少し意地悪が過ぎましたね。しかし、『謎多き美少女』と言えば聞こえはいいかもしれませんが、それは『得体の知れない未知の脅威』の同義語でもあります。それに、サキさんはこの街を消し去ろうとしたあのグレイブ・ストーンと非常に関わり深い人物でもあります」
フェリシアはゴゴーレムのほうに振り返ると、ゴゴーレムはテーブルの上に一枚の紙をそっと広げた。
その紙には見慣れた墓標の意匠が中央に掲げられ、その下には大きく赤い文字で「WANTED」と書かれている。
「サキさん、あなたが眠っている間にグレイブ・ストーンのあなた以外の全メンバーが国家反逆罪の容疑で使命手配されました。詳しいことは後ほどお話しますが、国政に関わる複数の人物が今回の件に関連して同様に指名手配され、逮捕されています。彼らはグレイブ・ストーンと何らかの関わりがあった貴族たちのようです」
「それは……」
「ええ、あなたはグレイブ・ストーンが何をしているパーティなのかを知ってしまった。そして、それに非協力的な態度を示したがためにダンジョン内に閉じ込められ、口封じのために抹殺されようとしたのでしょう。しかし、彼らはあなたの戦闘能力を過小評価してしまった。サキさんは彼らの爆弾を破壊し、今、こうして無事に帰還を果たしました」
フェリシアは私の顔を覗き込み、その心を覗いたかのように、私が思っていることをそのまま言い当てる。
「あなたが頑なに口を割らないのは、私たちの素性が分からないからです。あなたが抱えているものはあまりにも大きすぎる。話す相手を違えれば、きっと国家単位での戦乱に繋がる可能性だって大いにある。だから、あなたはここを出たらすぐにでもグレイブ・ストーンの後を追い、彼らを抹殺するためにその刃を振るうことでしょう。必要とあらば、左腕の「呪い」を使ってでも……。次なる犠牲を減らすために、被害を最小限に抑えるために……たった一人で戦おうと考えているのではないですか?」
私はフェリシアの透き通った瞳を前に息を飲む。
彼女は一体何を見ているのか。
目の前の私を通して、まるで過去と未来の全てを見透かしているかのような異様な声音に圧されてしまう。
「私たちは既に冒険者ギルドのギルドマスターから依頼を受け、グレイブ・ストーンに関する調査を進めております。私たちは共に同じ獣を追う者同士。つまり、あなたはどうあっても一人で戦うことにはなりません。たとえ道を違えても、最終的には私とあなたは目標地点で合流する。でしたら、最初から手を組むほうが合理的ではありませんか?」
「手を組む……でござるか?」
「ええ、私はあなたを夜明けのボトルシップの四人目のギルドメンバーとして迎え入れたいのです。元グレイブ・ストーンのメンバーが私たちの仲間になれば、戦力的にも情報的にも得るものは非常に多いのです。もちろん、衣食住の心配はありませんし、充分なお給料を支払うつもりです。サキさんの側から見ても、これは悪い提案ではないとおもうのですが……」
フェリシアの提案に私はテーブルの上のクッキーに視線を落とした。
今の私は一文なしで、今晩の夕食にすらありつけるかどうか分からない。冒険者ギルドの細々とした依頼をこなしたとして、宿代と食事代、そしてグレイたちを追うための資金を稼ぐのにはどうあっても一ヶ月以上はかかる。
それに……
「やります」
これは、私が所属していたパーティの問題だ。
私の刃で、自分自身の手で決着を付けなくちゃいけない。
それが出来る可能性が少しでも上がりそうな手段が目の前にあるのなら、私は……。
「やらせてください」
私は顔を上げ、フェリシアと目を合せる。
彼女はふっと笑い、私は彼女に右手を差し出した。
「拙者は貴殿の……<<夜明けのボトルシップ>>に所属したいでござる!」




