死刑宣告
あ初めて結ばれた時、ベッドで手を繋ぎながら、彼女が言ったのだった。
「私、ヒロアキのためだったら何でもしてあげる。髪も伸ばすし、好きな料理も作る。お金が必要なら私の貯金から使って」
もう、それはそれは、俺にすべてを捧げる聖女のような清らかな顔をして、その美しい唇が、言ったのだった。
「でも浮気は絶対だめ。浮気したら死刑に処すからね?」
冗談のような軽い口調だった。
俺は笑いながらそれに答えた。
「しないよ。するわけないだろ。俺は美沙希一筋だよ」
バカだなぁ。浮気しない男が存在するとでも思ってるんだろうか。そんなウブなところも美沙希は可愛いんだ。
女はよくおにぎりばっかり食べられるよなと思う。
俺はもちろん美沙希の手料理が一番好きだが、そればっかり口にしていると飽きるんだ。
俺が外でラーメンや牛丼を食べるのは、彼女の手料理に飽きないようにするためなんだよ。
わかるかな? セックスだって同じなんだ。
俺が浮気をするのは美沙希とのセックスに飽きないようにするためなんだ。
七人いるセフレのうち、今日は奈々を選んだ。
奈々はちょうど美沙希とはまったく違うタイプのぽっちゃり巨乳ちゃんだから、ちょうどいい。
感動的なドラマの末に美沙希と結ばれたばかりだったから、性欲も最高潮に高まっている。
「いらっしゃい、ヒロアキ」
マンションの彼女の部屋の扉を開けると、やる気マンマンの真っ赤なランジェリー姿で奈々が現れる。
さあ、お勉強会だ。これは美沙希を悦ばせるための、勉強なのだ。
「ナナちゃ〜ん!」
俺が玄関のロックを閉め、彼女に抱きつくと、ふふふと意味ありげな笑いをしながら奈々が言った。
「ね? こんな感じよ」
「へ? 何が?」
アホみたいな声でそう言いながら、見てしまった。
奈々の肩越しに、部屋の奥から現れた、美沙希によく似た女を。
いや、そんなわけないよな? 嘘だ。嘘だと言ってくれよ。
「ヒロアキ……」
美沙希によく似た女が、美沙希そのものの声で、チンパンジーみたいに歯を見せながら、言った。
「浮気……したわね?」
「なっ……、何もしてないだろ! ……まだ」
まだとか言ってしまった。
「だっ、大体、なんで美沙希がこんなところにいるんだよ!?」
「私の貯金を駆使したのよ」
意味不明なことを言う。
「彼女からすべて聞いたわ」
そう言って奈々を見る。奈々は軽く『すみませーん』みたいなリアクションをした。
「はっ……、ハメやがったな!?」
「ハメてないでしょ、まだ」
奈々ちゃんがうまいことを言う。
「さて」
その声に振り向くと、美沙希が高檀に座っていた。
「これより裁判を行います」
見ると俺は被告人の位置に立たされている。
「証人の方にお聞きします。被告人は原告に対して『愛するのは君だけだよ』と、酸っぱいことをいつも言っていましたが……、彼は何人とつき合っていましたか?」
「私が知る限りでは3人です」
奈々がかしこまって言った。
「でも間違いなく、もっといると思います」
「被告人に前もって忠告しておきます」
美沙希が俺のほうをぐるんと向いた。
「嘘の証言はあなたを不利に導きます。正確に、事実だけをお話ください」
「嘘なんて言ってねーよ!」
泣きそうな声で俺は言った。
「愛してるのは君だけなんだ。信じてくれよ」
「裁判に関係のない言論は慎むよう、お願いします。ではお聞きしますが、あなたは原告に対して『君一筋』などと歯の浮くようなことを言っていましたが、実際は何人とつき合っていたのですか?」
「も、黙秘権を行使します」
「沈黙は過度な妄想を相手にさせてしまいますよ? いいのですか?」
「さ……、3人です」
「3人のお名前をお願いします」
「な……奈々ちゃん、仁美ちゃん、舞ちゃんです」
裁判官がカッ!と目を見開いた。
「そこに美沙希ちゃんが入っていないとは思いませんでした!」
「あっ……」
そうか。しくじった。美沙希をそこに入れとけばあと二人ということに出来たのに。
「その……」
「まあ、数は問題ではありません」
裁判官が閻魔様に見えはじめた。
「たとえ相手が一人であろうと、彼女を裏切ったこと、それだけが問題なのです」
「あのさ」
開き直ってみた。
「男の心と身体は別なんだ。女にはわかんないかな。他の女を抱いてても、頭では一番好きな女のことを思ってたりするんだよ。わからない? どれだけ好きな食べ物があっても、他のものもつまみ食いするだろ? つまり俺が一番好きなのは君だけだ。わかってくれって」
「彼女の気持ちは考えないのですかッ!?」
壇上で鬼が立ち上がった。
「身も心もすべて捧げると約束した彼女への、それは裏切り行為だとは思わないのかッ!?」
「……すみません」
あまりの迫力に押されてそれしか言えなかった。
奈々が面白そうにくすくす笑っている。ああ、もう何もかもどうでもいいから帰りたい。
「まあ……男の正体を見抜けなかった女にも責任はあります」
裁判官が急にしおらしくなった。
「原告は未だにあなたのことを愛しています」
チャンスだと思った。
「俺も愛してるよ」
これですべては丸く収まるはず。
「ところで」
裁判官が笑いながら、俺を見た。
「忘れてしまったのでもう一度、聞かせていただけますか? 浮気相手の3人のお名前を」
「えっ!」
だ、誰を言ったっけ? 七人のうちの……
「その……。だから、これは浮気ではなくて、つまみ食いだから……。その……」
「いいからお聞かせ願えますか」
裁判官の笑顔が怖い。
「忘れてしまったのですよ」
忘れてるなら間違ってもいいか。安心して俺は口にした。
「奈々ちゃん、カオリちゃん、鳩子ちゃんです」
トカーン! と、トンカチの音が鳴り響いた。
「さっきと名前が違います! これで合計5人! まだまだいますね!?」
「だ、騙したな!」
俺は抗議した。
「これは誘導尋問だ! 弁護士は何してる!」
「あなたを弁護できるひとなどいません!」
裁判官が俺を激しく指差す。
「最低です! こんな男を愛していた自分が憎たらしい!」
「愛しているんだ、美沙希!」
俺はすがりつくように手を伸ばした。
「しぇからしか! きさん、どの口でそんなことば言いよっとか!」
「心で愛してるのは君だけなんだ! 信じてくれよ!」
「許さんばい! 許されると思っとーとか!」
「許さなくていい! 罰は受けるよ! だから……」
「えー……。静粛に」
裁判官が急に冷静になった。
「ではこれより判決を言い渡します。宣告、死刑」
俺は走って逃げ出そうとした。
しかし、遅かった。俺の足元の床がぱっかりと開き、俺を呑み込む。
奈落の底が見えた。針山地獄だ。
畜生。これだから女は嫌だ。情深さが裏返るとすぐに凶暴になる。話が通じない。まるで動物だ。
針に突き刺さりながら、上で美沙希と奈々ちゃんが仲良く世間話を楽しんでいるのが聞こえてきた。なんか、俺のことはもうどーでもいいようだった。
一布さま、お題をありがとうございましたm(_ _)m