百聞は一見に如かず
「次……って言っても、何から聞けば良いかわかんないな」
「そうですよね……私も何を話すべきなのか……。
ああでも、ハヤトさんの世界と一番違う部分はやはり、魔法が存在しているところでしょうか」
さすが異世界。平気な顔して魔法が存在している。
しかしまぁ、少しそわっとしてしまうのは仕方ないだろう。
「魔法の属性は様々ありますが、この世界では属性を1つ持って産まれます」
「火属性、水属性両方持って産まれるやつはいないってことだな。後から増やす事は?」
「出来ません。生涯1つです。何の属性を持って産まれたかは、髪の色や瞳の色で判断できます」
「ははーん? わかったぞ?
俺の髪と瞳は黒。つまり、俺は闇属性の使い手ってことだな?」
「あの……その……ハヤトさんに闇属性はありません……。
転移や転生だったら、その……過程でですね、属性を得る事もあるのかもしれませんけど……ハヤトさんはどちらでもないので……」
「つまり?」
「……ハヤトさんには何の属性もありません……」
「魔法の世界で魔法ないってどう言う事!? どうしろって言うわけ!?」
「ご、ごめんなさいぃいー!!!」
この世界に来たことで魔法が使えるようになったかもしれないと少しは期待した。
薄々分かってはいた。どうせ駄目だろうと分かってはいたが、それを認めてしまえば本当に何も出来ないという結果しか残らない。
「あ、あのぅ……その……闇属性もありません……」
「は?」
「この世界に闇属性はありません……」
「え、じゃあ俺の髪とか目の色って他の人達にどう映んの?」
女神の視線がすっと逸らされる。
「なぁ」
「……」
「なぁって」
「……ぅ……」
「どう映んの?」
「……よ、良くは映りません……」
碌な目に合わなさそうだ。まぁ、髪は染めれば……カラー剤あるのかこの世界。
うわ、なさそう。文明云々もだけど、そもそも属性の色をしている髪の色を変えるだろうか。
どうしても自分の属性が嫌とかなら変えたいと思うだろうけど、変えたところで使える魔法が変わるわけでもない。
「ちなみに、魔法をくれって言ったら……?」
「その……最悪ビッグバンが起きますが良いですか?」
「それ前聞いた! 2回目!
なんなの!? 何か力を与えようとしたらビッグバン起きんの!?」
「いえ、その……ハヤトさんは今非常に不安定なので……繊細な調整が……」
「気を使って言わなかったけど、あんた力使うの下手だろ」
「はい……仰る通りで……」
チート能力もない、チートじゃない能力もない、加護もない、おまけに魔法もない。
あるのは奇跡を起こすのが壊滅的に下手くそな女神だけ。
絶望しかない。本当にどうしろと言うのか。
「あの、でも、もしかしたら、ここで過ごしている内にひょっとしたら……。
この世界に馴染んで魔法が使えるようになったり……する可能性もなくはないというか……」
「……そうだったら良いな……」
「はい……」
無駄に期待するのはもうやめよう。
最悪1,000年何もせずに過ごしても帰る事は出来る。
まぁ、1,000年後の地球に帰りたいかと言われると……いや、今は考えない。
「魔法なくて手伝えると思ってんの?」
「は、はい。魔法があると言っても、それを理解し鍛錬を積まなければ、初歩の魔法しか扱えません。
例えば……火属性魔法であれば、小さな火を灯すくらいでしょうか」
「分からない事はないけど、魔法がある世界なんだから練習するもんじゃないのか?」
「学ぶ場所……つまり学校、ですね。教育機関が生まれる水準まで発展せずに滅びるので……」
「……俺が行くのって石器時代とかじゃないよな?」
「あ、はい。それは、はい。一応その時代は越えられるようになりました」
「越えられるようになった、ね。なるほどね」
「一応、地球で言うところの中世初期くらいまで……は、言い過ぎかもしれませんけど。
文明の水準が同じかどうかはともかく、雰囲気だけなら中世初期です」
「雰囲気だけなら」
つまり、雰囲気だけ中世初期な時代までは発展するようになったが、そこからは発展できずに滅びてしまうって事か。
文明とか時代とか、正直よくわからない。授業で習う程度で、それもそんなに熱心に学んだわけでもない。
そもそも地球と同じように進むわけでもないだろう。
鏡に視線を向ける。つい先程大爆発を起こしていた宇宙に赤黒い星が浮かんでいた。
ぼんやり眺めているとその星にじわりじわりと青色が広がり始めた。海だ。
早送りとは言え、話している間にここまで変わるのか。
シミュレーションゲームを早送りで眺めているような気分になってくる。
「……本棚」
「本棚、ですか?」
「ここ何もないけど、本だけはあるよな」
「ご、ごめんなさい……ここに手を回す余裕がなくて……」
「いや、別に攻めてるわけじゃない。まぁ、布団の1つくらい用意して欲しかったが。
あの本はなんだ? まさか、漫画とか言わないよな?」
「ち、違います違います。あの部屋の本には……この世界の全てが書き記されています」
「全て? それにしては随分……」
少ないと口にしようとして止める。
しかし、女神はそれを察したのか眉を下げた。
「世界の仕様……それと、造る神が同じだと、文明に大きな違いはありません。
数年の差はあれど同じ道を辿ります。方向性やそれを纏めるリーダーは違っても、最終的に向かう場所は同じ。
同じ事象は書き記されることなく、新しい事象だけが書き記されます」
「大まかな歴史書って事か?」
「それもありますがこの世界の仕様……つまりは魔法の本だったり、生まれてくる人間、魔人、魔物や植物等についての本もあります。
稀に新種が誕生する事もありますが……そちらは必ず誕生するわけではありません。
後は農業や食事、畜産、物作りといった生産関連の本や文明の中で生まれた技術についての本もあります」
「それ、女神は全部把握してるのか?」
「……で、できてません……一応、何度も見てるので、知ってる事は多いとは思うんですけど……」
分からない事は女神に聞くより、あの部屋で調べた方が良さそうだ。
女神にとっては当たり前の事でも、俺にとっては当たり前じゃない。
ある程度この世界について知っておかないと聞く事すら出来ないだろう。
「あのぉ……百聞は一見に如かずと言う事で……一度、地上に降りてみませんか?」
「海しかない地上に……? ん? うわ、もう緑が増えてる。すげぇな……」
「えへへ……もう何度も繰り返してるので、1から世界を造るのは得意なんです」
「それは自慢にはならない……1回で良いんだよそれは」
「そうですよね……」
本当に、大丈夫だろうか。不安しかない。
簡単に手伝うなんて言わなきゃ良かったと後悔してきた。
まぁ、他にやる事もないが。
「無事に戻ってこれるなら……まぁ、実際に地上に降りなきゃわかんないことはあるだろうし」
「大丈夫です! 今は微生物しかいないので観光にぴったりですよ!
人間も魔人も魔物もいませんから、危険もありません。
植物はありますが、まだ動かないから安全です!」
「いつか動くの……!?」
「ええ、はい。動きます」
「やば……」
「地球では動かないんですか?」
「動くわけない……いや、動くってどのレベルで動くわけ?
虫が近くにきたらぱくっと食べるとかそういうやつ?」
「はい。そんな感じです。人間や魔人、動物が来たらぱくりと」
「絶対違う。そんな危険な植物聞いた事ない!
あとさっきから言ってる魔人って何!?」
「魔人、魔人……えっと、獣人とかそういう……」
「なるほど……悪魔とかではなく」
「悪魔はいませんよ。魔物と人間の間みたいな人達の事ですね。
とは言え、ほとんど産まれないんですけど……」
これについても後で本を探した方が良さそうだ。
予兆をどうこうする前に勉強から始めないといけないとは憂鬱である。
「……絶対に大丈夫なんだな?」
「はい! 大丈夫です! うっかり火山の中に入ったりしない限りは大丈夫です」
「そんなうっかりある?」
「どうでしょう……それはハヤトさん次第なので……」
「火山に飛び込むような馬鹿な真似はしません。
で? どうやって行けば良いんだ?」
「えーと……」
女神は鏡に視線を移して、一度淵に触れて鏡に映る世界をズームインした後、鏡面の上でするすると指を動かし始めた。
指の動きに合わせて鏡に映る世界も移動していく。
「この辺りだったら近くに火山もありませんし、海もありません。
気温も地球の春程度かと。間違っても死の危険はないと思います」
「ほーん。じゃ、そこで」
「はい! それでは、送りますね!」
「待て。待って。お前が送るの……?」
「は、はい……私がハヤトさんを地上に送ります……」
「不安しかない……大丈夫? 俺爆発したりしない?」
「だ、大丈夫です! 確かに私は奇跡を使うのが下手ですが……。
地上と天界を繋ぐのは得意なんです。小さな頃、姉様にも褒めていただきました。
美味しい果物を引き寄せるのが上手ね、と」
「果物と人間じゃ違くない……?」
「ええ、まぁ、そうですが。ですが、要領は同じです」
「……帰りも女神が?」
「はい。地上から天界へハヤトさんを引き寄せます」
「そうかよ……。……心の準備するから待ってくれ」
不安だ。不安しかない。
大きく深呼吸して覚悟を決める。
「よし来い!」
「はい!」
手を組み祈りを捧げる女神の姿をはらはらして見つめていれば、俺の体を光が包んだ。
きらきらと纏わりつくその光が眩い程に輝き始めると同時に、辺りから葉の揺れる音が聞こえ始めた。
光が収まるのを待って辺りを見渡してみれば、乳白色の部屋が緑溢れる場所に様変わりしていた。
が、何かがおかしい。
地上に降り立ったその瞬間バキリと何かを踏みつけた感触が足の裏にあった。
それ自体は別段おかしいわけではない。何を踏みつけたのかと足元に視線を向けると、もこもこと緑が広がっていた。
どうやら草を踏みつけたらしい……草にしては妙に固そうな感触と音がしていたが。
いや、そもそも、やけに太陽が近い。
いくらここが異世界とは言え、こんなに近いとは思えない。物凄く眩しいし、頭が焼けるように暑い。
遠くを見渡してみると、俺の膝にも届かないような小さな山が見える。
まるでジオラマだと頭に過って、顔を覆い天を仰いだ。
「あの糞女神ぃ……やりやがったな……」
『ご、ごめんなさぁあああい!!! サイズを間違えました!!!』
「ふっざけんな! 俺が足一歩動かしただけで滅びるわ!!!
どうすんのこれ!? もう動けないんだけど!?」
頭に直接響く女神の声に、ほとんど絶叫のような言葉を返す。
地上に降り立った俺の体は、巨人どころじゃないサイズに変わってました。なんて、笑えない。
『すぐ! すぐ縮めますので!!
そのまま引き寄せると最悪天界も滅ぶので!!!』
「なぁにが得意だよ!!! これで得意だなんてよく言えたな!?」
『ごめんなさい! ごめんなさいぃい……!!』
女神の声に水気が帯び始めている。また泣いてるらしい。こっちが泣きたい。
確かに地上に危険はなかった。俺が危険そのものなだけだ。ふざけるな。
俺の体を先程と同じ光が包んだ。今度こそ爆発するかもしれないと身構える。
体を縮める奇跡は、地上と天界を繋ぐ奇跡ではない。つまり、女神が得意だと勘違いしている奇跡ではない。
ということは、最悪ビッグバンが起きますけど良いですかのやつだ。
体をぎゅっと縮こませて目を閉じる。
『は、ハヤトさん……?』
「……何? 縮んだ?」
『いえ……』
閉じていた瞼を開いて辺りを見渡した瞬間、視界に極太の光線が走った。
何事かと辺りを見渡すと、俺の視線に付いてくるように極太の光線も動く。
「は……? 待て待て待て……今度は何しやがった!?」
『ひ、ひぃいい……! ハヤトさん! 目、右目を! 閉じてください!』
その言葉に急いで両目を閉じる。
恐る恐る左目だけを開いて辺りを見渡すと、光線が走った箇所から炎が燃え盛り、炎が辺りに広がり始めていた。
「俺の右目どうなっちゃったの……」
『ご、ごめんなさい……ビームが……!』
「ビーム!? 目からビーム!? 右目から!?」
『す、すぐに! すぐに戻します! 体も!』
「ひぃん……」
情けない声が出る。
もう終わりだ。この女神が元に戻せるわけがない。
俺の体を包む光を無視して、天を仰ぐ。
ああ……太陽が近い。溜息が漏れたその拍子に、俺の口から太陽に向かって光線が飛び出て行った。
崩れ始めた太陽がこちらに向かってくるのをぼんやりと眺める。
「今すぐ元に戻して、地球に帰してくれ……」
そして世界は滅びる。
俺の所為……いや、どう考えても女神の所為。