Ⅰ
葵の瘴気は段々深刻な状況になっている。富山に魔法の援護をしてもらったのにも関わらず、ここまで激しくなったのは予想外らしい。
「さて、これから、坂田さんには葵さんの夢の中に入ってもらいます」
「夢、ね……。それでその夢とやらに入ったら俺はどうすればいいんだ?」
「とりあえずは、辻中さんに会ってください。でも、夢の世界からの脱出は、そう簡単にうまくはいきませんので、命の保証はありません。ですが、これだけは覚えておいてください。万が一の場合は、僕の判断であなたと辻中さんを殺します」
「ああ。納得はしていないが、これがもう一つの選択肢なら仕方ないんだよな」
「はい。本当は、僕もお二人を殺さずに、無事に帰って来ることを祈るばかりですが、これもこの世界で生きる命ある者たちを守るためですので」
「分かってるよ。ただなぁ、お前が思っているほど、俺はすぐにくたばらないさ。それに俺が葵を助けた後は、頼むぞ」
「分かりました。善処します」
犬伏にそう言われ、俺はベンチで横になっている葵の近くに行き、地面に寝そべる。そして、葵の右手を左手でしっかりと握り、富山の方を見上げた。
「富山、遠慮はしなくていい。思いっきりやってくれ」
「言われなくても分かっているわ。それじゃあ、行くわよ」
「ああ、頼む」
俺は目蓋を閉じ、富山は俺と葵に魔法をかけ始めた。
水みたいな感触が、俺の体を覆い始める。全てを覆いつくすが、呼吸がしづらく感覚はなかった。そして、俺は深い眠りに入り始める。
「どうやら、第一段階はうまくいったようね」
「はい、ここからどうやって辻中さんを連れ戻すかは、坂田さん次第でしょう」
「そうね。でも、これがいつまで持つのかは自信がないけど……」
「僕たちは次の対策のために準備をするとでもしましょうか」
深く、深く潜っていくこの体は、一体、どこまで行くのだろうか。さてしなく続くこの暗闇を俺はただ、身を任せながら進んでいった。
「ここが、夢の世界。どうも頭がついてこないな。漫画やアニメに出てくる異世界じゃああるまいし、この世界のどこかに葵はいるんだろうな? ちょっと、怪しくなってきたぞ」
俺はもう少し、この暗闇を潜り始める。