9.嫉妬
寄り添う二人の影が何度も一つに重なる様子を見ている者がいた。下唇をギュッと噛む令嬢はエルフリーデ。
ユベールと同年の、密かに彼の婚約者の座を狙う男爵家の令嬢だ。毎日昼になるといそいそと教室を出ていくユベールの行き先が知りたくてこっそり追いかけた結果、二人の楽しげな、それでいて幸せな瞬間を目撃してしまった。
ユベールの事は3年生になってから知った。父から、卒業までに婚約者を見つけて来いと言われ、同学年を見回したところ一番地味に見えたユベールならば自分に従うだろうと狙った。だが彼は誰とも連もうとしない。たまにある模擬戦で負けるように迫られる時だけ何かボソボソと声を発する以外は声も出さず目立たない。だけど成績は全てにおいて優秀で、暗いことを除けば男爵家の跡取りとしてこれ以上は無いと、勝手に決めていた。
そうはいっても結局ただの一度もユベールと関わる事ができずに、卒業の二文字が生徒達の会話に混じり出す時期になってしまった。
――卒業までに婚約者にならなければ。
エルフリーデは焦り、逃してはならないユベールの行く先を知りたくて追いかけた。彼の行き先を他の生徒に聞けば、なんでも四阿に居るのを見たことがある、と教えてもらった。
「でも恋人と一緒だよ、邪魔しない方がいいよ? 野暮だよ」
そう言って笑われもした。
――恋人? 婚約者は居ないはずなのに!
目的の四阿に目当ての彼が居た。
――何が恋人よ、一人じゃないの。
声をかけようと更に近づいたところ、柱の影に隠れて見えなかった相手が居た。
――なっ! アマンディーヌ・ルロワ! 変わり者の令嬢じゃない。なぜ!?
音を立てないよう、四阿が見えるところまで後退りして、遠目に彼らを観察する。微笑んでユベールの隣に座るアマンディーヌが抱えていた包みは弁当で、二人でそれを食べ始めた。時に見つめ合い、驚いたり照れたりしながら楽しげに過ごす様子に嫉妬した。そこに突風が吹いた。しゃがんで髪を押さえ風が止むのを待って、再び二人を見れば、寄り添っていて、口づけした瞬間だった。
――あいつさえ居なければユベール様は私の婚約者になれるのに……! 彼の隣は私が一番ふさわしいのに! 学園一の変わり者のくせに!
エルフリーデはアマンディーヌへの嫉妬を怒りに変換してしまった。どうにかして二人を引き離し、その間にユベール様を――と決めて踵を返したが、教室へ戻る途中、聞こえてきた会話に足を止めた。生垣の向こうのベンチに居る男子生徒達が、誰かを貶めようという会話だった。
「あいつ気に入らないな。転移者だか知らんがでかいツラしやがって」
「挙句に恋人までいるときた、生意気なんだよ」
「何とかぎゃふんと言わせたいな、次の模擬戦で滅多打ちにしてやるか」
エルフリーデは、ユベールの事を言っているのだとすぐ解った。エルフリーデは閃いて、これは使える。そう思い声をかけた。
「転移者って、ユベール様のことかしら」
だらしなくベンチに座る彼らの前に立って言った。
「んだよ、盗み聞きかよ」
「お嬢様には関係ない事だ」
彼らは同級だ。制服のリボンの色が同じだから、時折ユベールに絡んでいたのも彼らなのだと察した。
「あなた達の声が大きいから聞こえたのよ。それより……良い話があるのだけど」