7.打ち明ける②
「港の食堂で働いていた時、外国から来た商人と友人になった。来るたびに食べに来てくれて仲良くなったらしい。ある時、彼らが持っていた荷物に"コメ"があるのを知った母は少しだけわけてもらった。その場でコメを調理してできた"ご飯"に、懐かしくて嬉しくて、人目も憚らず声を上げて泣いたと何度も聞かされた。よほど嬉しかった瞬間だったらしい」
"コメ"と聞いて、ユベールはおにぎりを思いうかべ、アマンディーヌを見た。彼女はニッコリと微笑んで小さく頷いた。
「俺も。俺も、アマンディーヌ様におにぎりをもらった時は驚きました。見覚えのある形に、聞こえた"おにぎり"という言葉。こちらに来てから一度も見聞きしたことのなかった、懐かしい単語。食べてみたら、味も食感も何もかも懐かしい母親の味がして、とても嬉しかった。正直、もう母の顔は思い出せないんです、それくらいなのに、おにぎりを頬張った瞬間、懐かしい気持ちが蘇ったんです……」
ユベールの目が潤んでいるのを見てアマンディーヌも涙ぐむ。
――おにぎりが、誰かの役に立つ日が来るなんて思いもしなかった……この日のために私はお祖母様から料理を教えていただいたんだわ。
「母はコメを何とか安定して手に入れる方法はないか祖父に相談した。祖父は商人と話し合い、コメ栽培に長けている農家の者を紹介してもらって、この地に田んぼを築き、彼らの指導に従って栽培から収穫まで教えてもらった。当時騎士だった父も栽培を手伝うようになって、それが中庭の向こうにある――また今度、時間があったら案内させてくれ。その田んぼなんだ」
田んぼの方面を指差してそう話す。
「だが、ここの奴らはコメの良さがわかる者が少ない。気に入って買ってくれる貴族は何軒かあるが、それでも煮込んだりする程度しか使わない。だからうちでは商人を伝手に外国へコメを輸出しているんだ。怪しい家業、と言われる所以はここだな」
ガハハ、と笑う伯爵に釣られ、皆も声を上げた。
「俺の、あちらの世界の母親は、塩味のおにぎりをよく作ってくれていたように覚えています。たまに何かが混ざった時もあったけれど、今はそれが何の具だったかは思い出せません。けれどあの小さな三角形と塩味は覚えていて――」
ユベールが嬉しそうに語る様子を見ていたアマンディーヌは、ある事を思いついた。
「そうだわ! ユベール様はあと数ヶ月で学園を卒業なさいますよね、ですから、それまでは私がお弁当を作りたく思うのです、いかがでしょうか。お母様の味には及ばないかも知れませんが、おにぎりも作ります」
突拍子もない提案に、エッと驚く声が二人から同時に飛んできた。
「あ、もしかしたら婚約者様が、いらっしゃったり、なんかして?」
「いや居ない、婚約者は居ない。だから、君のおにぎりがまた食べられるなら、うれしい――」
頭をかきながら照れるユベールの手を取って喜ぶアマンディーヌ。
「よかった! それなら婚約者様がお出来になるまでは私にお任せくださいませ」
おかずは何がいいか、おにぎりは何個食べたいか、アマンディーヌがユベールに聞き出していると、二人の間に割って入った伯爵も言った。
「おおおお父さんだってディーの作ったおにぎり食べたい!」
「では明日から、学園のある日はお作りいたします!」
キャッキャと話し込んでいたら、ユベールの屋敷から迎えの馬車が到着した。
「楽しい時間はあっという間なのね……ずっと一緒に居られたらいいのに」
玄関まで歩きながらぽそっと呟いたアマンディーヌ。これを聞き逃さなかった父親が言った。
「"縁"があれば、そういう未来も叶うよ、ディー」
言ってすぐ、馬車に乗り込むユベールが振り返った。
「ルロワ伯爵、今日はありがとうございました。とてもいい話ができて、その……少し気が楽になりました。同じ気持ちを知っている方が居ると思ったら、心強いです」
「それはよかった、また話したくなったらいつでも来て欲しい。次は田んぼを案内しよう」