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6.打ち明ける

 それから三日後の午後、ルロワ家をユベールが訪れた。


 田植え休暇中だと教師から聞いてアマンディーヌの登校を待っていたが、怪我の具合が気になるし、おにぎりの正体や彼女に言われた事など色々が気になりすぎて待っていられなかった。弁当箱も返さないとならないし、とルロワ家を訪れることを決め、この日の午後は自習で授業がないため、一旦帰宅して執事に話し、借りた弁当箱を手に来てしまった。


「約束も無いのに突然お邪魔して申し訳ありませんが……」

 応対に出た執事は、ピンと来た。この方がお嬢様のお膝のハンカチの君なのだと。


「ただいま旦那様とお嬢様にお伝えしてまいります、こちらの部屋でお待ちください」

 弁当箱を抱え、通された応接間で待つ。


 通された部屋は小ぢんまりとしていて、一人掛けソファが四脚とテーブルが一卓あり、壁にはいくつもの絵が掛けられていた。寒い季節に使う暖炉と、給仕に使うワゴンがあるだだけだ。ユベールは壁に掛かる絵のうちの一枚に目を止めた。田んぼの作業をする婦人の絵画で、写真のように精巧に描かれていた。アマンディーヌのお祖母様だろうか。目元や髪の色が似ているかも。近寄って眺めていた時だった。写真の中の女性がウィンクをした。

「え、いま……?」

 一人呟いて絵を凝視していたら扉を叩く音が響いた。


「ユベール様!」

 アマンディーヌが元気よく入ってきた。学園とは違って髪を一つに編んで作業の邪魔にならないようにしているし、服装もドレスと違いズボンを履いて活動的で新鮮な姿だった。続いて入ってきたのが彼女の父親で、ルロワ伯爵家当主だ。恰幅がよく、背も高い。ユベールは立ち上がり挨拶をする。

「突然の訪問をお許しください。初めてお目にかかります、ユベール・ヴァレットと申します。養父ちちは辺境伯のジェラール・ヴァレットです。えと、今日はアマンディーヌ様にお借りした弁当箱をお返しにあがりました」

 ニコニコとルロワ伯爵は頷いた。

「娘から聞いているよ、世話になったようだね、ありがとう」

「あ、いえ、俺のほうこそ、懐かしいものをいただいてしまって。アマンディーヌ様、ごちそうさま。弁当とても美味しかった。懐かしい味がした」

 弁当箱をアマンディーヌに返しながら、伯爵に向き直って口を開いた。


「――お聞きかと思いますが、俺は転移者です。8歳の時にこちらに迷い込みました。森の奥でうずくまっていたところを養父(ちち)ジェラール・ヴァレットに拾われ、正式に手続きをしてもらって養子になりました。その時名付けてもらったのがユベールという名です」

 これまで自ら転移者だと名乗り出た事はなかった。

 あいつはそうじゃないか、そう言われる事は何度かあって、直接聞かれたら正直に話していた。だが、怪訝で好奇に満ちた視線を向けられて終わるか、絡んでくるかのどちらかが多かったため、聞かれても話さないようになった。黒い髪、黒い瞳が気味悪いと言う者も居たから、絡まれないように前髪を伸ばして目を隠していた。

 ここへ来るまではアマンディーヌに聞きたいことがたくさんあり、身の上話をする気は無かったのに――ルロワ家の不思議な空気と、先ほどの絵画の中の女性のウインク――確かにしたように見えた――に背中を押され、この人達になら言っても大丈夫だろうと思い口を開いた。


「養父には感謝しています。辺境に勤める騎士達や屋敷の使用人達は皆、俺を厭わずに見守ってくれました。だから、将来は騎士になって辺境に戻り、皆に恩返しをしたい。そう思っています」

 目の前の伯爵は大きな目でユベールを見て話を聞いていたが、話し終える頃にはその大きな目から涙をこぼしていた。

「なっ、伯爵、どうか」

「お父様!?」

「旦那様、これで涙をお拭きください」

 三者三様に声をかける。


「すまん……小さいのに苦労したのだなと思ってな……ぐすっ……心細かったろう、不安だったろう。母から聞いた話と被って、涙が、」

 執事から受け取ったタオルで顔を拭う。

「お母上は、あの稲刈りをする絵画の女性でしょうか」

「そうなんだ。稲刈りをしている季節の絵でね、不思議なんだよ。どういう仕組みか全くわからないが、見る時の気分や角度でウィンクしているようにも見える……あちらの世界の技法なのだろうか」

 気のせいじゃなかった! ユベールは心の中で小躍りした。

「いや、そういうのは俺も見たことがありません」

「そうか。まるで意思の疎通ができているんじゃ無いかと思うくらいに良いタイミングでウィンクしてくるから時々びっくりするんだ。その母の場合は大人になってから転移してきた。君のように保護してくれる人が居らず、結局は城に連れて行かれて、そこで数年かけてこの国の事を学び、街で独り立ちできるように様々な訓練を受けたらしい」

 こちらに来た日、養父から聞いた話を思い出す。あの話は今でもたまに脳裏に蘇って、自分はつくづく、良い方に出会えたのだと感謝でいっぱいになる。

「当時、養父が同じ事を言っていました。大人なら城で独り立ちができるまで世話をしてもらえるが、俺のような子供は身元のしっかりした家に引き取られるのだと」

 たった一人で突然知らない世界に放り出されるのだ。大人とはいっても、心細さは子供と変わらずあっただろう事は、ユベールには容易に想像できた。扉から転び出た時の絶望感と困惑は時折夢に見る。それを思い、奥歯を噛み締めた。


「母はあちらの世界で身につけたんだろう、計算もできたし縫い物に料理、掃除や読み書きもできた。だから国のことを学び終え、街で暮らす決心がついた時、当時の私の祖父が後見人となって部屋を借りて働ける環境を整えた」

 冷めたお茶を入れ替える執事の動きを皆が黙って眺める。


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