2.手渡されたもの
咄嗟に猫の鳴き真似をしてみたところ、瞬間、彼らの気配が止まった。
(やった、効果あった!)
思いきり飛び上がったアマンディーヌ。一瞬だけ茂みの向こうが見えた。複数に押さえ込まれている黒い髪の人と目が合った。
(あの方がユベール様……?)
今度は思い切りしゃがむが、しゃがんだ拍子に膝をベンチに強打してしまい、ガン!と大きな音が辺りに響いた。
(ひー! 痛い!)
彼らにみつかってしまったかもしれない!? どうしよう!
だが痛すぎて動けない。焦っていると、茂みの向こうは静かになったままで、ユベールと呼ばれた人の声がした。
「手、離せよ」
押さえつける腕を振り払ったのだろう。ザザッとこちらに近寄った感じがして、でも声の感じはこちらに背中を向けているようだった。次いで、情けない捨てセリフを吐いてバタバタと駆けていく音が聞こえ、辺りは再び静かになった。
(よかった……)
安堵のため息を大きく吐いたところで、茂みの向こうから黒い髪の男性が現れた。
「おい」
「ひゃあ!!」
驚きすぎて、勢いよく後退りをしたため、今度は柱に頭をぶつけてしまった。ゴン!と威勢のいい音がした。
「ったい……」
ぶつけた箇所を押さえてうつむくアマンディーヌ。スカートから血の滲む膝が見え、後頭部を片手で抑えて唸っている様子に心配して、先ほどの人――ユベールと呼ばれていた――が近づいてきた。
「す、すまない、驚かすつもりはなかった、大丈……」
アマンディーヌの前に膝をついて背を屈め、後頭部に手を当てながら彼女の顔を覗き込んだ。気配に顔をあげれば目の前にイケメンがいて、視線が絡み合う。
互いに言葉が出て来ず、数瞬間、見つめ合っていたら、どちらのものかわからない腹の音が鳴った。
「あ、そ、そうだわ、お弁当!」
「え、弁当?」
勢いよく立ち上がり、ベンチに置いてある弁当を彼にも勧める。
「あなたもお腹が空いているのではなくて? 今日は作り過ぎちゃったので、はい、どうぞ」
木の皮で作られた、平たい箱を一つ渡されれば、中には白くて丸いものが詰まっていた。
「えっ」
「それはうちの特製おにぎりよ、腹持ちもいいし美味しいの。あ、大丈夫、変なもの入れてないから」
笑顔でそこまで言いながら、自分も手元のおにぎりを手に取って頬張るアマンディーヌ。
「今日はね、塩味が良い具合に……口に合わなかった? だいじょうぶ? あの……泣いてる、けど」
言いながら隣に座った彼を見遣ると、頬張りながら何故か涙を流していた。
「っ、すまない……懐かしくて、嬉しくて」
懐かしくて、という言葉を聞いて、アマンディーヌはハッとした。もしかしたら――。
「あの、お名前を教えていただけますか、私はアマンディーヌ・ド・ルロワと申します、一年生です」
アマンディーヌに手渡された濡れタオルで手と目元を拭いながらアマンディーヌに向き直って名乗った。
「これは申し遅れてすまない、俺はユベール・ヴァレット、三年生だ」
「――ヴァレット様といったら、辺境伯様ではないですか?!」
一瞬眉を顰めたユベールには構わず喋り続ける。
「辺境の皆様のお陰で、私達はこうして暮らしていけているのです、珍しい食材も国境を越えねば手に入りません。先ほどの方達のように蔑むなど……!」
「あ、うん、まあ俺は養子なんだけどな」
「養子……あの、ユベール様は今日、何かご予定がおありですか? お住まいは遠いのでしょうか。もしご都合がよろしければ私の父に会っていただ……あっ! 決して変な意味では無くてですね、あの、もしかしたらですけど、ユベール様は――」