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「ここは……」
もぞ、と起き上がる。ふかふかのベッド、高い天井に大きな窓。
「目が覚めた? どこも痛いところはない?」
声のする方を見れば、知らない大人の女性がいる。金髪で髪を結い上げ、母親が着ているような服とは全く違う、アニメに出てくるようなドレスを着ている。
問いかけには頭を横に振る。
「そう、ならよかった。お腹はへってないかしら、何か食べたいものあって?」
食べたいものと聞かれ、すぐさま思い浮かんだのは母の作るおにぎりだった。
「おにぎり、が、食べたいです」
「おにぎり? どんなのかしら……」
首を傾げたところで部屋の扉が開いて、昨日の男性が入ってきた。
「ケイタ、目を覚ましたか。気分はどうだ」
「大丈夫です」
ベッドの上からぺこりと頭を下げた。
「ねえ、あなた、おにぎりってご存じですか?」
「おにぎり? 食べ物か?」
「ケイタが食べたいって」
「うーん、聞いたことがないな、どのようなものだ」
「ご飯を三角形にしたもので、おか、おかあさんがっ、作っ……」
ポロポロと涙をこぼし始めたケイタに焦った女性が駆け寄る。
「ああ、泣かないの、ケイタ」
女性に抱き寄せられる。
「とりあえずローラ、君は適当に軽めの食事を用意してもらえるか。スープとパンならいけるだろう」
「ええ、そのくらいがいいわね。ケイタ、おにぎりは無いのだけど、スープなら食べられるわね? 待っててね」
ローラと呼ばれた女性は、ケイタの頭を撫でて部屋から出ていった。男性と二人きりになったケイタは涙を拭いてベッドの上から言った。
「あの、助けてくれてありがとうございました。ここはどこですか」
「ここはカメリア国の辺境の地ダックブルーだ。私はこの地を治める領主でもある、ジェラール・ヴァレット。先ほどの女性は妻で、ローラという」
「かめりあ……ジェラールさん……」
「ケイタにいくつか聞きたい。わかる範囲で構わないから教えて欲しい」
こくりと頷く。
「お前はどうしてあそこに居た? お前の入っていたあの消えた箱は何だ」
いたずらを叱られ、その罰に閉じ込められた事、扉を蹴破ったらあそこに居て、どうやって来たかはわからない事、あの箱は物を入れておく小屋である事を話した。黙って聞いていたジェラールはひとしきり考え込んで言った。
「ふむ……おそらくお前は転移者だろう。着ている服がこちらとは少し違うな。先ほどのおにぎりとやらも元の世界の食べ物だろう。小屋の作りも材質もここでは見た事のない物だった」
「てんいしゃ……」
「何がどうなってなのかはわからないが、時たま異世界からやってくる者がいる。数十年前にも居た。今はどこにいるのかわからないが」
「ぼ、ぼくは、そしたらもう帰れませんか?」
かわいそうだが帰す術も帰る術も無い。本当に運命の悪戯でこちらに導かれてやってきたのだ。数十年前にやって来たのは成人した女性だったと聞く。城でしばらく滞在したのち、街で暮らすようになって、それからの行方がわからない。帰ったのか、市井に紛れて居場所を見つけ暮らしているのか。城に聞いたところで、個人情報、しかも転移者の事を簡単に教えてくれるとは思えない。だから、ケイタへの答えは――。
「そうだな……帰れないかもしれないな」
これを聞いて、ケイタは再びポロポロと涙をこぼしはじめた。しゃくり上げ出した頃、ちょうどローラが戻ってきた。ケイタの食事の乗ったトレイを持った侍女が居た。
「あらあら、あなた! またケイタを泣かせたんですの?! もう!」
「あ、いや、そういうわけでは」
しどろもどろで弁明するジェラールを横目に、ローラは駆け寄ってベッドにあがりケイタを抱きしめた。
「怖いわね、不安ね……」
頭を撫でながら背中をポンポンとさすってやる。
いたずらをしなければよかった。あの時きちんとお母さんにごめんなさいを言えばよかった。おにぎりも美味しいって言えばよかった。お父さんは怒ってるだろうか、弟は泣いているだろうか。おばあちゃんは、友達のヤスくんは。
胸に去来する元の世界のあれこれを思い出しつつ、ローラに抱きしめられて泣いた。
元の世界に戻れない事を受け容れるにはまだ時間が足りない。頭では理解できても心が解ってくれない。怒りとも違う混乱した感情を吐き出すように泣き続けた。泣くより他に方法を知らなかった。
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星影くもみ☁️




