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ユベールがこちらにきた時のお話です。
数話続きます。
ユベールとアマンディーヌが夫婦になって半年が経過した。
寝る支度を終えて、共にベッドに上がる。向き合って手を繋ぎ、その日一日の出来事を互いに報告し合う。問題があれば話し合い、何も無ければ他愛無い会話を楽しんで、そこからは気持ちに任せて夜を過ごすが、この日のアマンディーヌはユベールに聞きたかった事をようやく口にした。
「ねえ、ユベー……」
「ケイタでしょ」
目の前のアマンディーヌの頬をつつく。あっ、そうだ、と思い出して、呼び直した。
「ケイタは、こちらの世界へ来た時のことって覚えているもの?」
「そうだな、その日のことはわりと鮮明に覚えているな」
仰向けになり、天井を見つめる。
「面白くないだろうが、聞いてくれるか」
ん、と短く返事をして、ケイタの腕の中に収まる。アマンディーヌの背中に布団が掛かるように引き上げ、ケイタはゆっくり話し始めた。
* * *
その日、ケイタは母親に叱られ、庭の一角に置かれた小さな納屋に押し込まれた。すぐさま重たい鉄の扉が閉まり、ガチャリと鍵をかけられてしまった。
「しばらくそこにいなさい!」
庭仕事や、夏用のプールの道具、使わなくなった遊び道具の数々に、中身が何だかわからない木箱やらが置かれている納屋だ。
内側から戸を叩き母親に許しを乞うも、母親はおろか他の家族が近寄る気配さえ感じられなかった。物音も窓も無いその狭くて真っ暗いそこに膝を抱えていると暗闇に吸い込まれそうな恐怖に加えて、一生ここから出られないかもしれないという不安、母親から叱られたショックなどに押しつぶされた。
泣き疲れて戸に寄り掛かって眠っていたところ、背中の戸からカチリと鍵の開いたような感覚があり、小さな音が聞こえた。どのくらい眠っていたのかも暗闇だからわからない。母親が来てくれたと思った。ケイタは戸から離れたが、しばらく待ってみても戸が開く事はなく、戸に耳を当てても何も聞こえない。ケイタは恐る恐る内側から体当たりをした。
ガタン!
大きな音がして戸が外側へ外れ、その拍子に外へ転び出た。柔らかい草の感触があり、出られた! と思ったものの、すぐに違和感が襲う。自宅の庭には無いはずの大きな木が何本も目に入ってきた。
「え、ここ、どこ……」
辺りを見回せば、納屋の周りは大きな木ばかり。いつも猫が歩いている、隣家との境目にあるはずのブロック塀や、何年も前に亡くなった愛犬の犬小屋跡も無い。洗濯物を干している竿も無い。そして家も無い。二階建ての赤い屋根の家が。庭に面した縁側と、ガラスの戸の奥にはキッチンがあって母親はいつもそこに居た。その家が無い。
「おか……おかあさあん?? どこ、やだよ、おかあさん!! おかあさん!!!!」
ケイタは混乱し叫んだ。いくら叫んでも森の木々がケイタの声を吸収してしまう。すぐに静寂に包まれて耳鳴りがしてくる。
ホー、ホー、という声が遠くに聞こえるばかりの森の中、頭上の空はオレンジ色に染まっていた。
「どうしよう、どうしたらいいの」
ギャァギャァと聞いたことのない鳥の声がして恐ろしくなり納屋の中へ一旦戻ったものの、戸は壊れていて閉まらない。あの変な鳴き声の動物が来たら食べられちゃう? こわい。こわい。膝を抱え、納屋の中で泣いていた時だった。
「お前はそこで何をしている?」
人の声が聞こえた。パッと顔を上げてみれば、馬に乗った男性二人が怪訝そうな顔で近づいてきていた。
「坊主一人か? 言葉がわかるなら右の手を上げて」
ケイタには彼らの言葉が分かった。だから右手を上げた。
「ここで何をしている? その箱は何だ」
ケイタはたちまち声を上げて泣き出した。ここがどこかわからない、家に帰れない、こわい、と口にして、ただ泣くだけだった。
「旦那様、連れて帰りましょう、じきにここも暗くなります、話しは屋敷でゆっくり」
「ん、そうだな」
旦那様と呼ばれた方の男性が馬を降り、自身が羽織っている外套をケイタに巻いてやった。
「名は何という?」
「ケッ、ケイタ」
「そうか、分かった。ケイタよく聞きなさい。ここでは夜を明かせない。だからお前は俺の屋敷に連れて行く。その箱は明日また取りに来る、いいな」
うん、と頷いたケイタを抱き上げ、もう一人の男性に託した。抱き上げた時には既に目を閉じていて、くったりとしていた。
ケイタを落ちないよう紐で鞍と男性に結び、さあ帰ろうと馬に乗り、ケイタの居た場所をもう一度見遣れば、つい今しがたあったケイタが入っていた箱が忽然と消えた。
「え、旦那様、消え、ました、ね……?」
「ああ、さっきまではあったのにな?! まあいい、ケイタを連れて帰ろう、冷えているし温めてやらねばならん」
二人は馬を駆け、森を出た。
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星影くもみ☁️




