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16.誓い

 食事後、ユベールはアマンディーヌを誘って、再び田んぼまでを散歩にでた。田んぼから戻る頃は日が傾いてマジックアワーとなった空を見上げたり時折顔を見合わせて微笑み合う様子を見ながら、双方の親同士はある話を進めていた。


「今日初めてお会いしてこんな事を言うのは不躾とは思うのですが……お嬢様を息子の嫁にいただけないでしょうか」

 ジェラールがルロワ伯爵に言った。毎日弁当を作ってくれる令嬢、と聞いて、あのユベールがそれを許した存在なら一度会ってみたい。どんな令嬢なのだろうかこの目で見て、直に話して、ユベールがそこまで気を許せるならば二人を添わせてやりたい。そう妻と話しながらここへ来た。

 愛称で呼び合っている様子、彼女を大事に思う振る舞いなどから、彼女となら大丈夫、そう確信を抱いて思い切って申し出た。


「なんと?!」

 ルロワ伯爵は驚いた声をあげた。だがそんな予感はしていた。おそらく申し出がなかったとしても、ユベールから遅かれ早かれそういう話が出るだろう事は予測が付いていのだ。


「あの様子からしても、あの子達は想い合っているように見える」

 窓の向こうを皆で見れば、庭を歩く二人の手はしっかりと握られていた。


「私は、そうなるんではないかと薄々感じておりました。ユベール殿はとても誠実で心が強い。娘をとても大事にしてくださる。――男手ひとつで育ててきて淑女からはほど遠いでしょう。料理もするし農作業までこなす娘には、完璧な淑女のマナーが身についていないかもしれない……だけど、それでも娘の手を引いて共に歩いてくれるユベール殿になら、娘を任せたいと思っておりました」

「それなら話は早い。だが一つお話ししておかなければならない事があります」

「転移者、ということでしたら、ユベール殿から既に聞いて知っております。先ほども話した通り、私の母が転移者でしたからそこは何の問題もございませんな」

 ニッと笑うルロワ伯爵と握手を交わした。


 既にユベールが転移者である事を知っていて、こうして付き合ってくれている事がジェラールは嬉しかった。転移者は敬遠されがちだった。養子を求める貴族に、転移してきたばかりの子供がいる事を話した時もそうだった。『転移者はちょっと……』と返答があって、この国の貴族連中に失望したのだ。

 だから、こうして寄り添ってくれる存在をこの目で見ることができて嬉しかった。妻も同じ思いだった。

「あなた、私はアマンディーヌさんがユベールを大事に思ってくれる事が嬉しい……養子とはいっても大事な息子だもの。今日お会いできて本当に良かった。伯爵に感謝いたします」


 二人が室内に戻ってきた。

「風が出てまいりました、今夜は少し冷えるかもしれません。あら? 何か、大丈夫ですか? お父様何か変なことをヴァレット様に言ったんでしょう!」

 目尻を濡らす妻を慰める夫の様子を見て、アマンディーヌは父に詰め寄った。もう! と頬を膨らませながら父親に握った拳を向け殴るふりをするアマンディーヌ。これを声を出して笑うユベールが、まあまあ、と宥めている。


「いやアマンディーヌ殿、大丈夫だから。これの涙は嬉し涙なのだよ。あなたが息子を愛してくれている事が嬉しくて」

「そうでしたの、嬉し……なみ……!」

 言葉の意味を理解したアマンディーヌは顔を赤らめて背を向け、父親の背に隠れてしまったが、追い討ちを父親がかけた。

「ディーや、こちらのヴァレット辺境伯様が、お前をユベール殿の嫁に、と望んでくださっている」


「養父上!?」

 ユベールも顔を赤くしてジェラールに詰め寄った。

「良いだろう、そういう仲なのだろう? 親の眼は誤魔化せん」

 グッと言葉を飲み込んで、はい、と小さく答えた。

「ユベール、あなたからもアマンディーヌさんに言いたい事があるでしょう? 伝える時はそう何度も来ないのよ」

 養母に腕を掴まれ、アマンディーヌの正面に連れて行かれた。真っ赤な顔のアマンディーヌは変わらず父親の背に隠れているが、父親も娘を前に押し出した。


*  *  *


 ユベールは、ついこの前、アマンディーヌのベッドの上で密かに誓い合ったことを思い出していた。

『ディーを一生俺が守る』

『ユベール様のおにぎりを一生作り続ける』

 だけどあれはふたりだけの約束で、これを確かなものにする為、養父母へ相談しようと思っていたところだった。だから今この場で彼女に渡せるものは何も無いし、しかも双方の親の前でのプロポーズだなんて確実に顔から火が出る。だが、確かにこんな機会は二度とない。


「アマンディーヌ・ルロワ、俺が一生涯君を守る。ディーの作るおにぎりを毎日食べたい……ディー、俺と結婚して」

 ユベールを涙目で見つめるアマンディーヌは声が出なかった。うまく息が吸えない。でも苦しくない。口を手で抑え、隣に立つ父親を見れば、嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「ほら、ディーの番だよ。もう答えは出ているんだろう」

 アマンディーヌの背中をトンと押した。わずかに上体が動いて、口元を覆っていた手を下ろした。

「喜んでお受けいたします……ユベール様のおにぎりを一生涯作りますっ」

 言いながら、差し出されていたユベールの手を取るアマンディーヌ。その目は潤んでいて、堪らず抱き寄せた。

 嬉し涙を流す彼女の頬をハンカチで拭う。

「あ、そのハンカチ……」

「そう、あの時のハンカチ。俺たちを結んでくれたハンカチ」

 ふふっとユベールの腕の中で笑えば、室内のあちこちから小さな歓声が上がった。いつの間に集まっていたのか、使用人達が皆居るし、中庭にには田んぼ作業を手伝ってくれていた人たちも多数集まって、二人のこの瞬間を見守ってくれていた。


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