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15.来訪者

 事件から数日が経過した。休んでいたアマンディーヌは復学し、ユベールの弁当を作り共に昼を過ごす日々が戻ってきた。


 現場となった古い厩はあの日の翌日にすぐ取り壊された。鬱蒼としていた草木は伐採され明るく見通しの良い場所に変わっていて、瓦礫の処理をしているところだった。そこを使う案を生徒から募っていて、アマンディーヌも一つ案があって提出した。生徒にとっても、また地域の住民にとっても活用できる何かに生まれ変わるといいとの思いを込めた。これまでとはまるっきり景色が変わる。アマンディーヌの怖い記憶を呼び起こすものはなくなった。


*  *  *


 穏やかな学園生活が戻ってきた頃、ユベールの養父母がルロワ家を訪れた。

 毎日弁当を作ってくれている令嬢がいると聞いたジェラールは、ユベールの様子を見にきたと言いつつ、ルロワ家に先触れを出して訪の許可を得ていた。

「いつも息子が世話になっております。毎日弁当を作ってくださっていると聞きました。感謝申し上げます」

 ジェラールとその妻はアマンディーヌに向かって礼を伝えてきた。


「い、いいえ! 私が好きでやらせていただいてるんです、ケイ……ユベール様も美味しいって召し上がってくださるから嬉しくて」

 思いがけない方々の来訪に緊張するアマンディーヌ。


「おや、アマンディーヌ嬢はユベールの名をご存知で?」

「えっ、はい、あの、すみません、はい」

 縮こまっているアマンディーヌの腰を抱いてユベールが言った。

「養父上、ディーを怖がらせないでください」

 これに反応したのがルロワ伯爵だ。

「ディッ!? えっ」


 場所を応接間に移し、ジェラールは荷物を取り出した。

「こちらは隣国の香辛料です。家内が、毎日弁当を作るほどの腕前をお持ちのアマンディーヌ様にぜひ使っていただきいと思いまして」

 差し出された小瓶をアマンディーヌはおずおずと受け取った。指で持ち上げ、中の粉を眺め、キュッと蓋を開けてその香りを嗅いだ。とてもスパイシーで良い香りが鼻を刺激した。

「こっ、これ!」

 目を輝かせたアマンディーヌが父親の方を見る。


「申し訳ない、これは私の母に倣って料理をしてきたものだから珍しい調味料を前にするとどうも興奮するようでして」

「なるほど、それは頼もしい」

 数種類ある小瓶を一通り嗅ぎ終えたアマンディーヌが言った。


「あの、こちら早速使わせていただいてもよろしいでしょうか」

「何かに使えそうですか」

 ジェラールの妻がニコニコとアマンディーヌに微笑んだ。


「はい。ぜひ召し上がっていただきたいので、まだお帰りにならないでくださいませね! それでは失礼して作ってまいります。お父様、あとはお願いいたします」

 そう言って厨房へ駆け出したアマンディーヌ。くつくつと笑いをこぼすユベールを見て、ジェラール夫妻は驚いた。声を出して笑うなど数えるほどしか無かったのに、出会って間もない令嬢の腰を抱いて、彼女の様子をにこやかに眺め、声を出して笑う。夫妻は顔を見合わせ、小さく頷いた。


「では料理ができるまで散策は如何でしょうか、うちの田んぼをぜひご覧に入れたい」

「ぜひ!」

 ジェラール夫妻には、田んぼに降りられる長靴と下履きを渡し、皆で田んぼに向かった。中庭の奥の茂みを抜けると、その先は見事な田んぼが広がっていた。四角に区切られた一つのマスにビッシリと黄色の植物が生えている。夕日を浴びれば黄金色に輝くのだという。


「――ユベール殿には先日もお話ししたのですが、うちの母が転移者でして」

「なんと……」

「いろいろな縁がつながり、今こうして田んぼで"コメ"を栽培しているのです」

「だがここだと奇異の目が多いでしょうな?」

「慣れました。コメを盗み同じように栽培をすれば儲かると踏んだ不届き者も居りましたが、どうやらここが一番栽培に適しているようで、奴らのコメがうまく育った話は耳に入ってきておりません。やがて不届き者は現れなくなりました。ルロワ印のコメ以外は、味わいも悪くパサパサしており粘りも足りない。うちのコメは、煮込んだり焼いたりする以外にも、"おにぎり"にもピッタリです」

 ジェラールは何か思い出した。ハッとして、ユベールを見た。うん、と頷いてニッと笑った。


「こちらには"おにぎり"があるのか」

「え、ええ、ございます。娘が毎日握っております。後ほどお出ししましょう」


 そんな話をしていると、屋敷からとてもスパイシーな香りが漂ってきた。

「これはカレーだ……コメにかけて食べるもので、とても美味し……」


 屋敷に戻ると、料理が並べられていた。

 深さのある皿には炊き立てのコメが盛られ、黄色のトロリとしているものがかけられている。

「これは"カレー"という料理です、何種類ものスパイスを混ぜて作ります。ご飯にかけていただきます、たくさんの野菜が柔らかく煮えて溶け込んでいて、辛さの中に甘みもあって美味しいんですよ」


 この懐かしい味と香りはユベールの薄れていた記憶を呼び起こした。

「ユベール? カレーはあちらの料理なのよね? とても美味しい」

 食べる手を止めている養母が声をかける。

「養母上、そう、そうです、これはとても懐かしくて……とても美味しいでしょう」

 涙目で養母に笑顔を向ける。

「さ、温かいうちにいただきましょ」

 無言で食べ続けていたジェラールが興奮した様子で言った。

「これは美味い、辛いのに美味い。しかも腹が膨れるな。騎士達にも食べさせてやりたい」


 カレーを堪能している彼らに、アマンディーヌは更に皿を出した。

「お腹に余裕がありましたら、お召し上がりください、"おにぎり"です。塩味がついていて、これを弁当にしています」

 そう言って手拭き用の濡れタオルを手渡した。ジェラールは手を拭って、おにぎりをひとつ手に取った。

 ホロ…と崩れそうで崩れないやわらかさ。一口かじり、咀嚼をし飲み込んだ。

「養父上どうですか、美味いでしょう」

 もくもくと食べ終えたジェラールは大きく息を吐いてユベールを見た。


「お前を森で見つけた日の翌朝、何か食べたいものがあるか聞いたとき、お前はおにぎりが食べたいと言ったな。これだったのだな……よかった、ケイタの食べたいものがここにあって、よかった……」

 養子とはいえ、8歳から息子として育ててきたユベールの、おそらく最も食べたいと願ったものを用意できなかった当時を思い出した。

 辺境とはいえ、隣国からやってくる食材も豊富だしある程度ならなんでも用意ができた。子供の事だから、甘いものや果物だろうかと勝手に想像したが全く違っていて、ケイタの欲したものは用意できず、ごくありふれたものを食べさせた。文句一つ言わずに食べていたケイタの姿を思い出した。

 だが、ここルロワ家にはあった。同じ転移者であるという先代の奥方により、孫娘アマンディーヌに受け継がれていた。色々な縁が繋がってコメを栽培していると公爵は話してくれたが、ユベールにとっての縁も、繋がっていた。


 背中をなでる妻の手を取って、呟くように言う。

「よかった……」



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