14.夢から醒めて思うのは
古く暗い厩の中を逃げ惑う夢を見た。逃げ惑うなか、伸ばした手が暖かい何かに包まれ、名を呼ばれた気がして目を開けた。荒い呼吸を整えながら、今しがた見たのは夢だったと理解すれば、自分を覗き込むユベールの顔があって大きな安心感が湧いた。手を伸ばしユベールの首に抱きつく。
「――ユベール様」
夢でよかった。目が覚めて一番最初にユベールが居てくれてよかった。
「ディー、大丈夫か、どこか痛いところはあるか?」
「ん、だいじょぶ……どこも痛くない。ユベール様、ずっと居てくれたの? ありがとう」
抱きついたまま上体を起こし、ユベールが背中にあてがった枕に寄りかかる。カーテンは閉められていて外が見えないが、だいぶ暗いのだろうか。
「もう夜? どのくらい寝ていたのかな」
「四時間位だよ」
足元に折り畳まれて置かれたショールを肩に掛けてやり、そのままベッドの端に座った。
「ユベール様は帰らなくて平気?」
「ん、今日は泊まらせていただくことにした。家にも連絡はしたし、お父上にも許可を頂いてる」
抱き寄せ、おでこに口づけを落とす。
そっか、と答え、ユベールの手を握ったり指を絡めたりしながら、今日の出来事をポツリポツリと語り出した。
「朝ね、教室に入ったら、私にって預かったって手紙を渡されたの。ユベール様の名前が書いてあった。東の厩でお昼を食べようって。だから急いで行ったんだけど……あ、そうだ、お弁当、投げつけちゃったの、ダメにしちゃった。ごめんね」
おそらく、防衛の為に突き出したか投げたかしたのだろうと、現場を見て理解していた。どんなにか不安だったろう。楽しみに駆けつければ俺ではなく輩が居たのだから恐怖は計り知れない。人通りのないところだから余計に。そう思うと、いま無事に腕の中に居てくれることが嬉しくて、ありがたかった。
「何も謝ることなんかない。ディーの無事が一番なんだから。弁当はまた作ってくれるんだろう?」
そう言いつつアマンディーヌの顔を覗き込む。潤んだ目でユベールを見返して微笑んだ。
「ん、作る。食べてね」
ユベールの胸にぐりぐりとおでこを押し付けて、声にならない声で言った。心なしか震えているようにも聞こえた。
「もちろん。ディーの作るもの以外は食べないからな」
少しいたずらっぽく、部屋に満ちる落ち込んだ空気をかき消すかのように言えば
「そんな、それは責任重大」
パッと顔をあげ、ふふふ、と笑い合う。だが抱きしめた腕を緩めることなくユベールが言う。
「卒業して受ける騎士試験に受かったら、2年の研修期間があるんだ。そこでの成績次第で、赴任地を選べる位に上がれる。そうしたら――」
腕を緩め、しばし見つめあって軽く唇が重なる。
「ディー、一生、俺のそばにいて。」
ユベールの腕の中で、こくん、と頷いて、返した。
「そしたら私は、ユベール様のおにぎりを一生作り続ける」
肩からショールがずり落ちていることに気がつかないほど、二人の目にはお互いしか映っていなかった。見つめあって、軽く口づけをしては離れ、そうして何度も何度も口づけを交わした。それは二人にとって誓いの口づけにも似ていた。




