12.拒絶と(ユベール視点)
毎日弁当を作ってきてくれるアマンディーヌとの時間はユベールにとって楽しみな時間だった。午前中絡まれても昼になれば会える。他愛ない会話をしながら、時に愛しさが募って抱きしめたり口づけもして、とても幸せな時間で欠かせないものになっていたのに、邪魔をする者が現れた。
彼女はアマンディーヌが『餌付けに飽きた』と言っていたと言い、己がアマンディーヌの代わりになると口走った。あり得ない話だ。アマンディーヌにはそういう話をする友人は居ないはずだし、人に対して「餌付け」という言葉を使うような人間ではない事はよく知っている。第一、昨日の別れ際には、今日の弁当の中身を少しネタバレしてくれたくらいだった。だから、女の話は嘘だと確信があった。
――こいつの目的は何だ……。
身体中で警報が鳴り響き、全身に走る緊張感。手のひらがじっとりと汗ばんだ。
ふと、先ほどの三人の姿が浮かんだ。
ああ、そうだ、あいつらはどこへ向かっていた……関係があるのか? 目の前のこいつはまさか、と立ち上がったところで女に腕を掴まれた。
『私、ずっとあなたをお慕い申しあげておりました、アマンディーヌ様は他の殿方のお相手をなさっておいでです、ですから、私を』
寒気がした。服の上からでもわかる、女の掌の熱。掴んできた箇所から毛虫が這い上がるかのような不快感が広がる。
――ああそうか、そういう事か。点と点がつながった。こいつとあいつらはグルだ。俺をここに足留めして、ディーを……。
離せと言ってもなおユベールの腕を掴んだままの女はベラベラと話し続けた。
滑稽で哀れな女。だがユベールには彼女に情をかける気はさらさら無く、腕を掴まれながらも歩き出した。
『お待ちください、あなた様には未だ婚約者がいらっしゃらない。あの変わり者のアマンディーヌ様よりも私の方が、あなたにふさわしいはずです。私なら社交界で恥ずかしくなく振る舞えます、けれどあの方は――』
他者を貶して自らを売り込むその心根の醜さに怒りが沸いて、立ち止まり彼女の顔を睨め付ける。
『ルロワ家は王都でも浮いていて怪しい家業です、社交界でも浮いている。父親の伯爵は外国と違法な取引をしているとも聞きます。そんな人たちと関わるとあなたが』
強く腕を振って女の腕を解いた。彼らの何を知っているのか。苦労の数々、今も続くそういった声のせいでやむを得ず外国へ輸出しているという事を知っているのだろうか。
ルロワ家の方々を貶すことは赦さないし、二度とアマンディーヌと俺に近づかないよう釘を刺し、四阿から駆け出した時も女は諦めずに喚いていた。
『あなたの婚約者にしてくださいませ、きっと良いようにしますから!』
――何が良いようにするだ、気味悪い。あいつを妻になどあり得ない、寒気がする! もしディーに何かあったら赦さない……!!
三人が向かった先の目星はついていて、東の端にある使われていない厩を目指して走り出した。途中で呼び止められたが、女生徒が騙されてそこに連れ込まれているかもしれないこと、先生方にも来ていただきたいことを頼んで先を急いだ。話を聞いた教師は急ぎ教員室へ戻り、手の空いた者は東の厩に来てほしい事を叫んでユベールの後を追った。
――ディー、ディー! 無事でいて!
古い石造りの厩が見え、それと同時に、木の扉を蹴飛ばす三人の生徒の後ろ姿が見えた。アマンディーヌの姿が見えない。あいつらが蹴飛ばす扉の向こうに居るんだろうか、なら無事か。
「おい」
「ユッユベール?! お前なぜ」
彼らはユベールに向かって腕を振り上げてきた。さんざん扉を蹴っていた彼らは向き直り、三人がいっぺんにユベールを囲んだ時、四名の教師も駆けつけた。いずれも男性教師で、三人は瞬く間に大人しくなり、教師達に連れて行かれた。彼らが居た扉の前まできて、アマンディーヌを呼ぼうとした時、足元にアマンディーヌ手製の弁当が落ちており、無惨にも踏みつけられていた。これを投げつけたんだろうか、それで中に逃げ込んだ? そういう状況に追い詰められたんだろうと想像すると再び怒りが沸いてきた。
「女生徒は居たか?」
教師が一名残り、アマンディーヌを捜してくれる。
「彼女はおそらく中です――ディー、どこにいる、中か? 大丈夫だ、もう奴らは居ないから出ておいで。開けられるか? 無理なら戸を壊す」
中からか細い声が聞こえた。鍵を開けているのか、ガタガタと扉が鳴って、内から開いた。
「ディー!」
「ユベール様、指一本触れられなかったのよ、強い、で……」
出てきた彼女は多少髪が乱れてはいたものの、着ているものに乱れもない。無事を確認して彼女を抱きしめれば、彼女の方も安堵感からか力を抜いてしまい腕の中で意識を失った。




