表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

甘い痛み

ゴットランド王国。白い城壁の城。王宮には庭があった。初夏の薔薇が薫る風の中、庭師のレイアは庭の手入れをしていた。すると庭の奥から野太い悲鳴が聞こえた。


「いやあ?助けて」

「私には無理です。リラ先輩」

「何言ってんのよ?うおおお」


庭を飛んでいた蜜蜂。リラを追いかけていた。レイアは静かに彼女を背に回した。


「興奮しないで。静かに、落ち着いて」

「だってだって」

「し……ほら。向こうに行った」


レイアの言う通り。蜜蜂は去っていった。この話をニッセに報告すると退治せねばならぬと言い出した。


「王宮の者が刺さったら大変だからな。早速、退治しよう」

「ニッセ庭長。何かいい方法あるのですか」

「ふふふ。わしを誰と思っているのじゃ」


老庭師は管理室の奥から謎の薬草を集め出した。


「これを焚いて巣をいぶすのじゃ。早速明日、やって見るぞ」


上司の言葉。張り切っているニッセ。しかし、翌朝、リラの姿はなかった。


「原因不明の腹痛とのことじゃ」


……逃げたな。


「私たちだけでやるんですね」


他の庭師も理由をつけてこない現場。ニッセとレイアだけが巣を見ていた。木の上。大きな巣。ニッセは大きく息を吐いた。高齢の彼、レイアは覚悟を決めた。


「庭長。ちょっと下がっていてください」

「レイア?」

「私がやります。無理はしませんから。時間をかけてやりましょう」


この煙の作戦はレイアも同感だった。森に住んでいる時はこうして対処していたレイア。ニッセに任せるよりは自分で行ったほうが安全と見た。二人は巣の周りを煙で囲って行った。するとぶんぶんと蜂が怒って出てきた。


「まずいぞ?レイア。思ったよりも数が多い」

「下がって!これは耐久戦です」


巣から逃げ出して来た蜂。これは薬草の煙に巻かれてバタバタと落ちてきた。ニッセの煙は効果があるが、まだまだ数ある蜂。レイアは距離を保ちながら巣を追い詰めていった。


やがて森はしとしと雨。時間がかかる作業。ニッセを部屋に帰したレイアは一人、庭の隅で蜂をやっつけていた。煙に含まれる薬草の成分。蜂を湿らせ地上に落としていた。


……よしよし。これでうまくいくはずだし。


ようやく先が見えてきた彼女。その背に何者かが声をかけた。


「ねえ。レイア」


背後からの声。レイアは振り向く余裕がなかった。


「ブーセン。ここは危ないの。向こうにおゆき」

「やあ?煙を焚いて何しているの?」


しかしその声に振り向いた。


「ユリウス王子こそ……」


……どうしてここにいるの?


ブーセンを肩に乗せた王子。レイアの姿を不思議そうに見ていた。しかし、レイアはその身を押した。


「ダメです!ここは危険です」

「どうして?何もいないよ」


蜂が見えないのか、王子は警戒心ゼロ。その時、風が吹き煙が晴れた。いきなり蜂の軍団が現れた。レイアは王子を背にした。


「うわあ。何これ?」

「ブーセン!王子を王宮に!」


レイアの命令通り。ブーセンと王子は一瞬で消えた。しかし。レイアは刺された。


「痛い!この!この!」


そばの松明を振り回し、焚き火の中に薬草を投げ入れ煙を増やした。その煙で目から涙が出てきた。


……はあ、はあ。これで、終わったかな。


巣から出てくる蜂が少なくなった。ここでやめては元も子もない。レイアは煙を燻し続けた。




夕刻。蜂が大人しくなった様子。ずっと見ていたレイア。ここで一旦、庭の泉にやってきた。水鏡。映る自分。そこにはひどい顔の自分がいた。


「有り得ない?痛……後で軟膏を塗ろっと」

「おい。レイア。大丈夫か」

「その声は」


背後の声。例の男。しかし。この顔を見られたくないレイア。持っていた布で顔を覆い、目だけ出した。


「ルカさんですか」

「うおおお?びっくりした?お前、何してんだよ」


オレンジ色の夕焼けの庭の外れ。顔を隠すレイア。ルカは驚きで目を見開いた。


「ここは危ないです。どうぞお部屋に戻ってください」

「お前の方が危ないって。して。本当に何をしているんだ」


ここに蜂がブーンと飛んできた。レイアは咄嗟にルカを庇うように抱いた。


「蜂の巣なんです。動かないで」

「これは?で、お前。刺されたのか」


気がつくと足元には大量の蜂の残骸。ルカは眉間に皺を寄せた。


「仕事ですから」

「顔か?どれ、お前は」


彼女の顔を包むように手を出したルカ。しかしレイアはそっと交わした。


「触ったら痛いでしょう?」

「す、すまん」

「本当にいいんです。これから仕上げなんで、ここから離れて下さい」

「お前。大丈夫かよ」


心配そうについてくるルカ。言っても無駄な様子。レイアは振り向いた。


「じゃあ。その松明を持って。そこで見ていて」


木の巣の下。大な葉を敷き詰めたレイア。そして手には火が付いた棒を持っていた。


「お前……何するんだよ」

「静かに。行きますよ。それ!」


投げつけた棒。巣に命中。そして落下した。


「う?ばか!中から蜂が出てきたぞ」

「逃げてーー」


二人は必死に蜂から逃げた。ルカはレイアの手を握っていた。そして気が付けば落とし穴のところまでやってきていた。


「はあ、はあ。すげえ?何あの羽音」

「ルカさん……刺されなかった?」

「お前」


彼女の顔の覆いは外れていた。自分を心配するレイアの顔は赤く、それは痛痛しく腫れていた。


「お前、顔。ひどいぞ」

「その言い方もひどいです。それで、本当に大丈夫?ルカさん」


見つめる瞳。本当に心配そうに自分を見ていた。ルカの心は熱くなった。


「ああ。自分の心配しろよ」

「これからしますよ。あ?」


ルカは思わずレイアを抱きしめた。その体が熱かった。


「レイア?」

「はあ、はあ。ちょっと刺されすぎました……ブーセン、どこ。ブーセン」


彼の腕の中で朦朧とする声。


「しっかりしろ」

「はあ、はあ、頭が痛い?……」


彼女のあまりの苦しみにルカも叫んだ。


「おい!ブーセン!出てこい?いるんだろう」

「なんだよ。うるさいな。あ?レイアが大変だ!」


驚くブーセン。これに仲間のブーセンもやってきた。


「ルカ!そこに寝かせて!早く」

「こうか?」


ルカは草に彼女を寝かせた。その手をしっかり握った。

ブーセン達は一斉に魔法をかけた。光に包まれたレイア。やがて元の綺麗な顔に戻った。


「レイア?聞こえるか」

「はい……ブーセン、ありがとう。ルカさんも。お世話になりました」

「お前さ」


無謀な仕事に呆れるルカ。妖精は構わずはしゃいでいた。


「レイア元気になった?遊べるかい?」


無邪気な妖精。無理して微笑むレイア。それを見ていられないルカは妖精の頭を撫でた。


「ブーセン。よくやった。俺が後で遊んでやるから、今は帰れ」


まだ痛そうなレイアを見たブーセン。不貞腐れてパッと消えた。雨上がりの草の上。二人の髪が濡れていた。


「なあレイア。お前はバカか?なんな巣、ほっておけばいいのに」


レイアはルカの手を借りてよろよろと起き上がった。


「だって。誰かが刺されらた困るでしょう」

「だからと言って」

「いいんです。それに私も欲しかったので」

「欲しいって。何をだよ」


驚き顔のルカ。支えてもらいながら立ったレイア。彼に肩を抱かれて微笑んだ。


「いいものですよ。ありがとう。ルカさん」

「レイア……」


この夜はこのまま、途中までルカに送ってもらい部屋に帰ったレイア。翌朝、巣のところに戻ってきた。




「やったわ!上手くいったわ」

「レイアよ……どうじゃった、おお?大きな巣じゃな」


壊れた巣。ニッセとレイアはよいしょと運んだ。そして木箱に入れ、蜂蜜を作り出した。


「これはいい蜂蜜ができますね」

「ああ。王子も喜びになるだろう」


……これで。あの王子が元気になればいいな。


レイアの苦労の結果。こうして蜂蜜が完成した。煮沸した瓶に詰めた瑠璃色の液体。これをニッセは王宮に提出した。



◇◇◇


「残りはこれしかないの?」

「すいません、リラ先輩」

「どうせあんた。独り占めしたんでしょう?」

「まあまあ、リラ君。みんなひと匙だけのご馳走じゃよ」


レイア命がけの蜂蜜。残量があまりに微量。結局、彼女の口には入らなかった。王子が元気になればそれでいい。レイアはそう思っていた。

そんな時、管理室にノック音がした。


「失礼する。ここに蜜退治のレイア:カサブランカはおるか」

「ガルマ殿。レイアはそこにおりますが」


ニッセの返事。一同は一斉にレイアを見つめた。


「私が何か?」

「来い。そなたのした事に王子がお怒りだ!早く来い」


怒るガルマ。ニッセは青ざめ、リラはクスクス笑っていた。レイアは仕方なく一緒に廊下を歩いた。



「……蜂退治のレイア:カサブランカよ」

「庭師です」

「まあ良い。して、そなたはルカ殿を知っておるな」


静かに尋ねるガルマ。レイアはドキとした。


「はい」

「あの方は、お前が思っているような方ではない。今後は、会うのを慎むように」

「は、はい」


……会ってはいけないってこと?でも、いつも向こうから来るんだけど。


隣を歩くガルマは難しい顔。レイアはひとまず何も言わずにいた。そして部屋に通された。


「ここで待て」

「はい」


白い部屋。おそらく高貴な人の部屋である。レイアは落ち着かないので窓辺に立っていた。やがて戸が開いた。


「レイア!大丈夫かい?」

「王子……これはどういう事ですか」

「何を言っているんだよ」


ユリウスはレイアをじっとみた。その目には涙があふれていた。


「ごめんよ……僕のせいで、蜂に刺されたんでしょう」

「そんなことは」

「ううん。ルカがめちゃくちゃ怒ってた……うう。僕を許して」


レイアの手を取ったユリウス。おでこのつけたレイアの手は涙で濡れてきた。


「王子?どうか、気にしないで」

「痛かったでしょう?僕、知らずに邪魔しちゃって。本当に、本当にごめんなさい」

「王子……本当にいいんです。顔をあげてください」


レイアはじっと彼をみた。


「私。王子に元気になってもらいたいんです。だから。もういいんです」

「レイア」

「蜂蜜は?もう、手に取られましたか?」

「あるよ……そこに」


テーブルの上。そこには綺麗に包まれた瓶があった。琥珀色のハニー。見るだけでうっとりする色。ユリウスも顔を上げた。


「君があんなに苦労したのに。僕が口にできるはずないよ」

「それは困ります。ほら?せっかくですのでどうぞ食べてください」

「……わかった。今、爺やを呼ぶから。ここで待っていて」


王子は部屋を出て行った。しばらくすると、ドアがいきなり開いた。



「レイア!俺が試食してやるぜ」

「ルカさん?王子は?」

「んなもん。どうでもいいだろう?さあ。爺!俺たちにお茶を淹れるんだろう?早くしろ」

「はいはい」


老執事は嫌そうな顔でルカの指示を聞いていた。彼はテーブルに紅茶セットを置いた。ルカは大きな椅子に座りふんぞり返っていた。


「おい。何度言えばわかるのだ。『はい』は一回だろう」

「はい」

「何だその『はい』は?俺に対する敬意が見られんぞ」

「……」


無視した爺。ルカは真っ赤になって怒った。


「爺!レディの前だぞ。失礼だ」


すると爺はおもむろに部屋を見渡した。


「おやおやルカ様。どこにレディがいるのですか?爺の目には見えませぬ」

「お前……レイアを愚弄しているな」


ギリギリ怒るルカ。しかしレイアは静かに二人を向いた。


「いいのです。私は森娘で庭師。ここにいてはおかしいですもの」

「レイア……」


先ほど。ガルマからルカに会うなと言われたばかり。レイアは頭を下げた。


「失礼しました」


切ない目で見つめるルカ。レイアはそれ以上、何も言わず部屋をでた。


……これでいいよの?さあ。仕事に戻ろう。


庭師の自分。立ち位置、相手の立場。レイアは静かに仕事に戻って行った。







「爺や。どうしてなの」

「ユリウス王子。あの娘は下人です。王子が口を聞くような身分の娘ではありませぬ」

「爺!あいつはな?ユリウスを庇って、蜂に刺されたんだぞ?それを追い返すとは。お前は非道だ」

「ルカ殿下……それはあの娘の仕事。私の仕事は王子を守る事です。貴方様も王子を思うなら。謹んで下さいませ」


すると彼は立ち上がった。


「爺や。僕はね。彼女にお礼を言いたかっただけなんだよ。一口だけ。あの蜂蜜を食べて欲しかったんだけなんだ」

「ユリウス王子」

「僕の立場って。そんなこともできないんだね……よく、わかったよ」

「決してそこまででは?王子、王子!」


しばらく。彼は背を向けたまま口を開かなかった。爺は必死に謝った。



「ユリウス様?どうか、お許しを」


振り向いた彼。その顔は悲しそうだった。


「爺……だめだ。ユリウスは奥に入っちまった。しばらく、出てこない」

「そんな」


悔しそうな顔の彼は髪をかき上げた。



……ユリウス。お前はこの国の王子なんだぞ。



沈む夕日。窓辺に立つルカ。ユリウスの純粋な心に、胸を締め付けられていた。



第八「甘い痛み」完



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ