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庭師の試験


二話 

「貴様。この試験を何と心得る。お前のような性根の腐った娘など」


怒り出す宮廷の係。身に覚えのないレイアは必死に説明した。


「お待ちください!?それは書いた本人の自己紹介だと思います?それに、私。そんな娘ではありません」

「黙れ!」


試験官は有無を言わさずレイアを排除した。煌びやかな女性達の出願者の中、ローブを纏う身なり貧しいレイア。彼女は兵士に広場から追い出されてしまった。


……道理でニコニコして書いてくれたはずだわ。


城の門を潜れず許された受験者が進むのをただ見ていた。優しいと思ってがやはり根性の悪い魔女。これを信じたレイア。広場の外れの水飲み場に腰掛けた。


……はあ、どうしよう?マイルのためにお金がいるのに。


レイアは途方に暮れていた。






◇◇◇


「試験官。これで全員か」

「はい」

「しかし。紹介状の数よりも、一名足りないようだが」


王宮のバルコニー。下に整列した受験者達を上から眺め数えた監督官。試験官は小声で説明した。


「はい。それはひどい娘なので追い返しました」

「ひどいとは。この紹介状の娘か」


レイアの紹介状を読んだ監督官は、それでも並んだ他の受験者を見下ろした。


「それにしても。この娘達はいったい何なんだ。庭師の試験だと言うのに」


着飾る女達。まるでパーティーのムード。試験官は汗を拭いた。


「はい。それがですね。庭師募集のはずなんですが、どうも王子に接近できると、娘達は思い違いをしているようで」

「嘆かわしい!男の受験者はまとものようだがな」



たくさんの応募者の中から選びたかった監督官。念のため試験官に尋ねた。


「この失格の娘も、あのような勘違い娘か」

「まあ、勘違いと言えばそうかもしれませんが」

「それはどういう意味だ。はっきり申せ」


いきなり叱られた試験官は、ハッとして上司に敬礼をした。


「はい。確か出身はウルル村。夏だというのにマントをかぶり、顔もよく見えませんでした」

「ウルル村?聞いたことがないな。そしてマントとは……」


監督官は顎に手を当て、しばらく考えた。そこに老人が顔を出した。


「監督殿。それは薬草村の者です」

「薬草村」


面接に関わる庭師の老人は興味深そうに話し始めた。


「その村に住む者は、薬草の在処を知られぬよう姿を隠し、滅多に顔を見せぬと聞いたことがありますな」

「ニッセ庭長。その薬草村の者とは如何なる者たちですか」


貴族出身である近衛隊長の監督官の難しい顔。白髪老人ニッセはにっこり微笑んだ。


「彼らの先祖が今の王宮の庭を作ったのです。いや?幸運じゃ。あの伝説の薬草村の者が来てくれたとは。して、その者はどこにおるのかな?」


整列した者を嬉しそうに見つめるニッセ。監督官は静かに部下を見た。


「……行け。早くここに連れて来るのだ」

「は、はい!」






こうしてレイアは泣きそうな試験官に引かれて試験会場にやってきた。


「うわ。ここが王宮なんですか。私。城壁の向こうに入るのは初めてです」

「早く歩いてくれ。俺の首が飛ぶ」

「あ。あんなところにブーセンがいるわ?こんにちは」


試験官の目にあるのは王宮内にあるブーセン人形だった。このブーセン人形とは妖精を象ったウール素材の手の平に乗るほどの人形である。言い伝えでは妖精のブーセンは人がいない時に人形に入り動き出すもの。悪戯をしたり、手伝いをするとされており、王宮にはたくさんの人形が置かれていた。


レイアは花壇の脇の椅子に座らせられていたブーセン人形に話しかけていた。試験官は驚きでレイアの肩を叩いた。


「お前、何をしているんだ」

「え。ブーセンにご挨拶を」

「それは人形だぞ!ふざけるな。ほら、行くぞ」

「は、はい」


レイアはやっと受験者の最後尾に並んだ。するといつの間にか肩にブーセン人形が乗っていた。


『やあ。僕が見える人なんか久しぶりだ』


人形の体に入った妖精ブーセン。嬉しそうに足をバタつかせながらレイアを見た。


「みんなには君が見えないの?」

『ふふふ。お前、名前は何ていうの?」


人懐こいブーセン。森にもブーセンがいるのでレイアは優しく挨拶をした。妖精は軽く重さを感じない。嬉しそうにレイアの頭に乗ったりしていた。すると庭のあちこちからブーセンが集まってきた。


「みんな。初めまして」

『どうでもいいけどさ。お前の番じゃないの?』


受験者は試験を前に緊張状態。レイアの肩にいるブーセンを人形だと思っている様子。この小人妖精をひとまずマントの中に入れたレイアは面接の部屋に進んだ。





……私の他には、男性四名か。


ドレス女としてではなく。庭師としてまずは認められたレイアは日焼けした男達と一緒に面接を受けていた。マントのフードを外してみると、その目の前には監督官らしき厳しい目つきの男と白髪の老人が座っていた。老人は優しい目でレイアを見ていた。


「それでは質問だ。尊敬しているものを答えよ」


監督官の低い声の質問。一人目は国王とその家族と答えた。そして二人目も同様。三人目は両親、四人目は庭師の師匠と答えた。


「では娘。答えよ」

「はい。私の尊敬しているのは、『自然』です」

「自然?人間ではないのか」


はい、とレイアはうなづいた。老人は質問してきた。


「それはなぜかな」

レイアは息を呑んで答えた。


「自然ってすごいと思います。例えば私の住む村の河口は、毎年雪解け水で増水するのですが、水が引いた後は肥沃な土壌になります。そこで毎年作物が作れるのです。この恵にいつも感謝しています」


ここで監督官が厳しい顔を見せた。


「では、お前は王族を尊敬していないのか」


他の受験者もレイアを冷ややかに見ていた。


「……私、王族や両親。そして師匠さんを尊敬するのは当然だと思っていました。ごめんなさい」


謝るレイア。老人は嬉しそうにうなづいていた。この他の質問も受け答えしたレイアは疲れて部屋を出た。





試験を終えた彼女は他の受験者とともに庭の端で休んだ。しかしブーセンがマントから顔を出し面白そうに耳元で囁いた。


『レイアほら。まだ試験があるよ』

「まだ?疲れた……」


名前を呼ばれたレイア。さあさあとブーセン達に押されて最後の試験に向かった。

最終試験に残ったのは五名。目の前のテーブルには薬草がこんもり置かれていた。


「そこに祈草がある。それを見極めよ。さあ、始め!」


最終選考に残った者達は、一斉に薬草を手に取った。そして一本一本丁寧に調べていた。しかしレイアは手に取らず薬草の香りをそっと嗅いでいた。やがて終了時間となった。


そして受験者はこれが祈草という緑草を差し出した。レイアは何も出さなかった。


「娘よ。お前はわからなかったのか」

「ありません」

「は?」

「この中に祈草は入ってないですもの」

「何だって?これはどういうことですか、ニッセ庭長」


これを用意したニッセ。彼は皆に向かった。


「ウルル村の彼女がそう言うならそうでしょうね」

「そんな?おかしいです。自分はいつもこれですよ」


そうだ、そうだと薬草を選んだ受験者達は怒り出した。これをニッセは説明した。


「まあまあ、お静かに。みなさんも合っているんです。実はこの祈草。大変貴重な薬草でして。今では天然物を見ることがありません。たまに魔女が市場でびっくりするくらい高値で販売していますがね」


……そんなに高値なのね。ふーん。


「なので皆さんの目の前にあるのは一般的に流通している、祈草に似ている『祈草もどき』なんですよ」

「しかし。自分はこれで薬を作っていますよ?本物ではないのですか」


この受験者にニッセは説明した。


「確かに。成分が同じなので、同じ効能があります。しかし、本物はもっと成分が濃いのです。その効き目は雲泥の差です」


やがて一同はレイアをじっと見た。ニッセは静かに尋ねた。


「ウルル村のレイア。君は本物の祈草を知っているんですね」

「はい」


レイアが森奥で栽培しているのは祈草。彼女は当たり前にうなづいた。


「嘘だ!わからないからそんなデタラメを言っているんだ」


興奮している受験者の男。レイアは静かに向かった。


「そもそもですね。祈草はそうやって素手で触ると痒くなりますよ。皆さんのように素手で持つなんて。私には無理ですね」


祈り草の説明。ニッセは興奮した。


「へえ?野生種はそんなになるのですか」

「はい。生えているのはチクチクしますよ」


楽しそうに会話するニッセとレイア。しかし監督官は手を叩いた。


「以上だ!では部屋を出て待て。結果を発表する」



そして庭にて選出者が呼ばれた。

レイアは呼ばれなかった。








「はあ。ダメだったか」


喜ぶ男の横目にレイアはフードを被った。


「そんなに落ち込むなよ」

「ブーセン。短い付き合いだったわね」

「……もう帰るのかよ」


寂しそうな妖精。しかしレイアには待っている弟がいる。


……早く。仕事見つけなくちゃ。


無学で村育ちの自分には元から無理な職業。レイアはそう言い聞かせて立ち上った。そして城を出ようとした。


「お待ちなさい。ちょっと私とお話ししませんか」


ニッセ老人はそう言いレイアを庭の外れの小屋に案内した。粗末な小屋の小さな椅子。座ったレイアのマントからはブーセンが飛び出してきた。


「レイア。遊ぼうよ」

「ブーセン。静かにして」

「これは?ブーセンじゃないか。久しぶりだね」


妖精はテーブルの上に立ちニッセに首を傾げた。


「俺はずっとここにいたんだよ。まったく。この城の者と来たら」


ぶつぶつ怒るブーセン。レイアはまあまあと宥めた。


「私がいるからいいでしょう?そんなに怒らないで」


ブーセンはピョンと跳ねて部屋の隅にいってしまった。ニッセは目を輝かせながらレイアにお茶を淹れてくれた。


「お前さんはブーセンも見えるのか。これは大したもんだ」

「ところで。私にお話って何でしょうか」


ニッセはよっこらしょっと椅子に座った。そして短い足をスッと組んだ。


「ああ、その話じゃがな。お前さんは不合格だが、わしの弟子にならんか?」

「弟子?」

「ああ。そうじゃ、まあ、そのクッキーでも食べなさい」


ニッセはクッキーをレイアに勧めた。彼女は大きなクッキーを手に取った。


「実はな………さっきの庭師の試験はな。最初からあの男と決まっておったんじゃ」

「許せないです」


レイアが持ったクッキーは粉々になってしまった。



つづく




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