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王子はそれを我慢できない

「ルカ殿下。まだ王子は出てきませぬか」

「知らねえ。っつうか。お前らのせいだろうが」


王子の職務室。王子姿のルカは大臣とガルマを叱責した。金髪の青年。ひ弱な彼であるが元気なルカがこの身体を仕切ると、きりりとした佇まいである。そんなルカは落ち着きなく部屋をうろうろした。


「だいたいな。お前らはユリウスに理想を求めすぎなんだよ。自分たちだって、出来もしないことを、あいつにさせようとしやがって」

「……しかし。王子はいずれ王になる方。弱さは国を滅ぼします」


全てを知る大臣の言葉。これにルカは足を止めた。


「国、国、国。確かに大切かもしれねえけど。その結果がこれだ。で、どーすんの?」


ユリウスが内に入り、ルカしか出て来ない状況。仕事は溜まっていた王子。大臣もガルマも困っていた。ただでさえ病弱で仕事がすすまないユリウス。これ以上の停滞は死活問題だった。


「あの、ルカ殿下」

「なんだ。ガルマ」

「私は思うのです。貴方様とて、王子の一部ではないかと」


ルカは眉を潜めて忠臣を見下ろした。


「確かに性格は違えど、長年仕えてきた私には、その心は同じように感じます」

「当たり前だろう。俺はユリウスの中にいるんだから」


するとガルマは顔を上げた。


「では!その仕事もルカ殿下でも可能ということですな?ああ、安堵しました。まずは、その書類を」

「はああ?」


しかし。ガルマの巧みな褒め言葉で、ルカは王子の仕事をこなしていった。それは主に書類のサイン。面倒なルカは、どんどん手形を押し済ませていた。


「はあはあ。まだあるのかよ?」

「はい。貴方様に適任の仕事があります」


これが最後とガルマは説得をした。それは各部署の視察だった。


「先日の金庫係の横領事件。ルカ殿下のお力添えがありましたが。他にも疑わしき人物が多数おります」

「ひでえ、城だな」

「……昔から仕えているものは、どうしても傲慢ごうまんになりがちです」


悲しい顔をしたガルマ。この問題の深さを語っていた。


「して。俺に何をしろと」

「各部署を周り、問題点を見出していただきたく」

「やってらんね」


呆れたルカ。話の途中で窓の外を見た。


「ルカ殿下。どうか話を最後まで。この視察、最終日は庭師も行く予定です」

「庭師」

「はい。祈草の生育状況などを、その目で見ていただきたいのです」

「あいつには会うなと言ったのはお前だぞ」


レイアに会うのを禁止されているルカ。破った時はレイアを追い出すと脅されていた。


「最初はそうでしたが、ユリウス王子がその」

「なんだ」

「あの娘と楽しそうに話をしていたので。もしかしたら、出てくるかもしれませぬ」


……とことん利用する気かよ。人をなんだと思ってるんだ。


しかし。ルカも彼女に会いたかった。そもそも。初見で自分をルカだと思ってくれたのはレイアが初めてだった。姿が王子のルカ。当然、見た目は王子である。しかしレイアは、自分をルカだと分かってくれていた。彼はそれが嬉しかった。


王族の自分を気にしない規格外の神経。反して優しい彼女は、密かな美人である。ルカはレイアに会いたかった。


「分かった。その視察をやってやるよ」

「助かります。ではまた明日」


ベッドに休んだルカ。寝る寸前まで思うのはレイアの怒った顔だった。これに微笑み、夜のベッドで目を瞑った。


◇◇◇

こうしてルカは視察を開始した。


「おい。なんで馬小屋にカードがあるんだよ」

「そ、それは休憩中に」

「賭け事だろうが?それをやる時は俺も呼べよ」

「王子?」


馬小屋の担当は目をパチクリさせていた。そこにガルマが来た。


「おっと。話はそれまでだ。王子、次の職場に参りましょう」


今度来たのは料理場である。最近予算が多く使用されていた。


「仕入れの資料をみせろ。ええと、肉って高いな?相場よりも高いんじゃねえか?」

「そ、それは」


おどおどする仕入れ担当。ルカは迫った。


「お前、まさか、仕入れ業者から賄賂をもらっているんじゃねえのか」

「ま、まさかそんな」


彼はじっと男を睨んだ。


「お前は肉が高いと分かっているが、その肉屋で買う。肉屋はその利益の一部をお前に賄賂で出す。するとお前はまたこの肉屋から買う。腹が痛いのは城の国庫のみ。肉屋もお前も損は無いからな」

「そんなことは、していません」


ここでガルマは言葉を加えた。


「確かに、証拠はない様子です」

「では。肉屋を一件にするな!町の肉屋から広く買え!その方が民が喜ぶからな。次!」


こんな調子の視察。やがて王子の母親の宮殿までやってきた。


「ガルマ、ここは」

「お妃様とアン姫様ですが。最近、その、洋服や社交費が嵩んでいます」

「お姫様は金が掛かるものだな」


資料に目を通したルカ。ふと、ある数字が目に止まった。


「やけに使途不明金が多いな。何に使っているかくらい、把握しておけよ。国民の金だぞ」

「なかなか本人に言えないものでして」

「はあ?分かったよ」


ここでルカはお茶を飲んでいる二人に会った。二人は彼を見て目を輝かせた。



「おお、ユリウス。公務をしていると聞きましたが、本当なんですね」

「はい。母上」

「お兄様。アンも心配していたのよ?さあ、一緒にお茶にしましょう」


話のためルカはひとまず椅子に座った。見事な調度品、煌びやかな衣装に包まれた二人。笑みを讃えていた。


「さあ?ユリウス。そのクッキーをどうぞ」

「お兄様。庭で取れた蜂蜜なのよ。たくさんあるから、紅茶に淹れましょうか」


……蜂蜜か。本人は口にできぬというのに。


ルカは想いを押さえて口を開いた。


「……お二人とも。最近の予算についてお話があります」

「予算?」

「どういうこと?お兄様」

「はっきり申し上げます。お二人とも予算の使いすぎです。例年よりもかなり使っています。これは何をしているのか、教えて下さいますか」


これに妃は顔色を変えた。


「何も。それに私たちは国王に許しを得ています。王子のお前に指図されるものではありません」

「そうよ。お兄様だって。ご病気を直すのにたくさんお金を使っているわ。私たちだけ、そういうのはおかしいわ」


……確かに。これはユリウスにはきついな。


お嬢様気質の母。わがままな妹。彼女達への提言。ガルマに託されたルカ。重い口を開いた。


「母上の化粧品代。新調したドレス代は予算を超えています。そして、アン。君が飼っている猫の費用。これはかけすぎだ。国民の金を使っているということを、もう一度思い返さねばならない」

「なんてことを言うの?」

「お兄様、ひどいわ」


贅沢な部屋。豪華なドレス。化粧の匂い。ルカは嫌悪を露わにした。


「話は以上です。私も今後、予算を控えるつもりです。なのでお二人とも。買い物は控えてください。これ以上の贅沢は、国民の反感を買います」


妃は黙っていた。ルカは頭を下げて退室しようとした。


「母上。お兄様が元気になってよかったわね」

「アン」

「あのお兄様が私たちに意見を言えるんですもの。ほほほ。お役目ご苦労様です」


気の強い妹の笑み。ルカは侮蔑の目で見つめ、退室した。部屋の外にはガルマガいた。


「殿下。お疲れ様でございました」

「良い。しかし、王子の仕事も大変だな」


体を通じて分かっていたが、母親と妹の性格。ルカはユリウスの苦悩を感じていた。

こうして職務を遂行したルカ。最後に庭師の訪問をした。


「ん?ガルマ。レイアがおらぬぞ」

「今回は庭長が対応するのではないですか」

「あの背が小さい爺さんか」


白馬で向かった花の庭。そこにいた庭師の長は、ハラハラしながら視察を受けていた。


……俺が会いたいのはレイアだ。こんな爺さんじゃねえ。


しかし。次に対応したのも違う娘だった。


「俺は祈草の担当者を知りたいんだ。いいから連れてこい!」

「はい」


新参者のレイア。ここでの待遇はどうなのだろう。もしかして虐められているのではないか。ルカは心配になった。そしてリラが入った小屋を訪れた。彼女はなぜかパンケーキを焼いていた。リラを追い出したルカ。彼女を見つめた。


「ルカさん。どうして王子の格好しているの?」


……おお、レイア。俺だと分かってくれるのか。


愛しい娘、ルカは抱きしめた。花の香りではなく、バターの香りの娘。彼は思わず腹を鳴らした。


そしてパンケーキを食べた。


……美味い!っていうか……あれ。


頭の中。誰かの声がしてきた。


『ルカ。僕がそれを食べる』

『何言ってんだよ。食べ終わったら代わってやるよ』

『……やだよ。ねえ』

『おい?』


彼の体の奪い合い。ルカが折れてユリウスになった。機嫌が治ったユリウス。こうしてまた現れるようになった。

食べ終えたユリウス。食器を下げるレイアに言葉をかけた。


「あのね。僕とルカのことは秘密だからね」

「分かっております」

「秘密漏洩は断髪だよ。ツルツルになるからね」

「心得ました」


レイアはドアを開き、ガルマを呼んだ。


「おかえりですよ」

「パンケーキ娘のレイア:カサブランカ。お、王子はどうなった」

「お元気ですよ。中へどうぞ」


心配していたガルマ。飛び込むように小屋に入ってきた。


「貴方様は……どっちだ、ええと」

「当てて見せろ!」


すでにユリウスになっている王子。ルカのふりをしてガルマをからかっていた。


「は、はい……ええと、貴方は王子様です」

「ふざけるな。私達はどちらも王子だ」


ユリウスの演技。戸惑うガルマ。レイアは必死に笑いを堪えた。


「わからぬのか!早く申せ」


わざと冷たい口調のユリウス。ガルマは大汗が噴き出てきた。

この時、ガルマはちらとレイアを見た。助けを求めている必死の目。王子の背後にいたレイアはつい、『ユリウス』と口パクで教えた。


「わかり申した!ユリウス様です」

「あ?今。ずるした。お前はレイアに聞いたんだろう。ねえ、レイア。秘密漏洩したでしょう」

「いいえ」

「した!絶対した!」

「証拠はないです。さあ、お部屋に戻ってください。私は仕事です」

「うう」


レイアに背を押されたユリウス。それでも笑っていた。


「またくるよ」

「困ります」

「でもくる。じゃあね」


小屋の前、見送りで手を振るレイア。彼女は笑みをこぼした。


「……お疲れ様でした。ユリウス王子。ルカさん」


この姿。胸がどきんとした王子。ガルマと一緒に職務に戻ろうと馬の手綱を引いた。



「どうされました?王子」

「ねえ。僕とルカってどっちがカッコ良いかな」

「それはユリウス様ですよ」

「そう?」


ガルマはそう言って銀色の髪を靡かせた。


「はい。貴方様は誰もが認める、国で一番の男前で」

「もういい?!ああ、楽しかった……」


白馬に乗り広い庭を駆けるユリウス。その胸には楽しい仲間が住んでいた。寂しかった王子生活。これからやってくる夏に目を細めていた。



『王子はそれを我慢できない』 完

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