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王子の視察

「それでは朝の打ち合わせをする。まずは王子の視察についてじゃ」


庭長のニッセ。庭師を集めて説明をした。レイアはじっと話を聞いていた。


「先日。物品庫にて火事があった。これを重んじた王子は、各部署を一斉点検されておる。調理室では調味料の瓶に大量のワインが入っておった。これは没収。コックは減給になっておる」


朝の庭。草の上。座って聞いていた庭師たちはそわそわし始めていた。しかし、最近入ったレイアだけはどこか他人事。自分の仕事のことを気にしていた。


「そしてだな。わが庭師の部署も視察に来る。順番から言って近日じゃ。皆の者。今のうちに誤解されぬように備品の手入れ、清掃を徹底するのじゃ」


ニッセの本気。違反品に心当たりのある庭師たちは重く返事をし、持ち場へと帰っていった。そんな中、レイアはさてと立ちがり、自分の担当の庭に向かおうとしていた。


「おい、待てレイアよ」

「庭長、どうしたんですか」

「ちょっと。ちょっと来い」


真剣な顔。彼女は言われるまま庭の休憩室にやってきた。ここはニッセと初めてあった部屋である。彼は静かに彼女を椅子に座らせた。


「どうしたんですか?」

「実はな。レイア。わしはお前に黙っておったことがある」

「え」


悪い予感。レイアは老人を見つめた。


「お前を雇ったのは大臣にはまだ報告していないんじゃ」


……終わった。


庭師の試験。これに落ちたレイアはニッセの弟子としてここにいる。しかし彼は、まだ王宮に正式に許可を得ていないと椅子にもたれた。



「すまん。お前が祈草を育ててから報告しようとしてたんじゃ」

「そうですか……すいません。無理させてしまっていて」


ニッセの作戦も本当なら問題ないはず。しかし今回は特別の視察。レイアがここにいてはまずい状況。小屋のテーブルを前に、二人は頭を抱えた。


「庭長。私の事はガルマ隊長は知っているんですね」

「ああ。彼は祈草を欲しておるからの。ギュッと目をつぶってくれていたんじゃ。しかし、大臣は知らぬ」


困ったニッセ。レイアはそれしかないと前を向いた。


「では。視察の時、私、隠れていますよ」

「そうしてくれるか」


うんとレイアは微笑んだ。


「私。なんとか祈草を収穫できるまで隠れ続けます!そうしたら問題ないですよね」

「すまんの。レイア。それまでは耐えておくれ」


こうしてレイアは視察に向けてひっそりしていることになった。今回の話。レイアが目立つのが嫌だったリラも協力してくれることになった。そして。視察の日になった。




王宮の庭。普段はひっそりしている離れ。この場所に大勢の家来を引き連れた王子の一行がやってきた。


「ニッセ。案内を頼む」

「はい。ガルマ隊長。王子、ご機嫌いかがですか」


首をたれたニッセ。頭を上げると憮然とした王子がいた。


「元気なわけねえだろうが?」

「王子?」


驚くニッセ。これをガルマが間に入った。大汗をかきながら笑顔を讃えていた。


「はっはは。王子が機嫌が悪くて申し訳ない。早速、庭を案内してくれ」

「は、はい」


王家の庭。そこにはそれぞれ担当の庭師がいる。王子は白馬の乗り、広い庭を巡っていた。


「爺さん、ここは?」

「ここは百合の園です。担当者はあれで」


ニッセが紹介していたが、王子は無視してニッセに尋ねた。


「……祈草はどこだ。俺が見たいのはそこだ」

「祈草?まだ生えていませんが」

「では。その場所を案内いたせ!そら」


見たいという王子。馬で駆け足の王子。ニッセは短足で必死に走ってレイアが耕している庭に案内した。


「ここです。はあ、はあ」

「ご苦労。これが、祈草か」


白馬から降りた王子。まだ双葉の薬草の若葉を愛しそうに見つめた。


「よく出来ている。して。この係はどこに」

「はい。私です!」


元気よく返事をする娘。王子は彼女の名を尋ねた。


「リラと申します」

「リラ……お前がこの庭を耕したのか」

「はい」


彼は目を細めた。


「では聞くが。これはいつ収穫になるんだ。それに、どんな花が咲くか知りたい」

「収穫時期は、そうですね。秋だと思います。それに、花は……たぶん、白い小花で」

「お前は自分で育てていて。花を見たことがないのか」


王子は冷たい目でリラを見下ろした。リラ、いつもと違う王子に一歩引いた。王子は冷酷に続けた。



「ガルマ。庭長を呼べ。俺はこの庭の本当の担当者と話がしたい」

「……かしこまりました」


王子の威圧感に押された現場。リラは慌てて彼女を探しにいった。




「レイア!どこにいるの?レイア」

「リラ先輩。どうしたんですか」

「あんた?ここで何をしているのよ」


庭の隅の小屋。彼女はここで何やら料理をしていた様子。リラはその匂いを嗅いだ。


「呑気に料理をしてたの?」

「呑気ではないですが。視察が終わった後、皆さんに振る舞おうかな、と」


得意のサフランパンケーキ。レイアはブーセンと一緒に作っていた。空気をまるで読んでないレイア。青ざめたリラはとにかく一緒に来いと袖を引いた。


「あんたが来ないと。私たちがまずいのよ」

「私が行った方がまずいと思うんですけど」


興奮するリラ。しかしその背後のドアからノック音がした。リラは恐る恐る扉を開けた。


「ええ??こんなむさ苦しいところに?」

「うるさい!?そこにいるんだろう」


入ってきた王子。背後にはガルマがいた。ガルマのその目は何かを訴えるように狼狽えていた。

王子は怯えるリラに静かに伝えた。


「ここは良い。俺はそこにいる女に尋ねたいことがある。外で待て」

「は、はい」


小屋の外にリラは出てしまった。部屋には王子とガルマとレイア。そしてブーセンだけになった。静かになった部屋。レイア、不思議そうに彼を見つめた。


「ルカさん?どうして王子の格好をしているんですか」


パンケーキ作りの途中。エプロン姿の彼女。木のスプーンを持ち自分をまっすぐ見つめるレイア。彼は思わず抱きしめた。


「お前」

「え」

「……くそ」


……会いたかったのは俺だけかよ?!


驚くレイア。両手が塞がっているお手上げ状態。しがみつくルカをよそにガルマに尋ねた。


「ガ、ガルマ隊長。これはどういうことですか?」

「……全てを見抜くレイア:カサブランカよ」


ガルマは苦しそうに話した。


「そこにいるのは王子であるが、王子ではない。王子の中の、ルカ殿下なのだ」

「ん?わかんないです?ねえ、ルカさん。どういう意味なんですか」


素直な瞳。ルカは彼女を胸に抱き唸った。


「レイア……俺はさ。ユリウスの中にいるんだ。この体はユリウスなんだ」

「はい?」


ルカは大きな両手でレイアの顔を包んだ。


「この手も、お前を見ているこの目も。本当はユリウスなんだ。でも、今、お前の前にいる心は、俺なんだ」

「……王子の体の中に、王子とルカさんがいるってことですか」

「ああ……」


……辛そうな目。


ルカとの時間が長いレイア。どちらかというと王子の顔を方をよく見たことがなかった。


……不思議な話。でも、本気みたいだわ。


「ん?レイア。焦げ臭くないか」

「あ。パンケーキが!?」


この声にルカは体を解いた。レイアは慌ててかまどに向かった。


「うう。これは焦げちゃったわ。まあ。まだ焼けばいいし」

「おい。それは俺の分もあるだろうな」

「ないですよ」

「焼けばあるだろうが?っていうか。全部よこせ」


口は悪いがレイアに甘えるルカの様子。ガルマは頭を下げた。


「ルカ殿下。私は小屋の外におります」

「……ああ」


なぜか二人きりになった小屋。ルカはシャツのボタンを外し椅子にふんぞり返った。


「はあ、疲れた」

「一体どういうことなんですか」


レイアは彼にお茶を出した。彼はそれを飲んだ。


「……色々あってな。お前に頼みたいんだよ」


ルカは長い足を組み、整えた髪をぐしゃぐしゃにした。やっとルカの風貌になった。


「俺の中のユリウスをさ。呼んで欲しいんだよ」



◇◇◇


ルカは自分はユリウスの高熱をきっかけに、こうして出るようになったと打ち明けた。


「俺もさ。今までどうしていたのかは覚えてねえけど。この一年はユリウスと一緒にいるんだ。あいつが思っていること。あいつが眠っている時のこと、俺は知っているんだ」

「王子はどうなんですか」

「最近までは俺のことを、知らなかったんだ。でも最近は俺たちは会話していたんだ」


思い詰めた様子。レイアはルカのそばに座った。


「しかし。あいつは胸の奥に入っちまって。全然応答がないんだ。こんな事は初めてで」

「呼びかけるとか、何かきっかけはないんですか」


……ユリウスの心配をしているのか。くそ。


なぜか悔しいルカ。レイアに冷たく話した。


「ない。全然ない。だからお前に呼んでもらおうと、こうして来たんだ」

「私ですか?私は庭師ですけど」

「でも。ユリウスの友人だろう」

「友人」


……確かにそんな命令をされたような気がする。


仕事人間、真面目なレイア。ルカを見つめた。


「友人とはあまりにも立場が違いますが。ルカさんも王子に出ててきて欲しいんですか」

「まあな」


……私を利用しているだけなのね。ビックリした。


熱い温もりのルカ。これにドキドキしていたレイア。ルカの悪ふざけと胸を押さえた。


……本気にしちゃいけないわ。できることをしないと。


「でも。王子を呼ぶって。どうすれば」

「俺もわかんねえよ。とにかくレイアに」


この時、ルカのお腹がぐううとなった。


「……パンケーキ。食べますか」

「ふん!」


ひねくれルカはそれでもテーブルについた。レイアは葉っぱのお皿に木のナイフを支度した。


「手を拭きましょう。はい、手を出して」

「ほら。出してやるから、勝手に拭け」


……大きな手。でも子供みたい。


日ごろ、弟の世話をしているレイア。わがままルカを可愛いと感じた。ハーブのお湯で浸したタオル。これで彼の手を拭いてやった。


「いい匂いだな」

「それはミントですね。さあ、食べてください」

「おう」


丁寧にいただきます、と挨拶したルカ。静かに口にパンケーキを運んだ。


「どうですか?」

「……」

「何か言って欲しいんですけど」

「愛しているよ」

「冗談はいいんです。感想を聞かせて」


ルカはじっとレイアを見つめた。


「お前さ。これ、魔法かなんか使ったろ」

「いいえ。私は魔法は使えないですもの」


……なんでこんなに美味いんだ?


あまりの美味しさにルカは驚いていた。彼はユリウスの一部。美食で暮らしていた。そんな彼はレイアの素朴なパンケーキに震えていた。


「ル、ルカさん?ど、どうしたの?」

「……う、うう」


様子がおかしいルカ。レイアは目を見開いた。


「気分が悪いんですか?私、人を呼んできます。誰かお助け」


ここで彼はレイアの腕をむんずと掴んだ。


「それ止めて」

「でもルカさん。顔が悪いわ」

「ふふふ。レイア。それを言うなら顔色でしょう?ふふふ」


朗らかに笑う彼。明らかにルカではなかった。


「え?あの……王子ですか」

「うん!やっぱりこのサフランパンケーキって。レイアだったんだね」


ユリウスは嬉しそうにむしゃむしゃ食べ出した。レイアは様子を見ていた。


「あの……本当に王子ですか?さっき、ルカさんが、王子がいないって心配していて」

「ああ。そのこと?まあ、レイアは心配しないで。これからは僕はしっかりするから」

「そうですか」


……これでよかったのかな?まあ、王子が良いって言ってるもんね。


ここでレイアは王子にお茶を淹れ始めた。狭い部屋。背を向けてお湯を沸かしていた。


「レイア。俺は熱いお茶だし」

「え。ルカさんなの?」


振り向くと。王子が椅子に座っていた。


「今のは気にしないで。僕は猫舌で、熱いのはダメなんだよ」

「はい」


そしてお茶を淹れたレイア。テーブルに運んできた。


「王子。どうぞ」

「……レイア。あのよ」

「ルカさんですか」


性格の入れ替わり。レイアは早変わりにドキドキした。


「ああ。俺だ。あのさ、ユリウスはパンケーキが食いたくで出てきたんだ。だけど、俺は食ってねえし。今は俺が奴を抑えているから。もっとパンケーキを持ってこい」

「は、はい」


どこか苦しそうなルカ。レイアは必死に彼の皿にパンケーキを乗せた。


「どうぞ。ルカさん。早く食べて」

「ああ」


一生懸命食べたルカ。やがて満足そうに椅子にもたれた。レイアは皿を片付けようと彼に近寄った。すると彼はレイアの肩に手を回した。


「ルカさん?」

「レイア。またな……ふふ。ユリウスが怒ってるし。ふふふ」


そう言ってルカは微笑んだ。そして目を瞑った。開いた時、目の輝きが違っていた。


「もしかして。王子?」

「くそ……僕もパンケーキ食べたかった。でも、お腹がいっぱいだよ?ははは」


レイアを見て笑う王子。楽しそうだった。そして部屋に入って来たガルマは、久しぶりの王子の姿に涙を流した。


……そうか。ルカさんは、王子の中にいるんだわ。


喜ぶガルマを他所に。レイアはどこか寂しく思っていた。



「王子の視察」完


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