妖艶な彼女に白いハンカチを投げつけられました。
「ローズマリー。実は、お願いがあるのだけれど」
噴水事件から暫く経ったその日、私は授業終わりの騒めく教室で、リリーさまにそう声をかけられた。
後期の定期試験も無事に乗り越え、私達のクラスは激烈桃色さん以外全員、無事に再びAクラスとなったことで、教室には今も和気あいあいとした雰囲気が流れている。
定期試験の結果発表があった時には、既に激烈桃色さんの退学が公表されていたため、複雑さが全く無かったわけでないけれど、もう彼女の無茶に振り回されることは無いのだと思って、ほっとしてしまったのも本当。
けれどそれは、激烈桃色さんの退学を喜ぶような心情がある、ということでもあって、そんなにも私は冷たい人間なのか、と悩んでいたらパトリックさまに見抜かれ、額をつつかれた。
『こら、そんな顔しない。先生の説明にもあっただろう。激烈桃色迷惑女は、ローズマリーとリリー嬢を貶め冤罪をかけようとしただけでなく、俺達三人にも執拗に絡んでいたし、周囲に暴言を吐いていたことで苦情を多く寄せられてもいたんだ、って。その他にも学力の問題や、素行の悪さ、試験内容を予め知っていたなどという不穏な発言が多かったことから退学と決定した。だから、あの女の退学は当たり前のことなんだよ。ローズマリーは、激烈桃色迷惑女最大の被害者なんだから、振り回されなくなってほっとするのは当たり前のことだ。気に病む必要なんて欠片も無い』
そう言ってくれたパトリックさまは、アーサーさまと共に王城へ行かなくてはならないとかで、今日は既に教室にいないけれど、行く際に『じゃあ、行って来るね』と笑顔で手を小さく振ってくれたのが嬉しくて、寂しい気持ちはまったくない。
今は未だ、激烈桃色さんのことを完全に昇華することは出来ていないけれど、こうして日々を積み重ねるうちに、過去になっていくのだと思う。
それにしても、パトリックさまって、本当に私を理解しているというか。
内面まで読み取ってしまう、というか。
少しでも寂しい、とか、傍に居たかった、などと思っていると即座にその隙間を埋めるような行動と言葉をくれる。
パトリックさま凄い、と、脳内で盛大に花を咲かせながら帰り支度をしているところへリリーさまがいらっしゃったので、私は少し驚きつつ、それを表面には出さずに顔をあげた。
すると、そこには何だか困り顔のリリーさま。
リリーさま、可愛いです。
このお顔は、とても嫌な困りごとがあった訳ではない、と判断出来た私は何でも叶えてあげたい気持ちのまま頷いた。
「わたくしに、出来ることでしたら」
「その、ね。わたくし、刺繍糸を買いに行きたいの。ほら、もうすぐお誕生日でいらっしゃるでしょう?もちろん、きちんとした贈り物は用意するのだけれど、その他にも、その」
リリーさま、ほんとに可愛いです!
それはあれですね、リリーさまが手ずから何かに刺繍を施してアーサーさまのお誕生日にお贈りしたい、ということですね!
照れた様子のリリーさまが可愛くて、自然と笑顔になりながら私は承知しましたともう一度頷く。
「きっと、いえ絶対にお喜びになりますわ」
「だといいのだけれど」
リリーさまは、少し不安なご様子だけれど、そんな心配不要だと私は確信できる。
むしろ、物凄く喜ばれるアーサーさましか想像できない。
「いらっしゃりたいお店などは決まっていらっしゃいますか?」
早速、と立ち上がりながら私が言えば、リリーさまは頬に片手をあてて首を傾げた。
「それがわたくし、この街のお店に詳しくなくて」
「・・・申し訳ありません。わたくしもです」
私なぞ、この街に、詳しくないだけでなく、どの街にも詳しくない、と海原で座礁してしまったような気持ちになる。
「「あの。よろしければ、わたくしもご一緒しましょうか?」」
その時、同時に声をかけて来てくれたアイビィさんとアイリスさんに、私とリリーさまは笑顔でお願いします、と答え、私達は四人で街へと繰り出すことになった。
「皆様のお蔭で、いいお買い物が出来ました。ありがとうございます。よろしければ、お茶をして行きませんか?」
大切そうに刺繍糸の入った袋を抱えたリリーさまが満足の表情でおっしゃるのに、否やの無い私達三人は即座に了承し、アイビィさんお薦めだというカフェを目指して歩き出す。
「それにしても、素敵なお店でしたね。品揃えも豊富で、お色もたくさんあって」
リリーさまに倣って、私もパトリックさまにハンカチでも贈ろうかしら、と思って何気なく見た刺繍糸は本当に種類が豊富で、私も夢中になって選んでしまった。
「そのお色、本当にウェスト様の髪色を彷彿とさせますものね」
「ええ。こういうお色はなかなか無くて」
ほう、とため息を吐けば、アイリスさんも大きく頷く。
「判ります。わたくしも、ジョージに刺繍した物を贈る時いつも、黒でももっと種類があればいいのに、と思っていたので、今日は本当に嬉しいです」
パトリックさまの髪色は柘榴を深くしたような紅で、アイリスさんの婚約者であるヘレフォードさまの髪色は黒。
紅と黒の刺繍糸は一般的だけれど、それだけに単調な色が多いので、紅や黒だけでも多くの種類があったこのお店は本当に凄いと思う。
とはいえ、私が刺繍糸を買うのはいつも、邸に来る商人からばかりだったので、店舗で買ったのすら初めてなのだけれど。
「アイビィさんは、何方にお贈りなさるのかしら」
思っていると、リリーさまがアイビィさんにお話を振られた。
「わたくしは、先生に」
そういえば、アイビィさんにご婚約者がいらっしゃるかも知らないな、と思いつつアイビィさんを見た私は、彼女の発言に固まってしまう。
「え?ええと、先生というと」
「担任の、チェスター エース先生ですわ。まあ、わたくしの片想いですけれど」
驚く私達に、あっさりと言ったアイビィさんは、内緒ですよ、と茶目っ気たっぷりな様子で指を唇に当てて見せた。
「ええ、それはもちろん。ご協力できることがあれば、おっしゃってください」
担任の先生とは驚きだけれど、別に不倫となるわけでもないし、と私が言えばリリーさまとアイリスさんも驚いた様子ながら、こくこくと頷いている。
「で、ですが。あの。伯爵家のお嬢様が、大丈夫なのですか?」
「まあ、ローズマリー様ではありませんか!」
目を丸くしたままアイリスさんがアイビィさんに問いかけた時、大きな声がして、ひとりの女性が私の目の前に立った。
なんでしょう。
初めて激烈桃色さんにお会いした時のことを思い出しました。
今回は、可愛い、というより随分と妖艶な方ですが、激烈桃色さんと同類な感じがします。
この方も、物語の登場人物、なのでしょうか。
妖艶なそのひとの、勝ち誇ったような瞳を見つつ、私は貴族の体面を装備する。
「いきなり名前呼びなさるなんて、失礼でしょう」
お知り合いですか、とアイビィさんが瞳で問うて来たので、首を横に振れば、お任せを、と言わぬばかりに頷き返した、と思ったら一歩前に出て妖艶な彼女と対峙していた。
「あら失礼。わたくしは、ベラ ムーアと申しますの。元男爵夫人で、今はウェスト公子息パトリック様のお世話になっていますのよ。わたくしは経験も豊富ですから、公子様にもご満足いただけているご様子で。今は、ご婚約者がいらっしゃいますけれど、そのうち、ねえ?」
そう勝ち誇ったように言うと、妖艶な彼女は、私へと何かを投げつけた。
「っ」
咄嗟に受け取ってしまった私に蔑むような笑みを残し、スカートの裾を翻して去って行く後ろ姿を呆然と見送った私は、咄嗟に受け取ってしまったそれが真っ白なハンカチであることに首を傾げる。
「なんでしょう、これ」
「ローズマリー様。それ、宣戦布告ですわ。ウェスト様の寵を争う、という。ほんとに、何て失礼な」
そう、ぷりぷりしながら教えてくれたアイリスさんの説明によれば、女性が白いハンカチを投げつける、というのは、今巷で流行っている小説に出て来る人気の場面で、それをなぞらえて、下位貴族や平民の皆さんの間で恋敵に白いハンカチを投げつけるのが流行っているのだとか。
「寵を争う・・・宣戦布告」
「ローズマリー。パトリック様が貴女を裏切るなんてこと、あるわけないわ。気をしっかり持って」
呆然としたまま白いハンカチを見つめる私に、リリーさまが優しく肩を抱いておっしゃってくださるし、アイビィさんもアイリスさんもそう言ってくださるけれど。
「そういえば以前、世話をしている方がいるようなお話をされていたのです。不自由をさせているつもりはない、と」
リリーさまやアーサーさまと街歩きをした際のパトリックさまの言葉を思い出し、そう言ったら、リリーさま、アイビィさん、アイリスさんの表情が一瞬で厳しいものになった。
それはもう一瞬で、見事なまでの攻撃態勢となった皆さんを、私は驚いて見渡してしまう。
「世話をしている、とは、どういうことかしら?でも、パトリック様が心底ローズマリーを大切にしているのは、間違いようもない事実だわ」
「はい。むしろ溺愛なされているかと」
「ですが、謎の女が出て来たのは確かですし、ローズマリー様がお聞きになったというお話も気になります」
「そうよね。でも、どうしたらいいのかしら?」
「確認、できればいいのですが。この場合、ウェスト様に直接聞くのが一番なのではありませんか?」
「アイビィ様。わたくしもそう思います。ですが、その前に別の方法で事実を確認しておくのも策ではないでしょうか」
「裏を取る、ということね。でもアイリスさん、どうやって?」
「ローズマリー様が可愛がっていらっしゃる、わんちゃん達にお願いするのです!」
「なるほど。ちょうどよいことに、相手のハンカチもありますものね」
私抜きで相談を始めてしまった三人は、何故かテオとクリアで解決、となったらしく、瞳をきらりと輝かせて私を見た。
「ローズマリー。そういうことでいいわね?決行は、明日よ」
「あ、あの。ありがとうございます。わたくしもパトリックさまを信じてはおりますが、何も無いのにあのような物言いをされるものなのか、とも思いますので、確認はしたいと思います。ですが、それはわたくしひとりで」
「駄目!それ、ぜええったいに駄目です!あ、いいえ、強く言ってしまい申し訳ありません。ですが、ローズマリー様はお優し過ぎますから」
「あんな百戦錬磨相手に敵いっこありません。上手く言いくるめられて、騙されて終わり、です」
「そうよ、ローズマリー。世の中には、自分こそが相手に相応しい、と思い込んでいる令嬢も少なくないのよ・・・あの方は、ご令嬢ではないようだったけれど」
拳を握り、私の言葉を遮ったアイリスさんの強い言葉にアイビィさんもリリーさまも頷き、しっかりと私の手を握って来た。
リンジー伯爵令嬢はじめ、多くの令嬢がアーサー殿下を狙っている関係で、苦労されることも多いリリーさまの言葉は重い。
それに、百戦錬磨、と言われれば、どう考えても私の経験値で敵う相手では無い。
それはもう、先ほど少し話ししただけでも充分に理解出来た。
それでも、皆さんを巻き込むのは、と思っていると、三人に、ぐい、と更に間合いを詰められてしまう。
「いいわね?ローズマリー。決戦は明日、よ」
え!?
い、いつ決戦に!?
さきほどは、決行、と・・・・。
思う言葉は音に出来ず、私は代表するようにおっしゃったリリーさまの迫力と、アイビィさん、アイリスさんが発する圧に圧倒されて、こくこくと頷くことしか出来なかった。
ブクマ、評価、いいね。
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