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側面のお話 <俺の誇りと最愛の遭遇2> パトリック視点









 「なあ、メイナード。今日は皆、かなり張り切っているようだが」


 いつも通り、既に訓練を開始している騎士達の横を通り、建物へと入って着替えながら言えば、メイナードが当然だろう、と笑った。


 「それはそうでしょう。今日ローズマリー様がいらっしゃることは、皆にも伝えてありますから」


 「そうか。ローズマリーを歓迎してくれること自体は喜ばしいが。差し入れはともかく、訓練を見学されるの、皆、余り好きではないだろう?」


 この領に来た高位貴族が訪れる時も、どこぞのご令嬢が見学する時も、今日のような高揚を見たことが無い、どころか迷惑を表に出さないぎりぎりだったことさえあることを知る俺は、それが不思議でならない。


 「ローズマリー様は、この地に幸福を呼んでくれる女神かもしれない、とまことしやかに囁かれていますからね」


 「女神?天使ではなく?」


 「天使のようで、女神のようで、とても温かな心を持つひと、ですね、ローズマリー様は。何よりあの瞳に、その清らかさがにじみ出ている」


 思わず素で、ローズマリーのことを天使だと言ってしまった俺は、メイナードに冷たくあしらわれる覚悟をしたのに、返ったのは、そんな思いもしない言葉で。


 「ローズマリーは、俺の婚約者、だからな?」


 俺は、力いっぱい牽制してしまった。


 「判っていますよ。俺はね、嬉しいんです。ローズマリー様になら、心から剣を捧げることが出来る。そのことが」


 メイナードは、そう言って澄んだ瞳を俺に向ける。


 「メイナード」


 「俺達騎士は、主君に忠誠を誓い、主君の奥方に剣を捧げます。なかには、心から、とはいかない騎士団もあるでしょう。けれど、この領の騎士団は違う。そのことが、俺はとても嬉しいのです」


 揶揄いの無いその言葉に、俺は黙ってメイナードを見つめ返した。


 メイナードの気持ちは、よく判る。


 俺もひとりの騎士として剣を捧げるなら、心からそう思える相手がいい。


 そして、世の騎士のなかには、そうできない者もいるということを俺は知っている。


 「それに、俺はローズマリー様がパトリック様を一心に想われる、そのご様子も可愛らしくて好感が持てると思っています。リーズ城でプロポーズする意味を知った時の恥ずかしそうな、それでいて幸せそうなご様子は忘れられません」


 「はっ!?お前、その話もローズマリーにしたのか!?」


 「しました。まさか、パトリック様が言っていないとは思っていませんでしたので」


 「だからっておまっ・・・おいっ!」


 しれっと言って、さっさと訓練場へ向かうメイナードを慌てて追いかけながら、俺は何とも言えない敗北を感じていた。












 「お前ら。ローズマリーは俺の婚約者だってこと、忘れんなよ」


 基本の形を熟しながらも、普段とは違う熱量を感じた俺がそう呟けば、騎士達はきょとんとした瞳を一瞬向けてから、きりっとした体勢を取った。


 「もちろんです。我々は、この地に吉祥をもたらしたローズマリー様に剣を捧げられることを誇りに思い、ローズマリー様に剣を捧げられることを幸福と感じております。そして今日、実際に初めてお姿を拝見し、その幸福を改めて実感しているのです。決して、そのような邪な思いからではありません」


 「すまない」


 口々に言われ、俺は素直に謝罪した。


 「いえ。それほど大切に想われているのですから、悋気も仕方ないかと」


 そんな俺に、騎士達がにやにやとした笑いを向けて来る。


 「主君を揶揄う奴があるか」


 憮然として言った俺の肩を、メイナードがぽん、と叩いた。


 「まあ、嫉妬もほどほどにな。狭量は、ローズマリー様に嫌われるぞ」


 「お前に言われると、何か腹立つ」


 「ではその気持ち。模擬戦で存分にぶつけてください」


 そう言って、メイナードはにやりとした笑みを俺に向けた。








 


 「・・・・・パトリックさま・・・っ」


 剣を持ち、メイナードと対峙した時聞こえた微かな声に、俺は自分の耳がぴくりと反応するのを感じた。




 ローズマリー。




 その声が、俺に力をくれる。


 <妬けますね>


 音にはせず、唇の動きだけで俺にそう告げたメイナードが、その瞳に本気の光を宿して俺に向けて剣を構えた。


 どこまでが本気なのか。


 思いつつも、見事にメイナードの挑発に乗った俺は、号令と共に最速でメイナードの喉元へ迫った。


 がきんっ


 しかし、同じように最速で突撃して来たメイナードは、ぶれることなく俺の剣を弾き、素早く次の一手を仕掛けて来る。


 そして俺がその一手を退けると同時に鋭い突きを繰り出せば、メイナードはそれを見事に避けながら更に俺へと攻撃を仕掛けた。


 剣戟が響き、火花が散る。


 流石我が騎士団一とも言われる剣豪、と思うも俺だって負ける気はない。


 それに。




 証明してみせろ、か。




 今日のメイナードの剣には、俺への試練が多分に含まれている気がする。


 俺がこの領を、ローズマリーを護り、共に生きて行くに相応しい人物だと確かめるような、メイナードの気迫が籠った剣が間断なく俺へと向かって来る。




 証明してやるよ、メイナード。


 


 そして俺も、メイナードへ最大の気迫でもって応える。


 結果、俺とメイナードの模擬戦は、対戦史上最も白熱したものとなった。


 メイナードは普段、余り熱くならない。


 手を抜くことは無いが、臨界まで闘い抜くようなことも無い。


 いつだって、涼やかさを保ったまま相手を打ち払う。


 そのメイナードがこれほど熱くなる姿に、他の騎士達も当てられたように熱気を帯びていく。


 「やはり、お強いですね」


 しかし、終了の合図と共に俺に微笑みそう言ったメイナードは、いつも通り涼やかで暑苦しさなど微塵もない。




 臨界まで熱くなってもその余裕かよ!?


 切り替え早すぎるだろう!



 メイナードと握手をかわしながら、俺は膝から崩れ落ちるような疲労を感じていた。








 「ローズマリー ポーレットと申します」


 俺とメイナードの試合に拍手を贈ってくれたローズマリーを呼び寄せれば、想定外だったのだろうローズマリーが、おずおずと俺の傍へと歩いて来た。


 そんな姿も可愛い。


 可愛いが、俺が呼んだ時は戸惑うばかりだったのに、メイナードが笑顔で手を振り同じように呼んだ時に一歩を踏み出すなんて、とまたも俺の狭量さが顔を出した。


 もちろん判っている。


 メイナードも呼んだことで、ローズマリーを呼びよせたのが俺の独断ではない、正当なことだ、と判断できたからこその動きなのだろうと。


 判っている。


 判ってはいるのだが、面白くは無い。


 けれど、ローズマリーが迷わず俺の傍に来る姿を見れば留飲など簡単にさがり、俺は嬉々として皆にローズマリーを紹介した。


 「ローズマリー様。貴女に剣を捧げる日を、我ら一同、楽しみにしております」


 「ありがとうございます。皆さまが誇れる存在となれるよう、努力いたします」


 そして、メイナードが代表して言った言葉に、皆が心から同意している様子に、そしてそれを受け、侮ることなく自身が努力すると言い切ったローズマリーに、俺は幸福な気持ちになる。


 俺は、部下にも伴侶にも恵まれている。


 「じゃあ、俺達も休憩しよう」


 ローズマリーが差し入れてくれた菓子が皆に行き渡ったのを確認し、俺達も休憩すべく建物へと歩き出す。


 その時、メイナードも一緒に来るつもりなのだと気づいて、俺は目配せをした。


 曰く、遠慮してくれ、と。


 だがしかし。


 「私とパトリックさまが居ると、皆の休憩にならないので。同席をお許しください」


 俺の目配せに微笑み返したメイナードは、俺の望みと真逆の事を口にした。




 おい待て!


 別に、同室じゃなくたっていいだろうが!




 しかし、俺の抗議の瞳をメイナードが捉えることは無く。


 その美しい紫の瞳は、真っ直ぐにローズマリーへと向けられている。


 数多のご令嬢が向けられることを望む、その瞳。


 ローズマリーが蕩ける様子は無いが、それを想像しただけで、俺の胸が煩く騒めく。


 「もちろんです。お邪魔しているのは、わたくしなのですから」


 涼やかな貴公子全開で、しかも心底申し訳なさそうに言うメイナードに、ローズマリーが慌てた様子で答えている。




 ああ、ローズマリー。


 騙されているよ、俺のローズマリー。




 救いは、ローズマリーがメイナードに対し、ひとりの騎士としてしか対応しないことか。


 それでも、思わず舌打ちしてしまった俺は、不思議そうな瞳をローズマリーに向けられて内心焦りまくったものの、タイミングよく紅茶を淹れたメイナードによって救われた。


 メイナードによって。




 なんか、納得いかない。








 「ローズマリー。ほら、行くよ」


 休憩後も、熱心に訓練を見学したローズマリーは、騎士ひとりひとりの動きを見たり、全体の動きを見たり、と将来の公爵夫人として満点の見学態度で、騎士達の好感度が爆あがりしたのを、俺は身をもって感じた。


 帰ろうとしている今もそれは続いており、こうして見学者にいつまでも手を振り見送る我が騎士団など初めて見た俺は、ため息さえ吐きたくなる。




 いや、嬉しい。


 嬉しいし喜ばしいが、だがしかし。




 狭量な俺は、ローズマリーが騎士団に受け入れられた喜びだけを感じることが出来ずに、悶々とした思いを抱える。


 「ああ、そうですね。いつまでも私が居たら、皆さん帰り支度が出来ませんね」


 しかし、そんな俺の気持ちに気づかないローズマリーが、斜め上の気遣いをしてみせる。


 そして、俺達の背後では、そんなローズマリーの表情にも騎士団がどよめいている。


 「喜ばしいこと、では、ある・・が。だがしかし」


 主家に嫁ぐローズマリーが、騎士団に受け入れられるということは、重要且つ喜ばしいことに間違いはない。


 それでも、ローズマリーと騎士団の距離をこれ以上、縮めたくない気持ちも強い。


 しかしそれは、次期当主としてあってはならない感情で。


 「パトリックさま。また、連れて来てください」


 煩悶する俺に、とどめのようにローズマリーが言ったひと言。


 それは、俺の立場からしたら、本当に喜ぶべきこと。


 次代のウェスト家を担う一翼となる公爵夫人が、騎士団に興味を持たない、などという悲劇は回避できた瞬間でもあって。


 俺は確かに喜びも感じつつ。


 「ローズマリーが浮気しないなら」


 複雑な想いを振り切り切れず、狭量全開の言葉を発した。







ブクマ、評価ありがとうございます。

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