側面のお話 <俺の誇りと最愛の遭遇> パトリック視点
「ああ。すっごく楽しみなのに、楽しみじゃない」
『仕上げをしてきます』
そう、嬉しそうに言って厨房へと向かったローズマリーの輝く笑顔を思い出しながら、俺は行儀悪く背中を丸めてソファにずるずると凭れた。
「まあ、パトリック。その気持ち、よぉく判るわ。騎士団には、”ローズマリーの初めてのひとつ”を得た、メイナードも居るのですもの。例え婚約しているからと言って油断はできない。そりゃあ、不安にもなるわよね」
向かいのソファで、優雅にティーカップを持ち上げながら、判るわあ、と、姉上が何とも意地の悪い笑みを浮かべる。
「誤解を招くような言い方をしないでください」
自然、眉が強く寄ってしまうのを押さえられず、俺はそのまま姉上を睨みつけた。
「あら、事実じゃない。ローズマリーが初めて馬に乗った、その同乗者はメイナードだったのでしょう?」
「あれは!フォルトゥナがローズマリーをなかなか乗せようとしなかったからで!」
ローズマリーが初めて馬に乗る、その記念すべき時に一緒に馬に乗ったのは俺では無く、メイナードだった。
その、思い出したくもないことをつけつけと言われて、俺は、がばっ、と起き上がる。
「莫迦ね。フォルトゥナは、貴方が大好きなのよ?いわば恋敵であるローズマリーを嬉々として乗せるなんて訳、ないでしょうが」
心底呆れたように言われ、俺はぐうの音も出ない。
「まあ、それは当然としても。あのアポロンが人を乗せたという事と、メイナードが女性と共に馬に乗った、なんて事実は凄いニュースよね。特にメイナードは意外すぎて、その話を聞いた時、目を見開いてしまったわ。だってわたくし、女性に近づかれて嫌がらないメイナードなんて、想像がつかないのだもの。だから、ローズマリーに、終始優しかった、と聞いて物凄く驚いたのよ。主家の人間だからかしら、とも思うけれど、ローズマリーが話す感じでは、義務的でも無かったようだし。そうなると、もう七不思議よね。あのメイナードが、って」
「それは、俺も驚いた。あのメイナードが、本当に嬉しそうにローズマリーに色々教えていて」
「涼やかな貴公子、と言われているけれど、実際は主従揃って腹黒冷血男ですものね・・・って、ああ、なるほど」
ぽん、と手を打ち、姉上は理解した、とひとり頷く。
「なんですか、一体」
きっと、碌なことではないと思いつつも聞けば、やはり禄でもない答えが返った。
「つまり、その心情はパトリック、貴方と一緒、ということよ」
「・・・・・ローズマリーは、俺を想ってくれています」
「そうよ。だから、メイナードは決して動かない。忠誠心も凄く強いから。でも、もし貴方がローズマリーを泣かせるようなことがあれば、きっと容赦無く攫って行くでしょう。心しておきなさい、パトリック」
漸く絞り出す思いで苦く言った俺に、姉上は真面目な顔でそう忠告した。
「パトリックさま。差し入れ、こちらで問題無いでしょうか?」
頬を上気させてローズマリーが開いて見せたバスケットには、とても美味しそうな匂いを裏切らない、堪らなく美味しそうな焼き菓子が詰まっている。
それは、朝からローズマリーが手ずから作った菓子で、極め付きにローズマリーが術を施した魔法紙で丁寧に包まれてさえいた。
魔法紙で包んであれば衛生的にも安心だし、可愛く包まれたそれは、贈られた相手も嬉しく思うに違い無い心を感じて、俺は、流石ローズマリーと誇らしい気持ちになる。
なる、のだが、だがしかし。
問題なのは、今回のこれが俺への贈り物ではなく、騎士団への差し入れ、ということだ。
もちろん、そこには俺も含まれるわけだが、しかし対象の大多数は俺じゃない。
俺じゃない男が、ローズマリーの手作りの菓子を食べる。
そこに堪らない嫌悪を感じた俺が、そのままローズマリーに伝えれば、心づくしの差し入れを却下されたローズマリーが固まってしまった。
狭量な婚約者ではあるが、ローズマリーにそんな顔をさせたかったわけではない俺が、慌てて嫉妬から出た言葉だ、と告げれば、今度は、ぽかぽかと俺を叩いて来た。
何だ、この可愛い生き物。
俺は、決してローズマリーを揶揄った訳ではない。
ただの、本心だった。
だから、可愛いローズマリーを抱き締めながらそう告げれば。
「はい。パトリックさまを、いつもありがとうございます、という」
なんて、必殺の一言を言われた。
そうか。
この菓子は、騎士団の皆への、俺に関する感謝の気持ちなのか。
思えば、とても嬉しくて。
あいつら、凄く喜ぶだろうな。
現金にも、ローズマリーの言葉で、自分がローズマリーにとって特別なのだ、と認識した俺は、常日頃から訓練を怠らず、魔獣討伐の際にその実力を遺憾なく発揮する力ある奴らを思い出し、何だか誇らしい気持ちになった。
「ローズマリー様。ようこそ、騎士団へ」
当然のように自分で持とうとしたローズマリーに先んじてバスケットを持った俺が、ローズマリーの手を引いて訓練場へ行けば、それはもう、嬉しそうにメイナードが出迎えた。
女性が訓練を見学に来るのは初めてではないが、こんなに嬉しそうに出迎えるメイナードを見るのが初めてな俺は、複雑な気持ちで持っていたバスケットをローズマリーに手渡す。
すると、そのバスケットをローズマリーから受け取ったメイナードは、当たり前のようにローズマリーの心遣いにも気が付いた。
こういうところは、流石だと思うし、俺がメイナードを信頼し騎士団を預けられる所以でもある、のだが、なんだか今は、面白くない。
「メイナード、よく判っているじゃないか。ローズマリーがそれに籠めたのは、心遣い、であって、愛情、ではないからな」
なので、狭量な俺は、面白くない思いそのままに、言葉にした。
メイナード、今、笑っただろう!
途端、くすり、と目と口元だけで笑ったメイナードを睨めば、メイナードは臆することなく、これには愛情も詰まっている、などとぬかしやがった。
「それは、もちろんですわ。美味しいものを食べると心がほっこりしますでしょう?ですので、少しでも、休憩の時に寛いでいただけたらいいな、と思いながら作りました」
益々面白くなく思っていた俺は、しかしローズマリーのその答えを聞いて感動してしまった。
俺のローズマリーは、天使なのかもしれない、とさえ思う。
「それじゃあ、ローズマリー。少し、ここで見ていてくれ」
危険が無いよう整備された、見学専用の場所へとローズマリーをエスコートした俺は、訓練に参加すべく、気合を入れ直して歩き出した。
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