騎士団見学、なのです。
「パトリックさま。差し入れ、こちらで問題無いでしょうか?」
そう言って私は、たくさんの焼き菓子を詰めたバスケットをパトリックさまに開いて見せた。
マーガレットとポピーにも手伝ってもらい、朝から張り切って焼いたお菓子は、自分では上手に出来たと思える見た目と味で、味見をしてもらった侍女さんや厨房の皆さんも美味しいと言ってくれたけれど、やはりパトリックさまの意見がとても気になってしまう私は、表情の変化ひとつも見逃さないように、とパトリックさまを凝視してしまう。
「問題?大ありだね。だから、それは全部俺が食べよう。ほら、バスケットを渡して?」
そして、真顔でそう言われてしまった私は、馬車のなかで固まってしまった。
「ああ、ローズマリー。今のはただの嫉妬だから。まあ、つまり。さっきの言葉を訳すと『俺以外の奴の為にローズマリーが菓子を作るのも面白くないし、俺以外の奴が、ローズマリーが手ずから作った菓子を食べるなんて大問題で業腹』ってことだよ」
ぽんぽん、と私の肩を叩き、困ったような顔で覗き込んで来るパトリックさまに、私は、先の言葉が真実ではない、ということを理解する。
「もう、びっくりするじゃないですか。幾ら私を揶揄うのが好きだからって、今のはタイミングが悪すぎです」
そして、心から安心した私は、もう、もう、と言いながらぽかぽかとパトリックさまを叩いてしまった。
「ああ。ローズマリー、ほんとに可愛い。いっそ、このまま帰るというのはどうだろう?」
お行儀が悪かったかな、と思う私を抱き寄せようとして、膝に抱えているバスケットが邪魔だったらしいパトリックさまは、それをそっと取り上げ、律儀にもきちんと蓋をし直し、向かいの座席に落ちないように置いてから、私をぎゅうぎゅう抱き締めた。
「もう、こういうことでは揶揄わないでくださいね?」
念押しするように言えば、パトリックさまが、がばりと私の身体を離し、真剣な瞳で見つめて来る。
「揶揄ってないから。本気だから」
「え?あの、本当に駄目でしたか?差し入れとして失格の理由は何でしょう?」
まさかの本気の駄目だしだったか、と私が言えばパトリックさまが、ふるふると首を横に振った。
「そっちじゃない。俺が嫉妬した、って言う方。そういう意味では、ローズマリーに差し入れして欲しくない」
「では、お菓子としては合格ですか?」
「合格に決まっているよ。こんな美味しそうなうえに、きちんとひとつひとつ透明の魔法紙に包んであって。愛情たっぷり、って感じがするよね。この魔法紙だってローズマリーが術を掛けたものだし」
「愛情、というか、感謝の思いたっぷりですから」
「感謝?」
「はい。パトリックさまを、いつもありがとうございます、という」
「・・・・・そっか」
「はい」
照れたように頷くパトリックさまは少し幼く見えて、それでいて公爵家の騎士団を誇りに思っているのが伝わって、私は、安定のパトリックさまの腕のなか、ほっこりとした気持ちで馬車に揺られていた。
「ローズマリー様。ようこそ、騎士団へ」
馬車を下り、パトリックさまに手を引かれるままに訓練場へ行けば、そこで指揮を執っていたメイナードさまが、にこにこと笑みを浮かべて近づいて来た。
「メイナードさま。本日は、お邪魔いたします。こちら、よろしければ皆さんで召し上がってください」
パトリックさまが運んでくださったバスケットをメイナードさまに渡せば、メイナードさまの笑みが判り易く深くなって、私はとても嬉しくなる。
「いい匂いがします。開けてみてもいいですか?」
「もちろんです」
どきどきしながらメイナードさまの様子を伺えば、メイナードさまは、心地よさそうに一度大きく息を吸ってから、嬉しそうにバスケットの蓋を開き、その中身を見て益々瞳を輝かせた。
「凄い・・・美味しそうなのはもちろんですが、とても細やかな心遣いを感じます。本当に、ありがとうございます」
「メイナード、よく判っているじゃないか。ローズマリーがこれに籠めたのは、心遣い、であって、愛情、ではないからな」
本当に嬉しそうにメイナードさまが言ってくれて、私はほっと一安心したのに、横からパトリックさまが面白くなさそうに付け足してしまう。
「パトリックさま。そのような言い方はメイナードさまに失礼です」
愛情、などという言い方は失礼です、と目力を込め、パトリックさまの袖を引いて言った私に、けれど、メイナードさまは明るい笑みを向けた。
明るい、そして、少し悪戯っぽいその笑みに、私は思わず私を揶揄う時のパトリックさまを想い浮かべる。
「もちろん、愛情も込めてくださっていますよね?ああ、この場合の愛情というのは、相手に美味しいと感じて欲しい、というくらいの意味です」
知らず身体に力が入っていた私は、そのメイナードさまの言葉に、ほっとして笑みを零した。
「それは、もちろんですわ。美味しいものを食べると心がほっこりしますでしょう?ですので、少しでも、休憩の時に寛いでいただけたらいいな、と思いながら作りました」
事実なので、少々力を込めて言ってしまった私に引くことなく、メイナードさまが頷いてくれた。
「判ります。この魔法紙も、ローズマリー様が術を掛けてくださったのですね。ローズマリー様と同じ魔力を感じるので、判ります」
本当に大切にいただきます、と言って、メイナードさまは私に丁寧にお辞儀をする。
「それじゃあ、ローズマリー。少し、ここで見ていてくれ」
そう言って、パトリックさまは私を見学専用の場所の椅子までエスコートしてくれると、メイナードさまと共に騎士の皆さんの方へと歩いて行かれた。
パトリックさま、格好いいです!
一旦、奥へと入り、ほどなくまた出て来たパトリックさまは訓練用の服に着替えていて、初めて見るその姿に私は釘付けになった。
そして、その動きの素晴らしさ。
まだ、準備運動の段階だというのに私の心拍数は上がる一方で、少し落ち着かなければ、と私は大きく息を吸った。
やがて準備を終えたらしいパトリックさまは、メイナードさまを従えて皆さんに号令をかけ、剣を使っての訓練を始める。
ひとりひとり剣を持ち、色々な型を熟して行くのを、パトリックさまとメイナードさまが補佐し、修正していく。
それが終わると、いよいよ打ち合い、となるようで、私は、どきどきわくわくしながら、その様子を見守る。
騎士の皆さんの迫力は素晴らしく、私など、打ち込む気合に圧倒されるほど。
どの方も実力が高いのが見て取れる剣技で、熱戦が続き、私はいつのまにか身を乗り出して観戦してしまっていた。
「・・・・・パトリックさま・・・っ」
そして、いよいよパトリックさまが剣を持ち、対戦相手と対峙する姿を見た私は、思わず両手を胸の前で組んでしまう。
他の皆さんにも、怪我が無いように、という気持ちはもちろんあったのに、パトリックさまに対しては、まるで自分が戦うかのように緊張もし、心配も強くしてしまう。
「お相手は、メイナードさまなのですね」
おふたりの対戦を、他の騎士さんたちも緊張の面持ちで見つめるなか、号令がかかり、対戦が始まった。
「速い」
お互い、様子を見ることもなく急接近したと思った時には剣がぶつかり合い、火花が飛び散る。
かなりの力がかかっているだろうに、おふたりとも動きがぶれることなく、続けて二撃、三撃と打ち合い、相手の隙を狙い合うも、その隙が両者にない。
「すごい・・・きれい」
激しい打ち合いをしているにも関わらず、おふたりともまるでダンスを踊っているかのように身体の動きが美しく、私は思わず見惚れてしまった。
「両者、そこまで!」
結局、勝敗はつかず、メイナードさまは満足そうな、そしてパトリックさまは少し悔しそうな顔をされていることに、私は思わず立ち上がって拍手してしまいながら気が付く。
「い、いけない。私ったら・・・・!」
大人しく見学していないといけないのに、まるで試合の観戦者のようなことをしてしまった。
「ローズマリー!こちらにおいで!」
けれど、焦る私にパトリックさまが大きな声で呼びかけ、手招いてくれる。
「え?え?え?」
「ローズマリー様!どうぞ、こちらへ!」
思いもかけないことに益々焦っていると、パトリックさまの隣で、メイナードさまも、そう呼びかけながら手を振ってくれた。
「みんな、紹介しよう。俺の婚約者の、ローズマリーだ」
そして、おずおずと傍へ行った私を、パトリックさまが紹介してくれる。
「ローズマリー ポーレットと申します」
きちんと礼をすれば、皆さんも騎士の礼を返してくれた。
「ローズマリー様。貴女に剣を捧げる日を、我ら一同、楽しみにしております」
メイナードさまの言葉に、皆さんも頷き、パトリックさまも嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます。皆さまが誇れる存在となれるよう、努力いたします」
やがて、パトリックさまと正式に婚姻した暁には、次期公爵夫人として皆さんの頂点に立つパトリックさまの隣に並ぶことになる私は、心の底からそう誓った。
「それと、今日はローズマリー様から差し入れもいただいている。皆でいただこう」
「「「ありがとうございます!」」」
そう言ってメイナード様が、自らバスケットを持ち、ひとりひとりに渡してくれ、皆さん、本当に嬉しそうに私に声を掛けてくれる。
「じゃあ、俺達も休憩しよう」
騎士の皆さんが、思い思いの場所で休憩を取り始めるのを確認したパトリックさまが、そう言って建物のなかへ私を連れて行ってくれた。
「私とパトリックさまが居ると、皆の休憩にならないので。同席をお許しください」
「もちろんです。お邪魔しているのは、わたくしなのですから」
申し訳なさそうに言うメイナードさまに答えれば、パトリックさまが何故か舌打ちをされている。
どうかしたのか、と思う間もなく、メイナードさまが紅茶を淹れてくれ、その真相を聞くことは出来なかった。
その後も、皆さんの訓練を見学させてもらった私は、空になったバスケットを手に、満ち足りた気持ちで訓練場を後にした。
「ローズマリー。ほら、行くよ」
手を振って見送ってくださる皆さんに手を振り返していると、そう言ってパトリックさまが少し強く私の手を握る。
「ああ、そうですね。いつまでも私が居たら、皆さん帰り支度が出来ませんね」
気が利かなった、と私が言えば、何故かパトリックさまがため息を吐いた。
「喜ばしいこと、では、ある・・が。だがしかし」
「パトリックさま。また、連れて来てください」
何かを考えている様子のパトリックさまに、またパトリックさま始め皆さんの雄姿が見たい、とお願いすれば、パトリックさまはじっと私を見つめ。
「ローズマリーが浮気しないなら」
本気の瞳で、そう言った。
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