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側面のお話 <愛馬と愛しの婚約者、そして俺の嫉妬> パトリック視点








 「フォルトゥナ。恨むぞ」


 思い切り俺と駆けて満足したのだろう。


 嬉しそうに小川の水を飲むフォルトゥナの首を撫でてやりながら、俺は恨みがましい声を出してしまった。


 尤も、そんな声は聞こえないかのように甘えてくるのが可愛くもあって、俺はため息を吐く。


 「まったく、お前は」


 ぺちぺち、と首を叩けば嬉しそうに鼻を伸ばす。


 フォルトゥナは俺の頼もしい相棒で、大切な愛馬。


 だからこそ、ローズマリーに紹介して、ローズマリーと共に乗せてもらおうと思ったのに、当のフォルトゥナに完全拒否をされてしまった。


 それでも、フォルトゥナがローズマリーを嫌ってはいないことは判ったので、最終的にはローズマリーを抱え上げてフォルトゥナに乗せてしまえば大丈夫だと安心もしていた。


 それならば、さっさとそうしてしまえばよかったものを、フォルトゥナに何度そっぽを向かれても、頑張って仲良くなろうとするローズマリーが可愛くて、もう少し見ていたい、などと思ってしまったのが運の尽き。


 懸命なローズマリーの気持ちも考えず、フォルトゥナと仲良くなろうと頑張るローズマリーが可愛い、俺とフォルトゥナの関係の近さに妬いてくれているローズマリーはもっと可愛い、などという理由で碌に助けることもなく見つめていた俺の傲慢さが、最悪な結果を導いてしまった。


 『アポロン!』


 見覚えのある馬が、突然ローズマリーに擦り寄った、と思う間もなく飛び込んで来たメイナード。


 その姿に、俺は思わず眉根を寄せた。


 涼やかな貴公子、と、その美しいと評判の容姿からも女性達に人気の彼は有能なうえ、見た目に反して物凄く腕の立つ騎士でもある。


 ウェスト公爵家騎士団副官としての働きも申し分なく、俺個人としてもメイナードを信頼している、のだが、いや、だからこそ、ローズマリーとは余り近しく会わせたくないと思っていた。


 「メイナードさま」


 副官として、一度だけ紹介されたメイナードをきちんと覚えていたらしいローズマリーが、その愛らしい声でメイナードを呼ぶ。


 「ローズマリー様、申し訳ありません」


 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 心から気にしていないことが判る可愛い笑顔を、メイナードに向けるローズマリー。




 ローズマリー。 


 そんな可愛い笑顔、俺以外に見せなくていいから!




 声に出せたらいいと思うが、狭量な男だとローズマリーに知られたくない。


 それにしても、メイナードもメイナードだ。


 俺が、幼少の頃からローズマリーに執ちゃ・・・ローズマリーを好きなことを知っているくせに、遠慮するどころか、普段は見せることのない、心からの笑みを浮かべてローズマリーを見つめてさえいる。


 しかも、あの人を寄せ付けないアポロンが、ローズマリーの手から砂糖の塊を食べただけにとどまらず、甘えるように擦り寄ってもいる。


 他者に対し、厳しく冷たい姿勢を崩さないメイナードとアポロンが、ローズマリーには心を許している。


 


 ローズマリーなら、アポロンに乗れるかもしれない。




 メイナードもアポロンも懐かせてしまうとは、流石俺のローズマリー、と思いつつも心中のもやもやは無くならない。


 


 ローズマリー。


 俺がここに居ること、忘れていないか?




 なかなかに複雑な思いを抱え、楽しそうなローズマリーとその他、一頭とひとりを見つめていると、真摯な表情になったメイナードが、凛々しい騎士の態度でローズマリーに向き直った。


 「ローズマリー様。よろしければ、アポロンに乗ってくださいませんか?」


 そして、言葉にしたのは俺も思った可能性。


 確かに、アポロンはローズマリーなら、喜んでその背に乗せるだろう。


 だかしかし、だがしかしだ!


 「メイナード。ローズマリーは、ひとりで騎乗できない」


 最悪の未来を回避すべく、急ぎローズマリーの傍へ行こうとした俺は、フォルトゥナに阻まれて前進することさえできなかった。


 そんな俺を見ていたローズマリーが、何かを決意したようにアポロンへと向き直る。


 「アポロン。わたくしを乗せてくださる?けれど、わたくしひとりで馬に乗れないの。というか、乗ったこともなくて。だからね、メイナードさまに一緒に乗っていただけたら、と思うのだけれど、どうかしら?」


 そして、俺が回避しようとした最悪の未来。


 メイナードとローズマリーが共にアポロンに乗ること。


 それを望む、と何と、ローズマリー本人が口にした。


 俺以外の男とローズマリーが、共に馬に乗る。




 何の悪夢だ。




 どうして俺が、ローズマリーが俺以外の男、しかも女性からの人気も絶大なメイナードと共に騎乗する姿を見なくてはならないのか。


 しかも今現在、上目でメイナードに懇願しているローズマリーは物凄く可愛いし、そんなローズマリーを見つめ返すメイナードの瞳もやわらかく優しくて、それはもう、美男美女で物凄く絵になるし、いっそもう想い合う恋人同士の様相。


 そこに見事な黒馬までいるのだから、その構成はもう完璧。




 近い!


 近いだろう、その距離!




 一体、何を見せられているのか、と俺は心のなかで叫んだ。


 いや、厩舎の中のことなので、距離の近さはある程度致し方無いのだが。


 だがしかし、物理の距離はそれにしても近すぎるし、何より心理の方も近い気がして、俺は苛立ってしまった。


 しかも、俺が見るに、アポロンはローズマリーの願いを聞き入れた様子。




 あの人嫌いのアポロンが。




 それは、感慨深いことでもある。


 あるのだが。


 「それであの。メイナードさまはいかがでしょう?」


 俺と同じくアポロンの出した答えが判ったらしいメイナードから、アポロンが乗せてくれると言っている、と聞かされたローズマリーが、そう言って再びメイナードを見あげる。


 その可愛さ。


 そして俺は初めて、メイナードが女性に請われて息を飲み、瞳を震わせるのを見た。


 


 いつもは、女性に近寄られただけで不快そうになるくせに。




 判っている。


 ローズマリーに他意は無い。


 ただ、馬に乗ってみたい、と思っているだけだ。


 しかし、判ってはいても、ローズマリーが他の男と見つめ合っているのは面白くないし、俺以外と馬に乗ろうとしているのは、もっと面白くない。


 というか、許せない。


 「私はもちろん構いません。ですが」


 俺の心情も判っているだろうメイナードが、殊勝な様子で俺を窺うが、実際には、ローズマリーと共にアポロンに乗る気満々なのが見て取れる。


 「パトリックさま。フォルトゥナさんは、パトリックさまとふたりきりがいいのだと思います。いつも傍に居られるわけではないのですから、当然でしょう。幸い、わたくしのことはアポロンが乗せてくれるようなので、メイナードさまに甘えたいのです」


 


 メイナードがこれほど期待に満ちているのは、アポロンに乗れるから、なのか、ローズマリーと共に、だからなのか。


 一体、重きはどちらにあるのか。


 


 そんなことを考えていた俺の耳は、とんでもないローズマリーの言葉を捉えた。




 今、ローズマリーは何と言った?


 『フォルトゥナさんは、パトリックさまとふたりきりがいいのだと思います』?


 『いつも傍に居られるわけではないのですから、当然でしょう』?


 それはつまり、俺がフォルトゥナを優先するように感じて嫉妬した、ということではない、ということか?


 しかもなんだ。


 『メイナードさまに甘えたい』?

 おい、メイナード!


 なんだその嬉しそうな表情!


 澄ました顔をしていても、俺には判るんだからな!


 それにローズマリー!


 甘える相手が違う。


 ローズマリーが甘えるのは、俺であるべきだろう!




 「いや、しかし侯爵との約束が」


 いくら可愛くローズマリーにお願いされても、これは、と思いローズマリーを思いとどまらせようと、動く俺の気配を察したのか、フォルトゥナは何と俺のシャツを噛み、その衝撃で俺はその場でたたらを踏んでしまった。


 「ちゃんと気を付けます。パトリックさまにご迷惑はかけません」


 そんな俺とフォルトゥナの様子を見て、益々決意を固めたようにローズマリーが言う。


 「迷惑とか、そういう問題ではないよ、ローズマリー」


 そう。


 侯爵との約束云々ではなく、俺がローズマリーと馬に乗りたい、ただそれだけのことなのだが、この状況がそれを許さない。


 無理にでも、フォルトゥナにローズマリーを乗せてしまうことは出来るが、アポロンに人を乗せてみたいのも事実。


 そして、アポロンがローズマリー以外を乗せないだろうことは、過去にて実証済み。


 「でもでも、メイナードさまはパトリックさまも信頼する、立派な騎士さまなのですよね?」


 懸命に願うローズマリーは可愛い。


 だがしかし、言っている内容は、少しも可愛くない。


 いや。


 少しも、ということは無いのか。


 メイナードを立派な騎士、と評するローズマリーの、きらきらとした瞳を見れば、今すぐローズマリーをメイナードから隠してしまいたい衝動に駆られるが、それは俺の発言に基づくローズマリーの見解であると判るので、その俺に対する信頼は嬉しくもある。 


「それはもちろんだ。しかしこの場合は」


 確かに、俺はメイナードを信頼している。


 もし、危険な場面でローズマリーを託すとしたらメイナードしかいないだろう。


 しかし今は、その、もし、の場面ではない。


 やはり、メイナードとローズマリーをふたりで騎乗させるのは、と思い、ならば俺が、と今度こそローズマリーの傍へ行こうとした俺は、あろうことかフォルトゥナの頭突きを受けて後退してしまった。




 いや、今の本当に危なかったからな!?




 俺がアポロンに乗ろうとしたのが判ったのか、フォルトゥナは本気で阻止にかかる。


 その馬力は半端ない。


 「フォルトゥナは、心底パトリック様に惚れていますからね。それにパトリック様。アポロンが人を乗せる気になっているのです。この機会、逃す手はありません。もちろん、ローズマリー様は、私が必ずお守りします。悋気は堪えて頷いてください」


 にやりと笑って言うメイナードを、ローズマリーが不思議そうな顔で見ている。




 ローズマリー。


 涼やかな貴公子、とか言われているが、そいつは結構な腹黒冷血男だからな。




 そんなメイナードと俺は、似たもの主従、と言われているのだが、まあローズマリーは知らなくていい。


 そんな主従の、従、である筈のメイナードは、主である俺の睨みにも怯むことなく、機嫌よく俺を見、傍にいるローズマリーを温かく見守っている。




 面白くない。




 面白くない、が。


 俺は、くっついて離れようとしないフォルトゥナの、黒曜石のように美しい瞳を見、ローズマリーに張り付いているアポロン、というその珍しい光景に諦めのため息を吐いた。


 「仕方ない、か」


 「ありがとうございます!お父さまには、パトリックさまはきちんと危機対応してくださった、と必ず伝えます!」


 瞬間、嬉しそうに弾むような声で言ったローズマリーが切ない。


 


 いや違う、そうじゃない。


 別に、侯爵へのフォローなど欲しくはない。


 そうじゃないんだ、ローズマリー。


 


 伝わらないのか、と脱力する俺に、何を勘違いしたのか、ローズマリーが心沈めるような仕草をして、そっとアポロンに触れた。


 その仕草が、また可愛い。


 「よろしくお願いしますね」


 体勢を整え、淑女然として言うローズマリーがまた何とも可愛くて見つめていると、俺と同じように温かい目でローズマリーを見つめているメイナードに気が付いた。


 「では、アポロンに馬具を装備しましょう。ローズマリー様、少しお待ちください」


 アポロンに馬具を付ける。


 過去、成功例の無いそれに喜びを見出しつつ、俺はメイナードが馬具を装着していく動きを楽しそうに、そして嬉しそうに見ているローズマリーを見て複雑な気持ちになった。




 ローズマリーと初めて馬に一緒に乗るのは、俺でありたかった。


 


 ローズマリーも、そう言ってくれていたのに、と俺は拗ねる気持ちでフォルトゥナに馬具を付ける。


 せめてローズマリーを馬上にあげるのは俺がしたかったが、いつのまにか、スマートにメイナードに決められてしまった。


 仕方なく、俺はメイナードと並行して歩み始める。


 初めて人を乗せるアポロンが少々不安ではあったが、そのような不安は全く必要なく、メイナードの手綱によく従って歩いている。


 俺を乗せる時、フォルトゥナは他の人間を乗せた時よりずっとその能力を発揮する。


 今日も、久しぶりに俺を乗せて嬉しいのがよく判る。


 街道に出るまでは、何とか抑えて並足をキープしたが、その後は制御するのも酷だ、と俺はフォルトゥナを思い切り走らせることにした。


 「ローズマリー!少し行って来る!すぐ戻るから、待っていて!」


 


 本当に、待っていてくれ。




 心からそう思い、俺はフォルトゥナを思い切り走らせた。


 


 風を感じる。


 


 馬に乗っていて、これほどの一体感を覚えるのはフォルトゥナしかいない。


 フォルトゥナも、嬉しそうに疾走する。


 そうして俺とフォルトゥナは、水場でもある小川まで高速で駆け抜けた。


 「なあ、フォルトゥナ。ローズマリーと仲良くしてくれよ」


 水を飲んで気が済んだのだろう、俺にじゃれてくるフォルトゥナに言えば、ぷい、と横を向かれる。


 「まあ、根気よくいくか。さあ、フォルトゥナ。もうひと駆けしてローズマリーを迎えに行くぞ」


 言えば、フォルトゥナが気乗りのしない様子でうろうろと辺りをうろつく。


 「フォルトゥナ。な、頼むよ」


 ぺしぺしと首を叩き、その背に一気に跨れば、もうフォルトゥナも嫌がることは無い。


 「よし、行くぞ!」


 


 アポロンは、ローズマリーの馬にしよう。


 乗り方は、絶対に、俺が、教える。




 ローズマリーの乗馬の専任講師は俺だ、いや、むしろ、俺とのマンツーマンしか認めない。


 再びフォルトゥナを全速力で走らせながら、俺はそう決意した。




 





ブクマ、評価ありがとうございます。

とても嬉しく励みになります。

読んでくださってありがとうございます。

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