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恋敵。その名は<ローズマリー>









 「フォルトゥナさん、はじめまして。ローズマリーと申します」


 緊張しつつご挨拶をして、私は、フォルトゥナさんの美しく凛とした顔を見つめた。


 けれど、彼女は私の存在など知らない様子でパトリックさまに甘えるように擦り寄って行ってしまう。


 「あはは。フォルトゥナくすぐったいよ」


 フォルトゥナさんに、ぐりぐりと頭を擦り付けられたパトリックさまも、嬉しそうにフォルトゥナさんを撫でている。


 


 う、羨ましいです!




 パトリックさまが、他の追随を許さないほどに美しく気高い、と評されたフォルトゥナさん。


 私など、傍に寄るのもおこがましいかも知れないけれど、それでも仲良くできたら、と思い私は再度挑戦する。


 「フォルトゥナさん。よろしければ、こちらをどうぞ」


 フォルトゥナさんが大好きだというお砂糖の塊。


 それを、パトリックさまに教わった通り、指を精一杯開いた手のひらに載せて差し出した。


 「うう。駄目ですか」


 けれど、思い切り、ぷいっ、と顔を逸らされ、私は敗北感に打ちひしがれた。


 私とて、一度顔を逸らされたから、といって諦めたりはしない。


 しかし、こうも何度も同じように顔を逸らされれば、心も折れるというもの。


 「フォルトゥナ。ローズマリーは俺の婚約者なんだ。そう紹介しただろう?もっと仲良く・・・って、こら!」


 


 じゃれています。


 思いっきり、じゃれています。




 私は、いじける思いでパトリックさまと戯れるフォルトゥナさんを見つめた。


 つやつやとした栗毛色が、厩舎に差し込んだ光にきらきらと輝く。


 いざというときには、装甲も装備してパトリックさまと共に前線に立つというフォルトゥナさんは、本当にパトリックさまが大好きで大切に想っているのが判る。


 そしてパトリックさまも、自分で言っていた通り、とてもフォルトゥナさんを信頼しているのをひしひしと感じる。




 はあ。


 ぽっと出の私など、傍にいることも許されない雰囲気ですね。




 今日は馬で遠駆けの予定で、私は本当に楽しみにして来たのだけれど、この調子では無理かもしれない。


 果てなくじゃれ合う一頭とひとりを見つめ、私はまたため息を吐いた。


 今日は遠駆けをして、その目的地でピクニック、ということで、既にテオとクリア、侍女さんたちは先に馬車で目的地へと向かっている。


 私は、パトリックさまに馬に乗せてもらって向かうことになっているのだけれど、肝心のフォルトゥナさんが、私を乗せてくれそうにない。




 仕方ありません。


 私は、馬車で。




 思っていると、温かいものが私の頬に触れた。


 「っ!」


 見ればそこに黒い馬の顔があって、私はしばし固まってしまう。


 「アポロン!」


 そこに、焦った様子の騎士さまが飛び込んで来た。


 銀色の長い髪を後ろで束ねた、その端正な姿。


 「メイナードさま」


 ウェスト公家の騎士団で、公爵家の方がいらっしゃらない時には総括の任に就くというだけあって、見た目の美しさに反しとてもお強い、とお聞きした方が、いつのまにか私の傍に来ていた立派な黒い馬を嗜めている。


 「ローズマリーさま、申し訳ありません」


 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 アポロン、と呼ばれた馬は、手綱も何も装備していないけれど、フォルトゥナさんに負けないくらい艶やかな毛並みと、美しい体躯の持ち主だった。


 「おい、アポロン。お前、どうした」


 「アポロン、とおっしゃるのですね。わたくしは、ローズマリーです。はじめまして」


 メイナードさんが止めようとしても言うことを聞かず、アポロンは私に擦り寄って来ようと動いている。


 「こいつ、人に慣れないどころか触られるのも嫌がるのですが、ローズマリー様のことは気に入ったようですね」


 「まあ、わたくしと仲良くしてくださるのですか?嬉しいです。よろしければ、お近づきの印に、どうぞ」


 困惑したようなメイナードさまの言葉に嬉しくなった私は、持っていたお砂糖の塊をアポロンへと差し出した。


 「食べてくれたわ!」


 すると、アポロンは警戒する様子もなく、ぱくりとお砂糖の塊を食べ、私の手に頬を擦り寄せて甘えるような仕草をする。


 「ローズマリー様。よろしければ、アポロンに乗ってくださいませんか?」


 「メイナード。ローズマリーは、ひとりで騎乗できない」


 メイナードさまの言葉に被せるようにパトリックさまの声がして、そのままパトリックさまはこちらへ来ようとしたけれど、フォルトゥナさんに阻まれた。


 今日はもう、フォルトゥナさんはパトリックさまから離れるつもりが無いのだろう。


 「アポロン。わたくしを乗せてくださる?けれど、わたくしひとりで馬に乗れないの。というか、乗ったこともなくて。だからね、メイナードさまに一緒に乗っていただけたら、と思うのだけれど、どうかしら?」


 私の言葉に、メイナードさまもパトリックさまもぎょっとされたようだけれど、どうしても馬に乗ってみたくて他に名案もない私は、アポロンとメイナードさまを縋るように見つめてしまった。


 「ローズマリー様。アポロンは、構わない、と言っているようです」


 アポロンの様子を見ていたメイナードさまが、頭を下にしたアポロンの首のあたりをぽんぽんと叩く。


 「ありがとうございます、アポロン」


 私も真似てアポロンの首をぽんぽんすると、アポロンが擦り寄って来た。


 「それであの。メイナードさまはいかがでしょう?」


 いくらアポロンが乗せてくれる、と言ってもメイナードさまに断られてしまっては乗ることは出来ない。


 今日の護衛にはメイナードさまも含まれていると聞いているから、そこまでご迷惑ではないはず、と私は期待を込めてメイナードさまの美しい紫色の瞳をじっと見つめた。


 「私はもちろん構いません。ですが」


 メイナードさまが、困惑された様子でパトリックさまを見る。


 然もありなん。


 私は、パトリックさまの婚約者なのだから、承諾が必要ということなのだろう。


 「パトリックさま。フォルトゥナさんは、パトリックさまとふたりきりがいいのだと思います。いつも傍に居られるわけではないのですから、当然でしょう。幸い、わたくしのことはアポロンが乗せてくれるようなので、メイナードさまに甘えたいのです」


 お願いします、と力を瞳に籠めて願えば、パトリックさまが苦い顔になった。


 「いや、しかし侯爵との約束が」


 言いつつ、私の元へ来ようとしたパトリックさまは、シャツをフォルトゥナさんに噛まれてたたらを踏む。


 「ちゃんと気を付けます。パトリックさまにご迷惑はかけません」


 「迷惑とか、そういう問題ではないよ、ローズマリー」


 パトリックさまは殊更難しい顔をされるけれど、馬に乗る夢は捨てられない。


 それにここには、私を乗せてくれるというアポロンがいる。


 


 お父さま。


 ちゃんと気を付けるので、パトリックさまとの同乗でなくともお許しください。




 「でもでも、メイナードさまはパトリックさまも信頼する、立派な騎士さまなのですよね?」


 もう一押し、と私はパトリックさまに言葉を紡ぐ。


 「それはもちろんだ。しかしこの場合は」


 そして三度、私に歩み寄ろうとしたパトリックさまは、フォルトゥナさんに頭突きされるような形で、却って後退を余儀なくされた。


 「フォルトゥナは、心底パトリック様に惚れていますからね。それにパトリック様。アポロンが人を乗せる気になっているのです。この機会、逃す手はありません。もちろん、ローズマリー様は、私が必ずお守りします。悋気は堪えて頷いてください」


 何故か、にやりと笑って言ったメイナードさまを一瞬睨んでから、パトリックさまは自分にくっついて離れないフォルトゥナさんを見、私にくっついているアポロンを見て大きなため息を吐いた。


 「仕方ない、か」


 「ありがとうございます!お父さまには、パトリックさまはきちんと危機対応してくださった、と必ず伝えます!」


 嬉しくて、はしゃいでお礼を言えばパトリックさまの顔がまた苦くなる。


 はしゃぎ過ぎたか、と反省して私はそっとアポロンに触れた。


 「よろしくお願いしますね」


 「では、アポロンに馬具を装備しましょう。ローズマリー様、少しお待ちください」


 何故かくすくすと笑っているメイナードさまの言葉に頷いて、私はアポロンの首を撫でる。




 やっと初めて馬に乗れるわ。


 よろしくお願いします。


 アポロン、メイナードさま。




 きびきびとアポロンに馬具を装着していくメイナードさまの動きを嬉しく見つめ、私はこれからの楽しい時間に思いを馳せた。












 ぱかぱかと一頭の馬が歩む。


 眩しい陽光のなか、アポロンの黒い姿は抜きんでて美しい。


 私は、安定したその背で、過ぎゆく景色と心地よい風を思い切り楽しんでいた。 


 「わたくしのせいで、すみません」


 街道に出てすぐ、風のように駆け抜けて行ったパトリックさまとフォルトゥナさんの背を見送り、私は背後のメイナードさまにそっと声を掛ける。 


 「お気になさらず。パトリック様も仰っていらしたように、思い切り走らせればフォルトゥナも落ち着くでしょうから、また戻って来られますよ」


 『ローズマリー!少し行って来る!すぐ戻るから、待っていて!』


 確かに、パトリックさまはそう言って人馬一体となって駆けて行かれたけれど、私には、それがまた居たたまれない。


 「ローズマリー様。私と乗るのは嫌でしたか?」


 こんな風に邪魔をしてしまうくらいなら、馬車で行くようにすればよかったのかも、と気落ちしていると、メイナードさまがそのようなことを言い出した。


 「まさか。こちらこそ、お付き合いさせてしまいまして申し訳ないですが、馬に乗る、という体験が出来て、メイナードさまにはとても感謝しております」


 私が言うと、アポロンがくるりと後ろを向き、私を見てくる。


 「もちろん、アポロンにも感謝しているわ、ありがとうアポロン」


 「ひひん」


 「こいつ、本当にローズマリー様が気に入ったのですね。私も嬉しいです。こいつが、乗せてもいい、と思える人に出会えて。ありがとうございます、ローズマリー様」


 威風堂々と歩くアポロンの首を軽く叩き、メイナードさまが、本当に嬉しそうにおっしゃった。


 「わたくしは、何も」


 謙遜でもなんでもなく、本当に何もしていない私が言えば、メイナードさまが優しい笑みを浮かべる。


 「いいえ。アポロンは、優れた馬なのですが、その気性から人を乗せたがらず。結果、能力は高い筈なのに種馬にしか出来ないか、と言われるほどの暴れ馬だったのです。けれど、今、アポロンは大人しく、いや、誇らしげに貴女を乗せて歩いている。これは、凄いことです」


 この先のアポロンの道も開けた、とメイナードさまは本当に嬉しそうにおっしゃった。


 「これを機に、他の方も乗せられるようになるといいですね」


 「いえ。アポロンは、貴女の馬とするといいでしょう」


 当然のように言い切ったメイナードさまに、私は驚きを隠せない。


 「わたくし、ひとりでは乗れませんわ」


 「それはこれから乗れるようになってください。若奥様」


 からかうように言われ、けれど、それがメイナードさまの本心だと私は悟る。


 何と言っても、この地は魔獣討伐が頻発する場所。


 その領主の家に嫁いだ者が馬にも乗れないなど、お話にならない。


 「が、がんばります」


 拳を握り言えば、メイナードさまが小さく笑う気配がした。


 「大丈夫。私もお教えしますから」


 「本当に、よろしくお願いします」


 私に甘いパトリックさまより、現実を見て教えてくれそうな気がして、私は馬上でありながらメイナードさまを振り返り、心込めてお辞儀してしまった。


 「まずは、慣れることからですね」


 馬上でイレギュラーな動きをしてしまい、落ちそうになる私を支えてメイナードさまが楽しそうに笑う。


 「うう。本当にすみません」


 アポロンの背に乗るときにも思ったけれど、メイナードさまは極力私に触らないようにしてくださっている。


 思えば、主家に嫁ぐ予定の娘と馬に乗るなど、メイナードさまには面倒なことだったろう。


 警護のついで、など気楽なことを思ったけれど、パトリックさまと馬に乗る約束をしたとき、きっとものすごくどきどきする、と予測したにも関わらず、私は他の男性と乗ってしまった。




 けれど、それでよかったのかも。




 パトリックさまとだったら、こんなにも落ち着いて景色など見られなかった、と私は改めて周りを見渡す。


 「ローズマリー様。この領はどうですか?馴染めそうですか?」


 そんな私に問いかける、メイナードさまの穏やかな声。


 「はい。土地もひとも、本当に素敵で、大好きになりました」


 ぱかぱかとアポロンが歩く。


 本当は、もっと速い方がいいのだろうけれど、この方が景色が良く見られる、と私は申し訳なく思いつつも楽しさを満喫してしまう。


 「ローズマリー様。リーズ城、白亜の城はいかがでしたか?」


 「とても美しい所でした。それにあの、素敵な思い出もたくさんいただきまして」


 パトリックさまとふたりでした宝探し、そして求婚、たくさんのお祝い。


 思い返せば頬熱くなるけれど、とても幸せな気持ちにもなれる思い出。


 「リーズ城で求婚する、というのがウェスト公家の倣いなのですよ。ローズマリー様は、もうお聞きになりましたか?」


 「いいえ。知りませんでした」


 初めて聞く話に、私は耳をそばだてた。


 「親が決めた婚約ではなく、自ら望む相手にあの城で求婚する。そうして、想い想われる相手と生涯を共に、幸せに過ごす。私は、そのように聞いています」


 家が決めたからではなく、自分が想い想われる相手と生涯を過ごす。


 「素敵ですね」


 「ローズマリー様も、そのご当人ですよ」


 うっとり言えば、メイナードさまに苦笑されてしまった。


 「領地の皆さまと幸せになれるよう、精一杯努力します」


 「期待しています」


 堅苦しい言い方のなかに、気安さも感じて、私は自分が笑顔になるのを感じる。


 「ああ。ローズマリー様とふたりで話をするのは楽しかったのに」


 「え?」


 


 何故過去形?




 残念そうに言ったメイナードさまの言葉を聞き返そうとした私は、そのとき一頭の馬が前方から物凄い勢いで駆けて来るのを見た。


 







ブクマ、評価ありがとうございます。

とても嬉しく、励みになります。

読んでくださってありがとうございます。

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