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不思議の解明






 「うーん。この肉のほどけ具合、最高じゃの」


 そう言って、妖艶なのに可愛らしいという表現が似合う笑みを浮かべてくださるのは、赤と金を混ぜたような髪と軽やかなドレスがとても美しい東の土地神さま。


 「野菜の旨味がしっかり出ていて、凄く美味しい。秀逸だよ、ローズマリー」


 一方、北の土地神さまは、そう言って少年の容姿に相応しいと思える満面の笑みを浮かべてくださる。


 「そうおっしゃっていただけると、とても嬉しいです」


 私は、本当に嬉しくなっておふたりに笑いかけた。


 「可愛いですね、ローズマリー。どうでしょう?私の元へ嫁ぐ、というのは。貴女の料理を年に一度食べるのを楽しみにするのも悪くない、と思っていたのですが。傍に居てくだされば、私はもっと幸せになれます」


 「何が、どうでしょう?ですか。私の婚約者に手を出さないでください」


 優美な青年のお姿の、南の土地神さまの言葉に、パトリックさまがすかさず駄目出しをするのを、私は嬉しく見つめてしまう。


 言葉遣いは辛うじて保っているけれど、すかさず切り返してしまっているし、口調は限りなく厳しい。


 「パトリックさま。そうおっしゃってくださって、わたくしは嬉しいですけれど、南の土地神さまは、社交辞令でおっしゃってくださっているのです。本気にしては、南の土地神さまにご迷惑ですわ」


 社交辞令は貴族の嗜み。


 土地神さまは、もちろん貴族ではないけれど、皆さん貴族然としていらっしゃるので、そういったこともスマートなのだと私は思う。


 なので当然、本気にすることでは、と思いそう言ったのだけれど。


 「伴侶馬鹿も苦労するのだな」


 何故か、パトリックさまは西の土地神さまに労わられていた。










 「あいつら、婚約祝いにかこつけてローズマリーに会いに来たに決まっている。年に一度でいい、とか言っておきながら」


 そう言って、立ったまま私を、後ろからぎゅうぎゅうと抱き締めるパトリックさま。


 「パトリックさま、今回皆さまをお誘いしたのは、わたくし共の方です。それに、わたくし思うのですけれど、婚約祝いに来てくださったのではなくて、その、プロ・・きゅ、求婚祝いに、来てくださったのでは、ないでしょうか」


 きらきらしい輝きと共に土地神さま方がお帰りになられ、別室に移動した途端、パトリックさまは私を後ろから抱き締めて放してくださらない。


 パトリックさまに抱き締められるのは、安心できて、とても好きなのだけれど、同時にとてもどきどきしてしまう。


 パトリックさまが想いを込めて求婚してくださった今は、尚のこと。


 「どちらにしても、かこつけて、には違いな・・・って、ローズマリー。耳が真っ赤だよ?何を照れているの?俺にこうされるの、恥ずかしい?」


 「そ、それもあります・・・」


 「も、ってことは、他にもあるってことだよね?」


 くるりと私の身を反転させ、向き合う形で私の腰にゆったりと手を回すパトリックさま。


 「あの」


 「うん」


 少しずつ近づいてくる、大好きなはしばみ色の瞳。


 「わたくし、今日は本当に幸せで、その」


 「うん。俺も凄く幸せな日になったよ。もしかして、俺のこと強く意識しちゃった?」


 少し茶化すように言って、パトリックさまが私の身体を揺らした。


 「意識なら、いつもしています。パトリックさまのこと、大好きですから」


 「っ」


 今日、本当に嬉しかったこと。


 そして、きちんと伝えたいこと。


 私は、揶揄いの色の消えたパトリックさまの瞳を真っ直ぐに見つめた。


 「わたくしは、生まれたときからパトリックさまの許嫁だと言われて育って。でもなかなかパトリックさまにお会いできなくて。それでも、ずっとパトリックさまのことを許嫁なのだと意識していました。なので、お会いするのがとても楽しみで。でも、もしもパトリックさまに嫌われたらどうしよう、と思っていました。けれど、お会いしたパトリックさまは本当にお優しくて、激烈桃色さんのことで可笑しなことを言うわたくしの話も、真剣に聞いてくださいました。そんなパトリックさまに、わたくしは日々惹かれて・・・わたくしは生まれた時からパトリックさまの婚約者です。けれど、さきほど求婚していただいたとき、本当に、真実パトリックさまの婚約者になれた気がして・・・あの、ありがとうございます」


 「ローズマリー」


 なんだか、支離滅裂になってしまい、なにを言っているのかしら私、と思っているとパトリックさまが深い声で私を呼び、強く抱き締めて来た。


 「パトリックさま」


 私もパトリックさまの背に手を回し、そのままそっと手を添える。


 「そんな風に思ってくれて、そして俺に伝えてくれてありがとう。俺はもう、ずっと前からローズマリーが好きで。実際に会う前も実際に会ってからも、その想いは日々更新されているんだ。俺の方こそありがとう、ローズマリー。俺は今、凄く幸せだ」


 安心で幸せでどきどきなパトリックさまの腕のなか。


 私は、すり、とパトリックさまの胸に額を寄せて、はたと思い出した。


 「どうしたの?ローズマリー」


 急にきょろきょろし出した私を、パトリックさまが訝しむ。


 「えと、あの。もしかして、またいらしていらっしゃる、というか見ていらっしゃる、のかな、と」


 白い塔のバルコニーに、突如現れた公爵ご一家を思い出した私が言えば、パトリックさまが苦い顔になった。


 「あれは、ほんっとうにごめん。あの時も言ったけれど、俺は使用不可能にしてきたんだ。なのに、無理矢理どうにかしてしまったらしくて。でも大丈夫。もう、あれを使っても見えないようにしておいたから」


 にっこりと笑って、私の髪を撫でるパトリックさま。




 でも、あの。


 あれ、とは何なのか。


 何が、大丈夫なのか、正直まったく判らないのですが。




 まず、公爵ご一家が、どうやってあのバルコニーにいらした、のだか、見ていらしたのだかよく判らない。


 肖像のように見えたので、見ていらした、というのが正しいとは思うのだけれど、どちらから?という疑問が残る。


 もしかして、この白いお城にいらしたのかな、とも思ったけれどそれは違ったし。


 そもそも、この白いお城にいらしたからといって、あのように出現出来る、そのからくりが判らない。


 「あの、パトリックさま。あれ、とは何ですか?いえあの、それが公爵様たちが映し出された因となる魔道具、というのは何となく判るのですが」


 私が言えば、パトリックさまはじっと私を見つめた後、そっと私を促して優しくソファに座らせた。


 「パトリックさま?」


 そのまま隣り合って座り、私の手を握るパトリックさま。


 その長く感じる沈黙に、私は不安を覚えた。


 


 何か、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかしら?




 公爵家の秘密、の部分に触れてしまったのかと焦る私の両手をパトリックさまが優しく撫でる。


 「いつかは話さなくては、と思いつつ、どうしても勇気が出なかった。君に嫌われるのが、軽蔑されるのが怖かったんだ」


 何か地雷のようなものを踏んでしまったのかもしれない、と怯える私の前で、パトリックさまは懺悔するようにそう言った。


 「あの、パトリックさま。わたくしが、何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのなら」


 「違うよ、ローズマリー。君こそは、聞く権利があることだ」


 引こうとした手を更に強く握り、パトリックさまが口を開く。


 「俺はずっと。幼い頃からずっと、魔道鏡でローズマリー。君のことを見つめていた」


 絞り出すように言われた言葉。


 それでも、私には意味が判らない。


 「魔道鏡?ずっと見つめていた、とはどういう意味でしょうか?」


 「魔道鏡とは、俺が一番最初に創った魔道具で、遠くに在るものを手元で見ることが出来るもの。俺はそれを使って、ローズマリーのことを見ていた」


 遠くのものを手元で見ることが出来る魔道具。


 パトリックさまの言葉に、私の脳が高速で回転し始める。


 「もしかして、それがパトリックさまの、からくり」


 小さい頃の私のことをよくご存じだったパトリックさま。


 お会いしたことも無いのに、とても詳しくて不思議に思っていた事柄。


 「そう。見ていたから、俺はローズマリーのホットビスケットに執着したし、ブロッコリーを食べられるようにもなった」


 そう言って淡く笑うパトリックさまの視線が遠い。


 それは、過去の私を想い出しているのだろう、と思っても、何となくもやもやするほど優しい瞳だった。


 「パトリックさま。今のわたくしと過去のわたくし、どちらが好きですか?」


 そして気づけば、そのようなことを口走っていて、私は焦って両手で口を慌てて塞ぐ。


 「過去のローズマリーが好き。そして、今のローズマリーはもっと好きだよ。というか、過去の俺は過去のローズマリーが最大好きで、今の俺は今のローズマリーが最大好きで、未来の俺は未来のローズマリーが最大好き、ってことかな。ふふ。自分にやきもちとか、ローズマリー本当に可愛い」


 口を塞いだ私の両手に口づけて、パトリックさまが微笑む。


 「ずるいです。わたくしは、絵姿だけで我慢していましたのに」


 今、こんなに余裕なのもずるいし、魔道鏡なるものを使っていらしたパトリックさまもずるい。


 そんな思いを込めて、ちろりと睨んだのに、何故かパトリックさまは嬉しそうに私の前髪をかきあげた。


 「初めてローズマリーの絵姿を贈ってもらったのは、本当に幼い頃だったけれど、俺は一瞬で夢中になったんだ。本当に可愛くて、すぐにでも会いたいと思ったけれど、それは叶わなくて。だから、俺はその絵姿を使ってローズマリーと繋がれないか、と考えた。それで、創り出したのが魔道鏡、というわけ」


 「それで創れてしまうのが、パトリックさまです」


 どんなに会いたいと願っても、声が聞きたいと思っても、叶わなかった私は、最早ずるいと思う気持ちよりも、その才能に感服してしまった。


 「といっても、最初は本当に動く肖像、のようなローズマリーしか見られなかったんだよ?声も当然、聞こえなかったし」


 とても残念そうに言うパトリックさまだけれど、それだってとても凄いことだと思う。


 「わたくしも欲しかったです」


 そうすれば、幼い頃のパトリックさまを見られた、と私は詰るように言ってしまった。


 「そう言ってくれて嬉しい。なら、贈ればよかった。ローズマリーの魔力なら、きっと使えただろうに」


 しみじみと言ったパトリックさまが、私の髪を優しく撫でる。


 


 パトリックさまは、ずっと私を見ていてくださった。




 それが何だか嬉しくて、髪を撫でてくれるパトリックさまの手が優しくて。




 え?


 ずっと見ていた?




 うっとりと身を任せていた私は、ぎぎ、とパトリックさまを見つめる。


 「あの。ずっと見ていた、とは、その」


 「ん?・・・ああ!もちろん、お風呂とか着替えとか、そういうプライベートは見えないように改良したよ!」


 「改良した、ということは最初は」


 「危なかったけれど見なかった!それで慌ててプライベートは見えないように創り直したんだ。そこから少しずつ進化させて、音声も聞こえるようして、更には長時間記録も出来るようにしたし、今では通信も出来るけれども!監視用はプライベートも何もないけれど!けれど!絶対!ローズマリーが嫌がることには使っていない!ローズマリー、君に誓う。見ていたのは、主に厨房とかブロッコリーの君だから!それに、会えるようになってからは使っていない!」


 ひし、と私の手を握り瞳を見つめてくるパトリックさま。


 「わたくしのことを厭うような場面をご覧にならなかったなら、いい、のです」


 着替えや入浴を見られていたら、それももちろん嫌、というか物凄く恥ずかしいけれど、私は自分の胸の無さを気にして、色々、その、豊かに見える工夫とか下着とか、運動なども試したりしていたので、そういう所を見られていたら、恥ずかしさで死ねる気がする。


 


 何だか懐かしいです。




 今ではもう諦めてしまった胸に視線を落とし、私はそっとため息を吐いた。


 「ローズマリー?引いた?俺のこと、嫌になった?」


 私のため息を誤解したのか、パトリックさまが動揺した様子で私を見つめる。


 「引かないし、嫌にもなりません。ただ、恥ずかしいのと、あとはそれを見てみたいと思っ・・・あ。もしかして、焼却炉のときのも」


 魔道鏡というものを見てみたい、と言おうとした私は焼却炉のときのことを思い出した。


 「そ。あれとか、今、うちの屋敷で使っている警備の魔道具が、魔道鏡の進化系」


 「それで、皆さま、わたくしのお蔭だとおっしゃっていたのですね」


 不思議に思っていたことが解明できて、満足、と頷く私を、パトリックさまが伺うように覗き込む。


 「それでね。いつの頃からか、その魔道鏡のことが家族にばれて。ほんとにごめん」


 「大丈夫です・・・恥ずかしいだけで」


 初めてお会いしたときから、優しくあたたかく接してくださった公爵ご一家。


 そのなかに、何故か親しみもある気がしていたのはそういうことだったのか、と私は、すとん、と納得した。


 「覗き見して、ごめん」


 「もう謝らなくていいので。その代わり、わたくしにも、その魔道鏡を見せて欲しいです」


 「ああ。了解した」


 謝罪を繰り返すパトリックさまに、それならば、と私は未だ見たことのない魔道鏡本体を見せてもらうおねだりに成功した。


 「パトリックさま。その魔道鏡があれば、いつでもパトリックさまとお話出来るのですか?」


 同じ学園に通っているとはいえ、忙しいパトリックさまとは会えない時もある。


 そんなとき、実際に会えなくともそれがあれば、と思い私が言えば、パトリックさまが考える仕草をした。


 「通信、は可能だよ。ただ、今の形は見た目が美しくない。最初は鏡を使っていたけれど、今は違うから。だから、ローズマリーに贈るのは見た目を改良してからでもいい?」


 「はい!楽しみにしています!嬉しいです。これで、お忙しいときも、少しだけでもパトリックさまとお話しできますね!あ、でも、ご迷惑なときは遠慮なくおっしゃってくださいね。ああ、すごく楽しみです。わくわくします」


 「ああ・・可愛い・・・忙しい時も俺に会えるのが嬉しいとかどんなご褒美・・・早く改良して・・・ああでもそうしたら、転移使いたくなる確率が上がる・・・」


 思わずパトリックさまの両肩に縋るようにして喜びを表現してしまった私を支えたまま、パトリックさまが虚ろな瞳で何かをおっしゃる。


 「パトリックさま?」


 大丈夫ですかー?とパトリックさまの目の前で手を振れば、ふ、とパトリックさまの瞳に生気が戻った。


 「うん、大丈夫。襲わないから安心して?未だ」


 「あの、わたくしは」




 パトリックさまなら、襲われたとは思いません。




 再び、そう口にしようとした私の唇を指でそっと塞いだパトリックさまが何だか切なそうで、何か言わなくては、と思い焦る私に。


 「来年も、今日という日を祝おうね」


 と、不思議なことをおっしゃった。


 「今日という日を、ですか?」


 「そう。だって、ローズマリーが<耳まで赤くして恥ずかしがるほど喜んでくれた求婚記念日>だからね」


 「っ!」


 「ああ、あとそれから」


 またも耳まで赤くなったに違いない私の髪をひと房取り、余裕を取り戻したらしきパトリックさまが悪戯っぽく笑う。


 「今日は、ずっと言葉遣いが丁寧だったからね。か・さ・ん」


 




ブクマありがとうございます。

とても嬉しく励みになります。

読んでくださってありがとうございます。

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