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婚約者とふたりで街歩き、のはずでしたが。




「仲良く食事中にごめんね」


 それなら、出かける前にワンピースを見て確認してもらえれば、と言おうとした私は突如聞こえた第三者の声に、はっとしてそちらを見た。


 「本当にごめんなさいね、ローズマリー。遠慮しましょう、と言ったのだけれど」


 そこに居たのは、アーサーさまとリリーさま。


 リリーさまは手を軽くアーサーさまの腕にかけたまま、困ったような笑みを私に向けた。


 高貴な立場のおふたりの登場に、私もパトリックさまも一度席を立ち、おふたりに椅子をおすすめしてから改めて着席する。


 「もちろん、最初はそうしようと思ったのだけれど、パトリックがローズマリー嬢にワンピースをプレゼントしたいがために街へ行く、とか言う話が聞こえたものだから」


 優しい微笑みを浮かべ、アーサーさまがパトリックさまと私を交互に見る。


 「ワンピースをプレゼントしたいがため、ですか?いえ、そうではなく。ただ、街へ行くのに平民のような服装を、ということで、私の手持ちのワンピースで大丈夫かどうか不安なのもですから、もし場違いならというお話で。決して、買っていただくのが目的では」


 アーサーさまの勘違いを、私はやんわりと否定した。


 「僕はリリーの社交デビューのドレスを贈れたから、パトリックと違って焦りはないんだよ、ローズマリー嬢」


 それなのにアーサーさまは、今は関係ないのでは、と思うようなお話をされ、パトリックさまをにやにやと見ていらっしゃる。


 「焦っている訳じゃない」


 「知っている。悔しいだけだよな」


 そして、パトリックさまはアーサーさまのお言葉を正確に理解しているらしく、憮然とした表情でアーサーさまと会話をしている。


 「あのね、ローズマリー。社交デビューのときのドレス、ローズマリーはご家族から贈られて、わたくしはアーサーさまから贈っていただいたでしょう?けれど本当は、パトリックさまもそうなさりたかったのですって。わたくしも、アーサーさまから伺ったのだけれど」


 意味が判らずきょとんとしてしまった私にかかる、リリーさまの優しいお声。


 「つまりね、ローズマリー嬢。有体に言ってしまえば、愛しい婚約者の社交デビューのドレスを張り切って贈ろうとしていたのに、ローズマリー嬢のお父上お母上、そして兄上に負けた。それがパトリックは悔しくて仕方ないんだよ」


 リリーさまのお言葉を更に説明するように、アーサーさまが教えてくださる。


 それはもう、楽しそうにお笑いになりながら。


 「社交デビューのときのドレス、ですか?」


 社交デビューのときは確かに、父さまと母さま、それに兄さままでもがドレスの布から、装飾に靴と、色々吟味して作ってくださった、けれど。


 「一生に一度のことだから、ローズマリーの社交デビューのドレスは婚約者たる俺が贈りたいと、お父上の侯爵閣下に申し出たんだ。初めてローズマリーが公式の夜会で着るドレス。それを人生で初めてドレスを贈る俺が贈る。最高だと思っていたのに、侯爵ご一家に却下阻止された」


 もしかして何かあったのかと戸惑ってパトリックさまを見れば、苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。




 却下されたうえに阻止される。


 何だか、凄そうです。


 けれど。




 「わたくしのドレスを、パトリックさまが」


 婚約者がドレスを贈るのは珍しいことではないとはいえ、パトリックさまがそうしてくれようとしていたことが嬉しい。


 「次は絶対、贈るから」


 そんな私の喜色を見て取ったのか、パトリックさまが決意を込めた笑みを浮かべた。


 


 嬉しい。


 それに、パトリックさまの笑顔、なんだか安心する。




 「はい。楽しみにしています」


 「よかったわね。ローズマリー」


 「よかったな。パトリック」


 ほわほわした気持ちでパトリックさまを見つめていると、リリーさまが微笑みながらそうおっしゃられ、アーサーさまはパトリックさまの肩を強めに叩かれた。


 「じゃあ、パトリック。無理に街へ行ってワンピースを買わなくてもいいんじゃないか?」


 そして、茶目っ気たっぷりにそんなことを言い出される。


 「まあ、アーサーさまったら。先ほどローズマリーも言っていたではありませんか。ワンピースを買うのが目的なのではない、と。そうよね?ローズマリー」


 もしかしてこのまま、街へ行くのは中止になってしまうかも、と不安になっていた私はリリーさまのお言葉に思い切り頷いた。


 「はい、そうです。平民のような服装をして、街を散策するのが目的です。ベーカリーなどのお店や露天をたくさん見て歩きたいと思っています」


 もちろんそれは、パトリックさまありき、なのだけれど、と隣に立つパトリックさまを見上げれば。


 「うん。たくさんまわって楽しい一日にしようね」


 パトリックさまも力強く頷いてくれた。


 「はいっ」


 嬉しくなって、思わず弾むように腰を浮かせて返事をしてしまってから、アーサーさまの御前だったと私は慌てて姿勢を正す。


 「そんなに畏まらないで、ローズマリー嬢。それより、その楽しそうな街散策に僕とリリーも混ぜてくれないか?」


 柔らかな微笑みを浮かべておっしゃるアーサーさまを思わずぽかんと見つめてしまいそうになり、私は無理矢理パトリックさまへ視線を移した。


 「今回は平民街の方へ行くんだ。無理に決まっているだろう」


 そんなアーサーさまを、パトリックさまは嫌そうに見ている。


 「大丈夫。僕もリリーも、きちんと平民仕様にするから」


 「平民仕様にしたって、平民になんて見えないだろう絶対。貴族がお忍びで街歩きしているのがばればれだ」


 表情だけでなく、声も嫌そうにパトリックさまが言い切る。


 確かに、アーサーさまもリリーさまも、どう頑張っても平民には見えないと思う。


 高貴さは隠せないのだ。


 「平民に見えないというなら、ローズマリー嬢もお前も同じだろう。いいところせいぜい裕福な商家の人間だ。それに僕の場合、王子だとばれなければ問題ない」


 


 そういう問題ではないと思います!




 アーサーさまの言葉を聞いて、私は心のなかで悲鳴をあげた。


 この国唯一の王子殿下であるアーサーさまは国の重要人物。


 何があっても守り抜くべきひとだ。


 故に、いついかなる時にも、その身の確かな安全のため、護衛は必須。


 貴族も護衛を付けるけれど、王子殿下であるアーサーさまのその数は、重要度に比例して貴族より当然多い。


 王子殿下が街に出るとなれば、おおごとになるのは必然。


 王族の方の護衛は、半端ではない数が必要なのだから。


 それに、もしもアーサーさまやリリーさまが襲われたりしたらと思うと、気が気ではない。


 王子殿下であるとばれなければいい、とアーサーさまはおっしゃるけれど、その身の安全が第一なのだと知って欲しい。


 「お前とリリー嬢が揃って街に出るときの状況、俺が知らないとでも?」


 私と同じことを考えたのだろう。


 随分遠慮のない言葉でげんなりと言うパトリックさまに、アーサーさまが胸を張った。


 「それは、僕とリリーが王都の貴族街に行くときの話だろう?幸いここは学園都市で僕も王都より自由がきくし、それに何よりパトリック。お前と僕が一緒に居れば、護衛の数をかなり減らしても問題ないじゃないか」


 「それが事実だとしても、認められると思うか?」


 


 パトリックさま。


 護衛の数の件は、否定されないのですね。




 アーサーさまが、かなりの剣の腕だということは私も知っている。


 確か、近衛泣かせだと兄さまが言っていた。


 そのアーサーさまが、ご自分とパトリックさまがいればとおっしゃる。


 それほどにパトリックさまもお強いのだと、私は初めて知った。


 「僕もリリーも、なるべく自然な市井を見てみたい。だがふたりだと、お前が言うように難しい。だから、一緒に行ってくれないか?」


 「わたくしからも、お願いします」


 言いながら頭を下げられたアーサーさまの横で、リリーさまも私とパトリックさまに頭を下げられる。


 「おやめください!」


 高貴な方に頭を下げられ、私は焦っておふたりより姿勢を低くした。


 「ローズマリー。何か、楽しい対応だな」


 そんな私を見て、パトリックさまが愉快そうに笑う。


 「なんとなく、咄嗟に」


 「咄嗟に。そうか、咄嗟にそんな愉快なことを」


 「うう・・忘れてください」




 パトリックさま!


 そんな楽しそうに笑わないでください!


 自分でもおかしいのは判っているんです!




 恥ずかしさに顔が熱くなる。


 そうしてなんとかもごもご言えば、パトリックさまが私の頭をぽんぽん叩いた。


 「可愛いから問題ないよ」


 「小さなこどもになった気分です」


 言えば、今度は頬をぷにぷに指でつつかれる。


 「くっ。本当に仲がいいな」


 それを不満に思っていたら、アーサーさまが楽しそうに笑っていらした。


 「ローズマリーは可愛いですものね」


 そして、リリーさままでもがそう言って私を柔らかく見つめる。


 「街ではもっと仲良くするつもりですが、それでも一緒に行きますか?」


 冗談のように言うパトリックさまの目が真剣で、そのきりりとした表情に私は思わず見惚れてしまった。




 王族の方とお忍びで街に行く。




 今回のそれは友人同士の遊びでありながら、護衛の意味も持つということを覚悟しているのだと、私はパトリックさまを頼もしく思う。




 良き友人でもあり、殿下の剣とも楯ともなれる。




 流石、側近第一候補だと私の方がなんだか誇らしくなってしまった。




 パトリックさま。


 凄いです。


 


 「もちろん。僕とリリーも負けずに仲良くするから問題は何も無いよ」


 「邪魔だから遠慮してくれ、と俺は言ったんだが」


 「本音で話してくれるのっていいよね。おべっか使われるよりずっといい。それになんだ。パトリック、お前いつのまにローズマリー嬢の前でそんな素の言葉遣いになったんだ?」


 「ローズマリーは素の俺を受け入れてくれるからな。取り繕う必要がない」


 「なんだ。まだ、受け入れてもらえているだけ、か。早く、素の俺を愛してくれているから、と言えるようになるといいな」


 「余計なお世話だ」


 「むきになるとか。ほんとお前、いつもは腹立つくらい冷静で隙が無いくせに、昔からローズマリー嬢のことになると面白いな」


 「うるさい」


 「ほう。自覚はしているわけか」




 え?


 あらあら? 


 アーサーさまの剣であり楯、で。


 お忍びを楽しみつつ護衛も覚悟、されているパトリックさま、の筈なのに。


 なんだか、お話が明後日の方向に。




 「ローズマリー。折角のデートなのに邪魔してしまって本当に申し訳ないのだけれど、わたくしたちと一緒に行ってくれる?」


 アーサーさまとパトリックさまのお話が迷宮入りしそうだと思う私に、リリーさまが本当に申し訳なさそうにおっしゃった。


 「わたくしはもちろん!大歓迎です!」


 


 そんなお顔をなさらないでください!


 私もリリーさまと街歩きしたいです!


 もしも何かあったときには、及ばずながら私が全力でリリーさまをお守りします!




 その思いで私は勢いよく頷く。


 


 リリーさまと街歩き。


 とても楽しそう。


 


 「ローズマリー」


 緊張よりも楽しい想像をして思わず笑顔になった私に、パトリックさまが胡乱な目を向けた。


 その顔に、すっごく不満、と書いてある。


 「パトリックさま。わたくしからもお願いします。どうか、アーサーさまとリリーさまもご一緒に」


 その目を見つめ返し、私もパトリックさまに頭を下げる。


 「ねえ、ローズマリー。ローズマリーは、俺とふたりは嫌なの?」


 「そんなことありません!」


 「じゃあそのうち、ふたりでも行ってくれる?」


 「もちろんです!」


 「校舎内のベーカリーでパイやお菓子を買って、ふたりでお茶もしてくれる?」


 「是非!」


 「お茶も出かけるのも、一回二回じゃ嫌だよ?」


 「はい!何度でもお誘いください!」


 「うん、判った。じゃあ、今回は四人で行こう」


 「はい!ありがとうございます!すごく楽しみです!」


 にこにこ上機嫌になったパトリックさまが嬉しくて、私も笑顔で頷いた。


 「パトリック。お前」


 「ローズマリー。あなた」


 そんな私たちを、アーサーさまとリリーさまが苦笑して見ている。


 「あの。どうかなさいましたか?」


 その、呆れたような、それでいて優しい眼差しの意味が判らなくて、私は首を傾げてしまった。


 「まあ。パトリックも本気だし、真剣だからいいのか?」


 「そう、ですね。ローズマリーが幸せなら」


 「あの?」


 何の話だろう、と私はおふたりに再度尋ねようとして。


 「ね、ローズマリー。折角だから、その日は街で朝食も食べようか?」


 ゆったりとした動作で私に身を寄せて来たパトリックさまに、心臓が跳ねた。




 な、なんでしょう。


 お顔がとても近い、です。




 「ま、街で朝食を、ですか?」


 「うん。どうかな?」


 街で朝食。


 どんな感じか判らないながら楽しそうだと思うけれど、リリーさまやアーサーさまはどうなのかと思い、私はおふたりへと視線を動かした。


 「朝の街か。僕は見たいけれど、朝早いと女性は支度が大変ではないか?」


 アーサーさまが、私とリリーさまを交互に見ながら気遣ってくださる。


 「わたくしは大丈夫ですわ。ローズマリーはどうかしら?」


 「わたくしも大丈夫です」


 おふたりが賛成してくださってよかった、と私は嬉しくなる。


 朝の街を見たい、とおっしゃったアーサーさまは間違いなく視察も兼ねるつもりでいらっしゃるのだろうと思うけれど、私は自分の心が浮き立つのを止められない。


 「じゃあ、そういうことで。そろそろ、教室に戻ろうか」


 パトリックさまの言葉に頷いて、私はパトリックさまと協力して手早くテーブルの上を片付けた。

ブクマ、評価凄く嬉しいです。

読んでくださってありがとうございます。

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