優しく甘い吐息
「燃やされたいか」
ふっ、とパトリックさまが私から離れた、と思ったらパトリックさまは静かな表情で精霊さんたちを見つめていた。
けれど、少しも安心できないことに、その手には炎が揺らめいている。
『暴力反対!』
『図星さされたからって!』
『心狭いぃ』
精霊さんたちが、ぱたぱたと飛び交って逃げ・・・る、というよりは楽しそうに遊んでいる。
「てめえら」
それに気づいたパトリックさまが、聞いたこともないような言葉を低く呟き、炎を更に大きくした。
「パトリックさま!室内です!燃えちゃいます!」
完全に目が座っているパトリックさまの腕を押さえ、私が必死に呼びかけると、パトリックさまが私へと視線を移してくれる。
「ローズマリー」
ふっ、とパトリックさまから力が抜けると同時に炎も消えた。
そのことに安堵していると、パトリックさまは少し困ったように私に笑いかけ、優しく髪を撫でた。
それはもう、いつものパトリックさまで、私も完全に安心したのに。
『短慮、短慮。伴侶馬鹿は短慮』
『嫌われちゃうぞ!』
『ぞぉ!』
精霊さんたちは、挑発するが如く楽しそうに飛び回っている。
「まあ、羽付き小人のお蔭で助かったよ。ありがとう」
『え?』
『ええええ!』
『うそぉ!』
パトリックさまの言葉に、飛び回っていた精霊さんたちが動きを止め、あんぐりと口を開けてパトリックさまを凝視した。
「えーと、それで。ローズマリー。印だっけ。どこの?」
そうして、ひとつ咳払いをしたパトリックさまが、気を取り直したように私へと向き直る。
「あ、はい。ええと・・・ここ、です」
突然の転換にまごつきながらも、私は何とか地図を開き直し、問題の箇所をパトリックさまに示した。
それは、中庭の一角と思われる場所に付けられた印。
「ああ、これは。ローズマリー、ちょっとこっちへ来て」
その印を確認したパトリックさまは、私を回廊まで連れて出た。
「あれのことだよ」
そうして、中庭にありながら、かなりの距離lがあると思われるそれを指し示す。
『あそこ、人間でもいい景色が見られるぞ』
『遊ぶのに最適』
『楽しいのぉ』
精霊さんたちが、そう言って先行するかのように飛び去って行く。
「おい!邪魔はするなよ!」
そんな精霊さんたちにパトリックさまが叫ぶ。
「凄い・・・綺麗」
その声を聞きながら、私は中庭に立つ、細く美しい塔をうっとりと眺めてしまった。
「行ってみる?」
「はい!・・・あ、よろしいのでしたら、是非」
行きたい気持ちを前面に押し出した声で言ってしまってから、私はここが他家だったと思い出し、そう言い直した。
貴族が屋敷内に塔を持つことはそう珍しくないけれど、そこに秘密のあることも多いと聞く。
監禁先として使われる、だとか、防衛のための物見の役目をするものだったりとか。
「もちろん大丈夫だよ」
にこにこと言ったパトリックさまが、私の手を引き塔へと向かう。
「お庭もきれいですね」
青い空に鮮やかな緑が映えて、空気がとてもおいしく感じる。
丁寧に手入れがされていることが判る庭は、歩くだけで爽やかな香りが漂った。
「さ、どうぞ」
そうして塔へと辿り着き、扉を開けてくれたパトリックさまに、お礼を言いつつ扉を潜った私は、その意匠の素晴らしさに感嘆の声をあげた。
「すごい・・・」
それ以上の言葉が出て来ない。
壁面すべてに浮彫の模様が掘られ、天井からは外の光が降り注ぐ。
その降り注いだ光が、要所要所に使われている金細工を鮮やかに光り輝かせる。
思わず、息を詰めて見つめてしまう光景。
「気に入った?」
「はい。先ほどまでのお部屋も素敵でしたが、ここはまるで、天上のようですね」
壁の浮彫も金細工も、ひとつひとつが素晴らしく、時間を忘れて見て回っていた私は、ひとつの箇所で宝箱を見つけ、ここに来た目的を思い出した。
「パトリックさま。宝箱がありました」
宝箱を探す、という目的を忘れ去っていた私は、何となく後ろめたい気持ちでパトリックさまにその宝箱を見せる。
「見つけたのに、嬉しそうじゃないね。また、フェイクかも知れないから?」
パトリックさまが、そう心配そうに言ってくれるのに、私は、ふるふると首を横に振った。
「いえ、あの。私、宝箱を探すためにここへ連れて来ていただいたのに、その」
「忘れて見入っていたっていいんだよ。何も、悪いことは無い。ローズマリーが、この領のものをたくさん好きになってくれれば、俺は凄く嬉しいのだから」
何も気にすることはない、とパトリックさまは本当に嬉しそうに笑いながら、私の髪を指にくるりと巻き付ける。
「はい。ええと、では開けますね」
先ほどまでの高揚感と違い、何となく厳かな気持ちになった私は、殊更丁寧にその宝箱を開き。
「あら?」
その中に、もうひとつ箱が入っているのを見た。
「あ、もしかして、これが宝物ですか!?」
外側の宝箱より豪華なその箱を見つめ、漸く本物を見つけたのか、と私は弾んだ声を出してしまう。
「当たり。手に取って、開けてみて」
対するパトリックさまは、何処か緊張を孕んだ瞳と声で、そう促した。
「はい。それでは、失礼いたしまして」
小ぶりではあるけれど、金に宝石や彫刻が施されたそれは、正に宝物で、私は慎重に取り出し、そっと開く。
「・・・・・・」
これ、は。
思う言葉が音にならず、私はじっとそれを見つめてしまう。
「ローズマリー ポーレット嬢」
すると、いつのまにか跪いていたパトリックさまが、私の手にそっと自分の手を添え、その金色の箱を共に持った。
「私、パトリック ウェストは、貴女ひとりを生涯愛すると誓います。どうか、私と結婚してください」
真摯なパトリックさまの声が、瞳が、私の心に沁みとおって幸せを奏でる。
「ウェスト公子息、パトリックさま。わたくし、ローズマリー ポーレットは、お申し出を嬉しくお受けいたします」
高鳴る鼓動に、はくはくしそうになりながら私が言えば、パトリックさまは嬉しそうに破顔した。
そうして立ち上がったパトリックさまは、金色の箱の中から、その見事な指輪を取り出して私の指に嵌めてくれる。
驚いたことに、それは先に貰っていた指輪と、まるで最初からひとつのものであったかのように組み合わさった。
「とても素敵です。終生、大切にします」
パトリックさまの髪色と同じ、黒味を帯びた紅の大粒のルビー。
その周囲を、真っ白な真珠とダイヤが縁取り、指輪のぐるりにも緻密な細工が施され、宝石が埋め込まれているそれを、私は飽きることなく見つめた。
「遅くなってごめん。でも、どうしても自分の力で買いたかったし、妥協もしたくなかったんだ」
「嬉しいです」
パトリックさまが、心を籠めて用意してくれたと判る婚約指輪。
もう、私の人生でこれ以上の幸せは無いのではないかと思う。
「愛しているよ、ローズマリー」
そっと近づくパトリックさまの瞳。
「私も、パトリックさまを愛しています」
その大好きなはしばみ色の瞳が、角度を変えて更に近づき、パトリックさまの指が優しく私の顎にかかる。
そうして、瞳を閉じた私の唇に、パトリックさまの吐息が、そっと触れた。
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