神々しい美丈夫さまの降臨、なのです。
「さあ、わたくし達もお茶にしましょう!ローズマリーのゼリー、楽しみだわ」
嬉しそうなカメリアさまの声を合図に、私たちも居間へ移動し、侍女さんにお茶とレモンゼリーを運んでもらう。
「本当にいい香りね」
「でしょう、お母様。そしてこの、ぷるぷる具合がとても可愛いわ」
「ほう、さわやかな甘み、とでもいうのか。味もいいな」
言葉だけでなく、皆さま本当においしそうに召し上がってくださって、私はほっとすると同時に、とても嬉しくなった。
「うん。本当に美味しいよ、ローズマリー」
そして、隣で満面の笑みを浮かべていらっしゃるパトリックさま。
「パトリックさま。わたくし、とても幸せです」
気づけば、公爵家の皆さまの団欒にすんなりと溶け込んでいる。
その事実に、そして、そうしてくださる皆さまに、私は心から感謝した。
『ローズマリー』
そうして和やかにお茶をしているなか、ウエハースさんの声が聞こえた気がして窓の方を見た私は、そこに、きらきらと輝きながらその場で飛んでいる小さなひとふたりと、その中央に立つ美丈夫という言葉が相応しい男のひとの姿を見て思わず目を瞠ってしまう。
『ローズマリー!わたしよ、アップルパイよ!ローズマリーのお蔭で、きれいなわたしに戻れたの!本当にありがとう!』
虹色の羽を煌めかせて私へと飛んで来たアップルパイさんが、嬉しそうにくるくると空中で回った。
「へえ。あの薄汚れた羽付き小人が」
きらきらと光の尾をたなびかせるアップルパイさんを、パトリックさまも驚いたように見つめている。
その言葉は、ちょっとあれだけれど、瞳はとても優しい。
『うるさいぞ、伴侶馬鹿』
そして、当然のようにアップルパイさんを庇うように飛んで来るウエハースさん。
「何を言っている。お前だって同類だろう?」
『同類?』
「お前だって、伴侶馬鹿だ、って話。アップルパイは、お前の伴侶なのだろう?」
『違う!おれたちは、その』
「そうか、まだ恋人馬鹿か」
『なっ!?』
そして、パトリックさまとウエハースさんは、またもぽんぽんと楽し気に会話を繰り広げている。
いつもは何となくウエハースさん優勢なのに、今日は真っ赤になってしまっていて、何だか可愛い。
「お前が、ローズマリーか」
そのとき、美丈夫さんが私の名を呼んで傍へと歩いて来た。
「はい。ローズマリーと申します」
周りが光り輝くほどに神々しいその姿に緊張して答えれば、美丈夫さんが、ふっ、と優しい微笑みを浮かべる。
「我は、西の土地神だ。此度は世話になったな。まこと美味なる菓子であった。お蔭を持ち、我も我の眷属も完全なる復活を遂げることが出来た。感謝する」
「お力になれたのなら、何よりです。わたくしも、嬉しく思います。今回は、こちらの公爵さまが、材料などもすべて、この土地で取れたものをご用意くださいました」
神々しい美丈夫さん、いえ、土地神さまなのですから、美丈夫さま、とお呼びすべきですね、に微笑みと共に丁寧な礼をされ、私はもつれそうになる舌を噛まないよう、懸命に答えた。
「公爵。トーマスか?」
すると土地神さまは、フレッドお義父さまへと向き直り、懐かしそうに目を細める。
「いえ、トーマスは父です。私は、フレッドと申します」
フレッドお義父さまの答えに、土地神さまは少し目を大きくした。
「そうか。我が意識を存分に保てない間に、またもそれほどの時が流れたか。そうか、フレッドか。我が最後に見かけたのは、生意気そうな子どもの時分であった」
「私を、ご存じなのですか?」
土地神さまのお話に、今度はフレッドお義父さまが目を見開く。
「ああ。何者かに拘束されている身では、何もできはしなかったが。木から落ちた時も、受け止めるのが精いっぱいであった。しかもその後、我も意識を保てず、見届けられなんだ。大事なかったか?」
「あれは、貴方様がお助けくださったのでしたか」
深く納得されたようにそうおっしゃると、フレッドお義父さまは、子どもの頃、高い木の上から落ちたお話をしてくださった。
幼少の頃、屋敷内で一番高いと言われている木に登ったフレッドお義父さまは、登り切った高揚感も束の間、下りる際に足を滑らせて、かなりの高さから落下してしまわれたという。
瞬間、高速で落ちるのを感じて、地面に叩きつけられるのを覚悟したフレッドお義父さまだったけれど、その衝撃は来ず、ただ何かに柔らかく受け止められ、呆然としている間に、悲鳴と共に駆け付けた執事によって邸内に運ばれ、医師が呼ばれ、先代公爵夫妻も仕事先から慌てて戻り、と大騒ぎになったらしい。
「あのとき、怪我も無く助かったのは奇跡だと言われました。それは、貴方様のお蔭だったのですね。大変に遅くなりましたが、心より御礼申し上げます」
そう言って、フレッドお義父さまは、深々と頭を下げた。
「無事ならばよかった。して、トーマスは?元気にしておるのか?」
「はい、元気にしております。今は、母と共にあちらこちら旅行して歩いております。漸くすべての責任から解放された、と自由を満喫しているようです。まあ、漸く、と言うほど長く公爵の地位に居たとは思えないのですが」
やや苦笑しているフレッドお義父さまだけれど、その瞳はとても優しい。
私は、先代の公爵ご夫妻と未だお会いしたことは無いけれど、デビューのお祝いに、と貝の虹色光沢を使った細工が見事な髪飾りを贈ってくださり、そこに、会えるのを楽しみに、と優しい言葉を添えてくださってあって、とても嬉しかったことを思い出す。
「あの、質問をしてもよろしいでしょうか?」
そのとき、カメリアさまがわくわくした様子で手を軽く挙げられた。
「何だ?」
「ありがとうございます。精霊は、魔力が高くないと姿も見えず声も聞こえない、ということでしたが、もしかして土地神様は、すべての人間にそのお姿が見え、お声が聞こえるものなのですか?」
カメリアさまの問いかけに、私もじっと土地神さまを見てしまった。
というのも、壁近くに控えて立つ侍女さんたちが、土地神さまをちらりと見ては頬をばら色に染め、そのお声にうっとりしているように見えたから。
「ああ。我の姿はすべての者に見え、我の声はすべての者に聞こえる」
なので、私はその土地神さまのお答えに納得して頷いてしまった。
やはりそうなのですね。
土地神さま、美丈夫でいらっしゃるから。
「それで侍女も皆、ときめいた乙女の顔をしているのですね。土地神様はとても素敵ですもの」
「カメリア!」
心だけで思った私と違い、堂々と声にし、ふふふ、と楽しそうに笑われたカメリアさまを、フレッドお義父さまが窘める。
「申し訳ありません、土地神様。でも、カメリアの気持ちもよく判りますわ。本当に素敵な殿方ですもの。ね、ローズマリー」
そして、ロータスお義母さまも微笑みながらそうおっしゃられ、何と私に話を振られた。
「はい。神々しく、そしてとても素敵だと思います」
フレッドお義父さまに叱られてしまうかも、と思いつつ正直に言えば、注視していたフレッドお義父さまではなく、パトリックさまに腕を取られ、向き直されて驚いてしまう。
「ローズマリー。俺は?」
「え?」
突然、真剣な目で問われるも、訳が判らない私は、きょとんとパトリックさまを見返した。
「『ローズマリー、俺のことも素敵だと思ってくれているか?』ですって。ローズマリー」
そんな私を手助けしてくださるように、そうおっしゃったカメリアさまが、何故か楽しそうに、しかも悪戯っぽく微笑まれた。
「もちろん、思っております」
その笑みの意味はよく判らないけれど、パトリックさまの意図が判り助かった私が、パトリックさまの瞳を見つめて力強く頷き言えば、大好きなはしばみ色の瞳が一層近づいて、心臓がどきどきと音を立てる。
「本当に?」
「本当です。と申しますか、わたくしにとりまして、パトリックさまは他の方とは違います。世の中に、素敵な方はたくさんいらっしゃいますが、特別なのはパトリックさまだけです」
もしかして気持ちを疑われているのか、と漸く気づいた私が懸命に言えば、パトリックさまの目から鋭さが消えた。
「ごめんね、狭量で」
言いながら髪を撫でてくださるのが嬉しくて、大丈夫です、とその手に甘えるように擦り寄り、首をふるふる横に振った、ところで、私は周りにひとが居る、という事実を思い出し、ぎぎぎ、と音がするような動きで視線を動かし。
「も、申し訳ありません」
周りの皆さまが、私とパトリックさまを生温かい目で見守ってくださっているのを見て、思わず謝罪した。
ブクマ、評価ありがとうございます。
とても嬉しく、励みになります。
読んでくださってありがとうございます。




