ウェスト公領。 歓迎と門の秘密、なのです。
「すごく立派な門ですね」
いよいよ入ったウェスト公領。
私が立つ最初の場所となったのは、立派な石造りの門が聳え立つ地だった。
「この門は、我がウェスト家の始祖が初めてこの地に来た折の、その記念の場所に建てられたと伝わるもので、ウェスト家に生まれた者、ウェスト家に嫁ぐ者は一度、必ずひとりで通り抜けねばならない。初めての場所で不安だろうが、私達はここに居る。ローズマリー、行って来てくれるか?」
「はい。行ってまいります」
フレッドお義父さまに言われ、心配そうに見守ってくださるパトリックさまにひとつ頷いて、私はひとり門へと向かう。
領都の中心から遠いがゆえに、今は人通りも無く静かだというその場所は、ウェスト家の神聖な場所であることが強く感じられる清涼な空気に満ちていた。
馬車が余裕ですれ違える充分な広さのある旧街道と思しき道は、門の向こう側もこちら側も遠くまできちんと整備がされていて、両脇には大きくて枝ぶりも見事な木が植えられている。
そして、見渡す限りの大草原。
青々とした葉を茂らせるその大木は、季節になれば満開の花を咲かせるのだろう。
何色の、どのような花が咲くのかしら?
思いつつ、私はひとり門の手前に立った。
大切で神聖な場所だからだろう、パトリックさま始め皆さまが案じるように私を見ている。
「くうん」
「くうん」
そして、ここまで大人しく抱かれて来てくれたテオとクリアが、パトリックさまの腕のなかで可愛い鳴き声をあげたのを合図のように、私は緊張で呼吸さえ苦しくなるような心持で一歩を踏み出した。
ウェスト家のご先祖の皆さま、ローズマリーと申します。
不束者ではございますが、パトリックさまのため、ウェスト家のため、そして領地領民の皆さまのため、精一杯努めます。
よろしくお願い申しあげます。
心のなかでご挨拶しながら進めば、両脇の木が次々と花開いていくのが見え、その美しさに魅了されて、あれほどの緊張が嘘のように解けていく。
「わあ」
門を完全に抜けた時には、前方の見える木々はすべて満開となり、純白の美しいドレスを纏ったかのような様相となっていた。
「きれい」
思わず呟き振り返れば、後方の木々も同じように満開の花を咲かせている。
「どんな魔法なのかしら?それとも魔道具?」
『ローズマリー!』
『ローズマリー!』
思っているとテオとクリアの声がして、門を駆け抜けてくるのが見えた。
「まあ、来てしまったの・・・ええ!?すごい!」
パトリックさまの腕から抜け出てしまったのだろうテオとクリアを抱き上げ、何気なく空を見た私は目を大きく見開く。
そこには、天上に色とりどりの美しい円を描くかの如く、小ぶりのまあるい虹が幾つも浮かんでいた。
「ローズマリー!」
驚き見つめていると、パトリックさまが走り寄ってこられ、それに続くように皆さまもいらっしゃる。
「パトリックさま、すごい魔法ですね!それとも、魔道具なのですか?」
抱き寄せられながらどきどきして聞けば、パトリックさまが嬉しそうな、それでいて困惑を含んだ表情になった。
「俺達は、何も関与していないよ」
いつもと変わらず、優しく髪を撫でてくれるパトリックさまだけれど、その瞳が揺れている。
「あの」
「ローズマリー。この門を通り抜けられない者がいたことはあれど、このような現象が起きたことは、過去の記録でも見たことが無い」
何か粗相でもしてしまいましたか、とパトリックさまに聞くより早く告げられたフレッドお義父さまの言葉に、ロータスお義母さまも神妙な顔で頷いた。
「この門はね、ウェスト公領を収める立場に立つ者として相応しいかどうか、土地が見定める門だと言われているの。驚くでしょう?わたくしも、無事に通り切ってから、フレッドにそう教えてもらったのよ」
ロータスお義母さまが、驚く私の手を取って優しく説明してくださる。
「わたくし、無事に合格できましたか?」
まさか、そのような試験だとは思わず通ってしまった私は、俄かに不安になってロータスお義母さま、パトリックさまに縋るような目を向けてしまった。
「もちろんだよ。それどころか」
「ローズマリーは、この土地にすっごく気に入られたのよ!凄いわ!季節外れの満開の花に、幾つもの美しく丸い虹。これは、みんな大騒ぎになっているわよ」
カメリアさまが興奮したように、空へ、そして純白の花が咲き乱れる木々へと視線を目まぐるしく動かしながら、叫ぶようにおっしゃった。
発言を途中で奪われ、カメリアさまに背中をばしばし叩かれているパトリックさまは、かなり痛そうにしていらっしゃるけれど、カメリアさまの言葉を否定しようとはしない。
「あの。それは、テオとクリアのお蔭なのではないかと思うのですが。でも、合格できたのなら嬉しいです。そして、これほど美しいものを見せてくださって感謝申しあげます」
安堵して、この地すべてに、心を込めた跪礼と共にお礼を伝えれば、まるで答えてくれるかのように、優しく甘い花の香が漂い、まあるい虹が微笑むように揺らいだ。
「確かに、聖獣が居る、ということも大きく関与しているだろう」
フレッドお義父さまは深く頷き、テオとクリアを改めて見つめている。
「でも、花を咲かせたのは貴女への歓迎の意だと思うわ、ローズマリー。そして聖獣までも連れて来てくれた。貴女は幸運の使者なのかもしれないわね。なんてね。ふふふ」
少しおどけたように言いながら、ロータスお義母さまがテオとクリアを優しく撫でた。
そのやわらかな仕草に、テオとクリアも嬉しそうに目を細める。
「ローズマリー。この門の秘密は一族であっても知らない。知るのは、ウェスト公家の、この門を通ることの出来た人間のみだ。この意味が、判るね?」
「はい。必ず秘密にいたします」
この門のことは、この場いる皆さましか知らないこと。
そして今日、私もそこに仲間入りをさせていただいた。
真摯におっしゃるフレッドお義父さまに神妙な心持で誓えば、満足そうに頷いてくださる。
「この門を潜り、しかもこの土地の祝福を受けた君は、もう立派なウェストの人間だ。歓迎するよ、心から」
「歓迎するわ、ローズマリー。わたくしの、もう一人の娘」
フレッドお義父さまの言葉にロータスお義母さまが頷き、私の頬にキスをくださった。
「ローズマリー!我がウェスト公領へようこそ!もちろん、わたくしも大歓迎よ!」
そしてカメリアさまが私に抱き付き、ぎゅうぎゅうと抱き締めてこられる。
「姉上!それは俺が言いたかったことで、ってもう!ローズマリーを離して!」
「いやよ、パトリック。悔しかったら、ローズマリーをわたくしから奪ってごらんなさい!」
まるでダンスをするように、私ごとくるくる回るカメリアさまは、パトリックさまを挑発するように、付かず離れず動き続ける。
「ほら!ローズマリーも大人しくしていないで、こちらへおいで」
「ローズマリーは、パトリックよりわたくしを好きですって!」
笑いながら回り続けるカメリアさまと、その両手を握り合ったままの私。
それは、ふたりでずっと小さい円を描き続ける動きで、となれば当然。
「か、カメリアさま。目が回りそうです」
「あら奇遇ね!わたくしもよ!」
「ならば止まればいいだろう!」
言い合いながらもくるくる回り、笑い合う私たちの足元で、テオとクリアも嬉しそうに跳ねる。
「我が領へようこそ」
そんなテオとクリアに、フレッドお義父さまは改まり、膝を付いてそうおっしゃった。
「本当に、聖獣、なのですね。触れても?」
同じように膝を付きおっしゃったロータスお義母さまに応えるよう、テオもクリアも動きを止め、ロータスお義母さまに頭を差し出す。
「可愛い」
そこにカメリアさまも加わって、当然のように、私も、ふらふらしながらも加わろうとしたのだけれど。
「ローズマリーはこっち。ああ、もう最初からこれとか。先が思いやられるよ」
笑いつつも、半分本気と思われるパトリックさまに、ぎゅうぎゅうに抱き締められ、私はその腕で幸せに浸りながら、テオとクリアと公爵家の皆さまが触れ合っているという、これまた幸せな光景を見つめていた。
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