夏季休暇。この場合の<既成事実>とは?
「あら?わたくしはついで?」
首を傾げ、意識的にコケティッシュな笑みを浮かべたカメリアさまが可愛い、と思っていると、激烈桃色さんの歓喜の声が辺りに響く。
「パトリック!来てくれたのね!今日は、あたしの家に来てパパに挨拶してくれるんだもんね!パパも家で待ってるから早く行こう!」
「あら。パトリック、何だか具体的だけれど?」
ちらり、とカメリアさまが冷たい目をパトリックさまに向ければ、パトリックさまは私の肩を抱き寄せながら、大きなため息を吐いた。
「いつもああだと言っているだろう。すべて妄言だ。街の警邏に連絡したから、すぐに排除される」
判っているくせに、とパトリックさまは恨みがましくカメリアさまを見、警備の方々に指示を出してから、私とカメリアさま、それと護衛の方も一緒に連れて転移をする。
「ほう、パトリック。私の前でローズマリーの肩を抱き締めるとは、いい度胸じゃないか」
そして転移してすぐ、お父さまの苦い声がして、私は慌ててパトリックさまから離れた。
「違います、お父さま。パトリックさまは、わたくしを助けてくださって」
お父さま、目が糸のようになってしまっています!
その細さが怖い、と私が竦んでいると。
「大丈夫だよ、ローズマリー。全部、見ていたし聞いていたから」
判っている、とお兄さまに言われほっとしかけて、私は不思議に首を傾げる。
「『全部、見ていたし聞いていた』ですか?・・・あ!」
お兄さまに指示されるままそちらを見た私は、そこにある絵画のように見えたものに外が映っている、しかも動き続けていて音も聞こえるのに気づき、驚きの声をあげてしまう。
室内に居ながら、外の様子がつぶさに判る。
このようなものは、見たことも聞いたこともない。
「この部屋は、邸の警備の要でね。各所の魔道装置から今現在の映像が送られてくるようになっているんだ。通常は映像だけだが、選択すれば音声も入る。もちろん、記録も出来る。それで、格段に警備がしやすくなった。ローズマリーには、感謝だな」
「わたくしに、ですか?」
そのような設備があるなんてすごい、と感動しているとフレッドお義父さまが不思議なことをおっしゃった。
「そうよ、ローズマリー。貴女を救いたいがために、パトリックが創った魔道具なのですもの」
その言葉に、ロータスお義母さまも大きく頷いていらっしゃる。
「あ。もしかして、焼却炉のときの」
パトリックさまが焼却炉に取り付けてくださっていた魔道具を思い出し、私が呟けばカメリアさまが笑う。
「まあそれも、これまでの開発の集大成、という感じかしらね」
「本当にそうね。遠くのものを映像としてその場で見られる、というだけでも最初は驚きだったけれど、それだけでなく、音も聞こえるようにして、更に記録できるようにまでするとは、我が息子ながら驚いたわ」
「では、あの焼却炉のときの魔道具は、これまでのパトリックさまの成果が凝縮されたものなのですね。あれは、本当に素晴らしい物でした。実際に燃やしたのは誰なのか、確たる証拠があって、本当に助かりました。パトリックさまには、何度お礼申し上げても足りない思いです」
パトリックさま、本当にすごいです!
そして、その才能を私のために使ってくださって、嬉しいです!
カメリアさまとロータスお義母さまの言葉にしみじみと頷き、恋愛脳を炸裂させていると、お兄さまに、つんつん、と背中をつつかれた。
はっと我に返れば、パトリックさまにときめき、自分の思考に夢中だった私を、お父さまが苦虫を噛み潰したような顔をして見ている。
「ああ。そのことは私も感謝しているし、色々ローズマリーを助けてくれている、とローズマリーからも”耳”からも報告を受けているが。だがしかしパトリック。あの桃色娘はどうしてあれほど明確な予定を口にするのだ?」
渋く、そして戸惑いを隠せない様子のお父さまに、パトリックさまは真剣な視線を返した。
「あの娘、激烈桃色迷惑女には、強く信じている<自分が主人公の物語>があるようで、その通りにならないこの世界はおかしい、というのが持論です」
「まあ、なんてこと」
「それで、その彼女の<物語>では、今日は自分の家にパトリック様がご挨拶に来る日だということ、なのですか?」
パトリックさまの説明に、ロータスお義母さまが口元を押さえ、お母さまは確認するようにパトリックさまに問いかける。
「だと、思われます」
「本当にお約束があるわけでは、ないのね?」
「本日私が約束をしたのは、ローズマリーと、ポーレット侯爵家の皆様です。あのような発言を聞き、戸惑われるお気持ちは判りますが、私はローズマリー以外と添うつもりはありません」
真っ直ぐお母さまに向き直り、言葉まで改めてパトリックさまは言い切った。
その目を見て、珍しく少し険しい顔だったお母さまが、いつも通りの柔和な表情、というより本当に申し訳なさそうな顔になる。
「疑うようなことを言ってごめんなさい。ローズマリーのこと、よろしくお願いしますね」
「はい。お任せください」
「もし、あの激烈桃色迷惑女を選ぶときは、ちゃんとローズマリーと婚約解消してからにしてくれな」
「そのような心配は無用です」
頭を下げたお母さまに、顔をあげてください、ご心配されるのは当然です、と丁寧に対応しながら、パトリックさまは、軽口を叩いたお兄さまに鋭い視線を投げる。
「しかし、それこそ”耳”からの報告によれば、あの迷惑女はパトリックだけでなく、アーサー殿下にも、ウィルトシャー侯爵の嫡男にも言い寄っているのだろう?どういうつもりなのだ?」
「そんなの。貴族の上層を狙っているに決まっているではありませんか、お父様」
「つまり、パトリックのことを本当に好き、という訳でもないのね。失礼しちゃうわ」
フレッドお義父さま、カメリアさまの言葉を受けて憤慨し言ったロータスお義母さまが、ぎゅ、と私の手を両手で握った。
「あんな激烈桃色迷惑女になんて、絶対に負けないでね、ローズマリー」
「は、はい。頑張ります」
気合を注入されるかの如く、ロータスお義母さまと強く見つめ合っていると、フレッドお義父さまが苦い顔をお父さまと向け合う。
「上層を狙う、つまり欲しいのは財産や権力か。これは、マークル男爵領領民からの陳情と、本妻を離縁して平民の愛人を新たな男爵夫人に据えた、という話も関係無いとは言えないな」
「男爵領のことはもちろん調査中だし、妙に羽振りが良くなった、といわれている男爵家の現状もそのことに関わっているとは思っていたが。そうか、財産や権力に固執するひとつの契機が、新たな男爵夫人、という可能性もあるのか」
聞こえてきたお父さまとフレッドお義父さまの言葉に、ロータスお義母さまが呆れたような目をされた。
「あら、フレッドもアーネストも何を呑気な。関係あるに決まっているじゃない。マークル男爵は、子爵家ご出身の前の夫人を離縁して、平民の女性をその庶子と共に男爵籍に正式に入れたけれど、それに伴う前夫人の条件が、自分と自分の子どもとは今後一切の縁を切る、ということだったのよ?前夫人はご存じだったのでしょうね、愛人が浪費家だということを。つまり、完全に縁を切ることで、ご自分とご子息の利権を守った、ということ。男爵家の餌食にされるのを避けたのね」
知らなかったの?と言いたげなロータスお義母さまに、お母さまも大きく頷いた。
「そうですわ。前夫人とそのご子息は優秀で、領民からの支持は男爵より遥かに高かったと聞きますもの。それに、男爵家と縁を切ってから商才を存分に発揮して、次々と大口の取引先を増やしているとか。対して男爵家は、新しい奥方とご令嬢の浪費が激しいうえに、使用人への扱いが酷くて、古参の者も次々と辞めているそうですわ。なんでも給金未払いなのに少しでも気に入らないことがあると折檻までされる、とか。あら?でもそれで、羽振りがいい、というのは少しおかしいですね。それとも、財力はあるのに使用人に給金は支払わない、ということなのかしら?」
「税収をピンハネして愛人に贅沢させている、と以前から評判だったから、正式に夫人として迎えたなら、それが加速してピンハネした分だけでは足りなくなってしまったのかも・・・ああっ、判ったわ!そうよ、それでなのだわ!」
何かに気づいた様子で突然叫んだロータスお義母さまが、がしっ、とお母さまの両手を握り締めた。
「何か、あったのですか?」
「そうなの!あったの!ほんっとうに信じられないことに、その浪費の請求が我が家にきたのよ!」
ロータスお義母さまの言葉に、パトリックさまとフレッドお義父さまの眉が寄った。
「どういうことだ、ロータス」
「ええ、聞いてくださいな、フレッド。先日、迷惑な商人が居座っている、と侍女から聞いて覗きに行ったの。だって、あのブラッドが即撃退できずに手こずる相手、なんて見ない手はないでしょう?」
はい、ロータスお義母さま。
ブラッドさんは、とても優秀な執事さんです。
なので、手こずる様子を想像するのが難しいのは理解できます。
ですが、『見ない手はない』ですか。
それは、つい先ほども似たような言葉を聞いたような気がします。
カメリアさまとロータスお義母さま、似ていらっしゃいます。
おふたりとも好奇心がお強いのですね、などと私が考えている間にも、公爵ご夫妻のお話は進んでいく。
「ブラッドが手こずっていたのか」
「手こずる、というよりは、困っていた、というのが正しいわ。向こうの商人は、ただひたすら『こちらにお支払いいただけると聞いております』しか言わないのだもの。しかも男爵家の証文を持っているから、商人側から見れば、その主張は正しい、という訳。うちの承諾は、何もないのにね」
「それで、どうしたのだ?」
「明細をまず見て驚いたわ。何処で使うのかしらと思うほど宝石やドレスを買っていて。最初はそれを、離縁した元夫人とご子息に請求しようとしたらしいのだけれど、元夫人が先手を打っていて、それは叶わなかったのですって。それで、我が家へ請求するように、と証文まで渡したらしいの。もちろん、しっかりとした店は、公爵家に確認してから、と断ったようなのだけれど、そうでないところは、とんでもない額を我が家に堂々と請求しに来たわ。もちろん、そのような支払いをさせられる覚えはない、とお帰りいただいたけれど!」
憤懣やるかたなし、と息を荒げるロータスお義母さまの背を、フレッドお義父さまが宥めるように撫でる。
「それはつまり、マークル男爵家では、パトリックが支払ってくれる。理由としては、その。恋人であるから、という認識なのでしょうか」
激昂するロータスお義母さまの勢いに呑み込まれそうになりながらも、お兄さまはその波に抗い、尋ねた。
「正に『そう言っていた』そうよ。うちに来た商人によると。まったく。『公爵家のご嫡男は、我が娘を溺愛しているので』と言ったのですって!まあ確かに、パトリックは恋人を溺愛しているけれど『そのお相手の家は、名門侯爵家です!このように我が家に無断でたかるような真似、絶対になさいません!』と叫んでしまったわ」
余りのことに、自分で乗り込んでしまった、というロータスお義母さまはお強いと思う。
私だったら、いじけて負けてしまうかも。
もし、マークルさんが『パトリックが払ってくれる、何でも買っていいっていったのよ!?』とでも言ったなら、そうなのかもしれない、と思ってしまうかもしれない。
「いいこと、ローズマリー。そういうことも含めて、負けないで、よ。それは、パトリックを信じるということ」
思っていると、ロータスお義母さまが真っ直ぐな瞳を私に向けた。
「ロータスお義母さま・・・はい」
その強く澄んだ瞳に改めて誓えば、カメリアさまも大きく頷きパトリックさまをご覧になる。
「パトリック。もちろん貴方は、ローズマリーをその心ごと守り切るのよ?まずは、あの激烈桃色迷惑女に、既成事実を狙われないように気を付けなさい」
そのカメリアさまの言葉に、場の空気が独特の色を帯び、そしてなぜか皆さま一斉にパトリックさまをご覧になり、次いで私へと視線を向けてこられた。
な、なんでしょうか!?
空気が変わったことは判るものの、何の既成事実なのか判らず戸惑っている私と違い、完璧に理解したらしいパトリックさまは、皆さまをぐるりと見まわし、強く頷き口を開かれた。
曰く。
「大丈夫です。僕は、ローズマリー以外には役立たずですから」
?????
「まあ!」
「ふふ、パトリックったら」
訳が判らない私と違い、お母さまもロータスお義母さまも理解出来たご様子で、それぞれ少女のように顔を赤らめている。
「お兄さま?」
そして、今正に<ちんくしゃ>一直線だったに違いないのに、いつも助けてくださるお兄さまも、そんな私を放置して、複雑な表情でパトリックさまを見るばかりだし、フレッドお義父さまは楽し気な、お父さまは苦々しい表情を浮かべている。
「あの、パトリックさま。今のは、どういった意味なのでしょう?」
仕方なく、そっとパトリックさまに寄り添い小さく尋ねれば、パトリックさまが私の目を覗き込んだ。
「未だ、判らなくていいんだよ、ローズマリー。近い将来、僕が教えてあげるからね。ただこれは、僕だけがローズマリーに教えていいこと、なんだ。だから、それまでもそれからも、他のひとから習ったりしたら駄目だよ?」
けれど、そう言ったパトリックさまは、落ち着いてはいるけれど、今はそれ以上説明してくれる様子はない。
他の皆さまは、教えてくださる気配さえない。
うう、パトリックさま。
私は、今、知りたいです。
ブクマ、評価ありがとうございます。
とても嬉しく、励みになります。
読んでくださってありがとうございます。




