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ブロッコリーの君、は。








 「まあ、マーガレット。パトリックさまがこれからもう一度、今度はおひとりだけでいらっしゃるのですって」


 『ローズマリー!今日は会えてほんっとうに嬉しかった!また会えるのを楽しみにしているよ!すぐに、本当にすぐに会おうね!』


 名残惜しそうに私を抱き締めて離さないお父さま越しに、このような体勢で失礼します、申し訳ありません、と謝りながらも何とか皆さまとお別れの挨拶をし、転移なされるのを見送ってしばらく。


 私の元へ、連絡蝶が飛んで来た。


 紅に美しく複雑な茶色の模様があるそれは、ひと目でパトリックさまのものと知れる。


 パトリックさまが私に連絡をくださるだけでも嬉しいのに、そこにあったのは、『今日、これからもう一度、俺だけで訪ねてもいいか』という問い合わせで。


 私は、もちろんすぐに承諾の連絡蝶を飛ばして、マーガレットにその旨を伝えた。


 「柘榴色にはしばみ色の精緻な模様。あの美しい連絡蝶を見るたびに、ウェスト様のお嬢様へのお気持ちの強さを感じます」


 マーガレットは嬉しそうにパトリックさまの連絡蝶を見つめ私に微笑んで、今度はふたり用のお茶の支度をしてくれる。


 紅に茶色、というのが私の色を表しているのだ、と言うマーガレットは意識過剰だと思うけれど、それも私を想ってのことだと思うと嬉しい。


 「ねえ、マーガレット。今度は、コーヒーをお淹れしましょうか」


 初めてパトリックさまにホットビスケットをふるまった時、コーヒーもおいしそうに召し上がっていたことを思い出し私がそう提案すると、マーガレットはすぐに賛成してそちらも用意してくれた。


 「素晴らしいお気遣いだと思います」


 「わたくしが淹れても、かまわない?」


 「お嬢様が手ずからお淹れになれば、更にお喜びになられましょう。おふたりだけですし、よろしいかと思います」


 にこにこと言われて、私がワゴンでコーヒーを淹れる準備をしていると、廊下側の扉付近が淡く光り、パトリックさまがいらっしゃった。


 実はこの淡い光、転移に絶対に伴うものではないのだそうで、普段は転移先が光ったりしないらしいのだけれど、私の部屋へ来るときは、いきなり人が立っていても驚くだろう、というパトリックさまの配慮で、到着より一瞬早く到着地点を淡く光らせて、来訪を告げてくださっている、ということを先ほどお兄さまから伺った。


 ならばすぐにお礼を、と思う私にお兄さまは悪戯っぽく笑って、『いいんだよ、そういうことは心のなかで感謝しておけば。何か機会があったときに、いつもありがとう、と告げてごらん。ローズマリーに知られていた、と知ってきっと驚くから』とおっしゃっていた。


 『だからそれまでは黙っていた方がいいんだよ。色々面白くもあるし』とおっしゃるお兄さまの言葉の意味はよく判らないけれど、パトリックさまが私に内緒にしていたいのなら、黙っていた方がいいのかな、とか、確かにその度にお礼を言っても重くなってしまうかな、と思い、その機会が来るまでは心のなかでお礼を言うことにした。




 パトリックさま。


 お心遣い、ありがとうございます。




 気持ちだけはいつも、感謝を忘れずに。


 「ローズマリー。何度もごめんね」


 そうして私が扉の方へと歩き出すと同時、パトリックさまも私へと歩いて来てふたり正面で向き合う形で挨拶を交わす。


 「大丈夫です。パトリックさまこそ、お疲れではありませんか?」


 幾度も転移をして疲れているのでは、と私はパトリックさまの顔、特に目元を見てしまうけれど、特に疲労の色は無い。


 「まったく問題無いよ。あの人数だし、それぞれの家が特別遠い、ということもないし」


 さらりと言われたパトリックさまの言葉に、私は目を見開いた。


 「あの、もしかしてそれは、おひとりずつ、ご自宅までお送りした、ということですか?もしかしてお迎えも?」


 「うん、そうだよ。まとめて王宮、とかでもよかったんだけど、一応あの人達も今日は休暇だからね。来るときはウィルトシャー級長を一番に迎えに行って、それからポーレット侯爵の邸、ウィルトシャー侯爵の邸、最後がうち、で、帰りはウィルトシャー級長の部屋を見たい、という侯爵の要望で、最初にウィルトシャー級長の部屋へ行って、そこからまた順に」


 何でもないことのように言うパトリックさまだけれど、それが出来るのはパトリックさまだからだと思う。


 それに、皆さまが今日は休暇である、ということにも配慮してくださっている。


 「お疲れさまでした。私とテオ、クリアのことで皆さまにご足労いただいたのに、パトリックさまにご配慮までしていただいてしまって。感謝しております」


 心から言って、私は丹念にコーヒーを落とす。


 「そんな他人行儀に言われると、”加算”って言いたくなるな。俺は、ローズマリーのことなら、自分のことと同じかそれ以上だと思っているから。ん?それとも、言われたい?”加算”」


 可笑しみを込めた瞳で言いながら、パトリックさまが私の頬を、ちょん、とつつく。


 「い、言われたくないです!あ、でも、最近は”加算”がたくさんあった方が、後の私は嬉しかったりするのかも、と思ったりもします、が!まだちょっと早いので!でも今日のことは本当に感謝しています。皆さまの休暇のことまでお気遣いいただいてありがとうございました」


 「え?『後の私は嬉しかったりするのかも』って。それってつまり、そういうこと?え?本当に?都合のいい幻聴だったりしない?」


 勢い込んで言った私に驚いたのか、パトリックさまが何かを呟いているけれど、私はそれを聞き直す勇気もパトリックさまを見る勇気もなく、ひたすらにコーヒーを落とすことに専念する。


 「いい香りだ」


 やがて落ち着かれたのか、パトリックさまが大きく息を吸い、リラックスした様子で私の手元を覗き込んで来た。


 「お茶は、先ほどもお出ししましたので」


 「ローズマリーが淹れてくれるコーヒー、しかも淹れたて。楽しみだ」


 「上手に淹れられているといいのですが」


 本当にわくわくした様子がパトリックさまから伝わって、私は自信無くそう言ってしまう。


 「こんなにいい香りなのだから、おいしいに決まっているよ」


 こんなにいい香りなのだから。


 パトリックさまの、こういうところをすごく好きだと思う。


 ローズマリーが淹れたから、と言われるのも嬉しいけれど、今日のような場合は、コーヒーの香りがいいからきっと、という具体的な言葉をくれるのがもっと嬉しい。


 パトリックさまの言葉には、心がある。


 コーヒーを淹れながら、私はしみじみとそう感じていた。








 「今日は見事な女主人ぶりだったね。とても素敵だったよ、ローズマリー。でも誰が来るのか判らず、気持ち的にも大変だったんじゃないか?『驚かせたいから』なんていう理由だったんだよ。俺も口留めされていて、教えられなくてごめんね。本当にお疲れ様」


 それぞれひとり掛けのソファに座りコーヒーの香りを楽しんでいると、パトリックさまがそう声を掛けてくれる。


 「いいえ、私は何も。皆さまとお会い出来て嬉しかったですし。それに、皆さまが本当にテオとクリアのことを考えてくださっていて、感激しました」


 聖獣のこととか、初代国王との関係など、私には驚くこともたくさんあったけれど、お父さまとお兄さまを始め、心強い皆さまが味方だと実感出来て、本当に安心した。


 「うん。みんな味方だから、安心していいよ。もちろん、俺を一番頼って欲しいけれどね」


 「もちろんです。誰より頼りにしています」


 パトリックさまの言葉に、当然、と頷けば、パトリックさまは驚いたように目を瞠る。


 「そんなに真っ直ぐ言われると、何というか、こう。頼って信じて欲しいけれど、危機感も持って欲しい、というか、もっと男として意識して欲しいというか。こんなに委ねられると却って罪悪感が。でも、凄く嬉しいし可愛い」


 そして何かを口のなかで呟かれた後、立ち上がり私の元まで来たパトリックさまは、ひょい、と私をソファから立たせて自分がそこに座り、また、ひょい、と私を抱きあげて自分の膝に座らせてしまった。


 その時間、ごく僅か。


 私は何が起こったのか判らないうちに、パトリックさまの膝の上にいた。


 「あの、パトリックさま」


 「なんだい?ローズマリー」


 私を膝に乗せたパトリックさまはとても幸せそうで、下ろして欲しい、と言うのも憚られるし、パトリックさまの膝の上は、最早私にとって定位置で安心できる場所なので、無理に下りようとも思えない。


 「魔力測定の水晶玉のこと。本当にありがとうございます」


 なので、私は他の気になっていることを口にした。


 「ああ、あれか」


 「はい。あの理由であれば、先方にもご納得いただけると思うので」


 魔力値がとても高いことで知られる、パトリックさまとウィリアム。


 その合計値なら水晶玉も壊れるだろう、と誰もが納得すると思う。


 「うん。周りは納得すると思うよ。『ああ、あの人達なら、そういうことしそうだ』ってね」


 けれどパトリックさまは、私が思っていることとは違うことを言って笑った。


 「『あの人たちなら』ですか?」


 不思議に思って首を傾げると、パトリックさまは楽し気に私の髪をくるくると指で巻く。


 「うん、そう。まず普通の人は、魔力の合計値なんて測ろうとしないからね。それを、あの人達ならやるだろう、って言われる素地がある、ってことだよ」


 「実験好き、ということですか?」


 「『前例が無いことでも、目的のためなら貫き実行する』と言われているけれど、実際は、楽しそうなことなら何でもやってみる、ってだけなんだよね。でも今回の水晶玉のことも、何か重要且つ機密性の高い実験、とか言われて終わると思うよ」


 「皆さまのご迷惑にならないといいのですが」


 「大丈夫。それこそ、あの人達に任せておけば心配ないよ」


 私の不安を払拭するように、パトリックさまが指で私の額をとんとんする。


 「それよりもローズマリー。連絡蝶を飛ばすのがうまくなったね。移動中の俺のところに、ちゃんと飛んで来たよ」


 「ありがとうございます。けれど、パトリックさまの”本気の連絡蝶”は本当に凄い、とウィリアムから聞きました」


 パトリックさまに褒められて、私は嬉しくパトリックさまを見た。


 「俺の本気の連絡蝶?」


 「はい。本来の連絡蝶より格段に機密保持に長けているとか」


 「ああ。テオとクリアのことについて連絡するときは、絶対第三者に見られるわけにはいかないからね。関係者以外が見ようとしても、文字として判別できないようになっているし、魔法で解析しようとしても、内容も理解できないように操作してあるだけだよ」


 パトリックさまは事もなげに言うけれど、絶対”だけ”などというレベルの話ではないと思う。


 「お父さまたちも褒めていらっしゃいました。大したものだ、と。私まで嬉しかったです」


 パトリックさまの凄さは、たくさんの人が感じていることだと知ってはいるけれど、実際にこの耳で聞くと本当に嬉しい。


 「ローズマリーがそう言ってくれるのが、俺は嬉しいのだけれど。ね、ローズマリー。そんな風に言ってくれるなら、俺にご褒美をくれない?」


 にこにこと言われて、私は一も二も無く頷いた。


 今回のテオとクリアのことでは本当にお世話になったので、私もパトリックさまに何かお礼がしたいと思う。


 「はい。私に出来ることなら」


 「ありがとう。それなら、週明けのランチ、食堂のスペシャルメニュウを、俺とふたりだけのテーブルで一緒に食べてくれる?」


 「もちろんいいですけれど、それはパトリックさまのご褒美になりますか?私も嬉しいことなのですけれど」


 食堂のスペシャルメニュウ。


 いつもランチはパトリックさまと一緒だけれど、スペシャルメニュウを一緒に食べるのは何か特別な感じがして、すごくわくわくしてしまう。


 けれど、それがご褒美でいいのかな、とも思ってしまう。


 「もちろん、なるよ。じゃあ、約束だからね。絶対ふたりきりで食べようね。他の人間の同席は許さないよ?」


 「はい。例えリリーさまに同席をご提案されても、お断りします」


 これ以上の確約は無い、と思われるリリーさま案件を提示すれば、パトリックさまは嬉しそうに頷いてくれた。


 「楽しみだ、凄く」


 にこにこと言うパトリックさまを見ていて、私はふと激烈桃色さんを思い出した。


 「そういえばパトリックさま、マークルさんに誘われていましたよね?ランチを奢られてあげる、という不思議な言い回しでしたけれど。あと、スペシャルメニュウの食べさせ合いっこをしたい、と」


 アーサーさまやウィリアムにも何か不思議なことを言いながらだったけれど、確かに言っていた、と私が思い返せば、パトリックさまの表情が目に見えて苦くなった。


 「誘われてなんかいないよ。あれはただ、あの激烈桃色迷惑女がやってみたい、と言っていただけだ」


 


 そのお相手は、パトリックさまなのでは?




 思ったけれど、パトリックさまの瞳に剣呑な色を見つけた私は、そこで口を噤んだ。


 折角パトリックさまとふたりで居るのに、楽しくない話題を続けることも無い。


 「で、ではパトリックさま。もし私が『奢られてあげる』とパトリックさまに言ったらどうしますか?」


 とはいえ、気の利いた話題転換も出来ない私は、気づけばそんな、言う予定など微塵もない言葉を口にしていた。




 こんな言葉を言う、ということは、激烈桃色さんに対抗心がある、ということかしら。


 やはり、悪役だから?




 などと、若干へこんでいると。


 「え?ローズマリーが俺に『奢られてあげる』と言ったら?それってどんな感じで?言いながら、ちょっと上目で悪戯っぽく笑ったりなんかして『奢られてあげる』って言うのか?なんだそれ、絶対可愛い、物凄く。そんなの考えるまでもなく即答で奢ってあげる一択だな。食事やドレス、宝石なんかの物的なものだけでなく、他のことでも、ローズマリーに『~られてあげる』なんて言われたら、拒絶しないだろうな、俺。例えば『縛られて』は、行き過ぎか。いや、でも、ああ、そんなローズマリーも可愛くて、おかしな扉を開いてしまいそうだ。もちろん、ローズマリー限定で」


 パトリックさまが何か色々言ったけれど、私に言っている、というよりは自分で確認しているかのようなそれは、ほぼ聞き取ることができなかった。


 それでも、お菓子、と言っているのが聞こえたので、私はテーブルに置かれたお皿に手を伸ばそうと、パトリックさまの膝の上で身体を捻る。


 「お菓子ですか?こちらでよろしければ」


 けれどそう言った私の動きを、パトリックさまは笑顔で止めた。


 「ああ、違うよローズマリー。お菓子、ではなくて、おかしな扉・・・ええと、だからその、ローズマリーは俺にとって、どんなこと、どんな時でも特別だ、ということだよ。だから『奢られてあげる』も、ローズマリーが言うなら、俺には嬉しいだけだ」


 「私にとっても、パトリックさまは特別です」


 私が言い切ると、パトリックさまは、ずい、と顔を私に近づけた。


 「うん、知っている。でも子どもの頃、ウィルトシャー級長とブロッコリーを食べたのだよね?ローズマリーが育てた特別なブロッコリー。あともしかして、ホットビスケットも一緒に食べていた?」


 「はい。ウィリアムとは子どもの頃から親しかったので。それにしても、パトリックさまはホットビスケット同様、ブロッコリーもお好きなのですね」


 パトリックさまの好物をまたひとつ知れた、と私が嬉しく思っているとパトリックさまが何故か複雑な表情になる。


 「うん。好きは好きだけれどね、特別なのはローズマリーのだから、というか」


 「嬉しいです!それはつまり、好きな物を私と一緒に食べたい、と思ってくださっているということですよね?私も、好きな物をパトリックさまと一緒に食べると、更に幸せになれます。同じですね」


 嬉し過ぎてパトリックさまの手を握ってしまったからか、パトリックさまが固まってしまった。


 「うん、微妙に違う感じがするけれどまったく違う訳でもない。それに凄く嬉しいから、これはこれでいいか。いや、でもな」


 「あの、パトリックさま?」


 手を握ったことが嫌だったのかと慌てて放そうとするも、その動きは簡単にパトリックさまに封じられてしまう。


 「ローズマリー。俺が、ブロッコリーを食べられるようになった時の話だけれど」


 そして、そのままの体勢で言われた言葉に私は頷いた。


 「はい。初恋の方がブロッコリーを育てていらしたので、というお話ですよね。ふふ。パトリックさまの初恋の方は、ブロッコリーの君、ですね」


 「ブロッコリーの君、って。ローズマリー、本当に楽しそうだよね。俺の初恋、気にならない?俺が誰を好きでも関係ない、ってこと?」


 小さいパトリックさまは可愛かったに違いない、とひとり楽しく笑っていると、私の言葉が不満だったらしいパトリックさまが、つんつんと私の頬をつつく。


 「今も、というのなら気になりますけれど、でもパトリックさまは私のことを、その・・・と、とにかく今パトリックさまがお好きなのは、ブロッコリーの君ではない、と知っていますので大丈夫なのです」


 パトリックさまは、私を好きだとおっしゃってくださるから、とは恥ずかしくて言えず、誤魔化すように言うと、パトリックさまが、むに、と私の頬を抓んだ。


 「ふうううん。初恋は気にならないのか。俺は気になるけれどね、ローズマリーの初恋の相手。どんな奴だった?まさか、俺の知っている人間、とかないよね?」


 じと、とパトリックさまに見られ、私は自分の初恋と思しきものを思い出して、ひとりおろおろしてしまう。


 「え?私の初恋、ですか。その。私は恥ずかしながら、パトリックさまという婚約者がいると教えられていましたので、どのような方なのかな、とか、絵姿通りの方なのかな、とか、お声は?笑い方は?などとずっと考えておりまして、他の方のことを考える余裕が無かった、と申しますか」




 はい、そうです。


 つまり、私の初恋の君は、パトリックさまなのです。


 なんでしょう。


 別に隠すことではありませんが、こんな風に話すのはとても恥ずかしいです、はい。




 「つまり、俺が初恋、ってこと?」


 対するパトリックさまは、先ほどまでの不機嫌さは何処へやら。


 水を得た魚のように生き生き、きらきらとした目になって、私を見ている。


 「初恋、も、パトリックさま、ということです」


 全身発火状態で言えば、パトリックさまが、ぎゅう、っと私を抱き締めた。


 「嬉しいよ、ローズマリー。そして聞いて欲しい。初恋のブロッコリーの君のこと、俺は今でも一番大切で大好きなんだ」


 「え?」


 パトリックさまは嬉しそうにおっしゃるけれど、私はそれどころではない。




 今も一番大切で大好き?


 ブロッコリーの君を?


 それってつまり。


 


 「だってね、ローズマリー。初恋のブロッコリーの君は、俺の最愛の婚約者、なのだから」


 「はい?」


 パトリックさまが、私ではないひとを好きなのかもしれない、と奈落の底を味わった一瞬後、私は更なる混乱の極みに立たされた。


 「ローズマリー。俺の婚約者は、誰?」


 そんな私を楽しそうに覗き込んで、パトリックさまが問いかける。


 「私、です」


 「うん、正解。今も昔も、俺の婚約者は君だけだよ、ローズマリー」


 「はい。あの、それはそうなのですが」


 「つまり、そういうことだよ」


 そういうことだよ、とは、どういうことなのか。


 理解し切れず、混乱したままの私を膝から優しく下ろすと、パトリックさまはそのまま立ち上がった。


 「え?あの、パトリックさま?」


 「名残惜しいけれど、そろそろ帰るね。じゃあ、また学園で。大好きだよ、ローズマリー。俺の大切な婚約者さん」


 そして、ちゅ、と私の頬にキスをして、パトリックさまは笑顔で転移されてしまった。


 「え?つまりどういうことです?パトリックさまの初恋の方は、ブロッコリーの君、で。ブロッコリーの君は、パトリックさまの婚約者。パトリックさまの婚約者は、私が生まれたときから私で。パトリックさまは、私の二ヶ月前にお生まれだけれど、私より前に婚約していた方はいらっしゃらなくて。というか、そもそもブロッコリーを食べられる頃には、私が婚約者で。ブロッコリーの君が婚約者、ということは、つまりそれは私、ということで。私は確かにブロッコリーを育ててもいた、し。ブロッコリーの君は遠方に住んでいた、と言う話とも私は合致する。それに、『その時には、想いを伝えてもいない』けれど、今はもう伝えている、ということならば更に私でしか有り得ない、と思えるけれど」


 ひとり立ったまま考え続けていた私は、そこで首を捻った。


 「パトリックさま。どうして私がブロッコリーを育てていることをお知りになれたのかしら?それに、見ていたようなこともおっしゃっていたし」


 私がパトリックさまの初恋のブロッコリーの君だった、というのはとても嬉しいけれど、一体全体どうしてパトリックさまは、遠く離れていた私のことをそれほど詳しく話すことが出来るのか。


 その謎は、まったく解明できない私なのだった。







ブクマ、評価ありがとうございます。

とても嬉しく、励みになります。

読んでくださってありがとうございます。

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