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『ちんくしゃ注意報』なのです。








 『ローズマリー!おなかへった!』


 『おなかがすいたよ!ローズマリー!』


 お父さまたちとじゃれて楽しそうに遊んでいたテオとクリアが、そう言って私の元へと駆け寄って来た。


 「もう、ごはんの時間ですものね」


 確かに、いつもだったら私が用意しておいたものをマーガレットから貰っている時間だ、と私はテオとクリアの頭を撫でる。


 「そうか、食事か。それなら、我々もご相伴にあずかろうか」


 「いいですね、父上。ローズマリー、お前のことだから昼食の用意もあるのだろう?ああ、この部屋の遮断は完璧だし、念のため、窓から覗かれても別の光景が見えるように魔法をかけてあるから、更に心配いらないよ。まあ、この高さの窓を覗こうと思ったら魔法を使うしかないし、使ったらその時点で俺達に判るけど」


 お父さまの言葉に、お兄さまが明るい笑顔ですぐさま賛成した。


 


 昼食のことは、おっしゃる通りなので、もちろんいいです、お兄さま。


 そして防備のこと、そこまで徹底してくださっていたのですね。


 改めまして、ありがとうございますなのです。


 


 そんなことを考えていると、ウェスト公爵が『ローズマリー嬢の都合も考えろ』とおっしゃってくださったけれど、準備はしてあるので何も問題ありません、と伝えれば、皆さま嬉しそうに昼食を共にしていく、と破顔された。


 「テオもクリアも、おいしそうに食べるな」


 テオもクリアも同じ部屋で、という皆さまのご厚意に甘えて、二匹は私たちのテーブル近くにセッティングされた、小さく低い仔犬用のテーブルで食べている。


 夢中で食べるその様子は愛らしく、思わず、といったように呟いたウィリアムも皆さまも、笑顔でテオとクリアを見つめていて、部屋には和やかな空気が流れ、私はとても幸せな気持ちになった。


 今、テーブルを共に囲んでいるのは、私の大切なひとたち。


 そして聞けば、今ここに居る皆さまだけでなく、テオとクリアのことは私ごと、家をあげて守ってくださるという。


 ウィリアムのお母さまも、パトリックさまのお母さまも、そしてパトリックさまのお姉さまも。


 本来、初代国王と聖獣に関する伝承は、当主夫妻と嫡男にしか伝えないものなのだそうだけれど、今回、テオとクリアが実際に現れたことで特別に対応してくださったとのこと。


 『わたくしだけ知らなかったなんて!』と言ってカメリアが怒り狂うのが判っていたからね、とウェスト公爵は笑っていらしたけれど、パトリックさまのお姉さま、カメリアさまにも仲よくしていただいている私は、本当に感謝しかない。


 リリーさまに秘密にしなければならないのは苦痛だけれど、その他の親しいひとの前では気を付ける必要は無いと知って、心からほっとした。


 「ローズマリーは、隠し事が苦手だよね」


 パトリックさまはそう言って笑うけれど、本当にその通りなので私は頷くしかない。


 「そういえば、ローズマリー嬢。パトリックは小さい頃、ブロッコリーが苦手だったんだよ」


 お皿に盛りつけた、お肉のローストと温野菜。


 そのブロッコリーを切り分けながら、『ローズマリーには内緒にしているだろう?君の前では、特に格好良くいたいらしいからねえ』とウェスト公爵が、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 「父上!」


 「でもね、ある時決意を固めた様子でブロッコリーを見つめて言ったんだ。『ぜったいたべられるようになる』とね。どうしてだか、判るかい?なんと、大好きな女の子がブロッコリーを大切に育てていて、その様子がとても可愛かったのだそうだ」


 焦ったように止めようとしたパトリックさまを難なく躱し、ウェスト公爵はそう言って微笑みを私に向ける。


 「まあ。パトリックさまの初恋、でしょうか」


 小さいパトリックさまが、大好きな女の子のブロッコリーだから、と嫌いなのに頑張って食べようとする姿は、想像するだけでとても可愛い。




 ブロッコリーと格闘する、小さくて可愛いパトリックさま。


 私も見たかったです!




 「そうだね。あれがパトリックの初恋かな」


 「きっと、お可愛らしい方なのでしょうね」


 小さいパトリックさまの、可愛い初恋。


 そのお相手はきっと、とても可愛い方に違いない。


 わくわくした気持ちを押さえ切れず聞けば、ウェスト公爵は益々優しい笑顔になった。


 「柘榴の瞳が印象的な、とても可愛いご令嬢だよ。笑顔が特に可愛くてね。最近は、綺麗にもなってきたかな」


 「それでパトリックさまは、その方のブロッコリーを食べられたのですか?想いを伝えたり、とかは?」


 私が食い気味に尋ねてしまったからか、それまで笑顔で楽しそうにお話ししてくださっていたウェスト公爵が、不意に黙ってしまわれた。


 驚いて周りを見れば、皆さま何となく複雑な表情で私を見ていらっしゃる。


 いえ、お父さまとお兄さまは相変わらず楽しそうですけれど。


 「ローズマリー。俺は、そのブロッコリーを食べられなかったよ。そしてその時には、想いを伝えてもいない。遠方に、住んでいたからね」


 そして、先ほどまで焦っていらした様子のパトリックさまは、今度は真剣な表情になって私を見つめている。


 「その時には、伝えられなかったのですね。遠方に、いらしたから」


 「そういえばローズマリー。ローズマリーも小さい頃、ブロッコリーを育てていたよね。可愛い、とか言って」


 その時には、と、遠方に、に妙に力を込めて言われ気になった私だけれど、ウィリアムに明るく言われて、そちらへと意識ごと視線を向けた。


 「ええ。見た目がとても可愛いのですもの。こんもり育って、愛らしかったですわ」


 貴族の女性なのに、と言われるかとも思ったけれど、そのようなことは誰にも言われず育てることが出来て、とても嬉しかったのを思い出す。


 「可愛いだけでなく、とてもおいしかった。ローズマリーの愛情の賜物だ、と思ったものだよ」


 「ふふ。一緒に食べたのでしたね」


 「・・・・・へえ。そうなんだ」


 ウィリアムと幼い頃の思い出に浸っていると、パトリックさまの、それはそれは低い声が聞こえた。


 「ぱ、パトリックさま」


 その視線、絶対零度。




 そ、それは、対激烈桃色さん限定、ではなかったのですか!?




 そう思える視線が、真っ直ぐウィリアムへと注がれている。




 え?


 なぜ、ウィリアムに?




 いえ、私でも不思議ですけれど、それはまあ婚約者なので、という理由かとも思えますが、相手がウィリアムとなれば、それは不思議でしかなく。


 「あの」


 「あ、そうだ、パトリック。テオとクリアに付いている魔道具は、かなり短期間で作成したんだな。連れ帰ってから今日までの間にだから、四日、五日くらいか?流石の速さだな」


 不思議に思った私がパトリックさまに尋ねようとする声は、お兄さまの問いかけに負けてしまった。


 「え?ああ。あれは、一日で造りました」


 そして短く答えるパトリックさまの凄さを知っていただこう、と私は勝手に追加する。


 「お兄さま。パトリックさまは凄いのですよ。わたくし、テオとクリアを連れ帰った翌日に首輪を購入したのですけれど、そのお買い物にも付き合ってくださったパトリックさまが、その翌日には魔道具を贈ってくださったのです。カモフラージュの可愛く加工された宝石も一緒に用意してくださって」


 興奮気味に言う私を、お兄さまが目を丸くして見ている。


 こんな風に話す私に、お兄さまは慣れていらっしゃるので、驚いているのはパトリックさまの速さだということ。


 「ああ。首輪を買ったという日に僕と会ったのですが、その時既に魔道具は完成していましたし、宝石も用意してありました。『魔道具は既に昨日造ったし、宝石もよさげなものがあった』と言って。魔道具は”創った”わけではなく、応用で”造った”のだから、と言わないばかりのさらりとした様子で」


 ウィリアムの言葉に、その場の全員が固まってしまった。


 それだけ、パトリックさまの能力は高いということなのだと思う。


 「愛、か」


 「流石パトリックさまですよね!技術力と能力の高さが素晴らしいです!」


 どなたかが、ぽつりと何かおっしゃったようだったけれど、嬉しく叫ぶように言った私の声がかき消してしまった。


 


 申し訳ありません。


 


 思って周りを見るけれど、皆さまは私を複雑な顔で見るばかり。


 そこで私は、はっと気が付いた。


 いなくなった私を探し、私と一緒に買い物にも行ってくださったパトリックさまが、一体いつ、魔道具を造られたのか。


 「申し訳ありません、パトリックさま。お身体を休める間も惜しんで、造ってくださったということですよね。わたくし、配慮が足りませんでした」


 「そんなこと、全然気にしなくていいよ、ローズマリー。俺は無理なんてしていないし、君が喜んでくれるのが、俺は嬉しいのだから」


 私の言葉にパトリックさまは笑って言ってくださったけれど、他の方々の表情は複雑そうなまま、というよりも複雑さを増しているようで。


 でもこのままこの話題を続けていると、パトリックさまと私の『すみません』『気にしなくていいよ』が無限ループしてしまう危険な予感しかなく。




 助けてください、お兄さま!




 と、全身全霊で救難信号を発すれば。 


「パトリックの魔力、と言えば。この部屋には当然結界があるのに、パトリックは難なく転移して来たな。俺達全員連れて」


 私の、心からの叫びが通じたのか、お兄さまがそう言って話題を変換してくださった。




 感謝です!


 ありがとうございます、お兄さま!




 「結界、ですか。最初に転移したとき、かなり警戒したのですが、全く障害になりませんでした。これで大丈夫なのかと不安になる一方で、また何かあった時に、これならすぐに駆け付けられる、という利点もあると考えました。それに第一、結界の弱さを学園側に指摘するにしても、どうしてそれが判ったのか説明する必要が生じるし。利点の大きさに心が揺らぐ、というか。いつでも会える、という誘惑もあるというか」


 それに返すパトリックさまの声は、最初はきはきしていたのに、途中からなんだか呟くようなものになる。


 「聖獣の件もある。学園へ結界脆弱の報告をする必要はないが、ローズマリーの部屋を気軽に訪れることなどないように」


 そんなパトリックさまに、びしり、と言い切るお父さまは、今日一番凛々しく見えた。


 「結界脆弱、という訳ではないでしょう父上。パトリックの力が破格過ぎるんです」


 「まあ、確かにそうだな。やはり、ローズマリーにとって一番危険なのはパトリック、ということか」


 お父さま、お兄さまの会話に、他の皆さまは苦笑するばかり。




 え?


 どうしてですか?




 「お父さま。パトリックさまは危険などではありません。とても頼もしく優しく、思いやりもある、心から信頼できる方です」


 そんなパトリックさまが危険ということはない、と私が力強く言い切ると、何故かウェスト公爵が、ぽん、とパトリックさまの肩を叩かれた。


 曰く。


 「息子よ、頑張れ」




 ?????




 理解、できません。


 「それにしても。ここ、ローズマリーの部屋、って感じだな。邸と雰囲気が同じだ。と言っても、パトリックは知らないか。うちに来たことないもんな。ウィルも、ローズマリーの部屋はご無沙汰か」


 その場の雰囲気を変えるように、明るい声でお兄さまがそう言って私の頬をつついたので、私は慌てて表情を正した。




 いけない。


 きっと、”ちんくしゃ”な顔をしていたに違いないわ!




 理解不能過ぎることが起こると、私は顔を、お兄さま言うところの”ちんくしゃ”状態にして固まってしまうらしい。


 お兄さまが私の頬をつついた、ということは、今は恐らくその状態だった、ということなので、私はお兄さまに感謝の視線を送った。




 ありがとうございます、お兄さま!


 お蔭様で、パトリックさまに”ちんくしゃ顔”を見られずに済みました。


 多分、ですけれど!


 


 「はは。ローズマリー嬢の部屋に、今もウィリアムが、か。そのようなことがあったら、我が家の愚息が大変なことになるな」


 笑いながら言うウェスト公爵に、お父さまも笑顔で頷いた。


 「子どもの頃はあったけれど、最近は流石になあ。模様替えも何度かしているし、今のローズマリーの部屋は、ウィルも知らないか」


 そうやって大人になっていくんだなあ、なんてしみじみしているお父さまを余所に、パトリックさまは、鬼気迫る表情でウィリアムに身体ごと向き直った。


 「子どもの頃は、あったのか?」


 「え?」


 「だから。子どもの頃は、ローズマリーの部屋に入ったことがあるのか?幾つくらいまで?」


 不意を突かれたうえ、そのパトリックさまの迫力に呆然としているウィリアムに、パトリックさまは尚も身を乗り出して問いかける。


 「幾つ、って。10歳、11歳くらいまでかな・・・と、おい!子どもの頃のことだろう!妙なところで悋気を起こすな!その殺気を今すぐ仕舞え!」


 「悋気かあ。起こしたいのは、お前の方だよな。な、ウィル」


 「父上!」


 叫ぶように言ったウィリアムを見るパトリックさまの目が、何だか恨みがましく見える、と思っていると、今度はウィルトシャー侯爵が笑いながらウィリアムを見て、ウィリアムがウィルトシャー侯爵を咎めるような声を出す。


 「いやいや。うちのパトリックのローズマリー嬢関連での狭量さと言ったら、それはもう」


 そして、とどめのようにウェスト公爵がおっしゃるに至って、私は申し訳なさの限界を迎えた。


 「あのう、皆さま。わたくしの部屋、それほどに期待していただけるものではございません。あ、いえ、お父さま。わたくしは充分に満足して、大好きなお部屋ですよ?」


 なので、恐る恐るそう言えば、ウェスト公爵とウィルトシャー侯爵が、驚いたように私を見た。


 そして、パトリックさまとウィリアムの表情にも、何か含みを感じる。


 お父さまとお兄さまは、変わらず楽し気に笑っていらっしゃるだけだけれど、ウィリアムは苦笑を浮かべているし、パトリックさまは、何故か悟りを開いたかのような目をされている。


 「そういう意味ではない、よ。ローズマリー」


 パトリックさまが、そのような目をされる理由も判らないし、ウィリアムの、苦笑の意味も判らない。


 そして当然のように、ウェスト公爵とウィルトシャー侯爵の驚きの理由も判らないしで、挙動不審になりかけた私に、お兄さまが援護射撃をしてくださった。




 そういう意味ではない?




 「え?・・・あ!マナーの面でのお話でしたか!大丈夫です。安易に男性を部屋に招くような真似はいたしません。断じて」


 


 なるほど!


 そういうことでしたか!




 謎は解けた、と喜び勇んで言った私に、今度は皆さま揃って同じような瞳を向けてこられた。




 ええと、なんでしょう?


 その、残念なものを見るような眼は。




 「うんうん。男性を部屋に入れない。それは大事だよ、ローズマリー。そして、兄さまは信じているからね。ローズマリーは、婚約者だって他人だ、ってこと理解している、って」


 そうして、変わらずにこにこと楽しそうに言うお兄さまに、お父さまも力強く頷き、他の皆さまの目が更に生気を失ったように見えたのは、私の見間違いではない、と思う。







ブクマ、評価ありがとうございます。

とても嬉しく、励みになります。

読んでくださってありがとうございます。

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