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その力は、水晶玉を美しく変化させました。








 「お嬢様。明日のお茶の支度は、どのようにいたしましょうか?」


 「そうね。形式ばったものはいらない、と、パトリックさまはおっしゃっていらしたから、そう特別なことはしなくていいわ。十時にいらっしゃるとのことだから、お茶とお菓子、それに軽食をご用意しましょうか。それと、場合によっては昼食をお出しできるようにしておいてくれる?」


 明日はお客様がいらっしゃるという日、私はマーガレットと共に部屋に備え付けのキッチンで、来客用の食器を前に相談していた。


 内緒の訪問とのことだけれど、私の味方になってくださる方とのことなので、恐らくお父さまはいらっしゃるのだとは思う。


 それでもその他はどなたがいらっしゃるのか判らないし、第一、私のためにわざわざ忙しいなか来てくださるので、きちんとおもてなしはしたいと思う。


 「かしこまりました。いらっしゃるのは、五人か六人、ですよね?」


 「そう聞いているわ。皆さん男性だそうだから、お菓子よりも軽食を多くご用意した方が良いかもしれないわね」


 「それがよろしいかと思います」


 もちろん、『甘い物大好き!』な男性もいらっしゃるけれど、とふたり笑い合って、キッチンを後にした。


 「あ。ホットビスケットを焼いたら、パトリックさま喜んでくださるかしら?」


 キッチンを出たところでふと思いつき、思いつけばパトリックさまの嬉しそうな笑顔が脳裏に浮かんで、私は出たばかりのキッチンへと逆戻りして、ホットビスケットの用意を始める。


 「絶対お喜びになります。万が一お喜びにならなかったら天誅ものですが、そんな心配は皆無です」


 戻った私を不思議そうに見たマーガレットがその理由を知って、何だか不穏なことを言っていた気もするけれど、焼きあげるのはいらっしゃる直前がいいかしら、などと考えていた私は深く聞きとがめることもしなかった。


 










 「やあやあ、ローズマリー!我が愛しの娘!お父様が来たよ!会いたかったよ!内密だけど、遮断したから大丈夫、心配ないよ!お父様に抜かりは無いから、安心してね!」


 そして翌日。


 時間を確認して、そろそろお見えになるかな、と寝室やキッチンへの扉がきちんと閉まっていることを目視して、用意の整ったテーブルを見つめながらきちんと立って待っていると、パトリックさまが転移でいらっしゃる時同様、廊下へ出る扉付近がふわっと柔らかい光を帯びたような気がした、と思ったときには嬉しそうなお父さまの声と共に、その大きな胸に抱き締められていた。


 「お父さま!お久しぶりです。わたくしも、お会いできて嬉しいです!」


 そう言ってお父さまを見あげれば、大好きなその瞳が優しく私を見つめてくれていて、幸せな気持ちでいっぱいになる。


 「ローズマリー。兄様もいるよ」


 そして、そんな私を隣から、ひょい、と覗き込んでお兄さまが私の頬をつつく。


 「お兄さま!お兄さまもいらしてくださったのですね!」


 嬉しさに声をあげれば、お兄さまも、ぎゅ、と私を抱き締めてくれた。


 「そして、私も居るよ、ローズマリー嬢」


 「私も来たよ、ローズマリー」


 そう言って後ろからかけられた声へと視線を向ければ、そこにはパトリックさまのお父さまであるウェスト公爵と、ウィリアムのお父さまであるウィルトシャー侯爵が居た。


 そしてそのふたりと並んで、当然のようにパトリックさまとウィリアムも。


 「これは!きちんとご挨拶もせず、失礼をいたしました。そして、本日はお忙しいなか、わたくしのためにご足労くださいまして、ありがとうございます」


 慌てて淑女の礼を執り、ご挨拶すれば、ウェスト公爵もウィルトシャー侯爵もにこにこと笑ってくださった。


 「いいんだよ、気にしなくて。私にとっても、君は娘なのだから」


 そう言って、ウェスト公爵が私の髪を撫で。


 「聖獣のこと、となれば、君ひとりが背負う問題ではない。頼って欲しい」


 ウィルトシャー侯爵も、力強く頷いてくれた。


 博識で、小さな頃から色々なことを教えてくださったウィルトシャー侯爵、そして、実際にお会いしたのは最近だけれど、子どもの頃から何かと気に掛けてくださり、本当の娘のように慈しんでくださるウェスト公爵。


 おふたりの温かなお心が嬉しくて、私は感謝の礼をした。


 「ローズマリー。テオとクリアは?」


 パトリックさまに促され、私はマーガレットにテオとクリアを連れて来てもらう。


 「くうん」


 「くうん」


 そうすると、テオもクリアも私にしがみつくようにしながら、お父さまたちを見あげた。


 『ローズマリー!しらないひとがたくさんいるよ!』


 『ローズマリー!このひとたちだあれ?』


 そうして問われた事柄に、不安がることはないのですよ、と声を出さずに答えていると。


 「ローズマリー。もしかして今、何か会話を?」


 「会話が出来る、というのは本当なのか」


 ウィリアムとウィルトシャー侯爵が、よく似た瞳を輝かせて、テオとクリアを覗き込んだ。


 「あ、はい。出来ます。今、テオとクリアは、皆さまのことを尋ねていました。あ、申し訳ありません。テオとクリア、というのはこの子たちの名前です」


 私は、テオとクリアを床に下ろし、改めて二匹を皆さんに紹介する。


 蒼色の皮の首輪に、パトリックさまからいただいた淡い翠の宝石を付けているのがテオ。


 翠色の皮の首輪に、パトリックさまからいただいた淡い蒼の宝石を付けているのがクリア。


 「今は、魔道具で瞳の色を変えています・・・テオ、ちょっとごめん、これ外させて。それと、ここにいる人たちの前では頷いたりして大丈夫だよ。むしろ、そうしてあげて」


 パトリックさまは、説明しながらテオにそう声を掛け、テオもそれに応えるように頷いてから、首をやや上向けてパトリックさまが魔道具を取り外しやすいように動く。


 「言葉が通じている、というのは間違いないようだな」


 ウェスト公爵が感心したように言い、クリアへとしゃがみ込んだ。


 「クリア、だったかな。君の魔道具も外していいだろうか」


 仔犬に話しかけるとは思えない丁寧さで許しを請うと、ウェスト公爵は、きちんとその意味を解し、テオと同じようにウェスト公爵が魔道具を取り外しやすいように動いたクリアに目を見開きつつも、丁寧にお礼を言ってから魔道具を取り外す。


 「うーむ」


 「これは」


 そうして現れた淡い蒼と淡い翠の美しい瞳に、私とパトリックさま以外、全員が感嘆の声を漏らした。


 「瞳は、確かに聖なる色だな。とても美しい。では、テオ、クリア。今度は魔力値を測らせてもらえるかな?」


 ウィルトシャー侯爵がそう言って、テオとクリアの前に、布張りの台に乗せられた水晶玉を置く。


 懐かしいそれは、私もかつて魔力値測定の際に使った、専用の特殊なもの。


 大人の頭ほどもあるその水晶玉に手を触れると、魔力に応じて古代神聖文字が浮かび上がる。


 その文字が濃く浮かぶほど魔力値は高く、その文字数が多いほど使える属性が多い。


 そして不思議なことに、測定を終えると水晶玉は再び元の姿、白色に戻ってしまうので、自分の記念、と出来ないのが哀しく思えたのを思い出す。




 テオとクリアは、どうなるかしら?




 「テオ。この水晶玉に触ってもらえるか?怖いことも痛いことも無いから、安心していい」


 自分のことのようにどきどきしていると、ウィリアムがそう言ってテオの頭を優しく撫でた。


 「くうん」


 ウィリアムの手を嬉しそうに受け止めて、テオが水晶玉に手を当てる。


 「なっ・・・これは!」


 するとそこに浮かび上がったのは、古代神聖文字ではなく、水晶玉全体を彩る淡く美しい蒼色。


 それだけでも驚きなのに、浮かびあがった淡い蒼色は淡い翠に色を変え、そこからまたゆっくりと色を変えて、と水晶玉を美しく彩り始めた。


 「このような結果は、初めて見る」


 「ああ。記録でも見たことがない」


 「正に神秘、ということか」


 お父さまの言葉に、ウェスト公爵もウィルトシャー侯爵も、驚きを隠せない瞳で頷いている。


 そして、そんな周囲の動揺を余所に、今度は自分の番だと思ったのか、クリアがその美しく彩りを変え続ける水晶玉に触れた。


 「・・・・・・!」


 するとそこに、今度は様々な模様が浮かびあがる。


 驚くべきことにそれには先ほどよりも濃い色があり、消えない淡く美しい彩りのなか、様々な色の、様々な模様が次々と現れては消えていく。


 それは、初めて見るほどに美しく、見事な調和。


 「きれい」


 思わず呟いた私に、パトリックさまもウィリアムも、お父さまたちも頷いてくれた。


 けれど。


 「水晶玉が、元の姿に戻らない」


 呟きは、誰のものであったのか。


 通常であれば測定を終えると元の姿に戻る水晶玉は、今もゆっくりと、けれど次々変わる美しい彩りと模様を有している。


 その変化は緩やかで、とても美しい。


 まるで、最初からそのようなものであったかのように、水晶玉は変化を遂げてしまった。


 「これが、聖獣の力」


 感銘を受けたかのようなウィルトシャー侯爵の言葉に、その場の全員が大きく頷く。




 聖獣?




 その言葉を疑問に思う間もなく、クリアとテオが私の足に絡みついて来た。


 『ローズマリー!これ、きれい?』


 『ローズマリー!これ、すき?』


 そんななか、無邪気にきらきらとした瞳でテオとクリアに見つめられ、私は二匹の背を撫でた。


 「とってもきれいだわ、テオ、クリア。素敵なものを見せてくれて、ありがとう」


 『ほんと!?それならローズマリーにあげる!』


 『うれしい!ぷれぜんとするよ!ローズマリー!』


 私の言葉に、嬉しそうにしっぽを振って、テオとクリアは美しい水晶玉を私へ渡そうと、うごうご動く。


 けれど、二匹の力では水晶玉は微動だにしない。


 「もしかして、ローズマリー嬢にあげようとしている、のかな?」


 止めなければ、でもテオとクリアの気持ちを傷つけないようにするにはどうやって、と私が迷っているうちに、小さい身体を懸命に動かすテオとクリアに気づいたウェスト公爵が、私を見た。


 「はい。プレゼントしてくれる、と言っています」


 テオとクリアの気持ちは嬉しいけれど、元々この水晶玉は魔法省か何処からか借りて来たもののはずなので、勝手に自由にはできないだろう、と私は困ってしまう。


 「そうか。なら、有り難くいただくといいよ、ローズマリー」


 けれどお父さまは、何でもないことのようにそう言った。


 「ですが」


 「うん、それがいい。アーネストの言う通り、有り難くいただくといいよ、ローズマリー嬢」


 「アーネストの言うことだから心配なのかも知れないが、いただいて大丈夫だよ、ローズマリー嬢。大切にするといい」


 「え。俺の言うことだから心配とか、サイラスひどい」


 ウィルトシャー侯爵の言葉に、お父さまはショックを受けた、と抗議らしきことを言っているけれど、ウィルトシャー侯爵だけでなく、ウェスト公爵も、いつものこと、と切り捨てていらっしゃる。




 お父さまの扱いって、一体。




 ウィルトシャー侯爵が、昔からお父さまと仲が良く、それゆえにこのような言い合いをすることはよく知っている、珍しくない光景だけれど、今日はそこにウェスト公爵も加わって、何だか楽しそうに見える。


 「まあ。こんな風に変化した水晶玉を、返すわけにもいかないからな」


 「確かに。これはもう、これで完成形で元には戻らないのだろうし。第三者に見せる訳にはいかないな」


 パトリックさまとウィリアムもそう言い、変化した水晶玉を興味深く見つめている。


 「ですが、水晶玉はお借りしてきたものですよね?どう説明するのですか?」


 借りた物を返さない、というか返せない状況になってしまった。


 私がそう言って、おろおろしていると、お兄さまがにこにこ笑いながら、私の頭をぽんぽんと叩く。


 「大丈夫だよ、ローズマリー。パトリックとウィリアムの魔力合計値を測りたくて使ったら壊れた、とでも説明するから。ああ、もちろん、父上達が」


 「え?」


 そして受けた説明に驚く私に、父親組三人は満面の笑みで力強く頷き、パトリックさまもウィリアムも、苦い顔ながら頷いてみせてくれた。


 「まあ、それがいいだろうな」


 「そういうことなら、疑われもしないだろう」


 苦笑して言うふたりに、私は慌てて向き直る。


 「パトリックさま、ウィリアムも、ごめんなさい。そして、本当にありがとうございます」


 確かに、パトリックさまとウィリアムの魔力の合計値なら、測定不能でそういうことになってしまった、と言うにも説得力がある。


 借りたのに返せない水晶玉。


 それに対して、テオとクリアの飼い主である私が何もできないのは恐縮だけれど、私の魔力値では説得力に欠けてしまう。


 なので、今回は甘えさせてもらおうと思う。


 このお礼は必ずします。


 申し訳ありませんがよろしくお願いします、と私は心を籠めて頭をさげた。


 そうしたら当然のように『そんな必要は無い』『水臭いことを言うな』と、ふたりに揃って叱るように言われてしまったけれど。









ブクマ、評価ありがとうございます。

とても嬉しく、励みになります。

読んでくださってありがとうございます。

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