<悪役>?なのに、甘やかされています。
「ねえ、アーサー。今日の食堂のランチメニュウは、キッシュなんだって。あたし、すっごく楽しみなの」
「そういえばパトリック。食堂のスペシャルメニュウを食べさせ合いっこすると、その相手との仲が深まるんだって。あたし、やってみたいな」
「あのね、ウィリアム。ウィリアムの家ってマナーに厳しいんだよね。あたしのことはお母さんも気に入ってくれるから大丈夫と思うんだけど、もしものときは助けてね?」
図書館から教室へと戻る道すがら。
激烈桃色さんは、アーサーさま、パトリックさま、ウィリアムに順番に笑いかけ、話しかけては腕を組もうとして躱される、という行為を幾度となく繰り返した。
それはもう。
「マークル嬢、それは付き纏い行為というのでは?」
と、クラスの人たちに言われるほど。
「あたしはいいの!だって、ウィリアムもパトリックもアーサーも、みんなあたしを好きなんだもん。構わない、っていうか、三人ともあたしがそうすることを望んでるのよ。むしろあたしを独占したい、って。だいたい、それを言うなら、あたしじゃなくてローズマリーやリリーでしょ。いっつもアーサーやパトリックに付き纏ってるんだから!」
パトリックさまに付き纏っている。
激烈桃色さんに強く言われて、確かにパトリックさまとよく一緒に居る私は、思わず隣のパトリックさまを見あげてしまった。
「ローズマリー。まさか、あんな戯言を真に受けたりは、しない、よね?」
そうしたら、何故か黒いものが見えそうな笑みを向けられて、私は必死で頷いてしまう。
あ、あら?
この場合は、首を横に振るべき?
どちらだろう、と混乱した私は、結果、首を縦横に動かしてパトリックさまに笑われてしまった。
でも、その笑みは黒くなかったので、危険は回避できたと思う。
よかった。
「もうっ!ローズマリー、なにのほほんとしてんのよ!ちゃんとして、って何度言えばわかんの!?早くパトリックに愛想尽かされて、婚約破棄されて!あんたなんか、パトリックに相応しくないんだから!」
地団駄を踏みながら激烈桃色さんが言って、私を、びしっ、と指さした。
「名誉棄損、追加」
ああ、またスカートが。
激烈桃色さんの跳ね上がるスカートに気を取られていた私が何か言うより早く、それを見たクラスメイトが呟く。
「何よモブのくせに!あのね、言っとくけどあたしが正しいの!あんたたち全員、間違ってんのよ!なんたってあたしがヒロインなんだから!あたしのためにこの世界はあるの!」
それが気に入らなかったらしい激烈桃色さんが、今度はそのクラスメイトを指さして言い返す。
「マークルさん、ひとを指さしてはいけませんわ。それに、世界は貴女の為にあるわけでもないと思います。それから、もぶ、とは何でしょう?」
ヒロイン、というのは物語の主人公、つまりこの場合激烈桃色さんのことなのだと判る。
それゆえに、あたしのためにこの世界はある、と言いもするのだろうとも。
けれど、もぶ、という言葉は聞き慣れなくて、私は思わず尋ねてしまった。
「ほんっとにどんくさいわね、ローズマリー!モブはモブよ!そんなことより、ランチ1回でも一緒しとかないと大事なイベントが起きないの!それでなくてもあんたのせいで色々狂ってるんだからね!判ってんの!?これ以上邪魔しないで!さっさとパトリックから離れて!別れなさいよ!」
髪を振り乱す激烈桃色さんにそう叫ばれたとき、私は、すっ、と理性が際立つのを感じた。
「嫌です。そのような勝手な要求は、お断わりします。わたくしは、パトリックさまのお傍にいます。これからも、ずっと」
そして出た声は、今まで自分で発したことがないほどに冷静で、視線は激烈桃色さんを捉えたまま、ぶれることも無い。
「な、なに言ってんのよ。なによ、急にキャラ変えちゃって」
そんな私の目の前で、激烈桃色さんがおろおろしている。
今のようにおろおろしていても、先ほどまでのようにきゃんきゃん言い募っていても、激烈桃色さんは可愛いと思う。
思うけれど、パトリックさまは、私を好きだと言ってくれた。
ずっと一緒にいよう、と。
だから、私はパトリックさまの傍に居る。
絶対に、私からパトリックさまの手を離したりしない。
誓ったから、ではなくて、私がパトリックさまを好きだから。
「ローズマリー」
ぎゅっ、とパトリックさまが私の手を握ってくれる。
見つめてくれる瞳が、優しく輝いている。
「パトリックさま」
心にも身体にも温かみが戻ったように感じ、嬉しくパトリックさまを呼び返した私の声は、周りから起こった大きな拍手にかき消された。
「あ、あの、パトリックさま。何かお話があるとのことでしたが」
久しぶりに訪れたパトリックさまの部屋。
私は、いつものソファで、いつものようにパトリックさまの膝に座った状態で、お行儀悪くもケーキや紅茶をいただいている。
しかも、パトリックさまの手から。
流石に、餌付けされているようで嫌です、と言ったのだけれど、上機嫌のパトリックさまには、私の訴えなど聞こえてもいないようだった。
しかも、いつもパトリックさまのお傍で仕えているロバートさんまで、今日は記念日ですからね、なんて嬉しそうに言ってパトリックさまを止めてもくれないので、いったい何の記念日なのか尋ねたら。
『本日は、<ローズマリー様が大勢の方の前で、パトリックさまはわたくしのもの、宣言をされた日>でございます』
と、真顔で答えられてしまった。
ロバートさん情報速過ぎです。
そして、パトリックさま。
それを嬉しそうに聞かないでください。
何だかいいことのように言われていますけれど、それって見方によっては物語における婚約者の嫉妬、に当たるのではないでしょうか。
いえ、肝心のパトリックさまが喜んでくださっているので、断罪に繋がったりはしなさそうですけれど。
「ローズマリー。クッキーも食べる?」
相変わらずにこにこしているパトリックさまに聞かれ、私が答えるより早く、ロバートさんがクッキーを取り分けた皿をパトリックさまに手渡した。
動き滑らかで無駄なく見事です、ロバートさん。
「パトリック様、本当にようございました。ローズマリー様もパトリック様をお慕いされていらっしゃるとは感じておりましたが、はっきり宣言なされたと伺ったときは、このロバートまで嬉しくなってしまいました」
そして、万感胸に迫る様子で、そんなことを言う。
「ああ、本当に嬉しかった」
パトリックさまもそう言って、本当に嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ると私も幸せな気持ちになって、恥ずかしさも薄れ、膝から下りようという努力を忘れてしまった。
「それに、例の迷惑男爵令嬢に対し、ローズマリー様が凛と気高く対応して撃退したとのこと。”耳”より報告を受けた私も、胸がすく思いがしました」
ああ、”耳”。
ロバートさんの話を聞いていて、私はロバートさんの情報の速さに納得した。
王家や上位貴族の家には、”耳”と呼ばれる人たちがいる。
密かな護衛と諜報を担う人たちで、各所に潜入していることは知っているけれど、学園にも居るらしい。
考えてみれば、学園には上位貴族が居るし、何より今はアーサー殿下がいらっしゃるのだから、当然なのだけれど。
それよりも、撃退、って。
確かにあの後、激烈桃色さんは妙に大人しくなってしまったけれど、それを撃退というのなら、私は本当に悪役一直線なのでは?と不安にもなる。
「そうだ、ローズマリー。今週末、大人数で君の部屋に行くことになったから」
そんなことを考えていたら、パトリックさまが不意にそう言った。
ナプキンで丁寧に優しく、私の口元を拭ってくれながら。
何というか、パトリックさまは面倒見が良いと思う。
手際もいいし。
「私の部屋に大人数で、ですか?」
一体どういうことか、と首を傾げかけ、私はテオとクリアのことを思い出した。
「うん。テオとクリアの件で。大人数とは言っても五人か六人だけれどね。身内がほとんどだから、形式ばった出迎えはいらない。服装も普段着でいいし」
普通の仔犬とは思えないテオとクリアのことで、私の部屋を訪ねて来るひとが居る。
その事実に緊張してしまった私に、パトリックさまが、大丈夫だよ、と柔らかく微笑んだ。
「身内、ですか?」
「そう。みんなローズマリーの味方で、力になってくれる人たちばかりだから、何も心配はいらない」
「パトリックさまも、いてくださるのですよね?」
「もちろん、ずっとローズマリーの傍に居るよ。あ、変則訪問で申し訳ないけれど、俺の転移で行くんだ。男ばっかりだから。もちろん遮断を使うし、ばれないようにもするから安心して」
不安が高じて、きゅ、とパトリックさまの胸元を掴めば、パトリックさまが優しく髪を撫でてくれた。
「よろしくお願いします」
パトリックさまがいてくださったら、とても心強い。
思っていると、ちゅ、と頬にパトリックさまの唇が触れた。
「こちらの頬には初めて、だね」
言いつつ、パトリックさまが、私をあやすように身体を揺らす。
その逞しい腕とあたたかく穏やかな揺れに、私は幼子のように安心して、パトリックさまに身を委ね、胸元に頬を寄せた。
「ああ、完敗だな。久しぶりに”加算”って言いたかったのに、ローズマリーが可愛すぎて言えなかった」
そうして言われたパトリックさまの言葉と、その、にやりとした笑みに私は固まってしまう。
「あれはもう、打ち止め、ということには」
そもそも基準が曖昧なのですし、と、恐る恐る言ってみた私に、パトリックさまは更に笑みを深くした。
「打ち止めになんかならないし、いつか絶対実行してもらう。とても、物凄く、それはもう超絶に、楽しみにしている」
そして言われた言葉に、私は遠い目をしてしまったのだった。
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