側面のお話 <共犯者~共に守る~> パトリック視点
「ローズマリーが消えた!?消えたとはどういうことだ!?」
掴みかかるようにして言う俺の行動を黙って受け止め、ウィルトシャー級長は俺たちの周りに結界を張った。
それは周りから完全に俺たちを遮断するもので、これから話される内容がそれほどのものなのだと思い知らされた俺は、凍り付くほどの恐怖を覚える。
「言葉のままだ、ウェスト公子息。ローズマリーが寮への帰宅途中に忽然と消えた、とマーガレット、ローズマリーの侍女が真っ青になって俺に報告して来た」
「それは。ローズマリーの侍女がウィルトシャー級長へ助けを求めた、ということか」
その事実に驚愕を覚え、俺は呆然と呟いた。
俺のところへ、ではなく。
という、今はどうでもいいと思えるような事柄に引っ掛かりを覚える自分の狭量さに嫌気が刺しつつも、音にしてしまう。
「マーガレットは、子どもの頃からローズマリーの傍に居るんだ。だから、僕とも付き合いが長い」
俺の心情を読み取ったかのように講釈を加え、ウィルトシャー級長が俺を見た。
「ああ、すまない。それで?」
「マーガレットから、緊急呼び出しの連絡蝶を受け取って行った指定の場所は、校舎からローズマリーが所属する寮までにある小道。図書委員の仕事を終えたローズマリーは、いつも通りマーガレットと護衛のシスルと共に歩いていたそうだ。その途中で突然、何か声が聞こえる、と言い出して、マーガレットにも聞こえないかと尋ねてきたと言う。自分には何も聞こえない、とマーガレットが答えた、その直後にローズマリーが消えたのだとマーガレットは言っているし、シスルもその状況を確認している」
「いつもの小道で突然消えた、というのか?何も無いのに?」
「ああ。特に何もなく、本当に忽然と消えたと言っている。マーガレットもシスルも、魔力は感じなかったと言っているし、僕も、ローズマリーが消えた、という場所で探知してみたが、魔力の残滓は感じられなかった」
魔力の残滓が無い。
それはつまり、魔力によるトラップを仕掛けられた可能性の低さを表す。
しかしそれは、この学園内であるということを考えれば、至極当然、と納得できることでもあった。
もちろん、上位の魔力保持者であれば術の足跡を消すことも可能だが、如何せん場所が悪すぎる。
講師はもちろん、学生のなかにも上位魔力保持者が存在するこの学園内。
つまりは、国内で王城に次いで狭い区域に上位魔力保持者が多く存在する場所で、誰にも探知されずに魔力によるトラップを仕掛けるのはかなり難易度が高い。
トラップを仕掛ける時点で探知される可能性の高さを思えば、それほどの危険を冒す必要性があるのかという問題が生じる。
犯罪に用いる為のトラップならば、なおのこと。
それとも、学園内に何か犯罪組織の内通者、もしくは首謀者がいて、時間をかけて施した術なのか。
それとも。
「もしかして・・・。いや、そんな・・・まさか」
俺は、恐ろしいその可能性に思い至り、顔が強張るのを感じた。
「ああ。ローズマリーが連れ去られたのは、<惑わせの森>の可能性が高いと、僕は考えている」
そして同じように厳しい表情を浮かべているウィルトシャー級長が、その言葉を口にする。
<惑わせの森>
それは、魔悪と呼ばれる、通常は実体を持たない邪悪な存在が、高い魔力を求めて時に具現化する魔の森で、そこに呼び込まれた人間は魔力を極限まで吸収され、その後放出されるらしいことは確認されているが、発生件数自体少ないうえ、放出された後、死に至ることも珍しくないため、その詳細は明らかになっていない。
「しかし、それにしてはローズマリーの指輪が何も反応していない」
そんな恐ろしい場所にローズマリーが囚われていると思えば、胸が塞がるほどに苦しい。
早く助けなければ、と気も逸る。
それでも、それほどの目に遭っていれば、即刻危険を俺に知らせる筈の指輪からは、何の通知も届いていない。
「そんな魔道具をローズマリーに持たせているのか、貴殿は」
ウィルトシャー級長から、何とも呆れたような、残念な者を見るような視線を向けられたが、そんな事に構ってはいられない。
「激烈桃色迷惑女も居ることだしな。用心に越したことは無いと思っている」
「激烈桃色迷惑女?ああ、マークル嬢のことか。確かに、それは必要だな」
俺もかなり、そこまでするのはどうなのか、と思われることをしている自覚はあるが、俺の言葉にあっさり頷くウィルトシャー級長もなかなかだと思う。
「ウィルトシャー級長。貴公は、ローズマリーが消えたという、その場所に行ったのだよな?そこに魔力の残滓は感じなかったとのことだが、ローズマリーの魔力も残っていなかったのか?」
「ああ。魔力の発動には誰より敏感なローズマリーが、咄嗟に防御を取れないほどの相手、というのはそう存在しない。もし襲われたのなら、ローズマリーは何かしらの防御行動を起こしたと思う。そして咄嗟に使ったのであれば、当然魔力を使った跡がある筈だ。だが、そんな気配はまったく感じられなかった。つまり、その時ローズマリーは危険を感じなかったのではないか、と僕は推測する。それもあって<惑わせの森>を疑ったのだが、僕ではローズマリーの居場所を探知することが出来なかった」
そう言って、ウィルトシャー級長は哀しそうな瞳になった。
「だが、貴殿なら。ウェスト公子息なら、ローズマリーを探し出せると信じている。その実力からも、そして・・・ローズマリーとの繋がりからも」
「ウィルトシャー級長」
「いずれにしても、この事実を知る人間は少ない方がいい。ウェスト公子息なら、ここからローズマリーの部屋へ転移魔法を使うことが可能だろう?そこなら、ローズマリーを安全に保護出来る。マーガレットとシスルにも、部屋で待機するよう伝えてある」
ウィルトシャー級長の言葉に、俺は彼がこの結界を張った、もうひとつの意味を知る。
女子寮は男子禁制。
その規則を破る、その共犯者になるとウィルトシャー級長は言っているのだ。
「判った。なら、急ごう」
ウィルトシャー級長の実力なら、俺が転移魔法を使うと同時に結界を解くことも可能だろう、と共にローズマリーの部屋へ行くことを当然と言った俺に、しかしウィルトシャー級長は首を横に振った。
「いや、僕は王都へ行ってポーレット侯爵に報告してくる。この件は、直接話をした方がいいだろうから」
宰相であり、ローズマリーの父君であるポーレット侯爵。
確かに、この件は俺たちだけで済ませていい問題ではない。
「しかし、失礼ながら貴公は転移魔法を使えないだろう?今から行くとなると、夜道を移動することになるが」
「一晩馬を走らせれば王都へ着けるだろう。その頃には、ローズマリーを無事救出した、という連絡蝶が貴殿から飛んで来ることを期待している」
馬の扱いには自信がある、相棒の愛馬も居るから夜道を走るのも問題は無い、と力強く言ったウィルトシャー級長を、俺は頼もしく見返した。
「済まないが、よろしく頼む」
俺が正式な礼をとれば、ウィルトシャー級長が複雑な顔をする。
「貴殿が、下位の存在である僕に正式な礼を執る、その理由がローズマリーというのは。婚約者という立場なのだから当然、と理解は出来ても、やはり複雑な思いがする。僕は、僕の意志で行動しているのだから」
ウィルトシャー級長の、ローズマリーへの想い。
そして、俺の。
お互いの、譲れない想い。
「気を付けて行ってくれ。そして、ポーレット侯爵に伝えて欲しい。ローズマリーは、俺が必ず取り戻す、と」
「信じている」
ローズマリーを託す。
その強い眼差しに頷きを返し、俺はローズマリーの部屋へと転移した。
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