『絶対却下!』と言い切る婚約者が、何故か切なそうです。
「あの、パトリックさま。ご心配なさらずとも、マーガレットもシスルも私の不利になるようなことを不用意に口外するようなことは無いと思いますが」
遮断の魔法。
つまりそれは、ここでの会話を完全に聞こえないようにした、ということで。
私としては、マーガレットとシスルを疑うということに納得できずに戸惑ってしまう。
「うん。ローズマリーがふたりを信頼しているのは知っているし、あのふたりが君を裏切るとも思ってはいない。でも今は君の部屋に他の誰かが訪ねて来ないとも限らない状況だからね。つまりは部外者への防衛だから許して欲しい」
真剣な表情で言うパトリックさまの言葉に、確かに普通の状態で拾ったのではないうえ、普通の犬とは思えないテオとクリアに何かあってはいけないと、私も真摯に頷いた。
「はい、そういうことであれば。承知いたしました」
「ごめんね。ありがとう。それで、君の侍女達が言っていた、ローズマリーが消えた、という事象だけれど。君の方では、そのとき、どういう感じだったの?」
「はい。あのとき私は、学園から寮へと向かって花壇脇の小道を歩いていました。その時には、本当にいつも通りの道で。マーガレットもシスルも、少し離れた所にいることを感じていました。
するとしばらくして何か声が聞こえて。それが『たすけて』という途切れ途切れの声だと気づいた頃に、突然森が目の前に現れて。引き寄せられるように森に一歩を踏み出したら、もうひとりになっていました。森へ入ってしまったのは、私ひとりだけだったのです」
私は出来るだけ判り易くなるよう、パトリックさまにあの不思議な体験を話す。
何だか夢中でよく判っていなかったけれど、私がした体験は非常に奇妙なものである、と話せば話すほど思われて、私はパトリックさまの反応が気になった。
気持ち悪い奴、とか思われていないかしら?
奇妙な森に入り込んで、泥だらけで突然帰還したのだ。
常人扱いされなくとも仕方ない、とは思うけれどパトリックさまにはそんな風に思って欲しくない。
テオとクリアを助けたことは、後悔なんて無いけれど。
思いつつ、私は森での体験をパトリックさまに話ししながらテオとクリアを繰り返し順番に洗い、すすいでいく。
特に敏感な器官のひとつである目を殊更丁寧に洗っていると、やがて油に塗れて閉ざされていた瞳がぱちりと開いた。
嬉しくて思わず話すのを中断し、パトリックさまの手にいるクリアを見れば、同じように瞳がぱちりと開いている。
「テオ!クリア!どう?見える?」
濡れている瞼にそっと触れながら聞けば、二匹は嬉しそうに揃ってしっぽを振った。
『見えるよ!ローズマリー!』
『さっきより、たくさん見えるようになったよ、ローズマリー!』
そして嬉しそうに言う二匹を抱き締めれば、パトリックさまも安心したように笑う。
「それで。ここまでの話を要約すると、ローズマリーは暗い森に迷い込んで、魔法で灯りを灯して進んで、やがてこの二匹を黒い沼で見つけて。で、自分が泥だらけの傷だらけになりながら救出した、ということでいいのかな」
そして言われた言葉に、私は半分首を傾げながら頷いた。
「そう、なのですが。救出した、というほど大したことはしていないです」
確かに、傷だらけ、とは言え、みみずばれと血が出るか出ないかくらいの擦過傷のみなのだし、救出、というほど大仰なことをしたわけではない。
「何を言っているの。立派な救出劇でしょ。でも、ひとつ疑問なんだけど。その沼で魔法は使えなかったの?灯りは灯せたんだよね?それなら、沼に嵌まり込まずとも行けたりはしなかった?」
パトリックさまに言われ、私はあの時の状況を思い出す。
沼にテオとクリアが嵌っているのを見つけて、枝に絡んで抜け出せないのだと思って、助けたくて沼に入った。
あら?
ちょっと待って。
そこで私は思い返す。
パトリックさまと釣りに行ったとき、私は川でどうしたか。
「・・・っ!嵌らずとも、魔法を使って沼の上を歩けばよかったのでは!?」
思い至り、私は絶叫した。
思い切り令嬢らしくない叫びをあげてしまった私は、遮断魔法に感謝の念を抱く。
「そのときは、全然思い至らなかった?」
「はい。全然、まったく、思い出しも考え付きもしませんでした」
馬鹿ですね、としょんぼりしつつ、私はきれいな白い毛になったテオとクリアを満足して見つめ、仕上げのためにこれまでとは違うボトルに手を伸ばした。
「そうか。でもそれは、ローズマリーが莫迦ということではなくて、試練だったのかもしれない」
「試練?」
ボトルから取り出した、とろりとした液をテオに丁寧に塗り込みながら聞けば、私からボトルを受け取ったパトリックさまも、そのとろりとした液を手に取り出す。
「そう。そもそも、この二匹・・・って!ローズマリー、この香り!君の髪と同じ香りじゃないか!」
そして、私と同じようにクリアにその液を塗り込もうとしていたパトリックさまが、突然叫んだ。
「え?あ、はい。私が使っている物なので。駄目だったでしょうか」
テオとクリアを洗う、と言っても動物用の石鹸や溶液を持っている訳ではなかった私は、自分が髪を洗うときに使っている液状の石鹸と保護剤を使ったのだけれど、よくなかったのだろうか。
テオとクリアの毛並みや肌を見てみるも、特に問題は無さそうに思うのだけれど。
「駄目に決まっているだろう!却下だ!却下!」
それなのにパトリックさまは、完全なる却下だと強く言い切った。
「でも、テオもクリアもきれいな白い毛並みになりましたから、これで保護剤を使えばしっとり艶も出ていいのでは、と思うのですが。それに肌も、特に傷んでいる様子はありませんし」
なので、人用の物でも大丈夫なのでは、と私は言ったのだけれど。
「そういう問題じゃない!さっきから、やけにいい香りだと思っていたけれど、まさか君が使っている物だとは。今回はもう仕方が無いけれど、次からは俺が用意するから、それを使って。ローズマリーのは二度とこいつらに使わないで。絶対だよ?もし使ったら、お仕置きだからね?」
え?
そこまで!?
私はぎょっとしてそう思ったのだけれど、何故か切なそうに手に取った保護剤を見つめるパトリックさまに、何も言えなくなってしまったのだった。
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