可愛いの集合体は、最強なのです。
「帰り道が、判りません」
行きよりも、何故か明るく感じる森ではあるけれど、どこをどう進んだら帰れるのかまったく判らない。
思えばここへ来たのも突然で、しかも偶然だったのだから、無理はないと言えばそうなのだけれど。
「困りました」
ぐるりと周りを見ても、似たような風景が続くばかりで、特に目印になるようなものも見当たらない。
「闇雲に歩くのは、危険だと思うのですが。この場合は、どうするべきなのでしょうか」
この場所を起点として歩いてみる、という手段を用いようとしても、目印が無いのでは危険かもしれないと思う。
しかし、いつまでもここに居る訳にいかないのは事実。
「くうん」
「くうん」
迷う私を労わるように見上げてくる二匹の瞳が愛らしく、潰れている片方がより痛々しく感じる。
「早く、きれいになりましょうね」
きれいに洗えば、きっと瞳も開くと信じて、私は二匹に頬を寄せた。
『ローズマリー。さがされているよ』
『ローズマリー。よばれているよ』
「え?」
テオとクリアの言葉に耳をすませた私は、二匹の声が直接脳に届くように響いていることに今更ながらに気が付いた。
「テオ?クリア?」
「くうん」
「くうん」
呼べば、二匹が嬉しそうに鳴く。
その声は、耳からちゃんと聞こえている。
『ローズマリー。おへんじして』
『ローズマリー。よびかえして』
けれどひとの言葉を話すとき、二匹の声は脳に直接届く、感じがする。
「お返事?呼び返す?誰に?誰を?」
探している、というのなら、マーガレットと護衛騎士のシスルだろうか、と思う私に二匹が身を擦り寄せた。
『えっとね。ローズマリーが、いちばんすきなひと』
『それでね。ローズマリーのことを、いちばんすきなひと』
パトリックさま。
テオとクリアの言う通りに名を呼ぶ相手は、パトリックさましかいない。
でも、パトリックさまは今頃政務で忙しくしていらっしゃる。
そして私は、パトリックさまの邪魔をしないと決めている。
そんな私の気持ちを知っているマーガレットが、いくら私が行方知れずになったからといって、そう簡単にパトリックさまに報告するはずがない。
だから、パトリックさまが私を探しているとは考えられない。
思う私に、テオとクリアが焦れたように足をばたつかせた。
『ローズマリーが、いちばんすきなのはだあれ?』
『ローズマリーを、いちばんすきなのはだあれ?』
「それはもちろん、パトリックさま・・・・っ!?」
急かすように言われ、私がパトリックさまの名を口にした途端、胸ポケットが光を放った。
驚き固まる私の前で、その光はやがて一筋の道を造る。
「ここを、行けばいいということ?」
「くうん!」
「くうん!」
肯定するように鳴くテオとクリアを抱き直し、私は一条の光の道を歩く。
来る時は確かに漆黒の闇のように暗い森のなかで、下生えが多く歩きづらかったはずなのに、そんな障害は何も無いかのように、私は滑るように光の道を進み。
「ローズマリー!」
酷く明るい場所に出た、と思った瞬間、逞しい腕に強く抱き締められた。
「パトリックさま」
温かな胸に、帰ってこられたのだ、と安堵した私は、はっとして腕のなかのテオとクリアを見る。
「ごめんなさい!痛かった?」
『へいきだよ!』
『だいじょうぶだよ!』
私の心配を不要というように、二匹揃って元気にしっぽを振ってくれる。
「ローズマリー。怪我はない?痛いところは?ああ、擦り傷だらけじゃないか。それに、こんなに泥だらけになって」
パトリックさまは、そう言って私の頬を撫でてくれるけれど、泥だらけの私を抱き締めてしまったせいで、パトリックさまも泥だらけになってしまった。
それに、私の頬に触ったことで、そこにまで跳ねていたらしい泥が指に付いてしまっている。
「申し訳ありません。パトリックさまも、泥だらけにしてしまいました。その指も」
「大丈夫だよ」
そう言うと、パトリックさまは洗浄の魔法をかけてくれる。
泥だらけだった私も、私が泥を落としてしまった、お気に入りの絨毯を敷き詰めた床も、私を抱き締めてしまったことで泥だらけになってしまったパトリックさまも、一気にきれいになった、のだけれど。
「あら?どうして?」
私の腕に抱かれているテオとクリアだけは、泥だらけのままだった。
「お嬢様!」
そのとき、マーガレットが泣きながら私に抱き付いて来た。
「マーガレット」
どうやらいつも通り傍に控えていたらしい、と周りを見た私は、壁際のいつもの位置でシスルも涙を浮かべているのを見、心配をかけてしまった、と思うと同時に、ここが寮の自室であると改めて確認して、首を傾げる。
ええと、学園から寮への小道を歩いていて、暗い森に行って、帰って来たら自分の部屋?
それは一体、どういうことなのでしょう?
「お嬢様、急に消えてしまわれて。これは尋常なことではない、とシスルと相談して、すぐにウィルトシャー様に助けを求めました」
自分に何が起こったのか判らず混乱する私に、マーガレットが泣きながら訴えてくる。
本当に心配してくれたのだろう。
その手が、私の存在を確かめるように肩に触れている。
「心配をかけてごめんなさい、マーガレット、シスル。それでは、ウィリアムにもわたくしが無事だと伝えなければなりませんね」
どうやらウィリアムにも迷惑をかけたらしい、と、私は早速連絡を、と思い指示しようと口を開きかけて。
「大丈夫。もう、連絡蝶を飛ばした」
パトリックさまに、頷きつつ伝えられた。
「お手数おかけしました」
「全然手数なんかじゃないよ。むしろ、君の侍女も護衛も、僕のところへ最初に来なかった、というのが気に入らないくらいだ」
紳士の微笑を浮かべるパトリックさまの目が少しも笑っていなくて、私は思わずマーガレットと視線を交わしてしまう。
「あの、それは。わたくしがいつも、パトリックさまのご迷惑になることを懸念していることを知っている侍女が、わたくしの意志を尊重してくれたのだと思います」
言えば、益々その目が眇められた。
「それこそ、いらない世話だと覚えておいて欲しい。判った?」
有無を言わせないその声の強さに、私は思わずこくこく頷いてしまう。
「うん、いい子だ」
そんな私の髪を満足そうに撫で、パトリックさまは私の目を覗き込んだ。
「ローズマリーが消えた、と聞いた時には生きた心地がしなかったよ。無事で本当によかった。でも、話は聞かせてね。その、仔犬たちのこととか」
パトリックさまは、裏の無い瞳で私に優しく微笑んでから、テオとクリアをやや厳しい瞳でじっと見つめた。
「くうん」
「くうん」
やっぱり、気になるのでしょうか。
普通の捨て犬を拾ったのとは、明らかに違う状況。
実際に行って来たにもかかわらず、あの森も沼も、どこにあるのかさえ私には説明できない。
マーガレットの話によれば、私は突然消えたらしいから、みんなの心配も一入だったと思う。
それでも、私はテオとクリアと一緒に居たい。
そのためにも、出来る限りの説明をしようと心に決めた。
「判りました。でも、この子たちを洗ってあげてからでもいいですか?」
甘えてくるテオとクリアを撫でながら言えば、パトリックさまが驚いたように目を瞠る。
「その言い方。もしかして、ローズマリーが自分で洗おうとしている?」
「はい、もちろん」
泥だらけのままのテオとクリアを抱いているせいで、私もまた泥だらけになりつつあるわね、と苦笑しつつ答えれば、パトリックさまが別の意味だろう、苦い笑いを浮かべるのが見えた。
「ローズマリーが洗わなくてもいいんじゃないか?」
「そうですよ、お嬢様。わたくしがいたします」
マーガレットも驚いたように言って、テオとクリアを抱き取ろうとする。
確かに、私の立場を考えればマーガレットに任せるべきなのだろう。
けれど私は、テオとクリアを自分で洗ってあげたいと思う。
「きちんと、責任を持ちたいのです。これから一緒に住んで、家族になるのですから」
意志を込めてパトリックさまを見あげれば、ため息と共に微笑まれた。
「まあ、ローズマリーならそう言うか。僕は、君のそんなところもとても好きなんだしね。でも、僕と一緒に洗うのが条件だよ」
それでも私の強い思いが伝わったのか、パトリックさまはそう言って私の頭に手を乗せる。
「え?あの、パトリックさまこそ、そのようなこ」
「なら、ローズマリーにも洗わせないよ?」
パトリックさまこそ、そのようなことをしていい立場ではない、と言いかけた私の言葉を攫ってパトリックさまが笑う。
笑っているけれど、私に拒否権は無い、ということが判る、その空気。
「・・・パトリックさま。お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
「うん。こちらこそ、よろしく」
結果、私がそう言えば、パトリックさまは心からの笑みを浮かべてくれた。
そして、優しい瞳でテオとクリアの頭をちょんとつつく。
「くうん」
「くうん」
テオとクリアも満更でもない様子でパトリックさまの指を受け入れ、気持ちよさそうにしている。
か、可愛いです!
そして私は、パトリックさまとテオとクリアという、可愛いの集合体に癒されときめいたのだった。
もちろん、誰にもばれないように、ひとりこっそりと。
ブクマ、評価ありがとうございます。
とても嬉しく、励みになります。
読んでくださってありがとうございます。




