婚約者は最強だと知りました。
「ね。ローズマリーは、俺がこんな砕けた話し方をするのはいや?ふたりの時でも俺とかって言われたくない?」
結局、迷いに迷ってたくさん買ってしまったオープンサンドセット。
そして、一緒に選んだジュースも複数。
それらをすべてひとりで持ち、軽々運んでくれながら、パトリックさまが私の方を見た。
「いいえ、大丈夫です」
当たり前のように会計もしてくれて、荷物も全部持ってくれているのが気になりながら、それでも私は当然と答える。
最初は驚いたけれど、これがパトリックさまの素だと思えば嬉しいくらいだと思う。
だから、そう正直に言えば。
「よかった」
パトリックさまは心底嬉しそうに笑った。
なんだろう。
凄く、あったかい感じがする。
その笑顔に気持ちがふわふわして、それでも全部荷物を持たせていることが気にかかる。
「あの、パトリックさま。重くないですか?ジュースも全部持たせてしまって」
たくさんのオープンサンドセットにジュース。
重さもさることながら、大変に持ちづらいだろうと私は必死に手を伸ばす。
「大丈夫だって言っているだろ」
けれど、さっきから行われてる攻防は私の負け続き。
「ですが」
こう言ってくれるのだから、任せてしまった方がいいのかとも思うけれど、どうしても気になってしまう。
出来ることは自分で。
そう言われて育ったからだろうか。
パーティなどの公式の場では大丈夫なのに、普段の生活のなかで甘やかされるのは落ち着かない。
「なら、ローズマリーももっと砕けた話し方をしてくれないか?」
「ええ、判りました・・・え?」
じゃあジュースだけでも持って、とでも言われたのだろうと何気なく答え、手を伸ばしてしまってから、私は今の会話の内容を咀嚼して青くなった。
「良かった。もうずっと、家で話しているときみたいに、『私』って言って欲しかったんだ。嬉しいよローズマリー。あ、外で私って言うのは俺限定でいいからね?」
けれど嬉しそうに言うパトリックさまに、今のはきちんと聞いていなかったが故の誤答です、とは言えず曖昧に微笑むことしか出来ない。
あら?
家で『私』って言っていること、どうしてパトリックさまが?
「あ、良かった。テーブル空いているよ、ローズマリー」
不思議に首を傾げかけた私の思考は、けれど嬉しそうに言うパトリックさまの声にかき消され、その周りの景色の美しさに完全に吹き飛んだ。
「凄い!きれい!」
中庭から少し離れた場所にあるそこは、色とりどりの花が咲き乱れて気持ちのいい風にそよそよと靡き、温かな陽光にきらきらと輝いている。
薔薇のように高貴な花は無いけれど、自然に近しい雰囲気で花々が咲いている様子、そしてその近くに設置されたテーブルと椅子は、なんとなく我が家の庭を思い出させた。
「よかった。この間アーサーと剣の稽古の場所探しをしていて偶然見つけたんだけど、人も余り来ないし、こういう場所、ローズマリー好きそうだと思って」
買って来たものをテーブルに置き、流れるように慣れた手つきでクロスを扱ってテーブルを拭き始めるパトリックさまに、私は慌てて手を伸ばした。
「わたくしがいたします!」
勢い余ってパトリックさまの手を掴みそうになりながらも、かろうじてクロスの端を持つことに成功した私がそう言えば。
「違うでしょ」
パトリックさまが何処か不機嫌そうにそう言った。
え?
これからテーブルをクロスで拭くのでは?
もしかして、違う、のかしら?
それとも何か、他のことをすべき?
「あの。すみませんパトリックさま。違う、とは?」
言わんとすることが判らず首を傾げた私に、パトリックさまが顔を近づける。
え?
なんだが、凄く、何と言うか。
「言葉。わたくし、じゃないだろう?」
吐息を感じるほどに近づいた、男らしくも端正な顔にどきどきして、ぼぼぼっと顔に熱が集まりそうになった私は、物凄く焦って言葉を発した。
「わ、私がします!」
パトリックさまって、物凄く格好いい!
きれいな瞳をしている、とか、端正なお顔立ちをしている、とは思っていたけれど、なんというか、こんな風に異性として格好いいと意識したのは初めてで、私は心臓の具合がおかしくなる。
氷!氷!氷!
とりあえず顔の熱を冷まそうと冷たい物を想像したのに、思考が貧相な私には氷一択しか思い浮かばなかった。
ああ、防御力低すぎ!
何にかは判らずに、それでも何となく負けた気持ちになった私の手に、パトリックさまがそっと手を重ねる。
大きくて、私の手よりずっと硬くて温かな、パトリックさまの手。
剣を、扱われるから。
ぼんやり思って、現状に顔が火を噴いた。
手、手、手が!
パトリックさまの手が、私の手に重なっている!
普段から、エスコートしていただくときは手が触れるのは当たり前で、繋ぐことも珍しくない。
初めて会った社交デビューのダンスの時には、もっと密着もしていたし、この間は膝に乗せられもした。
でも。
でも、なんか違う!
違うのです!
なんというか、私の気持ちが!
「テーブルを拭くのは俺がやるから、ローズマリーはオープンサンドの用意をしてくれる?俺、オープンサンドって自分でしたことないんだ」
パーティの軽食にもある、あんな感じだよね?
楽しみだな。
などと言いながら、パトリックさまが当たり前のようにクロスを使う。
その顔は自然体で、ひとりあたふたしている自分が恥ずかしくて、私は氷氷と心のなかで言いながらオープンサンドの用意をしていく。
どうか、私のどきどきがばれていませんように。
もしもばれていたら、恥ずかしくて死ねる。
そう思い、そっと祈ってパトリックさまを上目に覗き見れば。
「大丈夫だよ、ローズマリー。赤くなった君も、とても可愛いから」
ね、と瞳で優しく強く言われて私は撃沈した。
パトリックさま。
最強です。
ブクマ、評価凄く嬉しいです。
ありがとうございます。