婚約者と一緒に、釣りをします。
活動報告に、いただいた誤字報告へのお返事があります。
「もう、パトリックってばローズマリーなんかと一緒にいて。本当ならあたしと約束して、あたしを迎えに来るはずなのに。でも、わかってる。本命のあたしの前に、ローズマリーで練習したかったんでしょ?本当に照れ屋さんなんだから。でも大丈夫。ちゃんと許してあげるから。ほら、パトリックこっち来て」
可愛い笑顔でそう言う激烈桃色さん。
暫くパトリックさまと見つめ合っていた私は、動くこともせず激烈桃色さんへと視線だけを動かした。
「ちょっとローズマリー!いつまでパトリックに張り付いてんのよ!さっさと離れて!ね、パトリック、行こう?あたし、湖で舟にのりたい」
激烈桃色さんは、甘い瞳と声で強請るようにそう言って、パトリックさまへと手を伸ばす。
「パトリックさま?」
「ローズマリー。行くよ!」
激烈桃色さんの方を向こうともせず、私を見つめたままだったパトリックさまは、激烈桃色さんの手がパトリックさまに届く、と思ったその瞬間、激烈桃色さんの手を華麗に避けた、と思ったら私ににやりと笑いかけ、そのまま私の手を、ぐい、と力強く引くと勢いよく走り出した。
「なっ!ちょっと待って!」
そして、激烈桃色さんも焦った様子で追いかけて来る。
突然始まった、湖のほとりでの追いかけっこ。
幸い、この辺りにひとはいないけれど、湖に浮かんでいる舟には当然ひとが乗っている。
きっと、この状況は不思議だろうな、と思っているとパトリックさまが走りながら私を振り返った。
「ローズマリー。目的地、俺の好きに変更してもいい?」
「はいっ・・・大丈夫っ・・・ですっ!」
ぱ、パトリックさま、魔力も消費していないのに走るのとっても速いです!
きっとおひとりだったら、もっと速いのでしょう!
私に合わせて、スピードダウンしてくれているのは判ります!
とても助かりますし、ありがとうございます、なのです!
なのですが!
それでも。
それでも、すっごく速いです!
パトリックさま!
私、今、魔法も使わずに風と一体になっている気持ちがします!
脳内大混乱で懸命に足を動かしながら、それでも一も二も無く同意した私に、パトリックさまが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「本当に?どこに行くかも言っていないのに?」
「どこでも大丈夫ですっ・・・パトリックさまが一緒なら!」
走るのに集中しつつ、それでも精一杯の笑みでパトリックさまを見て、私は握られている手を更に強く握り返した。
「っ!・・・どこでも?それって・・・いやいや、理性理性・・・大集結だ俺の理性・・・頑張れ俺・・・負けるな俺・・・俺は狼じゃない・・・俺はうさぎ・・・俺はうさぎ・・・いや、うさぎも結構獰猛・・・」
「パトリックさま?・・・あのっ、どうか・・・っ!」
走りながら突然天を仰ぎ、何か呪文を唱え始めたパトリックさまに、息切れしながら大丈夫かと声を掛けようとした私は。
「え?・・・川?」
さきほどまで走っていた湖のほとりではなく、何故か川が見える場所に立っていてとても驚いた。
「邪魔が入ったからね。今日はここにしようかと思うんだけど、いい?」
「はい・・・ここも、とても素敵です」
何とか息を継ぎ、パトリックさまを見あげて頷いた私の手を引いて、パトリックさまが歩き出す。
こうして河原に下りるのは、初めてかも。
思いつつ周りを見渡す。
パトリックさまが連れて来てくれたのは、手前は浅瀬だけれど奥は深くなっていると思われる川で、近くとは言えないけれど、向こう岸が崖になっていて、土がむき出しになっているのが見える。
草や木がたくさん生えているのも見え、何より河原がとても広い。
川の水も周りの草木もとてもきれいだし、川に入って水遊びをしている人たちもいて、ここ全体が明るく楽しい雰囲気に満ちている。
「ここで、釣りをするのですか?」
「うん。まあ、この辺は水遊びしている人がいるから、もうちょっと離れようか」
邪魔してもいけないしね。
そう言ってパトリックさまは、少しだけ上流に位置を変えた。
「そういえばパトリックさま。釣り竿は?」
釣りをする、と言っているのに釣り竿を持っていないパトリックさまに、今更のようにそう聞いた私の前で。
「ああ。ここにあるよ」
パトリックさまは、にこにこ笑いながら、何もない空間。
自分の前に手を伸ばした。
「え?あの・・・えっ!?」
どういうことか、と首を傾げた私は突如出現した釣り竿にとても驚いた。
本当に突然、パトリックさまは釣り竿を握っていた。
まるで、そこにあった物を取り出したように。
「空間保管。俺の専用倉庫みたいなものだよ」
パトリックさまは何でもないことのように言うけれど、これは物凄いことなのではないだろうかと思う。
少なくとも私は、こんな魔法?魔道具?を見たことは無い。
「パトリックさまの、ご自宅の倉庫から転移させている、のですか?」
「いや。それも、やろうと思えば出来るけど、そうじゃなくて、これは直接空間倉庫に入れてあるんだ。その方が早いから」
「空間倉庫?ですか?それは、あの、空間に物が収納してある、ということですか?」
「うん、そう。ローズマリーは、理解が早いね」
「いえ。名前から言ってみただけで、仕組みも状態もまったく想像できません」
そこまでは全然判らないので理解できたわけではない、と焦る私の前でパトリックさまが嬉しそうに笑う。
「詳しい仕組みとか、興味があるなら今度きちんと説明する。これ、使えると便利だから」
楽しそうに言いつつ、パトリックさまは手早く釣りの支度を終え、川へと入って行く。
と言っても、魔法を使って水の上に立っているので、濡れることは無い。
「どうしよう?ローズマリーも一緒に行く?それとも、河原で何か遊べるようにしようか?」
「私も、一緒に行きたいです」
奥へと歩き出そうとして、はっとしたように振り返り、そう言ったパトリックさまに頷いて、私も川へと入る。
「流石」
パトリックさまと同じように水の上を歩けば、パトリックさまが嬉しそうに言って私の手を引いた。
「わあ。お魚がたくさん」
河原からはよく判らなかったけれど、川にはたくさんの魚が泳いでいて、見ているだけでもとても楽しい。
「目標は二尾。頑張るからね」
竿を振り、真剣な瞳で川面を見つめるパトリックさま。
その精悍さを引き立てる、白いコットン生地のシャツ。
そしてその襟にあるのは、私のブローチと対になっているタイピン。
今日は偶然、私もブローチを襟に着けていて、そこもお揃いのようで嬉しい。
きらきら光る川面。
きらきら光るパトリックさまの瞳。
すごく、きれい。
「あ、そうだ。ローズマリー、これを被っておくといい」
思っていると、パトリックさまがつばの広い帽子を取り出した。
「え?あの」
「気に入らない?」
戸惑っていると、パトリックさまが哀しそうに目を伏せる。
「いいえ、とても素敵です。ですが、私が使ってしまっていいのですか?」
香りのいい、乾いた草で編まれたそれは、シンプルな形だけれどアクセントのリボンがとても可愛い。
「もちろん。これは、ローズマリーのだからね」
言いながら、パトリックさまが私にその帽子を被せてくれた。
「うん、似合っている。可愛い」
そして、満足そうに私を見つめる。
「ありがとう、ございます」
恥ずかしくなりつつも、香りのいい帽子が、パトリックさまの心遣いが嬉しくて、パトリックさまの目を見つめ返して言えば。
「本当のことを言っただけだよ。ローズマリーは、本当に可愛いから」
パトリックさまが、そう言って結んでいる私の髪に触れた。
「いえ、あの。今のは、帽子を、ありがとうございます、という意味で」
優しい手つきと私をじっと見つめる瞳にどきどきして、私は視線を逸らしてはパトリックさまに戻す、という行為を繰り返してしまう。
「うん、知ってる」
「っ!」
それなのに、返ったそんな言葉に驚いて目を見開けば、パトリックさまは悪戯が成功した子どものような顔で笑っていた。
「また、からかいましたね?」
またもしてやられた、と、じと、とパトリックさまを見ても、悪びれる様子は微塵も無い。
「ローズマリーをからかったことなんて、一度も無いよ。もちろん、今も。ただ、ローズマリーは、反応もすごく可愛いと思っているだけで」
言いつつ、何事も無かったかのように釣りを再開するパトリックさま。
「うう。今、現在進行形でからかわれている気がします」
恨めしく言っても、嫌な気持ちは少しも無い。
むしろ、パトリックさまとの軽妙なやりとりが心地よく、楽しいと感じる。
「ローズマリーも、一緒に釣り竿持ってみる?」
「はい。やってみたいです」
釣り竿を持ったことなんて無いけれど、パトリックさまと一緒ならなんでもやってみたいと思う私は、躊躇うことなく頷いた。
「じゃあ、ここを両手で握ってみて・・・うん、そう」
一本の釣り竿を、パトリックさまとふたりで持つ。
当然のように重ねられたパトリックさまの手が力強い。
ふたりで持っている、とは言っても大して役に立っている気はしない。
それどころか、邪魔になっているのだろうと思う。
それでも、パトリックさまの手を離したくはない。
傍にいたい。
釣りに夢中になるパトリックさまは凛々しくも可愛くて。
私は、パトリックさまが目標の二尾を釣り上げるまで、飽きることなくパトリックさまを見つめ、堪能してしまったのだった。
ブクマ、評価ありがとうございます。
とても嬉しく、励みになります。
読んでくださってありがとうございます。




