トラップ色々、なのです。
「よし、じゃあチームごとに中へ入ってもらうからな」
『虹色のトマト争奪戦』のために先生が私たちを連れて行き、そう言って振り返ったのは、講堂前だった。
特別な<場>を用意する、と聞いていたので、てっきり何処か外出するのだと思ったのに、まさかの講堂。
意外に思うのは私だけではないらしく、みんなも動揺している。
こんな情報は、誰からも聞いていない。
「なんだ?<場>が講堂なんて聞いていない、って顔して。はは。驚くだろう?知らないと、そりゃあ驚くだろう?判るぜ。俺もそうだったからな。そして、皆一様に驚く。だから、<場>がどこに作られるのかは伝達しない。っていうことで。後輩、子孫を驚かせたかったら、お前等も黙っていろよ」
思っていると、にやりと笑って先生がそう言った。
「それにしても、お前等いい驚きっぷりだったぜ」
お蔭で教師の醍醐味のひとつを十二分に堪能できた、と先生が満足そうに笑う。
「んじゃ説明な。この講堂には今、特別な魔法が掛けられていて、扉の向こうは普段の講堂とは似てもにつかない別世界が広がっている。扉を開けるごとにそれぞれのスタートポジションに繋がるようになっているから、違うチームに混ざらないように気を付けろよ」
そして受けた説明は、更なる驚きを生むもので、私はまじまじと講堂の扉を見てしまった。
講堂が、特別な<場>?
それに、それぞれのスタートポジションに繋がる、とはどういうことかしら?
講堂なら、全体を歩いてもそれほどの距離は無いけれど。
「それから。それぞれのスタートポジションから中央までの距離と地理はもちろん、トラップの種類、トラップが仕掛けられている場所もまったく同じだから、そこら辺は安心しろ。それと、チーム編成のときに、成績とそれぞれの魔力や属性も偏らないように考慮してあるから、それも安心していい。まあ、作戦練ったんだから、それは判っているか」
ふむふむと言って、先生は扉に手をかける。
「じゃあ、フォルニアのチームから」
言われて、アーサーさまのチームの方々が扉の前に集合する。
「みんな、正々堂々闘おう」
アーサーさまが私たち、別チームの面々へ声をかけ、講堂へと入って行く。
「じゃあ、次、ウェストのチームな」
アーサーさまのチームを見送り、一度扉を閉めた先生が、そう言ってパトリックさまのチームを扉前に集めた。
「対戦を、楽しみにしている」
パトリックさまは、凛々しい表情で私たちのチームを見渡すようにそう言って、扉の向こうへと足を進める。
一瞬、私で視線を止めたのは勘違いではない、と思う。
ご武運を。
心のなかでそう言って、私は祈るような思いでパトリックさまの背を見送った。
「で、お待たせ。ウィルトシャーのチーム、お前らの番だ。中、どんな風になっているのか、入るのが楽しみだろう?」
パトリックさまのチームが入った後、再び扉を閉めた先生が、悪戯っぽい笑みを浮かべて私たちに向き直る。
「では、いってまいります」
ウィリアムが先生に挨拶し、私たちも先生へ頭を下げてから扉を潜る。
いつもの講堂ではない、とはどういうことなのかしら?
思いつつ扉を潜った私は絶句した。
「何ここ!?本当に講堂!?」
誰かの叫びに、みんな一様に頷く。
何と言うか、講堂へ入った私たちの前に広がっていたのは風が心地いい草原。
そしてその向こうには森が広がっているのが見え、頭上には晴天の空がある。
おまけに、足元には確かな土の感触。
横を見ても前を見ても上を見ても、ここが外でないなんて信じられない。
「これが、特別な<場>。草の香りもちゃんとするなんて凄いわ」
「ああ、驚きだな。そしてどうやら、目的地へ行くためには、あの森を抜けなければならないようだ」
私の呟きに、ウィリアムが手元の魔道具を見ながら答えた。
「この赤い点が目的地。<虹色のトマト>がある場所なのね」
ウィリアムの手元には、この<場>の地図が表示された魔道具があり、目的地が赤い点、私たちの現在地が緑の点で示されている。
緑の点はひとつ。
つまり、他のチームの情報は、無い。
「目的地までに森と川、平地がある。トラップの種類も数も判らないが、都度、冷静に判断し、協力し合って<虹色のトマト>を目指そう」
ウィリアムの言葉にみんな力強く頷き、予め考えてあった平地用の陣形で進んで行く。
「草原のトラップって何かしら?草が突然急成長する、とか・・・っ!」
誰にともなく言いかけたとき、私は頭上で熱源の魔力が大きく動くのを感じて、咄嗟に広範囲で水の膜を張った。
「火矢!」
間髪入れずに降り注ぐ幾本もの火矢が、水の膜によって消えていく。
飛んで来るのではない、無限に空から降って来るそれらは確実に私たちを狙っている。
「水の膜で防御しつつ、水魔法で迎撃!走りながら行くぞ!」
ウィリアムの声に一斉に走り出しながら、水魔法を使えないひとを陣の中心へ集め、火矢に当たらないように防御した。
「ウィリアム!草が、なんか変だわ!」
火矢の攻撃が小やみになったところで、私は足元の草が妙な動きをしているのに気づき、先頭を走るウィリアムにそう声をかけた。
途端、足元の草が一斉にうねって私たちの足に絡まろうと動き出す。
「させるかっ!」
その動きより早く、ウィリアムの風の刃が草を切断する。
そして、緑の属性の方が草の動きを止めている間に、全員全速力で草原を駆け抜けた。
「ローズマリーは、相変わらず魔力の動きに敏感だな」
森の入り口で、ウィリアムがそう言って笑う。
そう。
私は昔から、何となく魔力が作動するのを感じることが出来る。
何故か、ひとよりも早く。
「役に立つなら、嬉しいわ」
あんまり使いどころのない特技、と言ってもいいか判らないそれを、ウィリアムが褒めてくれて、それに周りも嬉しそうに同意してくれて、なんだか私は嬉しくなった。
「何かの、唸り声がするわ」
「これは、魔狼か?」
森に入ってすぐ、私が耳を澄ませるのと同時、ウィリアムも警戒を強めてそう言った。
「魔狼の群れ」
そうして、ゆっくりと進む私たちの前に、魔狼が一頭、また一頭と現れる。
魔狼もまた私たちを警戒しているのか、いきなり襲い掛かって来ることはしない。
「炎で、一気に全体攻撃かけますか?」
火を得意とする人たちが、そう言ってウィリアムを見た。
「いや。全体攻撃だと、森が一気に燃え上がる可能性がある。火力の小さな攻撃で各個撃破して、水魔法で万が一に備えよう。それから、撃ち漏らしたときのために防御を」
ウィリアムの言葉で、チームメンバーがそれぞれの役割に着く。
「焦らず、慎重にな」
声を掛けつつ、ウィリアムも火魔法の攻撃体勢に入る。
「大丈夫ですか?」
そんな中、私は隣で震えるチームメンバーに気づき、そっと声を掛けた。
「こ、怖くて。ごめんなさい」
「同じ、ですね」
「え?」
私が言うと、彼女は不思議そうに私を見る。
「わたくし、魔狼を見るの初めてなのです。ですから怖いですわ」
「でも、ローズマリー様は、とても落ち着いていらっしゃいます」
「それはきっと、みなさんと一緒だからですわ」
「みなさんと、一緒」
「ええ。独りだったら逃げています」
言いながら、私は小さく震える手をそっと取った。
「ローズマリー様。わ、わたくしも頑張り、ます」
「ええ。一緒に<虹色のトマト>を手にしましょうね」
そんな私の視界の端で、魔狼の群れが動く。
「みなさん、来ますよ!」
万が一の時には消火、そして防御、と身構えた私たち援護部隊は、しかし。
「うちのチーム、強いのですね」
と言い合い、頷き合うこととなった。
そして。
魔狼をそれぞれ一撃で仕留めた後も、油断することなく森を進んだ私たちは、今、大きな魔蛇が巨木からぶら下がるようにしながら下りてくるのを見ている。
「毒持ちかも知れない。息がかからないように、防御頼む」
ウィリアムの言葉に頷き、慎重に魔蛇と対峙する。
大きな口を開ければ、その中の鋭い牙と真っ赤な舌が見えて、思わず身体が震えた。
「野営だったら、今夜は蛇ステーキ、というところか」
巨大な魔蛇の前で鼓舞するように言って、ウィリアムが素早く作戦を告げ、みんなに了承を得る。
「では、行くぞ!」
そして、掛け声と共に攻撃班の先頭に立って魔蛇へと向かって行き。
「本当に、強いですね」
今回は、風の攻撃班の見事な連携で魔蛇を倒した。
「何と言いましょうか。魔力が温存出来て大変ありがたいです」
再び歩き出しながら私が言えば、援護に回っているみんなが苦笑と共に頷く。
「僕達だって、大して魔力を消費していない。後ろで援護してくれる、防御してもらえると思えばこそ、攻撃に集中できるんだ。こちらこそ、感謝している」
ウィリアムの真摯な言葉に、攻撃に加わった方たちが大きく頷いた。
「防御は、わたくしたちにお任せください」
「頼りにしている。な、みんな」
援護を主とするみんなと私が言えば、ウィリアムはそう言って攻撃を中心とするみんなと頷き合う。
こうして、私たちは危険な森を和気あいあい、というほど危機感が無いわけではないけれど、仲間がいる心強さに包まれて抜けきった。
「おお、大河」
森を抜けた先にあったのは、広くて深い河。
そして、遠くに何か、ぼんやりと霧の塊のようなものが見える。
「何でしょう?水煙が近づいて来るような気がします」
霧の塊に見えたのは水煙だったようで、何故かそれがどんどん近づいて来る。
「ああ。いや、あれは広範囲の水飛沫?何かいるぞ!」
遠くから近付いて来る謎の水煙、と思ったそれは、何かが集団で動いていることにより出来ている広範囲の水飛沫だった。
「魔魚!」
じっと河面を見つめていたチーム全員の声が重なる。
私たちの傍、河岸まで来た魔魚は、私たち目掛けて飛び上がり、強靭な顎と鋭い歯を見せつけるように威嚇してきた。
そのたびに見える、グロテスクな身体の形と色。
「夢見が悪くなりそう」
「同感です」
魔狼も魔蛇も強かったし、怖かった。
けれど、この魔魚には更に気持ち悪ささえ覚える。
それでも何とか協力し合って無事に河を越えた時には、言い知れぬ疲労を感じてしまった。
「今度は氷原」
そんな私たちの前に広がったのは、とてつもなく広い氷原。
「寒さまできちんと感じるんですね」
誰かの言葉に私たちは大きく頷き、火魔法を操って陣内の気温を調節した。
「氷原って何が出るんでしょう」
「アイスタイガーとか、でしょうか?」
ヘレフォードさまの言葉に首を傾げながら言ったとき、本当にアイスタイガーが私たちの目の前に出現した。
「え!?発生した!?っていうか生えたのか!?一瞬で!?」
それはもう本当に、一瞬にして発生したか生えたか、としか思えない出現の仕方だった。
走って来るのではなく、本当に突然そこに現れたのだ。
「防御壁を!」
ウィリアムの言葉に従い、私は数人のチームメイトと共に強固な防御壁を作る。
「凄い」
防御壁にアイスタイガーが突進し、体当たりすると、氷が割れるほどに地面が大きく揺れた。
「ローズマリー様。ありがとうございます」
その衝撃で倒れかけた仲間を支え、怪我の無いことを確認し微笑んで、再び、共にアイスタイガーへと向き直る。
「わざと防御壁を突き破らせて、その瞬間に攻撃を掛ける。ローズマリー、防御壁の強度の調節を頼む」
ウィリアムに言われ、私は攻撃班が体勢を整えるのを待って、防御壁の強度を下げた。
「突破されます!」
私が言うと同時、物凄い咆哮と共にアイスタイガーの巨躯が飛び掛かって来る。
「今だ!」
ウィリアムの合図で一斉攻撃がアイスタイガーの急所に集中し、その巨躯は一瞬の眩い輝きを残して消えた。
「今のは、転移魔法、でしょうか?」
「いや。恐らくは、予め仕組まれたトラップだろうな。先ほどの火矢もそうだが、僕達が近づいたら発動するようになっているのだと思う」
チームメイトに説明するウィリアムの声を聞きながら、私はパトリックさまの転移魔法を思い出していた。
パトリックさまなら、きっと転移魔法でこういうことも出来るし、あれだけの実力があれば、トラップを作ることだって容易なのでしょうね。
悪用したら大変なことが出来てしまいそうだが、パトリックさまは決してそんな事はしない。
騎士団からも、魔法省からも勧誘が来そう。
将来、パトリックさまはアーサーさまの側近となるのだろうけれど、兼任でいいから、と各方面から迫られる未来が見えたような気がした。
「また森」
そして、氷原を越えた私たちに待っていたのは、先ほどより鬱蒼とした森。
見るからに鬱蒼としていたけれど、入ってみるとそれは見た目よりも更に歩き辛い森だった。
道らしき道が無いうえ、密集した木々の枝が張り出していて行く手を阻む。
そして、顔や腕に当たる小枝が地味に痛い。
おまけに、地面がぬかるんで足を取られる。
私たちは気力を削られ、無言のまま一列になって、獣道とも言えないような草がはびこる場所をひたすらに歩いた。
「ここを越えれば、中央。<虹色のトマト>だ」
士気が落ちているのを感じたのだろう。
先頭を行くウィリアムが立ち止まり、後ろを振り返ってそう言った。
「あと、もう少しですね」
殿を務める私が言えば、みんなも気持ちを持ち直した様子で頷いてくれる。
「他のチームの動きは判らないが、森を抜けた所で、恐らくはチーム同士の闘いになる。魔獣や他のトラップとは訳が違うだろう。でもここまで、凄くいいチームワークで来られた。このままの調子で、<虹色のトマト>を、勝利を僕らが手にしよう」
「みんなで、勝利を」
ウィリアムが騎士のように胸に手を当てるのを見て、私も同じ動作をすれば、みんな次々に倣ってくれる。
「「「「「勝利を!」」」」」
重なった声と高揚感。
それを押さえるように深呼吸して、私たちは再び森を歩く。
木々が蠢き、地面が異様に盛り上がる。
巨大な魔蛙に遭遇したと思えば、無数の魔蜂に取り囲まれる。
誰が考えるのかしら?
こういうの。
思いつつも協力し合ってその種々の攻撃を躱し、迎撃しながら私たちは更に森を進み。
そしてとうとう、最終目的地へと足を踏み入れた。
森を抜けた先。
そこは、途轍もなく広い平地だった。
草はほとんど生えておらず、ただ乾燥した固い土の大地が広がっていて、その遥か遠くの中央に大きな祭壇のようなものが見える。
そこで陽光にきらりと光る何か。
「あれが、<虹色のトマト>」
思わず呟いたとき、私は私たちが抜けて来た森の左右にある森から、人が出てくるのを見た。
パトリックさま。
良かった。
その一方から出て来たのはパトリックさま。
怪我も無く元気なその様子に、ほっとする。
そして、別の一方から出て来られたのはアーサーさま。
リリーさまも、お怪我なく。
私は、アーサーさまの隣に立つリリーさまのご無事なお姿に胸を撫でおろした。
そして、三つのチーム全員が平地に立つ。
「同時、とは」
ウィリアムが口角をあげ、挑むようにパトリックさまとアーサーさまを見ている。
「怯むことも、焦ることもありません。全力で、みんなで、行きましょう」
アーサーさまもパトリックさまも、既に魔力を全開放しており、見たこともないような闘気に満ちている。
それは、ウィリアムの闘気を圧倒するほどに強い。
ウィリアム本人もそれを感じているのがその背から痛いほどに伝わり、私は、ウィリアムひとりではない、と言いたくて、みんなを振り返ってそう言った。
「そうだ。俺たちなら出来る。行こう、みんなで」
ヘレフォードさまも続いて力強く言ってくれ、みんなもそれに続く。
「行きましょう。私たちのキング」
自分の緊張も、みんなの緊張も解したくて、少し砕けた調子で私が言えば、ウィリアムが驚いたように私を見た。
「ああ、行こう。みんな、よろしく頼む」
けれど、次の瞬間には見惚れるほどに力強い笑みを見せ、ウィリアムは改めてアーサーさまやパトリックさまへと向き直る。
そして、同じようにチームで話をしていたアーサーさま、パトリックさまも同様に戦闘態勢に入られた。
私たち全員、目指すは、中央の祭壇で美しく輝く<虹色のトマト>。
それは、虹石で造られた見事な造形品。
そしてそれは、勝者の証。
何故トマトを模しているのか、は、判らない、のだそうですが。
ブクマ、評価ありがとうございます。
とても嬉しく、励みになります。
読んでくださってありがとうございます。




