側面のお話 <焼却炉事件> パトリック視点3
「僕が確認しましょう。美化委員で、焼却炉は使い慣れていますから」
焼却炉へ着くと、俺が何か言うより早く、積極的にヘレフォードが名乗り出てくれた。
俺は、焼却炉近くに陣取って、その様子をつぶさに眺める。
ローズマリー。
あと少し、辛抱してくれ。
ローズマリーが、どれほど不安な思いをしているのかを考えれば、俺も胸が潰れる思いがする。
それでも、今はローズマリーを大丈夫だと無為に抱き締めるのではなく、ローズマリーの無実を証明することが優先だと自分に言い聞かせ、俺はヘレフォードの報告を待った。
「ん?これは。確かに、教科書の燃え残りがありますね。そしてこれは、僕達が使うのと同じ教科書に間違いありません」
聞こえたヘレフォードの報告に、俺は無意識に唇の端が上がるのを感じた。
これで、激烈桃色迷惑女を、確実に追い込める。
「パトリック!あたし怖い!」
激烈桃色迷惑女が、そう言いながら俺に体当たりして来た。
ああ。
これがローズマリーだったら、全身全力で受け止め抱き締めるのに。
社交界で磨いたスキルで避けながら俺が思うのはそればかりだと、この激烈桃色迷惑女は理解できないのだろうか。
いや、出来ないから繰り返すのだろう。
もう幾度も俺やアーサーに避けられ、転びかけているのに、今も同じ行動を取ったのだから。
「なるほど。教科書が燃やされた、事実はあったね」
「ね?証拠もあるし、これでわかったでしょ?ローズマリーがあたしの教科書燃やしたんだ、って」
激烈桃色迷惑女は嬉しそうに言っているが、これだけでローズマリーが燃やした、という証拠になると、本気で考えているのだろうか。
俺は、教科書が燃やされた、事実だけは確認できたと言ったのだが。
意味さえも理解できていないらしい。
「ローズマリーが?間違いないのか?」
「うん。他にも色々、意地悪されてね」
鬱陶しく甘ったるい声でもじもじと言われ、俺は背筋に悪寒が奔るのを感じた。
ローズマリーなら、こんな甘ったるい声は出さない。
いやしかし。
ローズマリーに甘い声で甘えかかられたら、幸せなんじゃないか?
「目撃者を探そう」
思っていたら、毅然とした声が響いた。
ウィルトシャー級長のその言葉に、周りも大きく頷くなか、激烈桃色迷惑女が眦を吊り上げる。
「これでも信じない、って言うの!?あたしの教科書が燃やされたのよ!?犯人はローズマリー!ローズマリーがやったにきまってるのに!」
「ロミィは絶対にこんなことしない!」
「ウィル」
ん?
ちょっと待て。
『ロミィ』って、なんだ?
それに、『ウィル』?
激烈桃色迷惑女が叫ぶなか、俺は思わず冷気を発してしまった。
そんな呼び方、初めて聞いた俺は、これはローズマリーに詰問案件だと心に決める。
そうすると、ふとローズマリーと目が合った。
「?」
『もう少しだよ。大丈夫だから、安心して』の意味を込めて微笑むと、ローズマリーが不思議そうな目で俺を見てくる。
きっと、俺の行動の意味が判らず混乱しているのだろう。
でも、もう少しで判るから。
俺はその思いがローズマリーに届けばいい、と真摯に願った。
「わたくしも目撃者を探すべきだと思いますわ。だってマークルさん。あなたの言う色々な嫌がらせ、というのは先ほど教室で言っていたことでしょう?誰も信じたりしないわ」
とは言え、ローズマリーを早く安心させるにはこの事件を解決するしかない、と思っていると、ダービー副級長がウィルトシャー級長に同意する言葉を発する。
色々な嫌がらせ、か。
「教室で言っていた、というのは何か、聞いてもいいかな?」
恐らくは物語でのことなのだろう、と思っているとアーサーが小さく手を挙げて問いかけた。
「はい。アーサー殿下とパトリックさまが教室にお戻りになる前、マークルさんがおっしゃったのです。『Fクラスにいたとき、中庭に面した回廊で貶された』『噴水にこれから落とされる』と」
噴水にこれから落とされる?
噴水の話は、聞いたことがないな。
「その不快な・・・っ」
噴水に関してはこれから何か措置が必要かと考えていると、激烈桃色迷惑女にしな垂れかかろうとされ、婀娜っぽい笑みを向けられたアーサーが切れかけた。
「それで。教科書を燃やしたのは、確かにローズマリーなんだな?」
潮時だろう、と俺はアーサーを宥め、詰めの一言を激烈桃色迷惑女に掛けた。
アーサーの気持ちはとても良く判るが、激烈桃色迷惑女如きに荒げた声をあげることはない。
この女に、そんな価値は無い。
アーサーは不満そうに俺を見たが、俺の表情を見ると『何か策があるのか』と理解した様子で押し黙ってくれた。
王子殿下に不敬、と俺が言われそうな案件だと思う。
「うん!絶対そう!ローズマリーがあたしの教科書燃やしたの!パトリック、信じてくれて嬉しい!大好き!」
「そうか。なら、確かめよう」
ローズマリー。
今、君の無罪を証明するから。
思いを込めてローズマリーに目配せすると、ローズマリーは益々混乱した様子で何かを握りしめている。
否。
あれは、不安だから握り締めている、のか。
やはり、ローズマリーにはからくりを教えておくのだった、と後悔しつつ、俺は焼却炉の上方に仕掛けた魔道具を取り外した。
「これは、記録媒体。僕が創った魔道具だな。これに、映像と音声が記録されている」
「っ!」
俺が言うと、激烈桃色迷惑女が顔を引き攣らせ、後ずさった。
「そこまでしなくても!今回は許してあげる!」
そう言って逃げ出そうとする激烈桃色迷惑女の動きを封じようと、激烈桃色迷惑女を蹴る勢いで焼却炉に片足をかけたら、がんっ、と結構な音がしてしまった。
ローズマリーも見ているのに、失敗した。
乱暴な奴だと思われたかもしれない。
「いいや。こういうことは、はっきりさせた方がいい・・・逃げるなよ」
言った言葉も、脅しのようだし。
いや、確かに激烈桃色迷惑女を脅したのだけれど、ローズマリーには聞かせたくなかった。
そして映し出された魔道具の記録。
空中に映し出されるそれは鮮明で、激烈桃色迷惑女は申し開きも出来ないだろう。
完璧な証拠。
それに、俺は心から安堵した。
「ごめんね。不安にさせたよね」
そして、俺は漸くローズマリーの元へと歩き、その肩をそっと抱き寄せる。
言葉にできず、喉をひくつかせて涙をこらえるローズマリーが愛しい。
「ローズマリー。大丈夫。もう何も心配要らないよ」
大丈夫だと、優しく肩を包めば、その手に寄せられるローズマリーの頬。
俺の、幸せ。
「パトリック。お前また凄いもの創ったな」
ローズマリーのぬくもりを堪能していると、呆れたようなアーサーに声を掛けられた。
「ああ。必要になりそうだったからな。間に合って良かった」
満足だ、とローズマリーを見つめれば、思うところあるような瞳で見つめられる。
これは、気づかれているな。
俺がローズマリーに話を聞いて、それで創ったのだ、とローズマリーは悟ったのだろう。
こういう、聡いところも好きだと思っていると。
「嘘よ!こんなの知らない!なんなのこの道具!」
激烈桃色迷惑女が叫んだ。
「知らないのは当然だな。人前で披露するのは初めてなのだから」
言いつつ、俺は安堵していた。
物語の”パトリック”が創らないものを俺は創った。
それはつまり、物語の”パトリック”と俺は違うということ。
「パトリックがこんな物創るとか、知らない。そんな才能あるなんて設定無いのに。やっぱりおかしい」
「君が何を言っているのか、相変わらずよく判らないが。パトリックは昔から魔道具開発に長けていた」
激烈桃色迷惑女とアーサーの、噛み合わない会話。
それを聞いて、俺は益々嬉しくなった。
物語の”パトリック”にない特技を持つという俺。
そうだよな。
俺が魔道具開発に邁進したのって、ローズマリーが理由なんだから。
思えばそうだと、俺は安心した。
ローズマリーが案じるような、物語の強制力、というものは俺には関係ないだろう。
何せ、元が違い過ぎるのだから。
子どもの頃からこれほどローズマリーに執着している俺が、例え物語だろうと激烈桃色迷惑女になんか惹かれる訳が無い。
すっかり安心して、子どもの頃からローズマリー一筋だと大勢の前で惚気たら、またもローズマリーが不思議そうな顔になった。
しまった。
会ったこともないのに、子どものころから一筋、と言われても訝しいだけか?
焦っていると、聞き逃すことなど出来ない声が聞こえた。
「ローズマリーがウェスト公子息と婚約解消するようなことがあれば、殿下の前に名乗り出る人間がいるに決まっているだろう」
それは、貴様のことか、ウィルトシャー級長。
睨むように見れば、その黒瞳は真っ直ぐにローズマリーを見つめていた。
見逃せない、熱さをのせて。
「ウィルトシャー級長。生憎と、そんな機会は、一生、無い」
一言一言力を込めて、冷静に言い切っても、ウィルトシャー級長の瞳は揺らがない。
「ああ、それでは。皆いいだろうか」
睨み合う俺たちを宥めるようにアーサーが手を叩いて、注目を集め、そのまま騒ぎを終結させた。
ウィルトシャー級長は、やはり。
俺はウィルトシャー級長のローズマリーへの想いを確信した。
まあ、俺がローズマリーの婚約者、なのだからウィルトシャー級長に妬く必要なんてない。
必要なんてない、筈、なのだが。
愛称で呼び合っていた、というのは衝撃で。
正直、羨ましくて堪らない。
『ロミィ』
呼ばれて微笑むローズマリーは、天使の如く可愛かったに違いないのだから。
ブクマ、評価ありがとうございます。
とても嬉しく、励みになります。
読んでくださってありがとうございます。




