焼却炉事件の結末、なのです。
「僕が確認しましょう。美化委員で、焼却炉は使い慣れていますから」
焼却炉へ着くと、ヘレフォード様がそう申し出て焼却炉のなかを確認してくださる。
その様子を、私はアイリスさんとアイビィさんに両側から抱き付かれ、守られるようにしながら見守っていた。
リリーさまは、アーサーさまとしっかり手を繋ぎ合っていらっしゃるうえ、アーサーさまがリリーさまをしっかりと守るように、リリーさまに対しては優しく、激烈桃色さんには厳しい姿勢で立っていらして安心。
けれどパトリックさまは私の近くにいてはくださらない、というよりも、誰より焼却炉の近くに陣取っていらっしゃる。
私は、そんなパトリックさまの動きを不思議に思い、この後、誤解され、そのまま断罪されるのでは、という不安に押し潰されそうになりながら、その背を祈るように見つめていた。
「ん?これは。確かに、教科書の燃え残りがありますね。そしてこれは、僕達が使うのと同じ教科書に間違いありません」
そして聞こえたヘレフォードさまの報告に、私は強い衝撃を受けるけれど、なんとか堪え、姿勢を崩さずに済んだ。
伝わるのは、大地や空気の温かみと、アイビィさん、アイリスさんの受け止めてくれる強さと温かさ。
「パトリック!あたし怖い!」
勝ち誇った様子で激烈桃色さんが私を見、パトリックさまへと飛び込んで行けば、パトリックさまはいつも通り華麗に避けた。
それは、私が辛い幻想を見る間も無いほどの速さ。
そして続く、その言葉。
「なるほど。教科書が燃やされた、事実はあったね」
「ね?証拠もあるし、これでわかったでしょ?ローズマリーがあたしの教科書燃やしたんだ、って」
避けられ、転びかけたにもかかわらず、激烈桃色さんは瞳を輝かせてパトリックさまを見ている。
「ローズマリーが?間違いないのか?」
「うん。他にも色々、意地悪されてね」
俯き加減に訴える声は甘く、パトリックさまへと上目を向ける様子はとても可愛らしい。
パトリックさまも、可愛い、って思うわよね。
でも、さっきのウィンクは何だったのかしら。
思えば哀しくも混乱して、私は胸のブローチにそっと触れた。
「目撃者を探そう」
毅然としたウィリアムの言葉に、周りは大きく頷いたけれど、激烈桃色さんは眦を吊り上げる。
「これでも信じない、って言うの!?あたしの教科書が燃やされたのよ!?犯人はローズマリー!ローズマリーがやったに決まってるのに!」
「ロミィは絶対にこんなことしない!」
「ウィル」
ウィリアムの叫びに、私も思わず子どもの頃の愛称で呼んでしまう。
瞬間、パトリックさまが冷気を発したようだったけれど、一瞬で消えてしまったからよくは判らない。
やっぱり、私を疑っているのかしら?
思うけれど、目が合えばパトリックさまはやわらかく微笑んでくれて、私を疑っているようには見えない。
「わたくしも目撃者を探すべきだと思いますわ。だってマークルさん。あなたの言う色々な嫌がらせ、というのは先ほど教室で言っていたことでしょう?誰も信じたりしないわ」
アイビィさんの言葉に、アーサーさまが小さく手をあげた。
「教室で言っていた、というのは何か、聞いてもいいかな?」
「はい。アーサー殿下とパトリックさまが教室にお戻りになる前、マークルさんがおっしゃったのです。『Fクラスにいたとき、中庭に面した回廊で貶された』『噴水にこれから落とされる』と」
アイビィさんが言えば、アーサーさまが渋い顔になる。
「回廊の一件は、ローズマリー嬢とリリーの方が被害者だよね。それに、噴水にこれから落とされる、というのはどういうこと?」
「言葉通りよ、アーサー。これから落とされるの。だから守ってね」
そのアーサーさまの問いに答えた激烈桃色さんが、アーサーさまにしな垂れかかろう・・・として躱される。
「どんな思考回路だ。それでよく、教科書をローズマリー嬢に燃やされたと言い切れたな。いや、そういう思考回路だからこそ、なのか?」
「だって、それが正解だから。ふふ。アーサーってば。無理しないで、あたしの傍にいてくれればいいのに」
呆れたように言うアーサーさまに、激烈桃色さんがにっこりと、花が開くような可愛さで笑顔を向けた。
「その不快な・・・っ」
「それで。教科書を燃やしたのは、確かにローズマリーなんだな?」
厳しい表情で何か言おうとしたアーサーさま。
その肩に、心沈めるように、とでもいうように、ぽん、と手を置き、パトリックさまが激烈桃色さんへと問いかける。
私が燃やした?
いいえ、燃やしてなんていないわ。
でも、パトリックさまはそう思っているの?
パトリックさまが私を疑っているかも知れない。
そう強く思った途端、私の心は動揺し、心臓が激しく動き出す。
どきどきが、止まらない。
心臓が、口から出そうに、ばくばくと動く。
落ち着いて。
落ち着くのよ、ローズマリー。
どきどきする心臓、ざわめく心を沈めるように、私は胸元のブローチを握りしめた。
手に当たるいるかのしっぽ。
その角が、少し痛い。
「うん!絶対そう!ローズマリーがあたしの教科書燃やしたの!パトリック、信じてくれて嬉しい!大好き!」
「そうか。なら、確かめよう」
けれど、満面の笑みで心から嬉しそうに笑う激烈桃色さんに対し、パトリックさまは意味ありげに口の端をあげると、私へと目配せして来た。
安心していいよ、とでもいうようなその温かさに、私は先ほどの、教室でのウィンクを思い出す。
ええと、パトリックさま。
どういうことでしょうか?
それでも意味が判らず私が首を傾げていると、パトリックさまは焼却炉の上方へ手を伸ばし、魔力を使って何かを取り外した。
「これは、記録媒体。僕が創った魔道具だな。これに、映像と音声が記録されている」
「っ!」
パトリックさまの説明に、激烈桃色さんが顔を引き攣らせて後ずさる。
「そこまでしなくても!今回は許してあげる!」
「いいや。こういうことは、はっきりさせた方がいい・・・逃げるなよ」
がんっ、とパトリックさまの足が伸びて焼却炉にあたり、走り出そうとしていた激烈桃色さんの行先を塞いだ。
それに呼応するように、クラスの皆さんが激烈桃色さんを取り囲む。
そして空中に映し出された映像には、私を貶しながら激烈桃色さんが教科書を燃やす姿がはっきりと映っていた。
「自演したな」
アーサーさまが鋭い瞳で激烈桃色さんを見る。
そして、パトリックさまが私へと歩み寄って、ゆっくり肩を抱き寄せた。
「ごめんね。不安にさせたよね」
何か答えようにも言葉は出せず、喉に何かが詰まったように熱い涙が込み上げる。
それでもひたすらに涙を堪え、懸命に首を横に振れば引き寄せられ、感じるのはパトリックさまの温かさ。
「ローズマリー。大丈夫。もう何も心配要らないよ」
何も声にはできないままその肩に寄り掛かれば、優しい声とぬくもりが、胸に染みる。
断罪されたくない。
パトリックさまに、嫌われたくない。
想いが溢れて、私は肩に回されたパトリックさまの手に頬を寄せた。
「パトリック。お前また凄いもの創ったな」
少し呆れが滲んだような、アーサーさまのお声。
感動していい筈の魔道具の発明で、こんな言い方をされるのも珍しいと思う。
「ああ。必要になりそうだったからな。間に合って良かった」
それでも、パトリックさまは不満に思う様子もなく、それどころか満足そうに私を見て微笑んだ。
もしかして。
物語のなかにこういう場面がある、と私が言っていた、から?
思うも、この場で尋ねるわけにもいかず、ただパトリックさまを見あげていると。
「嘘よ!こんなの知らない!なんなのこの道具!」
激烈桃色さんが叫ぶのが聞こえた。
知らない?
焼却炉で教科書が燃やされることは知っていたのに?
「知らないのは当然だな。人前で披露するのは初めてなのだから」
激烈桃色さんの叫びを不思議に思っていると、パトリックさまが冷淡に答えた。
「あ、ローズマリー。心配しなくても、ちゃんと魔法省の承認は済んでいるよ」
そして、私に向けられる、言い訳じみた言葉と優しい瞳。
「そうか、それは良い。これも、大いに世の中の役に立つだろう。パトリック、働けよ」
パトリックさまの言葉に、アーサーさまがにやりと笑う。
「パトリックがこんな物創るとか、知らない。そんな才能があるなんて設定無いのに。やっぱりおかしい」
「君が何を言っているのか、相変わらずよく判らないが。パトリックは昔から魔道具開発に長けていた」
激烈桃色さんの呟きに、懐かしむような瞳をされたアーサーさまが、パトリックさまをご覧になる。
「昔から!?もう。何かよく判んないけど、まあいいや。ねえ。それで、パトリックはいつ、ローズマリーとリリーを交換するの?ローズマリーにも言ってるけど、早くしないとストーリーがどんどんおかしなことになっちゃう。今回も、こんなおかしな道具があるし」
そんななか、心底不思議そうな様子で激烈桃色さんがパトリックさまに問いかけた。
今回の騒ぎのことなど、既にどこか遠くへ忘れ去ったような、その態度。
ええと、この騒ぎの発生源は激烈桃色さん、だった気がするのですけれど?
というか、本当に魔道具のことは知らないのかしら?
それならばやっぱり、パトリックさまが私の話を聞いて事前に用意してくれた、ということ?
「マークルさん。貴女、自分がこの騒ぎの犯人だと判っています?リリー様、ローズマリー様のご実家から、お父上のマークル男爵が糾弾されるのも覚悟しておいてください。それから当然、先生にも報告しますからね。それといい加減、不敬な発言はおやめなさい。これほどの不祥事を起こしておいて、まだ言い募るつもりですか」
厳しい瞳でアイビィさんが言う言葉に、周りが同意を示して大きく頷く。
「あのね。もう、それどころじゃないんだ、って。さっきから言ってるけど、今の状態はおかしいの。パトリックはね、許嫁とはいえ会ったこともないローズマリーより、アーサーの婚約者のリリーを好きになって、リリーもアーサーより大事にしてくれてしょっちゅう会ってくれるパトリックを好きになって、で、パトリックの婚約者はリリーになるの。それで、アーサーはローズマリーと婚約し直すのよ。学園の入学前にはもう、そうなってるはずなの」
「不敬罪で捕らえられたいのか!?」
ウィリアムが叫ぶように言っても、激烈桃色さんは止まらない。
「だって本当のことだもん。アーサーとリリーが仲いいとか、パトリックとローズマリーが親しいとか、そんなの変なの。みんなが知らないだけよ」
私が正しいのに、と拗ねたように唇を尖らせる激烈桃色さんはとても可愛いけれど、それは事実と異なる。
「それは違うのではありませんか。わたくしが、パトリックさまとつい先頃までお会いしなかったのは事実ですが、アーサーさまとリリーさまは、ご幼少の頃からよくご一緒にいらっしゃいますよ。もちろん、今現在も」
激烈桃色さんがそう思うのは、きっと物語のせいだけれど、と思いつつ私が言えば、アーサーさまが大きく頷かれた。
「僕が望むのは、幼い頃からリリーだけだ。子どもの時分からよく一緒に遊んだし、今は共に勉学に政務に邁進している。今も昔も、そしてこれからも共にある、僕のただひとりの妃こそが、リリーだ」
しっかりとリリーさまの肩を抱いての宣言に、ほう、とため息が辺りから漏れる。
「僕も子どもの頃からローズマリー一筋。リリー嬢とは、ふたりきりで会ったこともない」
子どもの頃から?
絵姿でも見て、気に入ってくれていたのかしら?
にこにこと私を見つめて言い切るパトリックさまに、私はそんな感想を持った。
「だから、それがおかしいんだ、って。本当なら、パトリックはローズマリーと婚約解消してリリーと婚約し直して、パトリックに婚約解消されたローズマリーは、」
「ローズマリーがウェスト公子息と婚約解消するようなことがあれば、殿下の前に名乗り出る人間がいるに決まっているだろう」
パトリックさまは私と婚約を解消してリリーさまと、アーサーさまはリリーさまと婚約を解消して私と婚約し直す、という理解し難い説を再び唱えようとした激烈桃色さんの言葉を遮ったのは、ウィリアムだった。
「ウィリアム?」
静かなのに、燃えるような黒い瞳。
その瞳が、真っ直ぐに私を見据える。
「ウィルトシャー級長。生憎と、そんな機会は、一生、無い」
そして、そんなウィリアムにかかる、パトリックさまの低く冷たい声。
やっぱり、このふたりの間、というか多分家での確執が何かある、と私は常には見ないふたりの瞳に胸が痛んだ。
「ああ、それでは。皆いいだろうか」
ぱんぱん、と手を叩いてアーサーさまがみんなの注意を集める。
「思う所は色々あると思うが、この件は一旦これで解決、ということでいいだろうか?報告へ行くにも、時間も時間だから、とりあえず今日のところは、証拠の魔道具を持ってウィルトシャー級長とダービー副級長に行ってもらい、その後の判断を学園側に託す。もちろん、皆にも言いたいことはあるだろうし、後日この騒動の証人になってもらう必要はあると思うが、それはまた改めて、ということで」
アーサーさまの言葉に、ウィリアムもアイビィさんも他の皆さんも頷き、みんなそれぞれ動き出す。
その先頭に立って、指示を出しているウィリアム。
そのてきぱきとした級長らしい姿に、先ほど見せた苛烈さは微塵もない。
それは、つまり。
パトリックさまに対してだけ、ああなる、ということ?
もしかしたら、他にもいるのかも知れないけれど、とウィリアムを見つめていると。
「ローズマリー。ふたりで、じっくり、話をしようか」
パトリックさまが、それはもう素敵な笑顔で私を見て、そう言った。
笑顔なのに、身震いしそうなその瞳。
なんでしょう。
最後の審判、を受けるような気持ちです。
ブクマ、評価凄く嬉しいです。
読んでくださってありがとうございます。




