昔馴染みの思いやりに感謝、なのです。
などと、私が昨日の出来事をかいつまんで語るついで、思い出に浸っていると。
「ちょっと待ってよ!樹液を飲んだ!?それって完全にイベントじゃん!しかもその前に、王都のカフェでアーサーとリリーがデートしてたってこと!?それおかしいでしょ!そんな仲いいわけないんだから!」
激烈桃色さんが、地団駄を踏んで叫んだ。
「アーサーさまとリリーさまは、仲睦まじくていらっしゃいます」
それでも、それが事実だと私は思うことを口にする。
「だから!それじゃ駄目なんだ、っての!」
「駄目、とおっしゃられましても」
「それが事実で真実だ。いい加減、君の妄想に僕らを巻き込むのはやめてくれ。迷惑極まりない」
パトリックさまが、私の肩に手を当て冷静に言った。
それはあの、冷たい瞳を彷彿とさせる声音。
ひっ!
やめておけばいいのに、私はパトリックさまを見あげ、激烈桃色さんに向けられた予想通りのその瞳の冷たさに竦みあがった。
絶対零度!
思わず心のなかで叫んでしまう。
それはもう、パトリックさまの必殺技なのではないか、と思うほど。
「もう、パトリックってばまたそんなこと言って。本当はあたしを好きなくせに」
それなのに激烈桃色さんは怯える様子もなく、甘えた声でパトリックさまに抱き付くように身体を寄せ・・・ようとしてすげなく躱された。
「あの。そのアクセサリー、僕達も真似していいでしょうか?もちろん、絵柄や色硝子は違うものにしますので」
そんな激烈桃色さんを余所に、ヘレフォードさまがきらきらとした目でアーサーさまとパトリックさまに尋ねた。
その隣には、同じように目を輝かせたアイリスさんがいる。
「もちろん、構わないよ。僕たちだけのもの、と言う訳ではないのだから。ね、リリー」
「ええ。もちろん、大丈夫ですわ」
そして、リリーさまに問いかけるアーサーさまにリリーさまが微笑んで答えられれば、ヘレフォードさまとアイリスさんの期待の目が、パトリックさまに向かう。
「僕も、もちろんいいよ。ローズマリーはどう?」
「はい、問題ありません。色々な絵柄や色硝子の組み合わせがありましたから、選ぶのも楽しいと思います」
パトリックさまは丁寧に尋ねてくれたけれど、当然私に否やなどあるはずもない。
一緒に選ぶ時間も楽しいから、と私は心込めて言った。
「「ありがとうございます!」」
その答えにヘレフォード様とアイリスさんが声をそろえてお礼をいい、嬉しそうに微笑み合う。
それに呼応するように、あちこちから、僕らもあのアクセサリーを、とか一緒に樹液を飲みに行こう、なんて声が聞こえてくる。
みんな、仲がいい。
凄く嬉しくなってパトリックさまを見あげれば、パトリックさまも微笑み返してくれる。
絶対零度ではない、その温かな瞳。
それがとても幸せで、周りの空気も幸せで、私はほかほかとした気持ちになった。
「ああ、もう!ローズマリー、あんたほんとに、その呑気面やめて!悪役らしくして!それで早くパトリックに捨てられてよ!そうしないと物語が始まらない、って昨日も言ったでしょ!」
そのやわらかな空気のなか、ひとり面白くなさそうに激烈桃色さんが叫ぶ。
「マークル。お前、ここに居たのか」
そのとき、呆れたような声がして担任の先生が教室に入って来た。
いつもは予鈴で全員席に着き、その状態で先生を迎えるのに、今日は騒ぎ過ぎて予鈴を聞き逃したかと、私は慌てて背筋を伸ばす。
「じゃ、ローズマリー。また休憩時間にね」
ずっと傍に居てくれたパトリックさまも、ぽん、と私の肩を叩いて歩き出し、他の皆さんも一様に自分の席へと戻った。
「ああ、まだ予鈴前だ。大丈夫」
そんな私たちに苦笑して先生が言った時ちょうど予鈴が鳴り、先生は厳しい瞳を激烈桃色さんに向ける。
「俺がなぜ、予鈴前にここへ来たか。マークル、ここへ来て説明しろ」
「ええ。授業だからじゃないんですかぁ?」
先生を前にしても、激烈桃色さんに焦る色は無く、のろのろと気怠そうな様子で、教壇に立つ先生の傍に立った。
「マークル。今日はAクラス初日だから、一緒に教室へ行くと言ってあったよな?それで、直接教員室へ登校させた。それなのにお前は突如いなくなった。しかも鞄、教員室に置きっぱなしで。そんなことをされれば、こちらは心配するし、探しもするとは考えなかったのか?」
苦虫を噛み潰したように、先生が自ら持ってきたらしい鞄を教壇に置く。
「だって、アーサーとパトリックが早くあたしに会いたいだろうと思って」
先生に心配をかけ探させてしまった謝罪をするでもなく、鞄を持って来てもらったお礼を言うでもなく、激烈桃色さんが甘い声で言った。
「虚言です」
「妄言に迷惑しています」
途端に飛ぶ、アーサーさまとパトリックさまの否定の言葉。
「ふたりともこう言っているが?」
「いやだな、照れてるだけに決まってるじゃないですか」
そんなことも判らないのか、と先生に言いながら、アーサーさまとパトリックさまに向けてだろう、激烈桃色さんが流し目をして小さく手を振った。
「ふたりのあの顔が見えていないのか?いいかマークル。他人に迷惑をかける言動をするな。もっと周りのことを考えて行動しろ」
先生の言葉に、激烈桃色さんが、ぷう、と膨れる。
「あたしが貴族に慣れてないからっていじめるとか」
「貴族としての常識以前の問題だ。お前には一般常識すら欠けている」
「いいもん、今のうちに言いたいだけ言っておけば?そのうち、あたしに夢中になったアーサーとパトリックにやられ返されるんだから」
強気に言う激烈桃色さんに疲れた様子で時計を見た先生が、激烈桃色さんに机と椅子を運んで来るよう指示した。
「ええ?あたしが運ぶんですか?」
「昨日の放課後、Fクラスから他の私物と一緒に運ぶように言われていたのを忘れたのか?用務の方が手伝ってくれるから、早く運び出せ。本来なら昨日だったものを、お前がすっぽかしたから、それならばと今朝済ませようと思ったのに、またも逃亡したせいで用務の方も散々に振り回されている。もちろん、俺ら教師もな。お前は、あちこち迷惑かけている自覚をもて」
先生はそう言うと、早く行けと激烈桃色さんを教室から追い出す。
廊下からは、『早くしないと、授業が始まってしまいます』という、用務の方のものらしい声がした。
その後、持って来てほしい、という激烈桃色さんの甘い声もしたけれど、即座に却下され、それでも何かを訴える激烈桃色さんの声が急速に遠くなった。
本鈴まで、あと少し。
せめて授業前に、Fクラスから机と私物を持ち出せるといいけれど。
Aクラスに激烈桃色さんが机を運び入れる頃には、もう授業開始時間を過ぎているだろうな、と私が思っていると。
「ローズマリー」
隣のウィリアムが、声を潜めて呼びかけてきた。
「なあに、ウィリアム」
それに答え、ウィリアムを見ればその黒い瞳が真っすぐに私を見ている。
「何かあったら・・・いや、何もなくても僕を頼ってくれ。話せば楽になることもあると思うし、婚約者に言い辛いこともあるだろうから。だって彼女、随分と激しい性格みたいだし、ウェスト公子息を狙っているのだろう?」
ウェスト公子息、パトリックさまも物語ではアーサーさま同様激烈桃色さんに夢中になるのだと聞いている。
今はそんな気配もないけれど、もしそういうことになったらという不安は拭いきれない。
「ありがとう、ウィリアム。そのときはよろしくね」
もし婚約を破棄されて泣き言を言っても、きっとウィリアムなら呆れることなく慰めてくれるのだろうな、と幼い頃から変わらず思いやってくれることに感謝して、私はこくりと頷いた。
ブクマ、評価すごく嬉しいです。
読んでくださってありがとうございます。




