市にて色々大変、なのです。
「もう、パトリックったら!恥ずかしいからって避けないでよ!」
パトリックさまに勢いよく突撃した激烈桃色さんは、パトリックさまが華麗に彼女を避けたことで着地点を失い、たたらを踏んでなんとか止まった。
「君は、他人への迷惑、というものをもっと学んだ方がいい」
言いつつ、パトリックさまが、自分が激烈桃色さんを避けたことで周囲に迷惑が及んでいないことを確認しているのを見て、私もそれに倣う。
「移動した方がいいでしょうか?」
今現在は、周囲への迷惑に辛うじてなっていないけれど、このままここに居ては邪魔になるだろうと、私はパトリックさまを見あげた。
「うん、そうだね。アーサーたちもあそこに居るから、行こうか」
「はい」
パトリックさまの視線を追えば、アーサーさまとリリーさまがこちらを案じるように見ていらっしゃる。
大丈夫です、リリーさま!
今、そちらへ参ります!
ほら、とパトリックさまが差し伸べてくれる手を取りしっかり繋いで、急く気持ちのまま歩き出そうとした私は、激烈桃色さんが、隣を歩くパトリックさまの前に立ちふさがるのを見た。
「もう、照れ過ぎでしょ!でもちゃんと許してあげるから大丈夫!アーサーも一緒がいいならそれでいいから。ほら、早く行こう?パトリック」
そうして可愛く甘えた様子で、私と手を繋いでいるのとは反対側のパトリックさまの腕に自分の手を絡めよう・・・として、するりと躱される。
パトリックさま、お見事です。
もしかして慣れているのでは、と思うほどに見事なパトリックさまの躱しように、私は思わず心のなかで拍手した。
「ちょっと!どうして避けるの!?ローズマリーとは手を繋いでるのに!ローズマリー、何なのよその呑気面!あんた邪魔なの!いいから悪役令嬢の役目を果たさない邪魔者はさっさと消えなさいよ!ほら早く!」
パトリックさま、躱し方のプロなのでは、なんてことをのほほんと考えていたのがばれたのか、私の表情が至極不満だったらしい激烈桃色さんは私を睨みながら地団駄を踏む。
しかも、膝を高くあげて。
ああ、だからそうするとスカートが。
今日の激烈桃色さんは、膝丈ぎりぎりのスカートをはいている。
それは、制服のスカートよりも短い。
つまり。
そんなに跳ねては、太腿までも見えてしまいますよ!
思って私は焦るのに、激烈桃色さんは気にする様子もない。
「邪魔なのは、ローズマリーではなく君だ。僕らにも周囲にも」
そして、そんな激烈桃色さんに苦言を呈するパトリックさまの声の低さに驚いた私は、更にパトリックさまの目を見て戦慄した。
こんな冷たい瞳、見たこと、ない。
思い、私は足が竦むのに、激烈桃色さんは気づく様子もない。
「ねえ、パトリック。あたし、欲しい物があってね」
それどころかパトリックさまに擦り寄ろう・・・として失敗し、それでもめげずに繰り返し突進しながら何かを強請っている。
ある意味、凄いかも。
「ローズマリー。行くよ」
私だったら泣いてしまいそうな状況にもかかわらず、果敢に攻め続ける姿勢に思わず感心して激烈桃色さんを見ていたら、パトリックさまがそっと私の手を引いた。
一瞬どきりとしたけれど、見あげたその瞳はいつもの優しいはしばみ色で、とても安心する。
「ねえパトリック。あたしとパトリックとアーサーの三人でデート、も、いいね。きっと凄く目立つし羨ましがられる。あたしはそれでも周りの男から声かけられるだろうけど、妬かないでね。アーサーとパトリックであたしの取り合いになるのはしょうがないけど」
そして、激烈桃色さんは擦り寄るたびに躱されるのにもめげず、楽しそうに言った。
パトリックさまは何も答えないし、激烈桃色さんを見もしないのに、気にする様子はない。
本当に、心底楽しそうにうっとりと歩いている。
激烈桃色さん、お強いです。
そして、パトリックさまの躱す技術、凄すぎます。
私の手を優しく引き市を歩きながら、パトリックさまは激烈桃色さんに腕さえ触れさせない。
そのうえ、にこやかな笑みを絶やさない。
その高等技術に私は感心した。
「ふうん。リリーも一緒とか、ほんと訳判んないけど。今日、リリーは桜色のワンピースなんだ。それってアーサーが好きな色だから?最後の悪あがき?」
けれど、アーサーさまとリリーさまの所へ着いた途端、激烈桃色さんがリリーさまを値踏みするように見るのが許せなくて、私はリリーさまを守るように動こうとして。
「え?それは本当かい?リリー」
それはもう、嬉しそうにリリーさまの両腕を柔らかに取るアーサーさまの動きの素早さに負けた。
「え、あの。その・・・はい・・・」
市の端の、少し開けた場所で、リリーさまが頬を染める。
可憐です、リリーさま。
「ああ、凄く嬉しいよリリー。もう朝から何度も言っているけれど、本当によく似合っている。僕のためだと思えば尚のこと。本当に嬉しい。可愛いよ、リリー。その色は、君のためにあるみたいだ」
喜びが炸裂したように言い続けるアーサーさまに、リリーさまの頬が益々赤くなる。
「リリーさま、可愛い」
呆けたまま思わず呟けば。
「ローズマリーも可愛いよ。俺、たんぽぽ色好きだし」
突然パトリックさまの囁きが耳元でして、私は飛び上がった。
「ぱ、パトリックさまのお声は最強なのですから、いきなりそんなことなさらないでください!」
咄嗟に耳を押さえ、私はパトリックさまを睨む。
「俺の声が最強?ふうん、そんな風に思ってくれていたんだ。嬉しいな。でもそれなら早く言ってくれればいいのに。ローズマリーになら、いくらだって『囁いてあげるのに』」
「きゃうん!」
『囁いてあげるのに』を、わざと掠れ気味にまたも耳元で言われ、私は奇妙な声をあげてしまった。
「きゃうん、て。ローズマリー、どこまで。ああ、仕掛けておいて嵌るとか、木乃伊取りが木乃伊ってこういうこと」
パトリックさまが天を仰いで何か言っているけれど、私は自分に精一杯で気にする余裕がない。
「ちょっとリリー!なんであんたがその指輪してんのよ!」
ああ。
パトリックさまの掠れ声、とても素敵でした。
その思い、恋愛脳全開のまま、完全に自分を周囲から隔離していた私は、激烈桃色さんの叫びで現実に引き戻された。
見れば激烈桃色さんが、あろうことかリリーさまの左手を掴みあげている。
「リリーさま!」
私が、叫びと共に激烈桃色さんをリリーさまから引き離せば、パトリックさまが私を抱き寄せするりと動いて、激烈桃色さんと私たちを隔離するように立ち塞がった。
その凛々しい背中に、こんな時なのに私は見惚れてしまう。
「リリー!大丈夫か!?」
そしてアーサーさまは、リリーさまを素早くご自分の後ろに隠された。
これで、リリーさまの防御は鉄壁。
「この指輪は、アーサーさまがわたくしに贈ってくださった、わたくしの宝物です」
左手に嵌められた、空色の宝石が煌めく指輪。
それを、リリーさまは大切そうに胸元で抱き締められた。
「あんたの宝物!?そんなわけないでしょ!偽婚約者のくせに!その指輪は、ファンディスクでのアーサールートの限定アイテムなのよ!?しかもかなりの初期段階で好感度最高じゃないと駄目なうえ、他の攻略対象の好感度も規制されてるし、魔力値とか学力とかとにかく全部最高値に設定されてて、しかもそれ全部クリアしても出るか出ないか判らないっていう超レアな指輪なのよ!?この世界にひとつしかないの!それなのに、まだ本編の初期の今、それがあるわけないのよ!あったらおかしいの!」
「ファンディスク?」
戸惑うように呟かれたリリーさまも、ファンディスク?なるものは知らないご様子。
やっぱり、激烈桃色さんが知っている物語は、リリーさまがおっしゃる物語とは似ているけれど違うもの、なのかしら?
「何を意味の分からないことを。この指輪は、確かに僕が石から選んでリリーに贈った、この世にひとつしかないものだ。しかし、愛しいと思う婚約者に自分の瞳と同じ色の宝石を身に着けて欲しいと願うのは、当然のことだろう。何もおかしいことはない」
思っていたら、アーサーさまの鋭いお声が飛んだ。
でも、その内容はリリーさまへの想いが籠っていてとても甘い。
激烈桃色さんが、どれくらいアーサーさまを想っているのかは判らない。
本当に想っているのかも。
それに、リリーさまへの罵詈雑言や暴力は絶対に許せない。
それでも、今のアーサーさまのお言葉は激烈桃色さんには辛かったかな、と私が激烈桃色さんを見れば。
「そもそもあんたが悪いのよ、ローズマリー!ちゃんとしてよ!」
苛々した様子の激烈桃色さんが私を睨みつけながら、びしっ、と指さした。
「わたくし、ですか?」
今の話のどこに私の入る隙があっただろうか、と訳が判らず首を傾げれば、激烈桃色さんが大きく頷いた。
「そう、あんたよ。あんたがさっさとパトリックに振られてアーサーと婚約しないからいけないの。物語が始まらないのよ。いいからさっさとパトリックに愛想尽かされなさいよね!」
片手を腰に当て、片方の手を真っすぐあげて私を指さす。
その姿勢には揺らぎがないけれど。
「どういう、意味ですか?」
もし仮にパトリックさまに愛想を尽かされたとしても、どうしてアーサーさまと婚約する話になるのか、私にはまったく判らない。
「まあそれでもあんたは所詮捨て駒。結局は、パトリックもアーサーもあたしに夢中になるんだけどね」
けれど私の疑問に答えることなく、自分の世界で悦に入った様子で揚々と言う激烈桃色さんに、私はぽかんとしてしまった。
激烈桃色さんには、今このときもリリーさまを大切に抱き寄せていらっしゃるアーサーさまが見えないのかしら?
少なくとも今現在、アーサーさまが激烈桃色さんに夢中になる気配はない。
パトリックさまにも、無い。
それなのに激烈桃色さんは、アーサーさまもパトリックさまも自分に夢中になる、と言い切る。
物語がそう、だからこその自信、なのかしら?
これからそうなる、ということ?
今の、この状況から?
「いいこと、ローズマリー。あんた早くアーサーと婚約し直して。もう今日は仕方ないから、そのための時間にしてあげる。いい?早くちゃんとしなさいよね!」
混乱する私を他所に、激烈桃色さんは勝ち誇ったようにそう言うと、来たときと同じように唐突に去って行った。
誰にも、挨拶せずに。
「アーサーさまは王族だということ、知っている、わよね?」
王子殿下に挨拶もせず、立ち去る。
そのことに違和感しかないのはリリーさまも同じご様子。
「知っていると思います、流石に。それに、リリーさまが準王族にあたられるのだということも」
王子殿下の婚約者は、準王族として扱われる。
そのくらいのことは、平民だって知っているこの国の常識。
だから私はそう言ったのだけれど。
「知っていると思いたいけど、知っていてあれだと思うと更に頭が痛いな」
パトリックさまは眉間にしわを寄せ。
「知っていると思えない態度ではあるよね。特にリリーに対しての態度は許し難いけれど、言っていることの意味が判らなさ過ぎて対処に困る」
アーサーさまは大きくため息を吐かれた。
「嵐のようでした」
ぽつりと呟き、リリーさまがそっと指輪に触れる。
「嫌なこともおかしなこともたくさん言われるだろうけれど、いついかなるときも僕を信じてほしい」
アーサーさまが、その手に手を重ねられ、微笑まれた。
「ローズマリーも、惑わされたりしないように」
そしてパトリックさまは、私の頭をこつんと叩く。
これから何があっても、パトリックさまが私を信じて傍に居てくれたらいい、な。
はしばみ色の優しい瞳に、私はそんなことを考えていた。
ブクマ、評価とても嬉しいです。
読んでくださってありがとうございます。




