魚屋さんで、未知との遭遇、です。
そうして更に盛り上がる人々の間を挨拶しながら抜け、私たちは中央広場へと向かう。
「中央広場にはね、常設の市があるんだよ」
パトリックさまに言われ、私はこくりと頷いた。
「市には、たくさんのお店があるのですよね。あの、でも。今歩いて来た通りにも他の通りにもお店がたくさんありますよね?それとは違うのですか?どうしてわざわざ、市と呼ぶのですか?」
市にはたくさんの店が並ぶ。
その知識しかない私は、店というなら今歩いて来たこの通りや、大聖堂のある大通りにも、種類が違ったとしてもたくさん並んでいた、と不思議に思ってしまう。
「うん。今まで歩いて来た通りにある店は、皆きちんとした建物を有していただろう?市はね、そういう建物ではなくて簡易テントに商品を並べているんだよ。日替わりで店が入れ替わったりもするし、肉や野菜の食材も多く値ごろで買えたりするから、平民の台所とも言われている」
「なるほど。建物ではなく、テントがお店になっているのですね」
テントとは、騎士団や軍が野営をするときに用いる家のようなものだと聞いたことがあった私は、市とは移動式の店の集まりのようなものだと理解した。
野営用のテントは屋根の高さもあり、幕とはいえ壁もきちんとあって、会議が出来るほどの設備を持ち込めたり、簡易寝台を持ち込めたりするとのことだったから、商品を並べるのにも充分なのだろう。
なんて、そんなことを思っていた、ら。
「え?これが、市、ですか?」
その場所には、色とりどりの屋根だけテントが並んでいて、とても驚いた。
「そ。ここは中央広場なんだけど、いつもこの規模の市が立っている。この場所で商売するには、きちんと申請して通らないといけないし、その後チェックも入るから違法なんて絶対できない、ようになっている。というのは建前で、まあ、抜け道はあるだろうけれど、ここでの遣り取りは信用が第一だし、買い手や警邏の目も厳しいから、ここの商品は安心して買っていい。でも、同じような形態でも違法に商売している所もあるから、それは用心が必要だよ」
市の入り口で教えてくれるパトリックさまの声を聞きながら、私は市の雰囲気にただただ圧倒される。
屋根と簡単な骨組みしかないので、並べてある商品が兎に角近くに感じる。
それらはすべて、歩きながら簡単に見ることが出来、手に取ることが出来そうだった。
たくさんの果物が積まれたテーブルも、所せましと野菜が置かれたテーブルも、人が通るすぐ傍にあって、その香りを漂わせている。
「驚いているね。でも、嫌悪は無いかな?」
私の目を覗き込むパトリックさまに懸命に頷いて、私は繋いでくれたパトリックさまの手を必死で握った。
こんなに人が多くて雑然とした所で迷子とか、絶対洒落にならないと思う。
「大丈夫。でももしはぐれたら、その場から動かないで。俺が絶対に探し出すから」
不安が伝わったのか、そう言ってパトリックさまが私の手をしっかり握って、優しく揺すってくれた。
「お願いします」
もしもの場合に待ち合わせ場所を決めておく、と言われなくて私は心底安心した。
私は街に不慣れ過ぎて、例え今まで歩いてきたなかで場所を指定されてもひとりで行けるとは思えない。
やっぱりパトリックさまはちゃんと判ってくれる、でも慣れたら、是非とも待ち合わせ場所を決めるとかで対処したい、などと私はぐるぐる考えながら歩いていて。
「わっ!」
突然、目の前に迫った巨大な魚の目に驚いて声をあげてしまった。
見ればそこは鮮魚を扱う店で、特大の魚をテントの前に吊り下げてある。
「ははっ。うちの魚はでかいだろう!そんなに驚いてくれると、こちとら嬉しいよ」
そして聞こえた豪快な声。
「あ、あの。すみません」
どきどきする心臓を押さえ、パトリックさまにしがみつき、商品に驚いてしまった申し訳なさに半分隠れながら私は謝罪の言葉を口にする。
「いいってことよ!こんなでかい魚を見るのは初めてかい?」
「はい。あの、お恥ずかしながらその通りなんです。実は、これまで生のお魚を見たこともなくて」
思わず言ってから、そんな平民はいないだろうとパトリックさまを盗み見てしまった。
嫌味な感じになってしまったらどうしよう。
これだから貴族は、とか思われたら。
というか、貴族だとばれる時点で駄目駄目なのでは?
ああ、パトリックさま、ごめんなさい。
「素直なのはいいことだよ、大丈夫。店主、お嬢さん育ちの世間知らずですみません。彼女、こういう場所は不慣れなんですけど、俺が物凄く魚好きなもんで、彼女にも覚えてもらおうと思っている最中なんですよ」
本当にパトリックさまごめんなさい、と思い、小さくなる私の隣で、パトリックさまが問題ないというように私の肩を抱いて豪快に笑う。
そして続いた言葉には貴族の不遜の欠片も無く、この場に自然と馴染んでいる。
パトリックさま、すごい。
社交の場では貴公子で、この上なく高貴な雰囲気なのに、今、市で魚屋さんとお話ししているパトリックさまに貴族の要素は見えない。
「なんだ、惚れた彼女に好物作ってもらおうって肚か。よし、嬢ちゃんこれ見な」
魚屋さんがそう言って手にしたのは一匹の魚。
「これは、一匹でそのまま食える大きさ。だから焼いたり煮たりしてそのまま食う。で、こっちの大きさになるとそのまま食うにはでかすぎるから、切り身、こういう風に切り分けて食う。判るか?」
言いながら、魚屋さんは一匹の魚と切り身を並べて見せてくれた。
「このお魚を切り分けると、これになる、ということですか?」
そうか、だから切り身と言うのか、と私は感心して見つめてしまう。
「そういうこと。まあ他にも内臓やらなんやらあるが、大きな魚を解体して切り身にしたりすることを捌くって言うんだ。調理法も場所によって色々あるから、旦那の好物覚えて作ってやんな」
「ま、まだ旦那さまでは」
にかっと笑って言う魚屋さんの、旦那、という言葉に反応してしまった私に、魚屋さんは豪快に手を振った。
「いいねえ、初々しい!世間知らずのお嬢さん捕まえちまったんだ。大事にしてやれよ」
そしてパトリックさまに向かって『羨ましいねえ!』なんて言っている。
絶対、パトリックさまの方が私より上位貴族だなんて思っていない。
というか、貴族だとさえ思っていない。
そう確信できる、魚屋さんの笑顔。
「もちろん、そのつもりです」
それに対し、パトリックさまも当たり前のように答え、今日はこれから出かけるから生ものは買えないのだけれど、と魚屋さんの連絡先を教えてもらっていた。
いつもこの場所に居る訳ではない、という魚屋さんへの対処法なのだろうと思う。
「市では、場所が変わるというのもよくあることなんだよ。今の店は、扱っている物が本当によかったからね。今度、買わせてもらおうと思って」
魚屋さんを離れてからパトリックさまはそう言って説明してくれて、嬉しそうな笑みを零す。
「こちらにも、お邸があるのですか?」
王都や領地をはじめ、各地に邸や別荘を持っている貴族は珍しくない。
ウェスト公爵家ともなれば、学園都市であるここに邸を持っていたとしても違和感はないと私は当然のようにそう聞いた。
「邸というほどのものではないけどね。まあ、不自由はないようにしているつもりだよ」
「?・・・あの」
「うん?なに?」
公爵家所有の邸、ということではないけれど、まるでパトリックさまがお世話をしている誰かがそこに住んでいるような言い方が気にかかり、私は何かを聞きかけて。
「いえ、なんでもありません」
それを上手く言葉にできず、首を横に振るにとどめた。
「本当に?」
口を幾度か開きかけてしまったからだろう、パトリックさまが凄く気にかけてくれる。
「はい」
でも、上手く言葉にできない私はそう答えるしかなくて。
「あ、もしかして。さっき俺の言った・・・」
「パトリック!こんな所で会えるなんて運命ね!」
はっとしたように私を見、何かを言いかけたパトリックさまの言葉を遮り、勢いよくパトリックさまへ突進してきたのは、激烈桃色さん、だった。
ブクマ、評価すごく嬉しいです。
読んでくださってありがとうございます。




