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婚約者は、英雄で照れ屋さんでもありました。




 「少し行きたい店があるんだが、いいだろうか?」


 パトリックさまと私、アーサーさまとリリーさまでそれぞれ対になっている色硝子の細工物を買い、再び街を歩いているとアーサーさまが声をあげられた。


 「はい、もちろんです」


 私が答えると、アーサーさまは嬉しそうに笑ってありがとうとおっしゃってくださる。


 「ローズマリー。アーサーのこと、余り甘やかさなくていいからね?」


 「男の嫉妬は醜いぞ、パトリック」


 そんな風に賑やかに笑いながら歩き、着いたのは周りより風格のある立派な店舗だった。


 「ここは?」


 「宝飾店だね。この店は、この界隈のなかでは取り扱う商品が高額で、時に貴族も来るような品揃えなんだ」


 平民の方が少し頑張って記念日に買うような商品や、貴族が普段使いにする商品を扱っているのだと、パトリックさまが教えてくれる。


 「いらっしゃいませ」


 扉を潜れば、執事のような服装の店員さんが重々しくも笑顔で出迎えてくれた。


 「自由に見て大丈夫だよ」


 店内のガラスケースを差し、パトリックさまが私を連れて行ってくれる。


 アーサーさまは何かを注文されていたらしく、別の場所でリリーさまを伴ってそれを確認していらっしゃる。


 「きれいですね」


 ガラスケースに丁寧に並べられた指輪や髪飾りは本物の宝石が使われていて、舞踏会は無理でもちょっとしたお茶会なら着けて行けそうだと感じた。


 「ね。ローズマリーが一番好きな宝石ってなに?」


 どれも、とてもきれいだ、と見惚れていると、並んで見ていたパトリックさまが何気ない様子で聞いてくる。


 「どれも美しいと思いますけれど。一番、というのなら、真珠、でしょうか」


 なので、私も気負うことなく自然と答えた。


 好きと言いつつ、余り真珠の装飾品は持っていないな、と思いつつ。


 「そうか、真珠か。色は?白いもの?」


 「白も素敵ですけれど、黒や緑のものも美しいと思います」


 一度だけ見たことのある、とても希少だという緑色の真珠はとても美しかったし、母さまが持っていらっしゃる黒真珠のネックレスはとても見事だと思い出し、私は自然と笑顔になった。


 「黒味を帯びたルビーと一緒に指輪にするとしたら?何色がいい?」


 「黒味を帯びたルビー、ですか?それなら、白でしょうか」


 「うん、判った。なら、婚約指輪には白い真珠も使おう。楽しみにしておいて」


 当然のことのように言われ、私は驚いてパトリックさまを見てしまう。




 い、今、婚約指輪、って。


 楽しみにしておいて、って。




 けれど、パトリックさまは嬉しそうな笑みを浮かべるばかりで、それ以上何も言ってはくれない。


 「待たせてしまったかな?」


 あくあくと、何を言うことも出来ずに私が固まっているうち、買い物を済ませたらしいパトリックさまがリリーさまと共に戻っていらした。


 「い、いいえ。大丈夫です」


 「気に入ったものになっていたか?」


 何とか答えた私の肩を抱いて、パトリックさまがアーサーさまに尋ねる。


 「ああ。パトリックにも協力してもらった甲斐があった」


 嬉しそうにおっしゃるアーサーさま。


 その笑みは本当に満足そうで幸せそうで。


 何だか私まで嬉しい気持ちになっていたら、不意にアーサーさまが悪戯っぽい目をして私をご覧になった。


 「そうだ。ローズマリー嬢。あそこを見てごらん」


 そして、私の隣に来たアーサーさまが、ガラスケースの内側を指さす。


 「何でしょうか。照明と、もうひとつ何かありますが、わたくしには何なのか判りかねます」


 ガラスケースの内側。


 角の部分に取り付けられたそれをじっと見つめる私の隣で、アーサーさまが楽しそうに笑った。


 「あれはね、防犯魔道具。このガラスを破れば大きな音が鳴るようになっているんだ。そのうえ、それに連動して店中の明かりが点くようになっている」


 アーサーさまの説明に、私は感心して頷いた。


 「凄いですね」


 「うん、凄いんだよ。あんなに小さいのに物凄く優秀な防犯魔道具なんだから」


 魔道具、という言葉と、パトリックさまを意味深に見たアーサーさまの視線に反応して、私もパトリックさまを見る。


 「あの、もしかしてそれって」


 問いかけるけれど、パトリックさまは苦虫を噛み潰したような顔をしていて、答えてはくれない。


 「そう。パトリックが創ったんだよ。こんなに小さいのに、幾つもの魔術式が組み込まれている。発表されたときは、それはもう驚かれたものだよ」


 しみじみ言うアーサーさま。


 「魔術式を幾つも組み込んであの大きさ、というのはそんなにも凄いことなのですか?」


 申し訳なくもよく判らなかった私が問えば、アーサーさまが大きく頷いた。


 「凄いこと、なんだよ。そして、小型化できたことで使用できる場所も増えて、防犯に物凄く役立っている。結果、国全体の治安がよりよくなった。皆、感謝しているんだ。まあもっともパトリック曰く、魔術式の略式を創ったり、折り畳んで組み込む方法を編み出しただけ、だと言うんだが」


 魔術式の略式を創ったり、折り畳んで魔術式を組み込む。


 聞いているだけで何だか凄い、と私は尊敬の念を込めてパトリックさまを見た。


 「どうしても小型化したい魔道具があったんだよ。だから、考えただけ。自分のためだったんだよ」


 面倒そうに、そんなことを言うパトリックさまだけれど。


 「国を立派に守られていらして、凄いです。パトリックさまは英雄なのですね」


 私は納得して頷いた。


 「英雄、って。ローズマリー、そんなんじゃないからね?本当に、個人的なことで」


 「そんなに照れなくてもいいじゃないか。そうだよ、ローズマリー。パトリックはこの国の英雄で、宝なんだ」


 「俺は、金銀財宝か?」


 「パトリックさまは、照れ屋さんなのですね」


 アーサーさまの真意が判っているくせに、ひねたことを言うパトリックさまも可愛いと、私は心からそう言った。


 「パトリックが照れ屋さん!?ぷっくくくっ」


 それなのに、アーサーさまは可笑しくて仕方ないご様子で笑い出されてしまう。


 なんとか声を殺そうとはされているけれど、笑いが収まる気配はない。


 「アーサーさま」


 そんなアーサーさまを、リリーさまが窘められるけれど、アーサーさまの笑いは収まらない。


 声を殺し続けていて苦しいのか、笑い過ぎて苦しいのか、お腹に手を当て背をかがめて、それでもひいひいと笑い続けていらっしゃる。




 酸欠になったりなさらないかしら?




 思わず心配になる私の横で、パトリックさまが憮然と声をあげた。


 「そこの笑い上戸。商品の包装が済んだようだぞ。『王家伝来の指輪を普段使いにはできない』と言われて、わざわざそれを用意したんだろう?自分の瞳の色の宝石を選ぶとか、抜け目無いとは思うけど。受け取ってもらえるといいな」


 意地悪そうに、けれど心底そう思っていることが判る笑顔のパトリックさまの言葉にアーサーさまがぎょっとされ、リリーさまはきょとんとされた。


 「その言葉。ということは、もしかしてあの指輪、わたくしに、なのですか?」


 『王家伝来の』という言葉に覚えのあったらしいリリーさまの目が、嬉しそうに輝く。


 「もちろんだよ、リリー。というか、リリーの目の前で空色の宝石の指輪を買って、他の誰に渡すというの?空色は、僕の瞳の色だよ?」


 アーサーさまの言葉に、リリーさまが迷うように視線を彷徨わせた。


 「それは、あの・・・」


 その戸惑うようなリリーさまの表情に、私は物語を思い出す。


 「もしかして、激烈桃色さん、ですか?」


 物語の主人公だという激烈桃色さん。


 物語では激烈桃色さんに夢中になるというアーサーさまだから、リリーさまは不安だったのかも知れない。


 空色は、アーサーさまの瞳の色。


 その空色の宝石を贈られる、というのは、アーサーさまにとって特別、ということだから。


 「有り得ないから!リリー、少し待っていて」


 そんなリリーさまの肩を強く掴んだまま深い瞳でリリーさまを見つめ、アーサーさまは商品を取りに、足早に歩いて行った。


 そうして、店を出てすぐ。


 大きな木の、白い満開の花が見事なその下でアーサーさまはその包を開かれた。


 「パトリック、ローズマリー嬢。証人になって欲しい」


 「「はい」」


 そして、真剣な瞳でそうおっしゃるアーサーさまに、私もパトリックさまも真摯に答えるのを満足そうに見られ、アーサーさまは改めてリリーさまに向き直られる。


 「リリー。僕の妃は生涯君ひとりだ。それを、信じて欲しい。そして形だけではなく、僕を支え、僕に支えられる唯一のひとになって欲しい。僕がそう願うのも、生涯、ただ君ひとりだけだ」


 「アーサーさま。はい・・生涯・・心から、アーサーさまのお傍に居たく存じます」


 瞳を潤ませ、瞳でも強く了承を伝えるリリーさまの手をそっと取り、アーサーさまがその細い指に買ったばかりの指輪を嵌めた。


 左手の、薬指。


 この国で、永遠を誓うとされるその指に。


 「よく似あう。これなら、普段使いにいいだろう?学園でも、ずっと着けていて欲しい」


 「ありがとうございます、アーサーさま。大切に着けさせていただきます」


 リリーさまが嬉しそうに笑って、指輪を見つめる。


 「臣下として、殿下の誓いを確かにお見届けいたしました」


 凛とした声で言い、礼をとるパトリックさまに続き、私も深く頭を下げる。


 「おめでとうございます」


 心から言えば、感激に涙が滲む。




 どうしよう。


 私が泣いてしまうとか、アーサーさまもリリーさまも呆れられてしまうかも。




 思い、何とか涙を押し込めようとしていると。


 「「「おめでとう!!!」」」


 突然周囲から、わあっ、と歓声があがって、どこからか軽やかな音楽まで聞こえてきた。


 「おう、おめでとうおふたりさん!幸せにな!」


 「にいさん、よかったな!」


 「美男美女じゃねえか!羨ましい!」


 「格好いい旦那さんだねえ。いっそ尻に敷いてやんなよ!」


 「可愛い奥さん、目いっぱい可愛がってやれよ!」


 そして次々届く、祝いの言葉。


 周囲との距離は結構あって、大きな声を出さなければ聞こえない。


 だから、私たちが何を言っていたかまでは聞こえていないだろうけれど、指輪を嵌める場面を見れば、それが意味するところはひとつと思ったのだろう。


 気づけば、街の人々がアーサーさまとリリーさまを取り囲むようにして祝福している。


 「ありがとうございます!必ず、幸せにします!」


 そんな人々に向かい、アーサーさまはリリーさまの肩を抱き寄せて誓うように言葉にした。


 そしてリリーさまもアーサーさまの隣で微笑みながら、周囲に視線で感謝の挨拶をされている。




 なんか、凄い。


 凄く平和で、幸せであったかい。




 その場に居るだけで自分まで幸せな気持ちになって、私はほっこりとその様子を見つめた。


 今、アーサーさまとリリーさまに笑顔で祝福の言葉をかけている人々は、アーサーさまが王子殿下であるとは知らない。


 知らないからこその、この祝い方なのだろうと思う。


 知っていれば、このように不敬とも言われてしまうようなことは出来ないだろうから。


 でもだからこそ。


 今の、この人々の祝い方は、素でそして本心からのもの。


 きっと、街で婚約があればこのように祝うものなのだと感じて、私は気持ちがとても和むのを感じていた。

ブクマ、評価とても嬉しいです。

読んでくださってありがとうございます。

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