婚約者曰く『邪なたくらみ』だそうですが、私は大歓迎です。
「よかった。まだ、おふたりはいらしていませんね」
アーサーさま、リリーさまとの待ち合わせ場所である噴水。
今は改修工事中のため大きな囲いに覆われているその場所に着き、辺りを見回した私はその事実にほっとした。
「まあ、結構早く出たからね」
何となく苦笑している様子のパトリックさまの言葉に、私も頷く。
「そうですね。ですが、余裕をもって行動した方が私は気が楽です」
遅刻するかも、と焦るより、例え時間が余ったとしても余裕がある方が私は好きなので、もしまたこういうことがあれば、今日と同じがいいと思う。
なので、素直にパトリックさまにそう伝えたら。
「ああ。あのね、ローズマリー。それは俺も早めに行動するのがいいと思っているんだけど、今日はちょっと、それだけじゃない『邪なたくらみ』があってね」
何故かパトリックさまが空を見上げて視線を泳がせた。
「『邪なたくらみ』、ですか?」
何のことか判らず、私は思わず首を傾げてしまう。
「うん。確かにアーサー達との待ち合わせに遅れないように、っていうのも、もちろんあったんだけど、俺としてはあのふたりと落ち合う前に、少しでもローズマリーとふたりだけの時間を過ごしたいと思って。で、それは出来るだけ長い方がいいな、なんて思ったから、この時間にしたんだ。ふたりとの待ち合わせに遅れないだけなら、もっと遅い時間でも大丈夫だったんだよ」
まるで懺悔するような様子でパトリックさまに言われ、私はここまでの道中を思い出した。
パトリックさまと手を繋いで、ゆっくり歩いて。
パトリックさまの創った綺麗な魔道具を見せてもらって、色々なお話をした。
それは確かに、時間にゆとりがあったからできたこと。
そして、パトリックさまが最初からそれを望んでくださったからこその、時間設定。
それが、パトリックさまの言う『邪なたくらみ』だというなら、私にとっては嬉しいこと。
なので。
大丈夫です、パトリックさま。
何の問題もありません。
私、パトリックさまの『邪なたくらみ』大歓迎です!
思いを瞳に乗せて、私はパトリックさまをじっと見つめた。
この目を見れば、伝わるはず。
思った私は甘かった。
「勝手な男で呆れたか?」
パトリックさまはそう言って、悲し気に眉を下げている。
それで私は悟った。
言葉で伝えなければ、伝わらない。
それは、羞恥を越えた私の決意。
「あの。パトリックさまは、楽しくなかったですか?」
だから私は言葉にする。
私にとっては楽しい時間だったし、パトリックさまも楽しそうに見えたけれど違ったのだろうか、と若干の不安を滲ませて。
「楽しかったに決まっている」
けれどその不安を払拭するように、パトリックさまは即座に断言してくれた。
だから、私ももっと勇気を出す。
ちゃんと、私の気持ちをパトリックさまに知って欲しい思いを込めて、一生懸命音にする。
「ならば、あの。パトリックさまがお嫌でなかったなら。私は、その。次も、こういう感じがいい、です。パトリックさまの『邪なたくらみ』大歓迎、なので」
パトリックさまには笑顔でいて欲しい。
そんな思いと共に私は願いを口にして、その内容の恥ずかしさに顔を伏せた。
「っ!」
すぐに何か返事をしてくれる。
そう思っていたパトリックさまは、けれど息を呑んだまま押し黙って何も言ってくれない。
「あの。パトリックさま?」
もしかして迷惑だったのだろうか、と私が恐る恐る顔をあげると、そこには片手で顔を押さえ、何故か首まで真っ赤になったパトリックさまがいた。
「ぐぅっ。堪えろ、耐えろ、襲うな俺。あれは無意識、あれは無意識」
そして、何やらまじないのような言葉を繰り返し唱えている。
私の、氷、みたいなものかしら?
思えば、パトリックさまにとてつもない親近感が湧いた。
パトリックさまと私、似ているところがあるのかも。
などと私がひとり浮かれていると。
「改修工事中の噴水前にて、壊れた輩発見」
楽しそうなアーサーさまのお声と共に、アーサーさまとリリーさまがおいでになった。
おふたりは馬でいらしたらしく、まだ馬上に座っていらっしゃったリリーさまをアーサーさまが優しく抱き下ろされる。
その姿の麗しさに、私は思わずため息を吐いた。
ああ、素敵です。
アーサーさま、リリーさま。
本当に劇中の登場人物のようです。
「こうら、うっとりしすぎ」
思わず両手を胸の前で組み、存分にうっとりと見惚れていたら、隣からぽこっ、と頭を叩かれた。
「パトリックさま?」
驚いてそちらを見れば、パトリックさまが苦笑を浮かべて私を見ている。
なんでしょう。
この、生温かいような、それでいて少し複雑なような視線がとても痛いです。
ええ、おっしゃりたいことが判りましたので余計。
「あの、えっと。うふふ?」
今の、魂飛ばしたうっとり視線を見られていたのだと思うととてつもなく恥ずかしくて、私は誤魔化すように笑ってみた。
「ローズマリー。そんな可愛いことしても駄目」
けれど、めっ、とわざとらしくしかめ面をしてみせたパトリックさまの目が、少しも笑っていなくて。
今の状況説明を嘘偽りなく求められているのだと悟った私は、こくりと息を呑んでパトリックさまを見つめ返した。
「はい。おふたりが劇中の登場人物のようにとても素敵なので、思わず心飛ばして見入ってしまいました。破廉恥ですみません」
恥ずかしい事だけれど、事実である以上仕方ない、と私は観念した思いで告げる。
公共の場で何を莫迦なことを、と言われるか、くだらない、と笑われるか。
それとも、令嬢らしくないと叱責されるか。
どのような対応をされても大丈夫なようにしよう、とじっとパトリックさまを見つめる私の前で、けれどパトリックさまは呆けたように目を瞬いた。
「は?おふたり?アーサーに見惚れていた、のではなくて?」
「おふたり、です。アーサーさまとリリーさまは一緒にいらしてこそ、だと思いませんか?もちろん、おひとりずつでも素敵ですけれど、素敵なお方がふたり揃っていらしてこその完成形、といいますか」
私の気持ち、パトリックさまに伝わりますように。
そんな思いで、私はパトリックさまを見つめた。
「おふたり。そうか、おふたり。まあ、確かに似合い、かな?」
「ですよね!アーサーさまといらっしゃるときのリリーさまのお可愛らしさは本当にもう!何にも代えがたいものです!先ほどのお姿など、その凝縮形と言えるほどでした!やっぱりパトリックさまもそう思われますよね!同士さまです!」
通じた!
しかも、パトリックさまも私と同じだった!
私は、私の気持ちがパトリックさまに伝わったことが嬉しくて、思わずぐいとパトリックさまへと大きく一歩、踏み出してしまう。
え!?
パトリックさまが近い!
物凄く近い!
そして、自分で近づいたにもかかわらず、突然縮まったパトリックさまとの距離の近さに赤面しそうになる。
「可愛い。うん、そうか。確かに、俺に馬から抱え下ろされるローズマリーは、きっと凄く可愛いだろうな。乗せるときも照れてしまいそうだし、乗っているときも後ろから抱き寄せているようなものだし。一緒に馬に乗るだけで、可愛いローズマリーがたくさん見られるわけか」
「パトリックさま?」
けれどパトリックさまは、突如自分から近づいたくせに、その近さに戸惑っている私に気づいているのかいないのか、余り反応が無い。
今、パトリックさまは私を見ている。
けれど、その目がどこか遠くを見ながら、よく聞こえない言葉をおひとりで紡ぎ続け、おひとりで何かを納得された。
それはもう、とても嬉しそうに。
「あの?パトリックさま、どうかしましたか?」
なので、私はパトリックさまの前でひらひらと手を振ってみた。
「うん、凄くいいねローズマリー。俺たちも早く一緒に馬に乗れるよう、お父上に許可を貰うの頑張ろうね」
その私の手を取って、パトリックさまが決意も新たに力強く言う。
「馬ですか?はい、がんばります!よろしくお願いします!」
どうして急に、私とパトリックさまが馬に乗る話になるのかはよく判らなかったけれど、馬に乗ること自体は凄く楽しみなので、私は一も二も無く頷いた。
ああ。
馬に乗るの、本当に楽しみ。
でも、馬に乗るのが初めての私は、パトリックさまのお手をかなり煩わせることになるのでしょうね。
ん?
お手を、煩わせる?
えと?
あら?
ちょっと待って。
馬に乗れるのは本当に楽しみだと、恥ずかしさも忘れて大きく頷いた私は、けれどひとつの大きな問題に辿り着いた。
パトリックさまと馬に乗るということは、先ほどのリリーさまのように、私もパトリックさまに抱え下ろしていただくということ。
馬から下りるということは、その前に当然乗る動作があって、ふたりで乗っている途中経過もある、というか、ふたりで馬に乗るというのは、そもそもそういうこと。
ということは、つまり。
も、もしかしてパトリックさまと密着しっぱなし!?
気づいた事実に、私は赤くなってから青くなった。
私の心臓、保つかしら。
ブクマ、評価とても嬉しいです。
読んでくださってありがとうございます。




